第5話天獄?地獄?

 俺は意識が飛んだ。雷が俺に直撃した瞬間はなんとなく覚えている。身体中が大火傷を負ったような激しい痛み、尋常じゃなかった。熱さも身体全体で感じた。

 子どもの頃だが、自転車で競争をしていたときのこと。数人で争っていたのだが、俺は時々後ろを確認しながら自転車を全力で漕いでいた。長いこと走っていて自分が一着のまま有頂天になっていた。その直後、後ろを見ながら漕いでいたら、前にある大っきい看板に気付かず勢いよく突っ込んだ。膝小僧は擦りむくは、顔や腕や足、傷だらけになった。あまりの痛さに涙が止まらなかった。あのときの数倍、いや数百倍…、まだまだ数値や例えでは言い表せない。

 とにかく最初で最後の災難でしかなかった。


 もう身体の感覚がまったくない。死んだのかもしれない。

 あれだけの雷を受けたのだからまるこげだろう…。


 遠く?近く?からか、かすかに俺を呼ぶ声が聞こえる気がする。


 「…きて……お……て……起き…て」


 何やら、「起きて」と言っているようだが、俺を呼ぶのは誰だろう?全然声に聞き馴染みがない。もしかしたら墓前で奇跡的に助かって、気をなくしただけなのかも…。さらに呼ぶ声がハッキリしてくる。


 「起き…て………起きて…起きてください」


 ハッキリと「起きてください」そう言った。俺もだいぶ意識がその声に集中してきていることに気付いた。俺の魂が俺自身に戻ってくるように、俺は目を見開いた。そして起き上がって周りを見渡す。


 「…………んーー?…」


 「やっとね…、心配したわよ。急に苦しみだすから」


 「あのー、ここはどこですか?」


 「なに?また記憶喪失ごっこ?しつこいわよ」


 どういうことだ、記憶喪失ごっこだと。なんだよ、この失礼な女は、ここは見た感じでは病院?みたい…だな。女は白衣を着た看護師でなら俺は患者かな?でもここ病院にしてはベッドが…、俺のとあと一人分しかないから、保健室とか、どっかの学校に運ばれたのかな?あのお寺の近くに学校なんてあったかな?


 「なにひとりでぐちぐち言ってるのよ、変な人ねー…、あなたはもともと記憶がないんだから、ここで寝てなきゃダメよ、いつも言ってるでしょー…。」


 もともと記憶がないだと、おれは全部覚えてるぞ。俺の父は冤罪で死んだ、赤浜芥也。母さんは鬱になり、俺は探偵を夢見ていると墓前で父さんに報告して雷に打たれて…、そのあとこの病室に…保健室か。


 「ねぇー、お姉さーん。ココってどこの学校ですか?俺もう家に帰りたいんだけど、早く帰って探偵事務所に片っ端から電話しないと俺、無職になっちゃうんで」


 「ねぇーあなた…、起きてからおかしいわよ。ワイオネル先生呼びましょうか?なにか話したら落ち着くでしょ?」


 やばい、らちがあかない。俺はなにか?精神科医にでも入れられてるのか?俺は全て覚えてる、なにが起きてるのか確かめるために、ここを抜け出そう。そうしないと危険だって俺の感覚が唸ってる気がした。


 「あー、ごめん。実は休憩の時、本を読んで色んな国の文化を読み漁ってたんだ。それでつい、看護婦さんをためしただけだから。」


 「そうなのー、安心したわ。それじゃあ、また寝てる?」


 「あぁぁ……、いや、トイレに行きたい」


 「トイレ?でもあなたは尿瓶でしょ?ここであたしがしてあげるわよ、いつもみたいに。」


 「いや、でも今日は外の空気を吸いたいんだ。おなかいっぱいね…、本にも書いてあったしさ」


 「そう〜お〜、まあいいわ。今日はあなたがあなたじゃないみたいだわね。行ってらっしゃい」


 とてもあたたかい眼差しで俺を見送ってくれる。俺も少しだけあたたかい気持ちになれた。雷に打たれる以前は辛いことがいっぱいあって冷ややかな目で見られていたし、外に出るのも息苦しい思いをしたから。余計に癒しっていうのかも。


 「行ってきます」


 さぁて…、この病室を出たら、別れ道。

 トイレは右か左か…と考えていると看護婦さんが「左よ」と教えてくれた。


 左へおちおち歩いているとすぐそこ、右手にトイレが見えた。すぐさま入り、ドアに鍵をかけた。小窓を開けて外を見ると、俺がいたのは病院や学校や精神科医でもなく小さな診療所で街並みはベイカー街のような歴史の古そうな建物が並んでいた。


 俺は冷静に外国か?と思った。

 ええぇえええーーーーーーーーーーー?

 おいおいおい、外国だと?飛躍しすぎていないか?

 ちょっとまて、と思った俺はトイレの鏡に顔を映す。

 なっ?コレは…、俺じゃ…ないじゃないかぁ…。

 

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