第7話 有頂天 

「それって本当だとしたらインサイダーじゃないの?」



 パイセンから言われたことを梨香さんに話すと、こう答えが返ってきた。


「そうですね。あと、本当にそんなこと教えてくれる人いるんでしょうか?」


「いないんじゃないかしら。そういうことは人知れず黙ってやるものよ。もしホントならね」


「なんか先輩は『今までの負けをこれで取り返してやるんだ!』って意気込んでましたけど」


「それってギャンブルで身を滅ぼす人が必ず吐くセリフなんだけど……。私、金持ちだけじゃなくて金持ちから転落した人も間近で見ているのよ。お爺さまやお父様がよく言ってるわ。『あんな風になるな』と」


「そうなんですね。てか、よく3000万も集められましたよね」


「学歴と見てくれはいいから、みんな説得されたんじゃないかな? 話聞いた限りだと善意でやってるようにも見えるし。でも、他人をわざわざ儲けさせる人間なんていないのよ」



◇◇◇



 次の日の夜、仕事から帰ってきて日課の株価チェックを行う。


 クレメンスの株価は160000円に上がっていた。


『クレメンスがアメリカのエンリン買収を発表。実現すれば世界一の商社へ』


というニュースが流れたからだ。


 今の僕の証券口座にはマイナス400万円の表示がある。

 僕は冷や汗をかく。

 

 やばい。


 僕だけならまだしも彼女まで巻き込んでいる。

 責任取れねえ。

 東京湾に身投げか?

 それともコンクリで固められてやっぱり東京湾なのか?


 震える手で彼女に電話する。


「あ、電話くれると思った。大丈夫よ。後になればわかるわ」



 かけたはいいものの、なんと言っていいかわからず無言になっていた僕に、彼女は優しく語りかけてくれた。


「玲くん数字が光ってイメージが見えるって言ってたよね。今はどう?」


 僕は改めてつらつらと書き連なっている数字をみる。

 クレメンスの160000はやはり光っていた。

 そして、下げるイメージにも変わりはない。


「昨日と同じだよ」


「だったらなおさら大丈夫よ。まだ1日しか経ってないのよ。いつも通りの行動を心がけてね」



◇◇◇



 そうは言われたものの、内心は穏やかでいられない。

 いつも通り、と梨香さんに言われたことを頭の中で繰り返しながら、何とかこの日の仕事をこなしていく。


 内心冷や汗の僕に対してパイセンは、


「たった1日で3000万円の利益だぜ! FIREもすぐだな! 残念だったな佐久間、俺の善意を素直に聞いていればよかったのになァ」



「……ええ、よかったですね」

 


 なんとか僕はその言葉を捻り出すので精一杯だった。

 また、パイセンが珍しく仕事を手伝ってくれた。

 憐れむような目で。



◇◇◇



 一応手伝ってくれたので、パイセンにそれとなく聞いてみる。


「先輩、利確するんですか?」


「まだまだ利は伸びるはずだ。買収の発表だけでこの上昇だからな。これからが楽しみだ!」



 どう見ても浮かれている。

 気持ちは分かるんだけど、あまり欲をかかないほうがいいんじゃないっすかね。

 言ったら機嫌悪くしそうだから言えないけど。

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