第二十一話 Ⅱ 繋がれる闘志

黒煙のコピアガンナー


第一部 ウェイストランド編

 その日、ダニエルは朝から仕事で学校に来ていた。各教室に置いてある薪ストーブの修理を依頼されていた。子供達が乱暴に扱って壊れた蓋を交換して、内部に故障や損傷がないかを確認するだけの仕事だった。簡単な仕事だったのだが、そうもいかなかった。

「ねえ、まだ直らないの?」

「僕にも見せてぇ!」

 低学年の子供達が薪ストーブを修理しているダニエルの後ろでわちゃわちゃしていた。工具を使った作業が物珍しいのか、危ないから離れろと言っても無理矢理覗き込んでくる。

 中でも興味津々で覗き込んでくるのは低学年のエレーナとケビンだ。好奇心があることは悪くないが、作業の邪魔だった。

「お前ら。危ないからもっとあっち行ってろ」

「ええ、やだぁ。見たい」

「それしたらまたあったかくなる?」

「そうだってさっきから何回も言ってるだろうが」

 ダニエルは教室の端っこでヒソヒソと話している高学年の女子達に目がいった。時々、女子達がダニエルを見ているような気がしていた。女子達もダニエルの視線に気付いて話しかけてくる。

「ねえ、ニッキーさんと別れたって本当?」

 ダニエルに雷に打たれたかのような衝撃が走った。

「だ、誰がそんなこと言ってたんだよ!!」

「お母さん達が。だってさあ、前は頻繁に一緒にいるとこ見たのに、ねえ?」

「デモの後の抗争で役に立たなくて愛想つかされたんじゃないかって言ってたよ?」

 女子達はニヤニヤしながらダニエルの傷つくことをズケズケと言ってくる。

「お、お前らなあ! お母さんに言っとけよ! 俺はニッキーとも別れてないし、愛想もつかされてない!!」

 女子達はダニエルがムキになっているのを見てキャハハと笑った。その笑い声は心の底から楽しそうだった。ダニエルは年頃の女子の相手は懲り懲りだと思った。

「ねえ、ダニエルさん」

 今度は後ろから小さい手がダニエルの服の袖を引っ張った。

「何だ?」

 ダニエルは振り向いた。そこにいたのはバークの娘で11歳のレイチェル・バーンズだった。

「アマンダ姉ちゃん、いつ帰ってくるの?」

 ダニエルは言葉に詰まった。レイチェルは数少ないアマンダを応援する側の人間だった。同じバーク・ロックの娘として生まれた身として、アマンダに憧れ、人一倍アマンダに期待している。レイチェルの純粋な気持ちはたまにしか会わないダニエルでもよくわかっていた。

「あ、ああ、そうだな……」

 アマンダが帰ってくる保証はない。もし帰ってきたとしても、すぐにCOCOに引き渡されるだろう。だが、それを言ったらレイチェルはアマンダにもこの町にも失望する。ここは何と言ってごまかそうかとダニエルは必死になって考えた。

 と、その時、窓ガラスがガタガタ揺れた。ちょうどダニエルは窓ガラスが見える位置に立っていたので、その異様な揺れ方を不審に思った。

「お前ら、頭下げろ!」

 ダニエルは目の前にいたレイチェルをかばうようにしてしゃがんだ。他の子供達もそれを見て同じようにしゃがんで体を小さくした。

 ダニエルは匍匐前進で窓の近くへ寄った。目だけ出して窓の向こうを見る。

「あれは……病院……!?」

 見るとギャング病院の天井から火の手が上がっていた。

「あれはアマンダのコピアか?」

 ダニエルは病院から血まみれの人が何人も出てくるのを目撃した。機関銃を持った男達が後ろから逃げ惑う人を撃ち殺す。

「違う!!」

 ダニエルは気付かれる前に頭を引っ込めた。ダニエルのただならぬ雰囲気に子供達は不安げだ。

「ダニエルにいちゃん、何があったの?」

 エレーナが恐る恐るダニエルに質問する。ダニエルは子供達を怖がらせないように焦りを隠した。

「大丈夫だ。何でもない。」

 と言ったものの、状況は明らかに異常だった。この町で武器の所有を許されているのはギャングだけだ。だが、ギャングが管理している病院をギャング関係者が襲うという説は絶対にあり得ない。どこかへ消えたアマンダが武装勢力を連れて戻ったとも考えにくい。町を愛していたアマンダがよりにもよって病人怪我人を率先して殺すとは思えない。これは外部の人間による襲撃の可能性がある。だとすれば妥当なのはCOCOだ。

 ダニエルは深呼吸をしながら思考を巡らせた。病院が襲われたということは、次に狙われるのは学校だ。先生に伝えて全校生徒――おそらく20人前後だろう――を集めてどこかへ避難させるしかない。

 ダニエルは紛争上がりの鉄工所の先輩達が話していた緊急避難場所のことを思い出した。

「レイチェル!」

 ダニエルは自分の腕の中で震えているレイチェルに小声で話しかけた。

「何?」

 レイチェルは顔を上げた。

「いいか、こうやって這ったまま職員室へ行くんだ。先生に地下へ行くから鍵を出してくださいとお願いしてくれ」

「1人で……?」

「ああ、そうだ。俺はここにいる皆を先に地下へ連れて行く」

「できないよぉ……!」

 レイチェルはガクガク震えてダニエルにしがみついた。ダニエルはその細っこい腕を掴んで引き離した。

「レイチェル! お前ならできる!!」

 ダニエルはレイチェルの両手をぎゅっと握りしめた。

「レイチェル・バーンズ。お前はアマンダと同じバーク・ロックの娘だ。こんなことくらい、何てことないはずだ!!」

 レイチェルはまだ震えていた。だが、その目はほんの少しだけ強い光を宿していた。

「先生に地下の鍵を出してもらうのでいいの……?」

「そうだ。よく覚えたな」

「ダニエルさん、私、行ってくる。私もお父さんの名に恥じない人になる」

「そうだ。頑張れ!」

 レイチェルは身を低くして匍匐前進で職員室を目指した。

「皆、よく聞け!」

 ダニエルは残った低学年の子供達に呼びかけた。

「俺達はこれから地下の避難所に入る。いいか、レイチェルみたいに腹這いになって床にピッタリくっついて移動するんだ。絶対に立ち上がるな。俺の後ろをついてこい」

「ダニエルおにいちゃん、こう?」

 ケビンがレイチェルを真似て匍匐前進をやってみせる。

「そうだ! いいぞ!」

 他の子供達も腹這いになって準備は整った。

「それじゃ、行くぞ!」

 ダニエル達はレイチェルが行ったのと反対方向に向けて出発した。

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