第9話診療所へ

 俺とアックス君は、俺の案内であの診療所に向かっていた。俺はハッキリ言って戻りたくはなかったが、信用を得るため仕方なくいいなりになっている。


 「おまえのほんとうの名前は?」


 老人が俺に聞いた問いかけをアックス君が重ねて尋ねてくる。


 「でも君は、俺のことをナシュリーじゃないか?と呼び止めただろ?ならば、ナシュリーでいいじゃないか。それとも君は、ナシュリー君とは親しい仲だったのか?」


 「俺とナシュリーは幼馴染でいつも一緒だった。俺の正体は明かさないが、あの老人は俺とナシュリーを拾って育ててくれて仕事も教えてくれた恩人だ。だからナシュリーをおまえに変えた、敵が許せない…。クソッ…なんでこんなことまでおまえに。すがたかたちはナシュリーのままだからつい口が滑ってしまった。すまない、忘れてくれ。」


 アックスは俺の背中を鞭で傷つけたやつだから、悪いやつだと思っていたが、そんな単純じゃなかったようだ。安心した。そりゃあそうだよな、幼馴染でずっと一緒だった親友が消されたらつらいよな…かなしいよな…くやしいよな、反吐が出るな。


 思いを巡らせている間に診療所の街にたどり着いた。アックス君に診療所を見てもらうが、そこに人の気配はない。俺も「嘘だろ…」と思い、診療所の中を見渡してみたが、俺が寝ていたベッドや各部屋にあったあらゆるもの、そしてあの3人。アックスはしばらく確認するも、老人の命令を実行しようと刃物を取り出して俺を殺そうと向かってくる。


 「待ったーー。待て、コレが落ちてた。」


 俺がアックスに提示したのは、トイレのドアが無理に蹴破られていると分かる、僅かな傷跡。そして大便所で流し損ねた俺の忘れもの。小さい診療所とはいえ、そこにあるすべてのものを全て移動させるとなると、大量の人員と長い時間が必要だったはず。俺の計算ではここを出てから戻ってくるまで半日は経っていることに気付いた。


 「フン、おまえの言う通りなら、手分けしてやつらが近くを移動していないか探すか?」


 「いや、アックス君。俺の命を気遣ってくれるのはありがたいけど、ここは追わないほうがいいんじゃないかなぁ。ナシュリー君ならたぶん追うんだろうけどね、ナシュリー君の勘はそう言ってるからね。」


 「ナシュリーはおまえの中で生きているのか?」


 「いや、俺だけだよ。」


 「ナシュリーは死んだんだな。おそらくナシュリーは知ってはいけない何かを知ってしまったんだろう。」


 「これからはあの老人から離れて、俺と新しく始めないか?俺は探偵になるために生まれ変わったはずだから。アックス君…協力して欲しい。ケンカの強い助手としてね」


 アックス君は、俺のことを信用してくれるようだが、まずはあの老人に報告すると言うので同行することにした。

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