第5話 似た者同士
次の日、先輩はやっぱり怒り狂っていた。
「ああ、なんでだよ! 世の中おかしくねえか? なあ佐久間!」
「そんなこと僕に言われましても……」
「ぜってぇ誰かが俺の注文記録を見てやがるんだ。そうに決まってる!」
ここで僕はつい言ってはいけないことを言ってしまった。
「先輩。市場が先輩の思う通り動くわけないじゃないですか。みんなの思う通りに動くなら市場は誰のいうことを聞いていいかわからなくなるから値動きがなくなりますよ。ていうか、先輩の売買なんか見てる人いませんって。被害妄想ですよ」
「こんの野郎!」
ガッ!
気がつけば僕は右頬をグーで殴られていた。
元ラガーマンのパンチとか洒落にならんすよ。
「日下田! 何をしている! おい、警備員を呼べ!」
課長が事態を収拾しようとする。
殴られたところがじんじんする。
殴られたのなんて中学生の時友達とケンカしたとき以来だ。
◇◇◇
結局、先輩は1週間の自宅謹慎を命じられた。
被害届は出してない。
殴られたが、理性は残っていたのかそこまで強く殴られてはいなかった。
ちょっと青あざが出来たくらいで、歯が抜けたりとかそんなことはなかった。
それはいいんだけど、その穴埋め僕がするんですよ。
また残業なのか……
そうして残業していたら、梨香さんがやってきた。
わざわざ経理部まで来るなんて。
「玲さん一人で残業ですか?」
「ええ、まあ」
「ごめんなさいね、なかなか人が集まらなくて……」
「いえいえ、梨香さんのせいではありませんよ」
「なんとかできないか考えておきますね」
「ありがとうございます」
「そういえば玲さん、通勤用のバッグを変えてますね」
「ええ、前のがちょっとボロかったので」
そんなことを言ってくれたのは梨香さんが初めてだ。
僕の隣にいる先輩なんか気づきもしないのに。
「結構羽振りがいいんじゃないですか?」
ドキッ。
なんでバレてるんだろ。
バッグは確かに背伸びしてちょっといいブランドだが、目立つものではない。
あと、ご飯は一品多くできるようになった。
気持ち的に。
「私ね、お爺さまやお父さまをずっとそばで見てきたから、お金がある人やこれから金持ちになる人がなんとなくわかるの」
さすが大企業の一族。
いいスキルをお持ちで。
ていうか、なんとなくわかる、っていうあたりは最近の僕と共通しているかもしれない。
そう思うとなんだか親近感が湧いてくる。
そして次の言葉が自然と出てくる。
「少し待ってもらえませんか? 残業を終わらせたらまた夕食に行きませんか?」
「いいですよ。終わったら声をかけてくださいね」
ダラダラ仕事をするよりは、何かの目標があった方が早く終わる。
今日の残業は早く終わった。
そして、梨香さんと夕食に行く。
話があって意気投合するうちに、二年ぶりに僕に彼女ができることになった。
さらにその日のうちにホテルまで。
◇◇◇
普段使わないタクシーで彼女を送って夜中に帰ってきた僕は、もちろん株価の記録をつけてから眠った。
フジヤマシステムズの数字はまだ光っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます