第8話 黒いアレ 

 その夜、僕は祈るような気持ちで日課の株価のチェックを行う。


 そして書き込む数字は、クレメンス100000円だった。

 ほっとすると同時に、彼女の『大丈夫よ』という言葉が思い出される。


 関連ニュースを見ると、


『クレメンスのエンリン買収、フェイクニュースであったことが発覚。失望売りにより同社株価ストップ安』


とあった。



 もしかして梨香さんはこれを知ってた?



 僕はまた梨香さんに電話した。


「ふふっ、電話くれると思ったわ。フェイクニュースの話でしょ。私そんなの知らなかったわよ」


「え、ならどうして?」


「これはよくあるダマシのパターンだと思ったの。おそらくインサイダーがフェイクニュースを流していたのよ。いっとき持ち上げてそこから落とす。今回のも典型的なパターンじゃないかな」


 なるほど。


「あと、ここからは本当にただの勘だけど、さらに下がるんじゃないかしら。玲くんにはどう見えてる?」


「昨日と同じ。下がるイメージがまだ残ってる」


「そう。なら間違いないわね。悪いニュースというのは一つのはずがないものよ」



◇◇◇



 翌日、パイセンは無断欠勤した。

 一夜明けたら3000万の利益がマイナス1500万になってるんだもんな。

 僕でも休むわ。



 そして、部屋に帰ってきてつけた数字は、70000円。


 ニュースサイトによると、


『エンリンに粉飾決算発覚。同社と密接な関係にあったクレメンスも同様の疑いあり』


だそうだ。



◇◇◇



 それから、パイセンは会社に来なかった。



 クレメンス社の株価は怒涛の下げを見せていく。

 粉飾決算がバレる。

 脱税も。

 ブラック企業で自殺者多数だが隠蔽。

 法の上限を超える違法な貸付。

 政治家への違法献金。



 確かに悪いニュースが一つのはずはないな。

 まるで『1匹見たら30匹いると思え』と言われるやつを思い出してしまった。



 極め付けは創業者一族の相場操縦の疑いによる逮捕。

 東京地検がタレコミをもとに裏付け捜査を内々に進めていたらしく、異例のスピード逮捕だった。


 クレメンス傘下の広告会社が芸能人を使ってクレメンスを擁護する発言をさせて火消しに躍起になっていたが、SNSで無限に拡散されていったためそれも効果がなかった。


 さらに、美人女優が子会社のクレメンス興業から枕営業を強制されたことを泣きながら告白する、という動画をMytubeで公開。

 クレメンスに対してどういう態度を取るかで有名人や著名人が切り分けられていくという事態にまで発展していった。

 ちょっとしたお祭り状態だ。


 

 ネットでは誰が後始末をつけるのか、で連日賑わっている。

 大方の予想だと、アメリカで企業再生家として有名なウォーリア・ビフィール氏がやるとかやらないとか。



 数字が光らなくなって、返済買いをしたときの値段は、2000円だった。

 120000円だったのがいったん160000円になったあとこの有様だ。

 株って怖い。

 11営業日連続のストップ安として歴史に名を残すらしい。


 

 一連の騒動で、僕は資金がほぼ2倍に増えた。



◇◇◇



 パイセンは、何日も無断欠勤したため解雇になった。

 電話には出ない。

 彼に金を貸していたという人間がたまに会社に来て、『日下田を出せ!』と騒いでいた。

 

 どこにいるんだろう。

 でも確か出身が東京だから、僕みたいに逃げ帰る田舎のあてもないだろう。

 果ては生活保護だろうか。

 生きていれば、だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る