第二十話 混線
ウォルトは縦横無尽に動き回る侵入者に翻弄されていた。攻撃をかわしてあちこちを走らされたため、自分がどの辺りにいるのかすらもうわからない。ピートとはどこかのタイミングではぐれてしまった。ピートのことだから自分でなんとかするだろうと思う。今は目の前の侵入者との戦闘に集中すべきだった。
侵入者は全身を覆い隠す長いマントを身に着けていた。フードで顔が隠れて人となりを判断することはできなかい。背丈はウォルトと同じくらいだが、スピードもパワーも上回っている。おまけにヤツはコピアガンによる攻撃を諸共しなかった。
「クソ! 何でだよ! 当たってるはずなのに!」
ウォルトは確実にコピアガンの効果の射程範囲内で引金を引いていた。それなのに侵入者にダメージは見られない。コピアガンの故障か、もしくは何か異常事態が起きているのかもしれなかった。
「……ウォル……応答……て……!」
ノイズがひどくなり、リズとの通話が切れた。監視システムのハッキングの件もある。これも単なるスマホの不具合でない可能性が高い。電波を遮断する何かが仕掛けられているはずだ。
孤立無援でどこまでやれるか。いや、この場合、コピアガンを撃ちまくれば周囲の不活化したコピアを呼び覚ます原因ともなりかねない。そのリスクを考えれば、今この場に1人というのは好都合かもしれなかった。
ウォルトは侵入者の胴体めがけてコピアガンを発射した。衝撃で埃が舞った。手応えはあったはずだ。埃が舞い落ちて視界が戻ると、侵入者はまだ通路の先に立っていた。
「これは……どういう……」
* * *
アマンダとピートは通路を走って第三実験室に向かっていた。
「ウォルトが私と戦ってると思い込んでたのに、私が1人で出入り口の近くにいるのおかしいと思わなかったの?」
「なんか変だなと思ったけど、戦闘中にうまく逃げたとかそんなとこだと思ったんだよ!」
「何か異常があるみたいなことをウォルトは言ってたんでしょ? それなら朝からここで……監視システム? とかいうのを操作してあなた達を誘き出した誰かがいるってことじゃない」
「そういうことだったのか!?」
「そうじゃなきゃ何なのよ!?」
「俺に任務のこととか聞かれてもわっかんねーよ!」
アマンダは唖然とした。もしかしてこの人すっごくバカなのでは、と心の中で思った。
「第三実験室に行くってウォルトは言ってたんでしょ?」
「第二? 第四? だったかな。覚えてねえ」
アマンダは壁にかかった地図で第三実験室を探した。出入り口近くの地図でも確認したが念のために再度確認したかった。
「もうすぐね。そこ右に曲がって、少し行って左に曲がったらすぐよ」
アマンダとピートは廊下の曲がり角を右に曲がった。
「あ……」
アマンダとピートは目の前に広がる光景に我が目を疑った。通路の先、左側から眩しいくらいの日光が射していた。2人は無言でその光に向かって歩き出した。
第三実験室の看板はもうそこには存在しなかった。だが、一目見ただけでそこが第三実験室があった場所だとわかる。事故現場となった第三実験室はコピアの爆発により破壊され、残った壁と床の一部だけがそこに部屋があったことを物語っていた。
天井は半分以上崩落し、高く上った太陽が床を照らしていた。天井が残っている奥側は日が当たらず暗闇だった。
「確認しなくてもわかるよ。ここが第三実験室ね」
「だろうな」
アマンダもピートも廃墟となった第三実験室の見るも無残なその有り様にそれ以上声も出なかった。
* * *
リズは電話が切れてから10分だけは冷静にその場で待機していた。監視システムがハッキングされている可能性があると聞いてからはもう監視システムに映し出される情報を当てにしていない。ウォルトなのかピートなのかわからない反応があるが、指示が出せないので見ても仕方がなかった。
冷たい風がリズの頬を撫でる。サボテンすら生えない荒野にぽつんと独り置き去りにされている恐怖が押し寄せてきた。リズは辺りを警戒する。サルサの話では旧研究所近くは動物が寄り付かないため比較的安全らしい。だが、今は凶暴な動物でもいいからこの場にいてくれたらと思う。まさかこのまま夜まで独りぼっちなのではという不安が押し寄せてきた。
「ここでじっとしてても何も始まらない!」
恐怖で押しつぶされそうな気持ちを立て直そうとリズはわざと大きな声を出す。
「自分でハッキングを打ち破るか? いやいや、ムリムリ。私、プログラミング専門じゃないし。大体プログラムいじれるアクセス権限がないや。上に報告するか? でも、応援要請するっていっても、誰に来てもらえば……」
ジリリリリリン!
「きゃあ!」
リズはスマホの着信音に驚いて飛び跳ねた。ウォルトかピートだと思ったが違った。リズは泣きそうになりながら電話に出た。
「チーフガンナー!! 誠に申し訳ございません!!」
その一言でサルサは状況を把握した。
「ピートはそっちにいるのね?」
「そうなんですぅ……」
「状態はどうなの? 車を壊したりしていない?」
「全く問題ないです。ピートは今、ウォルトと一緒に旧研究所に入って行きまして、それで……」
「どうしたの?」
「連絡が取れなくなって……」
「え……!?」
電話越しにガサゴソという音とサルサの「カズラ! 返しなさい!」という声が聞こえてきた。
「リズ、お前は大丈夫か?」
カズラの頼もしい声が聞こえてきた。リズは尊敬する研究者の先輩が自分を心配してくれているのが嬉しくて涙ぐんだ。
「カズラさぁん、ありがとうございますぅ。私は大丈夫ですぅぅ」
「落ち着いて話せ。連絡が取れなくなった原因は何だ? アイツらの独断専行か?」
リズは涙と鼻水を服の袖で拭って呼吸を整えた。
「いいえ、おそらく電波障害です。旧研究所に入ってから電話のノイズがひどくなったので。それと、監視システムなんですけど、ハッキングされてるかもしれません」
「わかった。お前はそこから絶対動くな。あ、やべえ動物が出たら逃げろ。いいな?」
「はぁい!!」
「すぐ行く」
リズが返事をする間もなく電話が切れた。あの様子だとカズラは法定速度どころではない爆速で荒野を飛ばしてくるだろう。おそらく30分とかからない。
「私はここで待っていればいい。大丈夫。皆来てくれる」
リズはビクビクしながら周囲を見渡した。当たり前の荒野が広がっているだけだった。生物の気配すらないこの場所でじっとしているのは心もとなかった。
双眼鏡で無意味により遠くを見てみる。気になるような何かが目に飛び込んでくるわけはないと思っていた。が、リズは何かを目の端に捉えて、心臓が止まるかと思った。
「幻……じゃない……?」
黒いマントを着ている人物が双眼鏡に映っていた。フードで顔が見えない。リズは本当にそれが存在するのか何度も目をこすったり双眼鏡のレンズをこすったりして確かめた。
風でフードが煽られ、マントの人物が素顔を晒した。その顔はリズがよく知る人物と同じだった。
「パパ……?」
それはあり得ない現実だった。リズの父親フュール・マキリは8年前に死んだのだから。
* * *
目的地に誰もいないので、アマンダとピートは何をするでもなくその場で座ってお喋りを始めた。
「でな、ウォルトのやつ、俺の作ったパンケーキじゃ生焼けで食えないとか言うんだぜ? 何でも口に入れりゃ一緒だろ」
「嘘でしょ? パンケーキが焼けてなかったらお腹壊すよ」
「大丈夫だよ! 俺腹壊したことねえもん」
「何でそんなに強いのよ」
「俺、ガキの頃、ろくなもん食えなかったからな。完全に腐ってなきゃ腹壊さねえよ」
「よくそれで生きてこられたね」
「俺の故郷な、フレイムシティのアガットタウンってとこなんだ。知ってるか?」
アマンダはアトラスの部屋の事務机に地図があったことを思い出した。イグニス合衆国全土の地図だったと思うが、どんな地図だったか正確には思い出せなかった。
「フレイムシティは聞いたことある。首都だっけ?」
「ああ、そうだよ。よく知ってるな」
「まあね」
「アガットタウンってとこはな、ギャングとかチンピラの巣窟でよ、まともなやつは近づいちゃいけねえって言われてんだよ」
「へえ」
「そこでは一番強えやつが頭張るんだ。俺がいた頃はその時最高に儲かってたクラブのオーナーでギャングの幹部、ビーストってヤツだった。その前は違法カジノ仕切ってるタンバリン・チェン、その前はゲイバーのネリ・スクワブ! ネリの怖さは普通じゃなかったって上の世代のやつらは口をそろえて言うんだよ。俺も見たかったなあ、ネリの全盛期ってやつ。アイツに掘られたゲイは二度と立ち上がれねえって噂だったよ」
「そうなんだ……」
アマンダは半分くらい何を言っているのかわからないピートの話に適当な相槌を打った。都会暮らしはアマンダの想像を超えた全く未知のもので溢れかえっているのだろうと思った。ひどく劣悪な環境だとピートは言うが、その表情は生き生きしていてどこか自慢げだった。
「あ、わりい。俺ばっか喋っちまって」
「いや、いいよ。うん。怖いね、アガットタウン」
「ああ。俺は一生あの町から出られねえんじゃねえかって、ずっと怖かったよ」
ピートは床に寝っ転がって青空を眺める。表情は穏やかだが、どこか寂し気に見えた。
アマンダもなんとなく座ったまま空を見上げた。
「俺をあそこから救い出してくれたのはウォルトなんだ。アイツは自分が親から逃げるために動いただけだったけど、結果、俺まであの町から逃げられるようにしてくれた。俺は一生アイツに頭が上がらねえんだよ」
「ウォルトのこと信頼してるのね」
「一応、俺の兄貴だしな」
「え!?」
ピートは笑った。
「わかりにくいだろ? 俺ら、母親が違うんだよ。ウォルトは正妻の子で、俺は父親が黒人の女と浮気してできた子だ。でも目の色が同じなんだ。2人共父親そっくりのグレイグリーンの目をしてる」
「目の色……」
アマンダはウェイストランドに来る前にジェシーと話したことを思い出した。
「私にもね、兄がいるの。たくさんいるけど、一番似てると言われているのは幹部のジェシー兄さん。知ってる? ジェシー・ローズっていうの。金髪で青い目をしてる」
「幹部の名前なら聞いたことある。小せえガキみたいなやつだろ? ジェシー・ローズっつったら」
「見た目はね。小さい頃よく言われたよ。子供の頃のジェシーにそっくりだって。でもジェシーの方がかわいかったかもね、なんて言われてさ。ちょっとそれが嫌で、一時期すっごくジェシー兄さんが嫌いだった」
「お前んとこ、家庭環境複雑だよな」
「ここに来る前にね、最後に話したのもジェシー兄さんなの。ジェシー兄さんは私がコピアガンナーだからバークヒルズにいたら皆に迷惑がかかるだけだって言ったの。私がリヴォルタに行った方が皆が幸せになれるって。だから、私、ジェシー兄さんに従ってCOCOに引き渡されようって決めたの。コピアガンを盗んだことも無断で使用したこともリヴォルタにきちんと謝って、正式なコピアガンナーとしてリヴォルタにいさせてもらえるようにお願いするつもりだった」
「じゃあ何で逃げ回ってたんだよ」
「何でだろう。わかんない」
アマンダは抱えた膝に顔を隠した。ここへ来るまでに色々なことがありすぎて、自分で頭の中の整理がついていなかった。自分のすべきことをしなくちゃいけないという使命感もあったし、受け入れてもらえなかった寂しさもあったと思う。どこかに居場所を探し求めて、自分にできることがあるならそれを成し遂げて、誰かに自分の存在を認めてほしかった。
ピートは体を起こしてアマンダの前に座った。ピートのグレイグリーンの瞳はしっかりとアマンダの目を捉えていた。
「リヴォルタはお前を悪いようにはしない。チーフガンナーのサルサ・ミコスさんはお前の健康状態をずっと心配してる。リヴォルタに来たら健康診断を受けさせられて、問題なければコピアガンナーとして籍を置いてもらえる。それに、学校に通わせてもらえたり、生活の補助をしてもらえる」
ピートは手をアマンダに差し出した。立ち上がって一緒にここから出ようという合図だった。
ピートの言葉にアマンダは心を動かされていた。ピートと一緒にここを出てリヴォルタと接触すれば当初の目的が果たせる。リヴォルタに行くことへの不安はピートの話で少し和らいでいた。
アマンダは手を出した。ピートはその手を掴もうとした。が、アマンダはすぐさま手を引っ込めコピアガンを構えた。
「おい、どうした?」
「下がって、誰かいる」
その言葉で面食らっていたピートも真剣な表情に変わる。
アマンダとピートは壁を背にして辺りを伺った。
辺りはしんと静まり返っていた。
数秒後、暗がりからパンパンと手を叩く音が鳴り響いた。
「さすが、バークの後継者と噂されるだけはありますね」
ゆっくりとした足取りで黒いマントの人物が姿を現した。
* * *
コピアガンを持つウォルトの右手が軽い衝撃を感知した。
「いって……!」
それは静電気のような指先にバチっとくる痛みで、一瞬で過ぎ去っていった。コピアガンはウォルトの焦りと敵対心を反映し、容器の中でバチバチと火花を散らしていた。こんなに活発にコピアは輝いているのに何故一発も効果を発揮しないのだろう。ウォルトは原因がわかるまでコピアでの攻撃は中断した。
暗闇を舞う埃とコピアの陰から黒マントの侵入者が現れた。
「賢明な判断だ。コピアガンナー」
侵入者が喋った。その声はまだ若く、ウォルトは自分とさほど変わらない年の男子だと推測した。
「ハッキングといい、妨害電波といい、アマンダの仕業ではないと思っていたけど、君は一体誰なんだ」
「俺達はコピアをこの世から永遠に消し去る者。“選ばれた市民の集い”だ」
「コピアを消し去る?」
「ああ、そうだ。俺達はコピアのなかった幸福な世界を取り戻すためにここに来た!」
「そんなことが実現できるならウェイストランドは今頃こんなことにはなっていない」
「今からでも遅くはない。何故なら導師様はコピアを消し去ることができるのだから」
「一体誰がそんな夢みたいなことを――」
「夢じゃない!」
侵入者の男子は一瞬でウォルトとの距離を詰め、飛び蹴りを食らわした。
「ううっ……」
ケンカ慣れしていないウォルトは左腕で受け身を取るのが限度だった。吹っ飛ばされて壁に激突する。こんな時、ピートがいたら加勢してくれただろう、という思考が一瞬ウォルトの頭をよぎる。だが、今、この肝心な時にピートはいない。
「導師様は! コピアに関係するあらゆるものを! この世から全て! 消し去る力をお持ちなんだ!」
侵入者の男子は何発も何発もウォルトに蹴りを喰らわした。
ウォルトは体を丸めてやり過ごす。
ピートがいなくても1人でやらなければ。第一、本来ならここにピートは来ていなかった。それなのに、また自分はピートを頼って自分の責務から逃げようとしている。それではいけない。なんとかしなければ。
ウォルトはなんとか腕を上げてコピアガンを構える。バチっと衝撃が走る。今度は両手全体だ。
「うあぁっ……!!」
「無駄だ! 導師様がくれたこのマントが俺を守ってくれる。お前に俺は倒せない!」
ウォルトは腹を思いきり蹴り上げられた。
「がはぁっ!」
コピアガンが廊下の先に吹っ飛んだ。ウォルトは効かないとわかっていても、コピアガンの吹っ飛んだ方向に手を伸ばす。ピリピリとした感覚が伸ばした腕全体に広がっていく。コピアガンから手が離れているのにこんなにコピアを感じたことは今まで一度もなかった。
「くっ……、はぁ……うぐああああああ!!」
それはだんだんと体全体に広がり、ウォルトは全身が雷に何度も打たれ続けるような痛みに気を失いそうになった。
* * *
パンパンと拍手をしながら近づいてくる黒マントの人物をアマンダとピートは警戒した。黒マントの人物は顔が隠れてよく見えないが、細長い脚がマントから見切れていた。身長は自分より少し小さいくらいかとピートは見た目で見積もった。
「誰だ、てめえ」
「ウッフフ」
黒マントの人物は気色の悪い高い声で笑った。男が無理に高い声で喋っているのだとわかった。
「その話し方、アガットタウンの出身者でしょう? さては、リヴォルタのピート君ですかね」
「誰だって聞いてんだよ。答えやがれ」
ピートは威嚇のつもりでもう一度言い直す。だが、黒マントの人物は一瞬たりとも怯まない。
「ワタシ? ワタシは、ええ、そうですね。ネリ・スクワブの腹心と言えば怖がってもらえますか?」
「ね……! ネリ・スクワブ……!?」
ピートは動揺した。いくらバカなピートでも侵入者の正体がわかった。
「さっき言ってた昔アガットタウンを仕切ってた人?」
アマンダが小さい声でピートに確認する。
「ああ、こいつはやべえぞ」
「すごく強い人なんでしょ?」
「強えとかいう次元じゃねえよ。関わっちゃいけないタイプだ」
「上等ね」
「フフッ、懐かしい。その汚い言葉遣い。10年振りですかねえ」
黒マントの人物はアガットタウンのチンピラの話し方をするピートの一言一言に手を叩いて喜んでいる。
「ワタシ、ネリについていったのは間違いじゃなかったと思っているんですよ。だって彼はとってもイカすんだから。うちの店の常連さんにもいい男はたくさんいたけどね、ネリはそういうのとは別次元。初めから狙いが違うのよね。単に上に上がれればいいなんてネリは思ってない。全部を支配したいのよ。街も、金も、男もね」
黒マントの人物は舌をペロッと出して見せた。舌先は真ん中で二股に分かれていた。
「ひぇっ……!?」
アマンダは悲鳴を上げた。
「ピート、あの人、舌怪我してる……!」
「ああ?」
「だって、アレ……!!」
「ちげえよ! アレはそういうファッションだ。怪我じゃねえ!」
「ふぁ、ふぁっしょん……!? なんでそんなことするの……?」
ピートはまずいと思った。アマンダは完全に相手のペースに飲まれていた。ネリ・スクワブの昔話をする人達は口を揃えてこう言った。
「ヤツらのすることなすこと全てを真に受けるな」
ネリ・スクワブの部下は人から正常な思考能力を奪うことを得意とした。先に予測不可能な事態を引き起こし、相手がこちらの言い分に従うように誘導する。ネリ・スクワブの全盛期にはそうやって権力も金も全てを奪われた人達が何人もいた。
「アマンダ・ネイル。ワタシはCOCOの副支部長だったネリ・スクワブの使いのスネイク。あのね、あなたのせいでワタシの大好きなネリが平に降格されちゃったの」
綺麗なモデル歩きでスネイクはアマンダに近づいてきた。骨と皮ばかりでなく引き締まった筋肉をしたスーパーモデル体型の男で、髪はピンクと緑に染められていた。細長い指先はしなやかで筋張っており、ジェシーの指先を思わせた。アマンダはジェシーに締め上げられた時の恐怖を思い出す。
「私をCOCOに連れ戻す?」
「いいえ」
「じゃあ何なの?」
「ああ、いやだ。その田舎臭いハプサル訛。反吐が出るわ」
スネイクはしゃがんでアマンダの顔の高さまで身を低くした。ピートがアマンダに腕を伸ばしスネイクとの間に壁を作る。
「あなたはもっといい場所に連れて行かれるの。そして、他の皆はあなたのために全員死ぬのよ」
「何……言ってるの……?」
スネイクは立ち上がり、背を向けて暗闇の中へと戻って行った。
「今頃ワタシ達の仲間がバークヒルズを襲撃している頃でしょうね。バークヒルズはあなた1人のために存在意義を失った。だから消し去るのよ。汚染された地域で育った人間が他所へと出て行かないように」
「アマンダ、抑えろ……」
アマンダはスネイクの言ったことの意味を理解しようと頭を巡らせていた。だが、湧いてくるのは怒りばかりで思考は繋がらない。
「嘘じゃないのよ。ほら、これをご覧なさいな」
スネイクは明るい方へと何かを投げて寄越した。それは赤毛の束だった。
「ニッキー……!?」
アマンダは辛うじてそれだけ声に出した。
スネイクの周りには部下達が待機していた。アマンダとピートには気配も届かない暗がりの中だった。
「赤毛ってだけで信じたみたいですね」
「フフ、人間なんて単純なものよ」
スネイクは部下と小声で会話をする。当然、アマンダとピートにその声は聞こえない。スネイクはアマンダが完全に動揺しているのを見て取り、上半身だけ光が当たる位置にまでもう一度出てきた。
「さあ、アマンダ。もう後戻りはできないのよ。バークヒルズはもうない。リヴォルタがあなたを人間として扱ってくれる保証はない。ワタシ達と一緒に来なさい。そしたらあなたが二度と蔑まれない世界に連れて行ってあげる」
アマンダのコピアガンが輝き出した。沸々と沸き立つ怒りに応えてコピアは最大級の光を放っていた。
「てめえ、リヴォルタをバカにする気か!」
アマンダの代わりにピートが吠えた。
「あなたが言えた口じゃないでしょう? ピート・ナット君」
「んだと?」
「あなた、本当はここにいてはいけないはずでしょう? ネツサソリに噛まれたのに生きている貴重な検体のあなたはもう人間じゃない。リヴォルタにとっては他のウェイストランドの生物と同じ実験動物よ」
「俺は……そんなんじゃない……」
ピートの手は怒りで震えていた。今すぐスネイクを殴り飛ばしたいはずなのに、アマンダをかばってすぐには手を出すまいと耐えていた。ピートの腕力はネツサソリのおかげで人間離れしたが、銃火器には敵わない。それに、挑発に乗れば相手の思うツボだ。スネイクはそれほどまでに警戒する相手だった。衝動を抑えて冷静さを保とうとするピートの背中はとても心細くて脆かった。
しかし、アマンダにはそんなこと関係なかった。
「……してやる」
アマンダは動いた。
「何? アマンダ?」
スネイクが明るい声で聞き返す。どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。
ピートの腕に力が入り、アマンダを前に出すまいとする。
「殺してやる……!!」
「やめろ! アマンダ!!」
アマンダはピートの腕の間からコピアガンを前に突き出した。ピートは後ろを向いてアマンダを押し倒して動きを封じた。
それとほぼ同時にドドドという地鳴りのような音が響き出した。床がグラグラと上下に揺れていた。
「きゃああああああ!!」
ガラガラと床が崩れた。その音に紛れてスネイクの悲鳴がピートの耳に微かに届いた。
「ピート! 放してよ!!」
「ダメだ! 動くな!! 危ねえぞ!!」
アマンダはピートから逃れようともがいた。怒りで我を忘れているようだった。
ピートは必死にアマンダを抑えつけた。アマンダは気付いていなかったが、ピートは自分達の背後で何が起きているかわかっていた。アマンダが無理に激しく動こうとしたら自分達も危ないと思った。腹を蹴られようと、頭を殴られようと、ピートは絶対にアマンダを放さなかった。
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