第2話「記憶」

2話「記憶」



疲れていたせいか、いつの間にか眠っていたらしい。


目が覚めたとき、窓の外はもう暗かった。


窓から入ってくる風は昼間とは比べ物にならないくらい冷たい。


私はホコリだらけの毛布を頭から被った。



目覚めてもベッドから起き上がるだけの気力が湧いて来ない。


幼い頃同じような事があったな……とぼんやりと考える。


あれは母がまだ生きていたころ……五年前、私は十一歳だった。


母が実家であるグラウン公爵家のタウンハウスに一カ月滞在することが決まった。


母に「私も連れて行って!」と頼んだのだが、断られてしまった。


グラウン公爵家に対する父の態度が悪かったので、父の血を引いている私は、母の実家に嫌われていたからだ。


だから私は、グラウン公爵家に里帰りする母に付いて行くことが出来なかった。


父と母の結婚は政略的なもので、エーベルト侯爵家の強い要求で成り立った。


三年続く不作に苦しんでいたエーベルト侯爵家は、持参金目当てにグラウン公爵家の令嬢だった母との結婚を望んだのだ。


エーベルト侯爵家は、母の実家の援助を受けて領地経営を立て直した。


領地経営が軌道に乗り出した頃……。


「真実の愛で結ばれた恋人がいたのに、グラウン公爵家に金の力で引き裂かれた……!」


父が自分を悲劇の主人公に見立て、可愛そうな自分に酔い始めた。


父は、母を「真実の愛を引き裂いた悪女!」と罵り、母の娘である私のことも「悪女の子供!」と言って嫌った。


エーベルト侯爵家が持ち直したのは、母の家の持参金のおかげなのに……酷い話だ。


父は喉元を過ぎれば感謝を忘れるタイプの人間だったのだ。


母が実家に帰ってから三日が過ぎたある日。


父の万年筆が無くなり、なぜか私が疑われた。


父は問答無用で私を納屋に閉じ込め、

「泥棒は納屋で暮らすのがお似合いだ!」

と言って外から鍵をかけた。


「ここから出たければ、母親に泣きついて出してもらえ!」


扉の向こうで父はそう言って、去っていった。


母が侯爵家に帰ってくるのは一カ月後、私はそれまで納屋から出してもらえない。


暗い納屋に一人でいるのが怖くて、父に罵倒されたのが悲しくて、泥棒の冤罪をかけられたのが悔しくて……私は納屋の中で膝を抱えて泣いていた。


『助けて……お母様、助けて……ライ……』


泣きながら助けを呼んだ。





『迎えに来たよ、アリッサお嬢様』






執事見習いの男の子が、父が無くした万年筆を見つけ出してくれたのだ。


彼は住み込みの使用人の息子で、名前はライ。


金色の髪にサファイアの瞳の可愛い男の子だった。


ライと私は同い年。


母が彼の両親を気に入っていたので、私とライは兄弟のように育った。


ライは、私が父に冤罪をかけられ納屋に閉じ込められていることを、グラウン公爵家にいる母に伝えてくれた。


事情を知った母は、すぐにエーベルト侯爵家に帰って来てくれた。


そして私は無事に納屋から出ることが出来たのだ。





『困ったことがあったらいつでもわたくしを呼んでください。

 お嬢様がどこにいても駆けつけますから』





四年前、冒険者になると言って家を出たライ。


彼が旅立つ前に私に言った言葉が忘れられない。


納屋に閉じ込められたときのように、ライの名前を呼んだら……彼は助けに来てくれるのかな?


ライ、助けて……私をここから連れ出して……。





「助けて……ライ」





涙とともに弱音が溢れ落ちた。







ドッゴーーーーーン!!







下の方から何かが爆発するような音が聞こえ、私は慌ててベッドから飛び起きた。


「何事?!」


爆発の振動で塔がぐらりと揺れる。


フンベアト殿下は塔ごと壊して、私を処刑する気なのかしら?!


私はネガティブな考えに捕らわれ、オロオロと部屋の中を徘徊した。


数分後、紫のジュストコールに身を包んだ一人の青年が現れた。


青年が剣をひとふりすると、鉄で作られた柵がすっぱりと切れた。







「お迎え上がりました、アリッサお嬢様」






そう言って彼は優雅にほほ笑み、塔に閉じ込められていた私に手を差し伸べた。




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