第二十一話 Ⅳ 町に生きる人

 その日、クロエは朝からギャバンと一緒にギャングの宿舎の倉庫にいた。実家の畑の収穫物を持ってきたついでに、アマンダがやっていた仕事を引き受けていたのだ。

 クロエはアマンダなら少しよろけるくらいの重さの木箱をひょいと持ち上げて、ギャバンが指示した場所に置いていく。手際がよく、ギャングの若手達がダラダラ作業をするよりはかどった。

「いつも悪いな、クロエ」

「いいんですよ、ギャバンさん」

 最後の木箱を運び終えて、クロエはほんのり汗ばむ額を袖で拭う。

「両親が反対しても私はアマンダの部隊の一員だと思ってます。ニッキーみたいに表立って活動できなくても、私のできることはしたいんです」

「ありがとう。アマンダが戻ってきたら伝えてやりたい」

 ギャバンが杖を支えにして椅子から立ち上がろうとする。寒さのせいか感覚のない足がいつも以上に邪魔をして少しよろける。クロエが即座に体全体で支えて転倒を防ぐ。

「すまん」

「いいんです。私、体力には自信がありますから」

 一回りほど小さいクロエがギャバンの脇に肩を入れて支えているのを見て、ギャバンは感慨深げに溜息をついた。

「どうしたんですか? ギャバンさん」

 ギャバンは重心を整えてなんとか自力で立ち、震える手で杖を突きながら歩き出した。

「クロエは今何歳だ?」

「16歳です」

「そうか……俺の一番上の娘の母親がちょうどそのくらいの歳だった」

 クロエが先を歩き、倉庫の扉を開けに行った。ギャバンはゆっくりと入口へと近づいていく。

「俺の足が動かなくなった頃、俺はアイツと出会ったんだ。俺の体を支えてリハビリを手伝ってくれた」

 クロエは何も言わずに話を聞いていた。ギャバンの最初の妻は1人目を産んで少しして病気で亡くなった。その後、ギャバンはすぐに新しい妻を迎えたが、その人も病気で早くに亡くなり、3番目の妻との間に3人の子供が産まれた。その妻も子供が小さい頃に亡くなっている。3番目の妻の子供達は一番上の娘が育てていた。そろそろ長男はギャングに入れるくらいの年齢になったのではなかっただろうか。ギャバンが断固として入隊を拒否しているらしいという噂を聞いたことがある。

「アイツは俺がユリーカに気があると知ってて一緒にいてくれた。いい女だった」

 そのことはクロエには初耳だった。ギャバンが自分の身の上話をすることは滅多になかったので、もしかしたら町の人でもそのことを知っている人は少ないかもしれない。なぜそんな話を自分にするのだろうとクロエはいぶかった。

「似てますか? 私は最初の奥さんに」

 ギャバンはいつになく優しい笑顔でうなずいた。

「ああ。気立てがよくて、背丈とかもな。ちょうどそのくらいの高さにいつも頭があった」

「へえ」

 クロエは悪い気はしなかった。兄のバークと違って仕事もできるし家族や町の人にも優しいギャバンの意外な一面が見られたことを少し嬉しく思った。ギャバンの妻達が生きていた頃、どんな人達だったのか知りたくなった。

「ギャバンさんは奥さんのこともちゃんと愛してたんですね?」

「もちろん。そりゃあ、ユリーカのことはあったけど、俺はアイツがいてくれてよかったと思ってるよ」

 クロエはクスっと笑った。今まで単なる中年の上司くらいに思っていたギャバンが急にかわいく見えた。

 クロエはギャバンが扉の近くまできたので扉を開けようと取っ手に手をかけた。その瞬間、近くで銃声が鳴った。ギャバンは信じられないスピードで扉に間合いを詰め、杖を持っていない方の手で扉を抑えた。

「待て」

 クロエも何か異常なことが起きているとわかっていた。が、ギャバンの警戒の仕方はクロエが驚くほど鋭かった。まるで今この瞬間、外に出たらたちまち2人共殺されると言わんばかりだった。

「何ですか?」

「あの銃声はギャングの所有する銃のものじゃない」

 また銃声がした。先程より近い。方角はギャング病院と食堂の方だった。

「クロエ、馬車は引けるな?」

 そう言うギャバンの目つきはさきほどと打って変わって戦闘員のものだった。

「もちろんです」

「なら俺と一緒に来い。武器を取りに行く」

「は、はい!!」

 クロエは拒否権などないギャバンの物言いに瞬時に従った。ギャバンの合図で扉を開き、さっと外へ出る。まだここに敵は来ていない。宿舎の最奥の武器庫への道は複雑なため、ギャバンが先行して様子を見ながら進んだ。

 先程よろけたばかりの人とは思えないきびきびした動きだった。体全体から殺気がにじみ出ていて、やはりバークの弟なのだとクロエは感心する。いや、紛争を経験した男達は時折こんな風に殺気立つことがあった。この町はそういう男達によって今まで守られてきたのだ。

 2人は倉庫と離れた宿舎の中へと入った。遠くからまた銃声が聞こえる。最短ルートで武器庫に着き、ギャバンが鍵を開ける。アトラスがいるかと思ったが、その日は不在だった。

「よし。ありったけの武器を馬車に詰めろ」

 クロエは指示に従い武器をかき集める。ふと見ると、ギャバンが不敵な笑みを浮かべていた。久々の戦闘で心が躍っているのだ。

 クロエとギャバンは武器庫から持てるだけの武器を持って馬小屋へ向かった。1台の馬車に馬が繋がれ、いつでも発車できる状態になっていた。クロエは銃声にも驚かずに馭者が来るのを待っている大人しい馬のたてがみを撫でてから馭者台へ飛び乗った。

いつの間に乗り込んだギャバンが馬車の後ろの窓を叩き割る。

「お前はただ馬を走らせるだけでいい。あとは俺がやる」

「わかりました!」

 クロエは馬車を出発させた。

「おらあ!! 敵はどこだ!!」

 ギャバンは馬車の中で怒声を張り上げた。

銃やナイフなどの武器を持った見知らぬ人達が路上にたむろしていた。服装からしてバークヒルズの住人でないことはたしかだった。

「何だ!?」

「馬車だ!!」

「避けろ!!」

 彼らは猛スピードで迫ってくる馬車に驚いて走って逃げようとした。

「お前らかぁ!!」

 馬車はすぐにも彼らを追い抜き、両目をギラギラさせたギャバンに馬車の中から狙い撃ちされた。

「ガハハハハ!!」

 ギャバンの早撃ちは揺れる馬車から撃っているとは思えない正確さだった。クロエは後ろを振り返って敵の様子を窺う。何人もの人が倒れているのが見えた。

「わあ、すごい……」

 クロエは後ろで雄叫びを上げるギャバンを頼もしく思った。


*      *     *


 ギヨームはいつも通り父と2人で切り盛りしている床屋で仕事をしていた。

 午前の最後の客は床屋で髪を切ってもらうのが初めての3歳の女の子だった。ギヨームは女の子がハサミを怖がらないように楽しい話で気を引いて短時間で散髪を済ませた。女の子は楽しかったと言って店を出た。

「ギヨーム。ひと段落したならお昼を食べなさい」

 父のクリスがギヨームに優しく声をかける。生まれた時に母を亡くしたギヨームにとって父親の存在は大きかった。父は母を深く愛していたため、母が死んだ後に他の女性と交際することはなかった。自分の子供はこの子ただ1人だと決め、床屋の跡継ぎにするつもりでギヨームという男の子の名前をつけた。ギヨームはそんな父の愛を知っていたから今まで父に逆らうような事はしてこなかった。床屋の仕事は楽ではないが、熱心に仕事を教えてくれる父の期待を裏切れなかった。

「はい。行ってきます」

 ギヨームが向かったのは数軒先にあるカフェだ。サンドイッチと薄いコーヒーが飲めるバークヒルズの主婦達の憩いの場だった。料理が苦手なギヨームはお昼は毎日カフェで食べた。

 突然、銃声が道端に鳴り響いた。ギヨームは咄嗟に頭を低くする。

「また何か起きてるの?」

 ギヨームは走って銃声のした方へ向かう。

「ひゃっ!!!」

 ギヨームは立ち止まって悲鳴を上げた。

 大勢の人が大通りの地面に倒れて血を流していた。その中に先程ギヨームが髪を切ってあげた女の子もいた。

「そんな……一体……何が……」

 ギヨームは恐怖で頭が真っ白になった。

「何で……ねえ……起きてよ……ねえ……!」

ギヨームは泣きながら女の子の背中を揺すった。当然反応はない。ますます気が動転したギヨームは過呼吸になりかけた。

「やだ……こんなのやだよぉ……!」

「襲撃だ! 全員退避!」

 と、そこへ野太い叫び声が聞こえてきた。

 ギヨームは声のする方へ目を向ける。

「ギヨームか! 何をやっているんだ!!」

 野太い叫び声はレアド先生だった。精神が壊れかけているギヨームの肩をガシっと掴んでレアド先生は大声で叫んだ。

「大丈夫か!!」

 生きている温かい手に肩を掴まれ、ギヨームは少しだけ気を取り戻した。

「先生……」

「辛いがここにいてはいけない。早く避難するんだ」

「でも……」

「さっさとしろ!! 君も危ないぞ!!」

 町の人達があちこちから出て来て銃声に怯えて逃げ惑っていた。レアド先生はギヨームから離れてその人達を郊外へと誘導する。

 ギヨームはその姿を見てだんだんと頭が冷えてきた。今、バークヒルズは危機に面している。レアド先生はそれをわかっていち早く行動を起こしている。だが、1人の努力では全員守り切れない。アマンダがいなくても、自分達で町を守らなければならない。

「レアド先生!!」

 走り回るレアド先生をギヨームは追いかけた。

「私も手伝います!!」

「何を言っている!!」

 レアド先生はギヨームを叱りつけた。

「クリスはまだ店か? お前は父親を連れて逃げるんだ!」

「父は関係ありません!!」

 ギヨームの父クリスとレアド先生は親しかった。同世代の一人娘を持つ父親として意気投合していた。だからギヨームを危険な目に遭わせるはずがない。それでもギヨームは引かなかった。

「私はアマンダ特別部隊です!! 誰が何と言おうとアマンダとニッキーの味方です!!ここで何もしなかったら私は一生後悔します!!」

 レアド先生は数秒間黙った。ギヨームは一度も瞬きせず、レアド先生を睨みつけた。

「郊外の丘の上に行くように住民に指示して回れ。見晴らしのいい丘なら敵を返り討ちにできる可能性もある。君は縫製工場の方へ行け。私は製材所の方へ行く」

「縫製工場ですね。わかりました!」

 ギヨームとレアド先生は同時に走り出した。別の通りで発射された銃声が鳴り響く。

「全員退避!! 丘に上がれ!!」

 殺伐とした町中にギヨームの勇敢な声が響いた。

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