第1話 愛犬と『仮面ライダー サモンライド!』

 ※この物語は、虚実入り混じったフィクションである。


 ここのところ毎日、心に風が吹いていた。

 何をしても満たされぬ風が吹き、ゲームパッドを握りしめたまま泣いていた。


 ◇


 親が2匹目の犬を拾ってきたのは、14年ほど前のことだ。


 それまで飼っていた愛犬がなくなり、もう犬は飼わないと家族で決めていたその矢先、父が情にほだされて捨て犬を拾って来た。白くて綿菓子のような毛の彼女は、まるで先代の犬にしてあげられなかったことを代わりにしてあげるかのように、我が家で大切に飼われることとなった。散歩も餌もブラッシングもシャンプーも、常に誰かが率先して行うくらい、家族で大切にしていた。しつけもすぐに覚える犬だった。


 大型犬だったが心臓が弱く、あまり長時間の散歩は出来ない犬だった。すぐに疲れてしまうので不思議に思い、動物病院に相談するとそのうち心臓の薬が必要になると宣告された。進行を遅らせるだけなので、悪化すれば薬代が高くなってしまうことも言われていたのだが、それでも穏やかに生きられるならと毎月必ず病院に通い、その甲斐もあってか亡くなる直前までは元気に生きていた。食欲も旺盛で、あとからきた子猫の親代わりも果たし、人懐っこく誰にでもなついていたのを覚えている。とても臆病な犬で、大型犬なのに雷がなると自分の膝に乗ろうとするし、誰の膝にも乗れないとわかると、信頼している先住猫に乗ろうとして怒られていた。地震が起きればテーブルの下に速攻で逃げ込み、誰か来ても気が付かず寝ているので番犬にならない。


 撫でまわしてもらうのが喜びで、とにかく自分を見て欲しい。


 そんな犬だった。


 寂しがり屋なので自分の布団にもぐり込み、朝まで一緒に寝ていることもあった。いつも自分を見て、構って欲しいからゲームを遊ぶと不機嫌になる。TVやモニターを使うゲームなら、なおさらだ。画面の前に座り込み、抗議することも多かった。


 とくに覚えているのが、まだWiiUがメインハードだった時代。5歳だった愛犬はゲームに興じる自分に腹を立て、よくWiiUのゲームパッドを叩き落とした。据え置きハードでありながら、コントローラーにモニターがついた小さな携帯ハードとも言えたWiiUは、ゲームパッドだけで寝転がりながら遊べる便利なものだった。ただでさえ高価なゲームパッドを壊されてしまっては、たまったものじゃない。巧みに前足を出してくる愛犬のパンチを避けつつ、『スプラトゥーン』などを遊んだものだ。


 なかでも、想い出深いのが『仮面ライダーサモンライド!』である。つい先日、亡くなった犬の遺品を整理するために倉庫の掃除をしていた時、色褪せた『仮面ライダーサモンライド!』の箱と、ライドフィギュアが奥から出てきた。それを見たとき、亡くなった犬の姿が脳裏に浮かび、気が付くと目から涙がこぼれていた。愛犬との想い出が『Miiverse』(WiiUにあったアバターを作って交流するコミュニティ。各ゲームごとの感想を書き込めるページもあり、ゲームの反応がわかる)のように溢れ出てきて、しばらく呆然としていた。もう戻ってこない日々に、思いを馳せて。


 ◇


「だから、ダメだってば!」


 その日、周囲の評判を聞きつけて『仮面ライダーサモンライド!』を購入した私は、愛犬の攻撃をかわしながらライドゲートをセットしていた。ライドゲートは、この『サモンライド』でのみ使用する特殊なデバイス。円盤状の台座にライドフィギュアと呼ばれるライダーのフィギュアや、ライドチップと呼ばれるアイテムを置くことでゲーム側が反応し、対応する仮面ライダーが呼び出されるシステムを搭載した玩具連動型のゲームだ。なおライドゲートやフィギュアが、その後のライダーゲームで使われることは二度となかった。『サモンライド!』だけの専用玩具となっている。


 当時の最新ライダー・仮面ライダードライブがメインとなる初のゲームと言うことで、発売前はファンからの期待が高かった。発売後はどうだったのか。それはこの話においては、どうでもいいことだろう。トレイナ、メモル、ミヌークというオリジナルキャラクターが登場し、仮面ライダーが異世界に召喚されるという展開も斬新だった。オリジナルキャラクターで物語を回すため、ライダーは戦闘時の掛け声以外では喋らない。最初からライダーのゲームとして企画されていたのかすら疑わしいほどに喋らない。おそらく、もっともよく聞く仮面ライダーの原作キャラの台詞は、ベルトの音声を担当したクリス・ペプラーの「サモンラーイド!」という掛け声だろう。


 また、登場キャラの名前も愛犬の暴走に一役買っていた。オリジナルキャラクター

の1人が、愛犬の名前とよく似ていたので喜んで反応してしまうのだ。それもあって集中して遊ぶことが非常に難しい。ライドゲートを置くだけでも一苦労だ。


 そして、ライドゲート自体もいささか問題があった。反応の精度が低く、フィギュアを置いても反応しないことがよくあるのだ。ましてや、我が家には愛犬がいる。フィギュアを置いても犬パンチ。チップを置いても犬しっぽアタック。ライドゲートをどうにかして安定させるために、愛犬をなだめすかして四苦八苦しながら『サモンライド!』を遊び続ける。まだ5歳の愛犬は、本当に元気で遊び盛り。心臓の病気もそこまで進行していないので、とにかく元気に邪魔をし続ける。


 なんとか遊び続け、課金ライダーが必要なゲートまで辿り着いたとき、ライドフィギュアが行方不明になっていることに気が付いた。課金ライダーとは、セットでついていない別売りのフィギュアである。ゲーム中には属性によって開くゲートがあるのだが、別売りでしか手に入らない属性のライダーがあったのだ。


 犬とスーパーアポロガイスト(ゲーム内に登場する原作の敵キャラクター)、原作で巨大化したことがないはずなのに、なぜか巨大化しているサブライダー、そしてライドゲートの精度と格闘しつつ、なんとか『サモンライド!』を遊ぶ。ほかの人よりも遊ぶための工程が多くなり、クリアのハードルがあまりに高かった。結局、私は途中でプレイを断念。『ガイアブレイカー』というダウンロードソフトを遊び始めた。Miiverseと連動したシューティングゲームである『ガイアブレイカー』は、ほかのプレイヤーが到達した地点がMiiアイコンとともにゲーム中に表示される。なぜか知り合いばかり表示されるような気もしていたが、気にせず遊ぼう……とするものの、今度はゲームパッドを叩き落としてくる愛犬。仕事から帰り、なるべく家族の邪魔にならないよう夜中の3時に遊び始めたのに、とてつもなく元気いっぱいだ。


 そういえばと、ふと思い出した。今日は終電で帰ってきたので、犬の散歩をしていなかった。おそらく、家族も忙しくて出来なかったのだろう。いつもなら朝の散歩へ行くのが自分の役割なのだが、編集部に泊まり込んでいたので出来なかったのだ。


 そうこうしているうちに、自分の伝えたい意図がやっとわかったと気づいた犬が「ワン!」と吠えそうになった。流石に近所迷惑だ。仕方ない。この時間は霧が出ていて恐ろしいのだが、散歩に行くしかないだろう。『ペルソナ4』で時間切れになった時と同じくらいの霧が出る田舎に住んでいたので、なるべく出かけたくはなかったのだが、犬は希望に満ちた目でこちらを見つめてくる。仕方なしに、外へ出た。


 懐中電灯を持ち、夜の田舎を歩く。田んぼから聞こえてくる蛙の声ですら、気味が悪く聞こえる時間帯。ちゃんと家の鍵は持っていたかな。気になってポケットを探るとライドフィギュアしか入っていない。思わず肝を冷やしたが、よく探すと反対側のポケットにカギが入っていた。だが、動揺していた私は思わず「サモンライド!」とつぶやいてしまう。霧の夜、田舎のあぜ道にクリス・ペプラーの声真似が響いた。


 もちろん、仮面ライダーは召喚されなかった。その代わり、『サイレントヒル』のような霧の向こうから、老婆が飛び出してきたのには少しだけ虚をつかれた。普通なら肝を冷やすのかもしれないが、ここは田舎だ。早寝早起きの老人がいても驚くことではない。「かわいいねぇ……」と愛犬に笑いかけると、老婆はまた霧の中に姿を消した。それから間もなくして、徘徊老人の所在を呼びかける町内放送が流れてくる。あの老婆だろうか。そう思っていると霧の中から違う老婆が現れ、また霧の向こうへと消えた。今度こそそうなのかと追いかけたが見失う。やはり、この町は『サイレントヒル』なのかもしれない。私は、でたらめなボクシングスタイルの構えを取った。もしも、この町が『サイレントヒル ゼロ』なら、パンチがとても強いからだ。『サイレントヒル シャッタードメモリーズ』なら、逃げるしかないので諦めよう。


 散歩コースを巡り、折り返し地点で深夜のコンビニへやってきた。郵便ポストに犬を繋ぐと、私は犬用のおやつとファミチキを購入する。店の前のベンチに腰掛け、犬と一緒に小腹を満たした。「最近さ、やっと仕事が面白いと思えるようになったんだよ」「ワン」なんとはなしに愛犬へ世間話を振るが、残念ながら私の片手にあるファミチキにしか目が行っていないようだ。ただただ、ファミチキだけを見続けている。


「でも、どこまで突き進んでいいのか、いろいろと難しいんだ」

 

 ファミチキを奪おうとする愛犬をかわしながら、言葉を紡ぐ。


「この間さ、PS Vitaのうた組み575っていうゲームがあるんだけど、それでうまく単語を組み合わせて下ネタの歌を作ってみたんだ。うた組み575って、自由に文章を入力できないんだけど、単語を組み合わせて歌が作れるんだよ。それで、さ。たとえば朕という一人称を二回続ければ朕朕(チンチン)になるわけ。もう最初から狙っていたとしか思えない単語チョイスなんだよ。それで、うまく下ネタになるように歌を作ってみたんだけど、記事になるどころか事前に担当編集にバレて死ぬほど怒られてね。難しいよね、生きるのって、さ」とりとめもなく、星空を見上げながら愛犬に他愛もない世間話を聞かせた。どこにでもある仕事の失敗談だ。星を際立たせる夜の冷気を顔に受け、噛り付いたファミチキとの温度差が喉を温め、心を落ち着かせる。


 愛犬とともに家につくと、満足した犬はすぐ布団に潜ってしまった。寝息を立てて眠る犬の姿を確認すると、私は再び『仮面ライダーサモンライド!』を起動する。


サモンラーイド!


ドラァイブ!


 ◇


 埃をかぶった『仮面ライダーサモンライド!』の箱を見つめ、私はもっとも元気で楽しそうだった5歳の頃の愛犬の姿を思い浮かべていた。自分にとって、『仮面ライダーサモンライド!』は、美しい想い出と紐づいた忘れられないゲームだったのだ。いつしか、そのことを忘れて箱ごとしまい込まれた『サモンライド!』は、埃を払うと新品同様に綺麗なままだった。私はライドゲートを箱に戻すと、ふたたび倉庫の奥にフィギュアごと押し込んだ。たとえ、今『サモンライド!』を起動しても、もうあの日々は戻ってこない。目の前で息を引き取った愛犬は、もう戻ってはこない。


 ◇


 ここのところ毎日、心に風が吹いていた。

 何をしても満たされぬ風が吹き、ゲームパッドを握りしめたまま泣いていた。


 結局のところ、私は倉庫にしまうつもりだった『サモンライド!』を引っ張り出してきてしまった。9年ぶりにWiiUを起動してライドゲートにフィギュアを乗せる。反応が当時よりも悪いような気がするのは、時が経ったせいなのだろうか。倒されることのないフィギュアは、何もしていないのに読み込みエラーを起こしていた。


 ゲームは、当時中断したままだった。9年ぶりに続きから始まったのに、そこにはあるべきものがない。人生の最期に『サモンライド!』を遊ぶかどうかはわからないが、私はきっとゲームを起動するたびに愛犬のことを思い出せる。そんな気がした。


 それはそれとして、ゲーム自体が面白かったのかと言われれば、そうだね。その話は、今はどうでもいいじゃないか。また、いつか起動する日のために置いておこう。


 ◇


 人生の最期に遊びたいゲームは、まだ見つからない。


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