第二十一話 Ⅰ 壊される日常
ギャング病院は昼食の時間だった。パリスは略奪部隊の男達が入院している4人部屋で利き腕を骨折しているデヴィッドの食事の介助をしていた。
何にも代わり映えしないいつも通りの昼時だった。体は怪我をしているが元気いっぱいの入院患者達がくだらない会話に花を咲かせている。パリスはそれを横で聞きながら仕事に打ち込んでいる。
その日の話題はパンに入っている木の実の種類のことだった。
「クルミが入ってるなんて珍しいな」
足を撃たれて入院している15歳のミックがパンをかじりながらもごもご話す。
「え、これクルミなの? ミック兄さん。俺、ピーナッツだと思ってた」
初の略奪で張り切り過ぎて、馬から落ちて両足と左腕を骨折したケントがすっとぼけた声でミックの独り言に反応する。
「ケントはどの木の実でもピーナッツだと思って食ってるだけだろ」
この部屋では一番年上のアレンがケントを茶化す。
「うっせえな! じゃ、アレン兄さんは判別つくのかよ」
「この形と食感はな、マカダミアナッツだ」
「何だそれ。本当にあるのかよ、そんな名前の木の実」
ケントは一度も聞いたことがない木の実の名前を言われて不貞腐れる。アレンはそれを見てニヤニヤしている。
アレンは大腿骨を複雑骨折していて長期入院していた。入院中暇過ぎて、ジェシーから本を借りて読んでいた。その知識で同室に入院してきた弟達をからかうのが日課になっていた。
扉から向かって右側のベッドに寝ているデヴィッドは落ち着いた様子でパリスに小声で話す。
「結局正解はどれなの?」
パリスは笑いを堪えてデヴィッドの口にちぎったパンを運ぶ。
「クルミよ。バークヒルズで採れる木の実はクルミしかないもの」
「へえ」
「よく噛んで食べてね。スープ飲む?」
「うん」
パリスとデヴィッドは同い年の18歳で学校でもよく話した仲だった。パリスが看護助手になるために理系の勉強を見てほしいと頼んだのもデヴィッドだった。
「パリスさん。俺、このパンすげえ気に入った。ドロシーさんにまた作ってって言っといてよ」
少しして、ケントが言う。
「クルミの使用数も限られてるからいつでもってわけにはいかないだろうけど、一応伝えておくね」
パリスが言うと、ケントはベッドで飛び跳ねて喜んだ。
「よっしゃ! クルミパン!」
デヴィッドはその時、何かの気配を感じて、廊下の先に意識を向けていた。それは臭いだった。バークヒルズでは嗅いだことのない臭い。
デヴィッドは包帯でぐるぐる巻きにされた腕をパリスの肩の辺りにゆっくり伸ばす。パリスが気付いて顔をこちらに向ける。
次の瞬間、扉の前にいるはずのない人物が現れた。COCOの黒服の男だ。機関銃を持っている。
「伏せろぉ!!」
デヴィッドは咄嗟にパリスに覆いかぶさって床に倒れ込んだ。機関銃の派手な銃撃音が部屋中に響き渡る。肩と胸に銃弾が命中し、そのうち何発かは肋骨を砕いた。
パリスが悲鳴を上げそうになるのをデヴィッドは口に手を当て必死で抑え込んだ。
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