第12話 一方その頃、王宮の聖女と兵士は

「エミリー。聖女メリアの捜索を頼みたい。やはり、外を自由に探索できるのはお前だけだ」




「……はあ」


 国王陛下を目の前にしているのに、思わずため息がでた。多分、顔も引き攣っている。


「……あのぉ、私、すでに予定している仕事だけで忙しいんですけどぉ……」


 国王陛下相手に口答えするのも許されたい。それくらい、今の私には余裕がない。


「ああ。メリアがいないぶんの穴も埋めてもらっているからな。仕事が落ち着き次第で構わん。が、なるべくスケジュールを詰めるようにしよう」

「詰め……!?」


 絶句した。今のままでも相当キツいのに、さらに詰め込む余地、あったかな? ないと思うんだけど?


 フラフラになりながら、王の間から退室する。次はまた商人一座の護衛。帰ってきたら、壁に張っている結界の補強作業をして、次は国にお戻りになる隣国の要人たちの護衛。


「はあああああ、なんで、メリアさんいないの……」


 休みなく、馬車馬なんかよりずっとずっと働いて。ゆっくり横になる時間も、心の余裕もなかった。


「……こんな忙しいのに、メリアさんの捜索なんてできるわけないじゃない……。何考えてんの、王様……バカ……? バカなの……?」


 誰かに聞かれてたら不敬罪なことまで言ってしまう。ぶつぶつ文句が止まらない。はあ、とまたため息をついた。


 ああ、私があんなことを王子に言っちゃったから。


 メリアさんは本物の聖女じゃない、なんて。


「私のバカバカ」


 疲れすぎてる私の頭は、マトモなことは考えられず、ただ、とにかく与えられた仕事をこなすのでいっぱいいっぱいだった。ああ、ほんとに、メリアさんが本物の聖女じゃないなんて、言うんじゃなかった。なんで私が、私だけ、こんなにいっぱい働かないといけないんだろう。



 ◆



「はあ……っ、はあ……!!!」


「うえええん、こわいよぉおお!」

「ばっかやろう、お前が外に飛び出てったからだろうが! いくらガキでも門の外には魔物だらけだってことぐらい、口酸っぱく言われてるだろ!」

「ええええん」


 門番のくせに、居眠りをしていた同僚のことは棚に上げて、泣きじゃくる子どもを叱りつける。ああ、本当に最悪だ。


『グオオォォォオン!!!』


 空気を裂くほどの咆哮を立てながら、魔物がオレ達に迫る。その気になれば一瞬で殺せるのに、わざと泳がせて遊んでいるみたいだった。


 本で見た獅子に似た姿の魔物は近づいては吠え、オレ達をビビらせ、少し離れてはまた近づいてを繰り返していた。振り向いたらもう逃げられなくなりそうで、オレは振り返ることなく、ただ、ひたすらに走って逃げた。


 門のところまで戻ってこられれば、あの壁の中は結界で守られている。あそこまで、逃げ切れれば。


 しかし、今、オレたちが生きているのは魔物の気まぐれのおかげだ。きっと、その気になれば跳躍一つで首筋をガブリ、だ。


 尖ったキバで肉を噛み切り、爪で服ごと皮膚を裂くことだろう。走り続けて心臓はバクバクしているはずなのに、想像すると妙に頭だけがスーッと冷えた。


 小脇に抱えた子どもはひたすらギャアギャア泣いていた。


 この子どもを放り投げてしまえば。あるいは。


 頭によぎった考えに我ながら薄ら寒くなる。これでも一応、王宮に仕える兵なのだ。


 聖女エミリーの守りは絶対だから、あの門をくぐる魔物はいない。だから、門番は楽な仕事だ。……だからだ、そのせいで。


 ──なんとなく、門番のアイツのところに遊びに行っただけだったのに。

 いつもならヘラヘラしているはずのアイツの顔が青ざめて、門の外を指さすもんだから、事情を聞いて、オレは慌てて外に飛び出てきてしまった。


 アイツは一応、門のところにいるのが仕事だから離れられず、かといって誰かに助けを求めることもできず、呆然としていたらしい。


 閉ざされていたはずの門がわずかに開かれていた。

 そこから、ガキが門をくぐり抜けて走り去っていくのだけ、寝ぼけ眼に見えたらしい。


 ──それで、オレはガキを探しに外に出て、そして魔物に襲われているところにかちあった、というわけだ。


(……いや、コレ、死ぬな?)


 聖女エミリーはメリアがいなくなってしまった穴を埋めるべく、休む暇なく働かされている。

 彼女はさっき帰ってきたかと思えばまたどこかへ護衛にでかけていってしまった。メリアはいないし、エミリーもいない。


 毎年、何人かはこの草原で死ぬのだ。このガキみたいにこっそり外に出たとか、一か八かにかけて夜逃げしたとかで。あと、違法な傭兵とかが。この国で行方不明で死んでいる奴らは大体この草原で魔物に殺されて死んでいる。


 そろそろ体力の限界だ。魔物だって、もう遊びに飽きた頃だろう。

 疲れ果てた白んだ頭に思い浮かぶのは、追放された聖女メリアのことだった。メリアは『聖女』として勤めていただけのことはあって、ものすごい強かった。でも、いくらあのメリアでも、こんな魔物がうじゃうじゃいる草原に一人放り出されたら、もう──死んでいてもおかしくないかもな、と思う。


 聞くところによると、王子もメリアを独断で追放した罰として国王陛下に草原へと放り出されたとか……。メリアを連れて帰ってこい、って言われたらしいけど、まあ、もう死んでも構わないぞ、ってことだよなあ。次は誰が王太子に選ばれるんだろう。はは。


 まあ、そんなことはどうだっていい。わかる。真後ろに、魔物がいる。大きな口を開いて、襲い掛かろうとしているんだろう。生暖かい吐息が全身に降りかかってきた。怖い。

 オレはこれ以上ないってくらいきつく、小脇に抱えていた少年を抱き締め、これから身を貫くだろうキバに備えて、目をグッと瞑った。




「……。……?」


 身体に痛みはない。急に、静かになった。恐る恐る、オレは目を開いて、後ろを振り向く。


「大丈夫だった?」


 信じられないことに、そこには、今オレが頭に思い描いていた聖女、メリアがいた。あの日、出て行った時と同じ聖女の服を身にまとった彼女が、頭と身体がまっぷたつにされた魔物と夕陽を背後に、オレの後ろに立っていた。


「うえーん!」


 オレに抱かれていたガキが泣いた。安心したんだろうか、それとも、頭をもがれた魔物がグロくて怖いのか。まあ、ともかく、なんにしろ魔物に追われてどれほど恐ろしかったことだろうか。好きなように泣けばいい。


「……メリア?」

「遠くから、追われているのが見えて。無事でよかった」

「……っ、お、お前! 今、国ではお前を……」

「──ねえ! パーシー! わたしの両親は変わりないかしら!」


 国王陛下はお前を探しているんだ、帰ってこいと言おうとしたオレの言葉を遮って、メリアはオレに喰ってかかる勢いで両親の安否を尋ねた。


「あ、ああ。変わりないと聞く。ちゃんと、毎日雇われてる世話係も通っているみたいだ」

「よかったぁ……!」


 こいつが追い出されるときに両親のことを頼むと言っていたから、なんとなくオレは気にかけるようにしていた。そうでもしないと寝覚めが悪かったからだ。


「……お前、オレの名前覚えてたのか」

「もちろんよ。あの時一緒にいたオルソンとリカルドのことも忘れていないわ」


 にこりとメリアは微笑む。夕陽に照らされた彼女の微笑みは美しく、つい、ドキッとしてしまった。


「あっ、ああ、それでだ、メリア。お前、追放されていたけど今は……」


 お前に戻ってきてもらおうとしている──と言おうとしたオレを遮ったのは、今度は魔物の牙だった。


 頭部を失った体だけの状態で魔物はオレたちに襲いかかってきていた。

 話には聞いたことがある。魔物の中には脳や心臓が二箇所以上あるやつもいるということを。きっとこの獅子に似た魔物もそうなのだろう。にわかには信じ難いが、実際に襲ってきているのだから。


「……パーシー!」


 メリアは炎を魔物にぶつけて怯ませながら、オレに何かを投げつけてきた。丸い球だ。持っていると、軽いが不思議な手触りをしていて、ほのかに温かい。


「ここはわたしに任せて、あなたはその子を連れて門の中に戻って! エミリーみたいに結界をかけてあげられたらいいんだけど……代わりにその球! 魔物にぶつけたら爆発するようになってるから! もしも別の魔物に襲われたらそれ投げて!」

「え、ええっ!?」

「いいから、早く!」


 メリアに促されて、オレは一も二もなくその場から逃げ出した。ここから門までは大した距離じゃない。きっと大丈夫だ。走りながら、背後から激しい爆発音が聞こえてきた。振り返ると、黒い煙を立てて、激しく何かが燃えていた。メリアの『力』だ。メリアは炎を出したり、爆発を引き起こしたり、そういうのが得意だった。聖女エミリーはもっと神々しく、静かに魔物を光の力で滅するって感じだけど、メリアの場合はそういうのじゃなくて、圧倒的な力でねじ伏せて倒すという感じで、たしかに、まあ、『聖女』っぽくはなかった。


「……聖女、メリア……」


 オレはギュッと手のひらの球を握り締めた。握ってから「やべえ」と思ったが、ちょっと握ったくらいでは爆発はしないようでホッとした。


 門の中にたどり着くまでの間、魔物がオレたちに襲いかかってくることはなかった。




 オレはメリアのことは、国王陛下には報告できなかった。


 報告すると、ズルズルと「なんでオレが門の外に出て行ったか」まで言わなくちゃいけなくなるからだ。同僚の門番にどうしてもそれだけはやめてくれ! と懇願されて、押しに弱いオレはそれに負けてしまった。


 ガキンチョは、親が今病気で、「外に出れば何でも治る魔法の薬草が生えているから」という噂を聞いて飛び出していったらしい。ガキには、勝手に門の外に出て行ったことをオレたちも内緒にしてやるからお前も言うんじゃないぞと口止めをしておいた。子どもでも、国の認可なしに外に出ることは本来は罪に問われる。……本当は同僚のこともガキのことも、ちゃんと報告すべきなんだけど、さ。

 

 親が病気、って聞いたらメリアのことを思い出して、なんとなく、滋養に良さそうな食べ物を買い込んでガキンチョに渡してやった。


 メリアから渡された球体はしばらくの間、自室の窓辺に置いといた。ずっとそのままの形を保っているのか不思議だったけど、日に日に萎んでいき、最後は植物の種みたいに小さくなってしまったから、なんとなく土に埋めた。


 メリアは確かに、『聖女』とは違うかもしれない。物騒な力で物騒に魔物を倒す彼女は王子の言うように、異質なナニかに思えたけど、でも。しかし。




 脳裏にこびりついている、あの夕日を背後に微笑む彼女は、『聖女』にふさわしく思えた。

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