第11話 もっと働くべきなのでは!?

 今日も朝起きて、魔王さまを起こして、お屋敷のお掃除をサッとして、畑にお水をやって、家畜に餌をやって、小屋の掃除をして、イージスがお昼ご飯作るのを手伝って、魔王さまにお茶をお出しして、狩りにでかけて、夜ご飯を食べて、イージスが食器片付けるのを手伝って、魔王さまのお部屋に安眠効果のあるハーブのポプリを置かせていただいて、寝る!!!




「はあ……」


 わたしは悩んでいた。これが魔王さまのお屋敷でのわたしの日常。多少の変動はあれど、大体毎日こんな感じ。


 魔王さまはこれでいいと言っていたけれど。でも、やっぱり。

 これじゃだめだ、こんなのよくない、と思う。



「……わたし、あまりにも、働いていない……!!!」



 ◆



「……メリア、お前は一体今までどういう働き方をしていたんだ……?」

「え……?」


 さっそく、「このままでは働きぶりが申し訳ないからもう少し働きたい」と雇用主である魔王さまに直談判しにいったわたしに返ってきたのは、深い眉間の皺と苦渋に満ちた掠れた声。もしかしなくても、機嫌を損ねてしまったらしい。冷や汗が出てきた。


 どう、って……。


「ほぼほぼ毎日ひたすら外国に行く要人や商人たちの護衛任務で国と国の間行き来して、魔物と闘りあっていましたが……」

「……休みはあったのか?」

「まとまったお休みはなかったですね。でも、もう一人、エミリーっていう聖女の子がいて、その子と仕事は分担していましたが……。ただ、わたしと違ってエミリーは結界を張ったり、怪我人の治癒といったこともできたので、大体護衛任務はわたしが担うことは多かったです。ので、ほとんどわたしは外に出ずっぱりで……」

「二人いてそれなのか……」


 なにやら魔王さまはげんなりとしていた。


「あっ、そういえば、エミリーが聖女の力に目覚めてからは結界を張り直してくれて楽になったんですけど、その前は先代聖女が張ったきりの結界が脆くなった場所から魔物が入り込んだりして、その退治にかけずりまわったりしてました! ほんと、エミリーが聖女になってからすっごいお仕事楽になったんですよ! 調子に乗った王家が護衛の仕事数増やしてヒイヒイになったりもしましたけど……」


 指折り思い出すと、あれよあれよと前職場の仕事の大変だったなあということがどんどん出てくる。そしてそのたびに魔王さまの眉間の皺が濃くなる。


「……『聖女』の労働環境は良くなかったようだな」

「ううん……他を知らないのでわかりませんが、離れてみると、アレ? なかなかしんどかったんだなぁ? とは思いますね」


「……そうか」


 魔王さまの目が心なしか同情的にわたしを見つめていた。かわいそうな話、してたかなあ?

 うん、でも、わたしの前職場を憂いていただけで、ご機嫌を損ねてしまっていたわけじゃなかったみたいだから、ヨシ!!!


「……メリア。お前がどう思っているかは知らんが、お前は十分よく働いてくれている。むしろ、働きすぎなくらいだ」

「そ、そうですか?」


 魔王さまの真摯な瞳になんだか照れてしまう。魔王さまがそう言ってくださると、「こんな仕事ぶりじゃ」と思っていたけれど、救われる気持ちだ。

 しかし、だからこそ、この良い主人にもう少し報いたいという気持ちもわいてきてしまうのだ。


「でも、楽しく過ごさせていただいているので、あまりお仕事をしているっていう感覚じゃなくって……。──なので、よろしければ、新しくですね、『お洗濯』のお仕事もさせていただきたいと思って!」


「洗濯……」

「はいっ。それでしたら、魔王さまやイージスにもご迷惑はおかけしないでお役に立てるかな、と!」


 魔王さまの片眉が上がる。少し、逡巡ののち、魔王さまは首を横に振った。


「いい。自分たちでやる」

「このくらいのお仕事させてください!」

「……メリア。その、迷惑だと思っているわけではないんだが」


 こほん、と魔王さまは咳払いをひとつする。


「お前は……いや、君は年頃の女の子だろう。女の子に男所帯の服を洗わせるのは忍びないというか……」

「……下着ってことですか!?」

「い、言い直すな!」


 つい、ピンときて、ハッとして言ってしまった。


「す、すみません。でも、そんなこと、お気になさらないでください。ほら、わたしくらいの年頃の洗濯婦なんていくらでもいますし」

「君は別に洗濯婦じゃないだろう。俺も君を洗濯婦として雇ったわけじゃない」

「……じゃあ、わたしは一体、なんなんでしょうか……」


 う、と魔王さまが言葉に詰まる。困らせようと思ったわけではなくて、純粋な疑問だった。押しかけて働かせてください! とお願いして、採用してもらったにはもらったが、今のところ唯一明確にオーダーされたのがモーニングコールだけなのだ。


「……少なくとも、洗濯婦じゃない。俺たちの服なんて洗わなくていい。気持ちだけで十分だ」

「……はい」


 魔王さまは言葉を濁らせるけれど、わたしも追求しないことにした。

 雇い主が今の仕事ぶりで十分というのだ。ならば、それに従うのが筋だろう。


 あまりにもお役に立てていない気がして、それはとってもソワソワするのだが。


「……すまんな、こんなところで働かせてしまって。もっとハッキリとした役割を与えてやれたらよかったんだが」

「いえ! 雇っていただけているだけ、本当に、ありがたいです!」


 国外追放された身分の人間が、衣食住にお金まで与えられるのだからこれ以上のことはないだろう。しかも、毎日がとても楽しいのだ。


「あ、あの、『年頃の女の子』って言っていただけて嬉しかったです」

「……」

「わたし、そういうふうに扱っていただいたことなかったから、なんか……照れちゃいました」


 魔王さまが、わたしの願いを突っぱねてしまったのを気にしていそうなご様子だったから一言フォローをいれる。といっても、これは本心だった。


 『聖女』として魔物と戦う日々。ただひたすらそれしかなかったわたしを『女の子』として扱ってくれる人は周りにはいなかった。

 魔王さまは、魔王だけど、お優しい人なんだなあとしみじみ思う。


「……は」

「はい!」

「…………なんでもない」

「……はい?」


 魔王さまは何かを言いかけて、やめてしまった。きょとんと首を傾げて魔王さまのお顔を伺うと、ほんの少し、顔が赤くなっていた、気がする。


「……メリア、お前はよく働いてくれている。畑の仕事も、家畜の世話だって、楽な仕事じゃないのに、ニコニコと。本当に十分すぎるほど、働いてもらっている。こんなことまでしなくてもいいのにだ」

「そんな! 本当にわたしは全然です!」

「本当は、お前がここにいてくれているだけで、俺は……俺たちは助かっているんだ」


 青い瞳が真剣な眼差しでわたしを見つめる。


「……お前がいなかったら、俺はまともに寝て起きることもできなかった。それだけでも、十分すぎるくらいだ」

「えっ……」


 魔王さまの眼差しに、どきりとする。


 ……なんだろう、毎朝決まった時間に起こしているからかな、それとも、安眠効果のポプリのおかげかな。どっちだろう。


「だから、そう、何も役に立っていないなんて思わないでくれ」

「は、はい! わかりました! これからも頑張って、毎朝魔王さまを起こします!」


「……………そうだな」


 張り切って大きな声で返事をすると、魔王さまの長い沈黙で肩透かしを喰らう。しばらくしてから肯定をもらってホッとするけど、魔王さまのこの沈黙タイムはちょっと心臓に悪い。


 ともあれ、モーニングコールがお役に立っていてよかった。魔王さまの睡眠問題も解決しているみたいだし、嬉しいな!


(よし、わたしは……自信をもって、働こう!)


 雇い主からの太鼓判もいただいたんだ。胸を張っていこう!

 わたしは心の中でエイエイオー! と拳を振りかざした。

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