第二十一話 Ⅲ 絶対死守線

 ジョンとニッキーの間では昼休みをアトラスの部屋で過ごすのが当たり前になってきていた。アトラスの部屋には高級そうな紅茶やお菓子の缶が置いてあり、アトラスの部屋に来た人は無断で食べていいことになっている。

 アトラスが風邪を引いていようがお構いなしにジョンとニッキーはお茶とお菓子をむさぼり食った。

「で、どうするのよ。アマンダの捜索は」

「今も立入禁止区域にいるかどうかすらわからないのに闇雲に捜索したって意味ないだろ」

「でも、一刻も早く見つけ出さないと、そろそろ本格的に寒くなってくる時期よ。アマンダが凍死したらどうするの」

「コピアガンでも何でも使って暖を取るだろ、アイツなら」

「後遺症が酷くなったら?」

 ジョンとニッキーの会話はほぼ毎日同じだった。体力が回復したニッキーは今すぐアマンダを探しに行きたいの一点張りで、ジョンがそれをなだめていた。

 ゲホゲホと咳込みながらベッドで寝ていたアトラスが体を起こす。

「捜索はしようと思ってる。でも、ジョンの言った通り闇雲に探すのは危険だ。立入禁止区域に何人も入ってきてはリヴォルタも黙っていないだろうし、ただ横断するだけでも馬で片道2週間もかかる広大なウェイストランドでアマンダ1人を探し出すのは困難だ。この場合、嫌でもCOCOを通してリヴォルタに捜索を願い出るのが一番角が立たない」

「何なのよ、それ。今更COCOなんかに協力してくれなんて言えるわけないじゃない。アマンダを先に見つけたら何してくるかわからないわよ」

「それでも僕達はCOCOを頼るしかない」

 その時、何の前触れもなくズシンと重たい衝撃波が宿舎の建物を揺らした。アトラス、ジョン、ニッキーの3人は会話を止め、耳を凝らす。

「今の何?」

「爆発音?」

 ジョンとニッキーがソワソワする。アトラスは節々が痛みだし、クラクラしてベッドに倒れ込む。

「アトラスさん、大丈夫?」

 アトラスはハアハアと口で息をしていた。肩を触っただけで高熱なのがわかるくらいに熱くなっていた。

「……ニッキー、あれ見ろ!」

 ジョンがニッキーを窓際に呼ぶ。ジョンの視界の先には黒煙が上がっていた。

「アマンダ……!?」

 ニッキーが口に出した瞬間、部屋のドアが開いた。

「違う!!」

 部屋に飛び込んできたのはハーディだった。

「ハーディ兄さん!」

「違うってどういうこと?」

「襲撃だ! COCOが俺達を皆殺しにきてる!! ジョン!!」

 ハーディはジョンにすがりついた。

「お前はアトラス兄さん連れて町から逃げろ!」

「えぇ!? そんなことできないっすよ!!」

「いいから早くしろ! わがまま言うな!」

「いや、でも、俺は……」

「お前ら、俺達の知らない隠れ場所を知ってるんだろ? 今すぐそこへアトラス兄さんを連れて行くんだ。幹部を失ったらバークヒルズはおしまいだ!!」

「俺も一緒に戦っちゃいけないって言うんすか!?」

「頼む、ジョン!!」

 ハーディは泣いていた。

「さっきから……どこ探しても……コーディがいないんだ……ジェシーも……幹部が狙われてる可能性が高い……お願いだから……俺の言う事聞いてくれよ……!!」

 ハーディはいっぱいいっぱいだった。バークヒルズが誕生してから初めての大規模な襲撃だった。それなのに、司令塔になれるはずの幹部が1人は行方不明、1人は体調不良だ。グレイブは真っ先に動き出して武器を持った人達と交戦している。

 本当はハーディの思考は居場所がわからないコーディのことで埋め尽くされていた。幹部直属部隊として行動しなければならないのに、全く頭は働かない。それでもこの一刻を争う状況でハーディは幹部であるアトラスの安全確保を決断した。それはアトラスの陰に隠れて補佐的な役割しかこなしてこなかったハーディの最初の決断だった。

「行きましょう、ジョン」

 ニッキーがアトラスの肩を持って立たせようとしていた。

「お、おい……」

「バークヒルズにとって最も大事な人は誰だと思ってるの? それはバークさんの長男でギャングの幹部にまで成長した“紛争の申し子”アトラス・サンジェルマンよ。アトラスさんはバークヒルズを象徴する最重要人物なの。こんなところで死んでいい人じゃない」

 ジョンはニッキーの言う事はもっともだと思った。すぐにアトラスを抱えて立たせようとするニッキーを手伝う。1人じゃ抱えきれない長身のアトラスの体をニッキーと2人で支えると、アトラスはやっとのことで立ち上がった。アトラスはなんとか歩ける体力はありそうだった。

「ハーディ兄さんはどうするんですか?」

ジョンがアトラスを一歩一歩ゆっくり歩かせながらハーディに質問する。

「ローディが……先にギャング病院に行ってるから……俺は……俺は……」

 アトラスが動揺するハーディの肩に手を置いた。

「……ハーディ、頼んだよ」

 ハーディは肩に触れるアトラスの手のひらから信頼を感じた。高熱で意識を保っているだけでも精一杯なのに、力強くハーディの肩を掴んだ手のひらはハーディに勇気を起こさせた。

「……俺は町の人を避難させます」

 ハーディが扉を開け走り去った。アトラスはジョンとニッキーに頼む。

「馬小屋に連れて行ってくれないか?」

 アトラス、ジョン、ニッキーは敵に見つからないよう人目につかない道を選んで馬小屋に急行した。

 ジョンがすぐに自分の馬のジークフリートを小屋から出す。ジークフリートは3人で乗れるくらい図体が大きくたくましかった。

 小屋の前で座っていたアトラスがフラフラと立ち上がり中へ入ってくる。

「アトラスさん、座ってて」

 ニッキーがアトラスを気遣う。アトラスはそれを振り切った。

「馬を全頭逃がすんだ。早く」

 アトラスは自分の愛馬のプリマドンナとジェシーの馬のクリスティーナを外へ出す。

「クリスティーナは賢い馬だ。ジェシーがどこにいてもきっと探し出してくれる」

 クリスティーナは品のある声で鳴いて外へ出て行った。

「プリマ……」

 アトラスはガンガン痛む頭をプリマの首に押し付けた。

「君には生きていてくれないと困る」

 アトラスは横目で見つめ返してくるプリマドンナの目を見た。

「さようなら」

 プリマドンナは何かを察して外へ出て行った。

「アトラスさん……」

 ニッキーは手を止めて愛馬との別れを惜しむアトラスを見守っていた。

「何してる。馬を閉じ込めたままにしたら格好の餌食だ。早く逃がしてやらないと」

 アトラスは気力を振り絞って馬達を外へ出し続けた。

 ジョンとニッキーも他の馬小屋まで走って馬達を全頭逃がして回って、残すはスプラッシュのみとなった。ニッキーがスプラッシュの柵を開ける。

「スプラッシュ、アンタだけでもアマンダを探しに行って。お願い」

 ニッキーはスプラッシュのたてがみを何度も撫でてやった。スプラッシュは元気よく外へ出て行った。

 ジョンがジークフリートに乗って合図する。

「アトラス兄さん、乗れますか?」

「少し低くなれる?」

 ジークフリートがしゃがんでアトラスを背中に乗せた。ジョンとニッキーでアトラスを挟んで、ニッキーは後ろ向きに乗って銃を構えた。

「後方からの敵は私が迎え撃つ」

「頼むぞ」

 ジョンが手綱を引き、ジークフリートが走り出した。

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