第9話 カモ
side 日下田
どうしてこうなった?
これは悪い夢だ。
3000万円の利益があったはずなんだ。
それをもとにさらに資金を増やしてFIREするはずだったんだ。
満員電車に揺られる社畜を卒業するはずがなぜこんなことに!
◇◇◇
金を借りた両親、兄弟、親戚、友人、そして証券会社から逃げるため、唯一金を借りてなかった彼女のもとに転がりこんだ。
カスミホールディングスにいた時が懐かしい。
俺はもうとっくに首だろう。
佐久間に仕事を押し付けていた時がラクだったな。
◇◇◇
体調が悪いからしばらくいさせてくれ、と彼女の部屋に引きこもり、この先どうしようかと思案に暮れていたら、スマホに着信があった。
また金返せか。
いや、表示を見ると出ても大丈夫そうな人間だった。
俺にクレメンスの買収案件を教えてくれた大学の同級生だ。
「よう日下田、元気か?」
元気なわけねーよ。
ていうかこいつも失敗してるはずだよな。
「お前も借金だらけなのか? どこにいるんだ?」
「ん? 俺はいつもと変わんねえよ。最後だから教えてやる。俺は親切だからな。俺クレメンスに勤めてなんかいないんだわ」
「はあ?」
「エンリンやクレメンスの財務状況が怪しいなんて、有価証券報告書の数字を丁寧に追ってりゃ分かるのさ。現経営陣が保身と延命のためにエンリンの買収を進めていたことは、バレバレだった」
「…………」
「だが、早まった役員が買収を発表しちまった。エンリンは裏切られたと感じて否定した。当然買収はご破算さ。ま、そんな経緯はささいなことだ。どういう経緯にしろ、俺はクレメンスの株価が早晩落ちると予想していた」
「…………」
「だからお前を巻き込ませてもらった。俺が売るためには、買い向かう奴が居なきゃなんねえ。自分の頭で考えず適当に売買する愚か者がな。儲かるにはな、秘密なんていらねえんだよ。誰もが知ってることを組み合わせることと、それができない愚か者を利用することだけでいいんだ」
「お前、俺を騙していたのか!」
「そうだぜ。今更気づいてももう遅えよ。ついでに言うとな、俺はT大じゃないんだ。ただキャンパスをうろうろしてただけでT大生のフリをしてただけなんだよ。じゃあな。会うこともないだろう」
スマホを手に持ったまま、俺は膝から崩れ落ちた。
世の中騙す人間と騙される人間の2種類しかいない。
そして俺は後者だった。
それを心底理解することと引き換えに手に入れたのは、9000万円の借金だった。
◇◇◇
悪夢はこれで終わりじゃなかった。
「今すぐ私と別れて!」
そんな!
ここを出たらもう行くところがないんだ。
「何なんだよ、急に」
「とぼけないで! 体調が悪いって言うから今日あんたの部屋に郵便物を取りに行ってたのよ。コレなんだか分かる?」
乱暴に渡された封筒の中身を取り出して見る。
そこには解雇通知。
「まだあるわよ。証券会社からの追証の通知よ。『証拠金が足りないので早急に入金してください』って」
「ちょっ、それは同級が俺を騙したからで…… いや、同級ですらなかったが」
「はあ? 私あんたがカスミホールディングスだから付き合ってたのよ。株をやって儲けてるって言ってたじゃない! 嘘だったのね!」
さらに彼女がまくし立てる。
「借金どころかそれを返すための仕事すらなくなったなんて、信じられない! 底抜けのバカなの? T大なのに! ホントはT大じゃないんじゃないの? 処女もあげたのに! 付き合って損したわ! 私の時間を返してよ!」
はあ?
ふざけんな!!
俺はブチ切れた。
◇◇◇
気がつくと、彼女は血まみれで倒れていた。
俺の手には赤い血がべったりついた包丁。
ああ、殺っちまった。
やばい、もうどこでもいいから逃げよう。
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