第13話 大丈夫かなあ
魔王さまのところで働くようになってから、わたしも毎日よく眠れるようになった。聖女のお勤めは激務だったからなあ。おつかれハイになって寝れないことも結構あったんだよね。単純に寝る時間がない時も多かったけど。
この間、草原にいた兵士のパーシーと、男の子は無事に帰れたかなあ。あのあと、周りを見てみたけど、死体も何も転がってなかったから、きっと大丈夫だよね。
偶然出会えてよかった。
(……エミリーは大丈夫かな)
ふと、かつての同僚を思い出す。二人でこなしていた激務を、今はエミリーが一人で担っているはず。聖女の仕事を代われる人材なんて存在しない。いくら屈強な騎士や兵士であろうと魔物を倒すことは難しい。
……さすがに、国がわたしを追放したんだもの。聖女の仕事も、エミリー一人になったことを考慮にスケジュール調整されていると思いたいけど……。
……大丈夫かな。
◆
実に気持ちのいい晴天である。今日は魔王さまとイージスで狩りに行くことになった。
魔王さまは、睡眠に問題があったりとあんまり体調がよろしくないのかな? という印象があったから、狩りだなんてそんなアクティブなことは大丈夫なのかしら? と思ったけれど、わたしが来る前から、起きてさえいれば、二人で狩りに行くことはよくあったみたい。
魔王さまがダウナーなのって、きっと封印されていた名残よね。おかわいそうに。
屋敷のある森を抜けて、平原に辿り着く。
見通しの良い景色の中に、魔物の姿がぽつぽつと確認できた。
イージスはとにかく足が速い。彼は逃げる魔物をあっという間に捕まえて、いとも容易く仕留めてしまう。
なんでも魔族としての異能らしい『健脚』。全盛期はもっと速かったと言っていた。
わたしがそばにいると調子がいいらしいけど……なんでだろう?
魔王さまも、魔力を使って火の玉や風の刃を生み出して遠くにいる魔物を仕留めていた。そりゃあ、魔王なんだから、という感じだけど……魔王さまは、かなりお強い。涼しい顔してバンバンやっつけてしまう。
魔王さまの魔力の使い方は、わたしと似ている。──いや、むしろ、わたしが魔王さまの魔力に似ている力を持っているんだろう。
魔王さまも、わたしがいると魔力が漲るらしい。封印されて、力を失っていたけれど、わたしさえいれば魔力切れの心配がないんだとか……。
(……わたしって、なんなんだろう……)
この疑問の答え。なんとなく、可能性には行きついていた。
わたしの持つ『力』、これはきっと魔力なんだろう。
本来は魔族だけが持つ力。だけれど、なぜか、わたしには魔力がある。
間違い無く、わたしは父さんと母さんの子で、父さんと母さんは人間だ。
なのに。
ぼうっと考え事をしていると、視界が不意に陰った。翼のはためく音が響く。
大きな鳥の魔物だ。指を突きつけ、わたしは念じる。突きつけた人差し指から電流が走り、鳥を襲う。
雷が直撃した鳥はボトリと地に落ちた。
「おっ、やったな。メリア!」
離れたところにいたはずのイージスがピュッと近づいてきて、その勢いのままわたしの肩を抱いた。
あっ。
「いでででででで!?」
「ご、ごめん、大丈夫?」
わたしに触れたイージスが、感電した。
この間、魔王さまに触られたときは大丈夫だったけれど、わたしの体質自体は健在だったらしい。
……でも、イージスが魔族だからこうなったのなら、なんで魔王さまは大丈夫だったんだろう?
王子は人間でもバリバリになってたけど……あれは王子がわたしに害意があったからだ。イージスは多分、害意はない。けど、ビリビリになっていた。
うーん、我ながら条件がわからない。
「イージス、お前が悪い」
「なんだよ、ちょっと肩抱くくらい」
「ごめん、そういう体質なの。でも、あんまり近づかれてもびっくりするからやめてね」
イージスはちぇ、と口を尖らせていた。おそらく、イージスは懲りない。悪い人じゃないけど、悪気がない分性質が悪いタイプだと思う。
あと、魔族だから、なのかなあ。人と接するのに、感覚が違う……って感じがする。わたしのことは犬やネコに言うのと同じニュアンスで「カワイイカワイイ」って言っているし。それでも、まあ、無遠慮に距離が近いのはちょっといやだな、と思う。わたしも、年頃の女の子だから。……一応。
悪い奴じゃないし嫌いとかではないけどね。うん。それはそれ、これはこれである。
◆
「そろそろ帰ろう」
魔王さまの呼びかけに頷く。わたしたち三人でなら、いくらでも魔物をやっつけられるけど、目的は食料の確保だ。無為な殺戮はしない。
帰り道に着く前、わたしは平原を振り返り、城郭都市のある方角を眺めた。
人影はない。魔王さまの屋敷は都市から見て、南側に位置する。そして、国境は山脈に囲まれたこの国の北側にのみ存在しているから、国を出ていく人はわたしが今いる方角の方に足を運ぶことはない。あの壁の向こうに、今日も護衛客を引き連れた聖女エミリーはいるのだろうか。
もうすぐ、わたしが追放されてからひと月ほど経つ。
病魔に冒されている両親ももちろん心配だ。そろそろ、仕送りもしてやりたい。
「魔王さま、都市の中に潜り込んでいるという魔族さんってそろそろ屋敷に戻ってきますか?」
「そうだな。長いときは年単位で戻ってこないが……」
「年単位!?」
思っていたよりも、一度行ったら長丁場で頑張っているらしい。しかし、それだけ長期滞在できるということは、それって、ものすごい人間社会に馴染んでいるってことでは……。
暗い森の中をざくざく歩いていき、程なくしてお屋敷の屋根が見えてきた。
「お、噂をすれば、って奴じゃねえか?」
イージスが明るい声を出す。
お屋敷の前の、木々が拓けたところに到達して、ようやくわたしにもその人影が見えた。
「我が王、お帰りなさいませ」
「ディグレス、お前、外で待っていたのか」
「ご不在のようでしたので」
スラッと伸びた背筋、オールバックにした薄紫の髪、鋭い金色の瞳。そして、細い銀のフレームの眼鏡。
いかにも神経質そうな印象の青年がそこにはいた。
「……我が王、失礼ながら、そちらのお嬢様は……」
「……メリアだ。人間だが……俺のもとで働きたいと言って、ここに住んでいる」
「なんと!」
金色の眼がギョロリとこちらを向く。
「……魔王様、我が王。この娘は……」
「……ああ」
二人は神妙な面持ちで頷き合う。
なになに、なんなの。この意味深な雰囲気は。愛想笑いが不安でひきつってくるからやめてほしい。
イージスはこのやりとりには興味がないらしく、いつの間にかいなくなっていた。今日狩った獲物を持って、とっとと屋敷の中に入っていってしまったみたい。
「あ、あのー……」
「……」
うう、無言の睨みが辛い。
このディグレスと呼ばれた魔族の青年。そうとう目つきが悪かった。眼鏡をかけているからこそ、なんとかマイルドになっている。裸眼で見たら泣くかもしれないくらい、目が怖い。
しかも、眉間に深い皺が寄っていてなおさら怖い。だけど、目を逸らしても、初対面から悪印象になるかしらと思うと、耐えるしかない。
わたしはここで働くのだから、同僚とはいい関係でいたい。それに、この人にお願いをして両親への仕送りも運んでもらう予定なのだから、失礼な態度をとるわけにはいかない。
プレッシャーを感じつつも、愛想笑いをなんとか保っているうちに、ディグレスさんは動きを見せた。
急に、天を仰ぎ、感嘆したのだ。
「魔王様に……春が……!」
「おい」
「ああ、よいのです、よいのです。何も言わないでください、我が王よ。永きにわたる、私の憂いが、こうして晴れる日が来るだなんて……」
「違う、察するべき部分が違う。お前、わかっててやってるだろ」
……春?
「メリアさん」
「はっ、はい!」
春って何? 魔族にだけ通じる隠語? とか思う間も無く、ディグレスさんが向かって直角にお辞儀をしてきて焦る。
「私の名はディグレス。魔王様に仕える生き残りの魔族です。どうか、末永く、よろしくお願いいたしますね」
「は、はい! こちらこそ!」
にこり、と目を細めて笑った顔は、意外にもとても優しそう……というか、純朴な雰囲気だった。目つきが鋭いだけに、ギャップがすごい。なんだかどっと緊張の糸が切れる。
良い人そうで、よかったな? ……多分。
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