第十七話 オフサルマパティの森

 アマンダとニッキーがバークヒルズを出てから8日目。突き抜けるような青空に薄く広がる筋雲が映える朝だった。

 アマンダとニッキーはあることに気付いて、2人を乗せて元気に走るスプラッシュを止める。

「ニッキー、あれは……」

「きっとそうだわ……」

 スプラッシュから降りて、崖の端のギリギリの所まで身を乗り出したアマンダとニッキーの瞳にはあり得ないものが映っていた。崖の下2、3km先の荒れた大地の真ん中に円状に広がる豊かな森があったのだ。


*     *     *


 病室のベッドでピートが目を覚ましたのは翌日のことだった。昏睡状態からいつ目覚めるか、それともこのまま死んでしまうかリヴォルタの医師でも判断が難しいところだった。何せネツサソリの毒から生還した人間など前例がないのだから。目覚めた時にどんな状態になっているかもわからない。全くの未知の領域だったため、ピートはリヴォルタの病院の隔離病棟に入れられた。

 ピートが目覚めるまでウォルトは病室を離れなかった。いつピートが目を覚ましてもいいようにずっと起きていようとしていた。一晩中ずっとどれだけ睡魔が襲おうと、ウォルトは一睡もしなかった。

 ピートは何の前触れもなく、ふいに目を覚ました。

「ウォルト……?」

 そのかすかな呼びかけだけでうとうとしかけていたウォルトは瞬時に覚醒した。

「起きたのか、ピート……!」

「あの子達は……?」

 ピートはすぐさまネツサソリに刺された時に一緒にいた女子2人組の心配をした。ということは記憶は正常だ、とウォルトは安心する。

「アマンダ・ネイルとニッキー・レアドか?」

 ピートはふっと笑った。何がおかしいのかウォルトにはわからない。

「アマンダっていうのか、あの子……?」

「ああ、そう名乗ってたぞ。自分で」

「なんだよ、俺には教えてくれなかったのに……」

 その言葉にはウォルトも少し頬が緩んだ。

「また女子とまともに会話できなかったのか、お前」

 ウォルトは一安心してクククと小さい声で笑いながらそう言った。

「しゃーねえだろ」

 少し元気が出てきたピートは強めの口調で言った。

「アガットタウンで一番の口八丁手八丁はどうしたんだよ」

「うるせえ、事情が変わったんだよ」

 ウォルトはピートの強がりを聞いて安心した。ここまで言えれば十分だ。

「水くれ、水」

 ウォルトは冷蔵庫から取り出したペットボトルのミネラルウォーターをコップに移して渡した。ピートはベッドの端に片手をついて、もう片方の手でコップを受け取った。

 パリンッと音を立ててコップが砕け散った。

「わあっ!!」

 ウォルトとピートは同時に叫んだ。バシャっと水が真下の床に零れる。

ベッドからもギシッと嫌な音が聞こえた。ピートは恐る恐るベッドの端についていた手を離す。ベッドの骨組みのパイプが手の形にひしゃげていた。

 ウォルトとピートはその光景に茫然とした。


*     *     *


 それは紛れもなくバークの部屋で見つけた地図の丸印の地点だった。正確な現在地を測る方法などなくても、ここだとはっきりわかる。何故なら、この場所以外にわざわざ丸印をつける意味のあるものなどどこにもないからだ。ウェイストランドの立入禁止区域にあるはずのないものがそこにはあった。

 200メートル前後の高さがある崖の端を移動し、なんとか降りられそうななだらかな斜面を見つけたアマンダとニッキーはゆっくりと斜面を降りて森へと近づいた。

「信じられない光景ね。こんなに立派な木がいくつも……」

 ニッキーはうっそうと生い茂る木々を見上げて呟く。上方は風で揺れてさわさわと葉音を立てていた。

 アマンダは逆に下ばかり見て歩いていた。森と荒地は誰かが整地でもしたかのようにくっきりと分かれていた。森に一歩入れば、木の根の周りを雑草が生い茂っているのだが、端は綺麗に刈り取られたかのように木も雑草も途切れている。

「入ってみる?」

 不思議過ぎる光景にニッキーも尻込みした。自然豊かな森の中はなんとも魅力的に見えなくもないが、木が多いということは視界が悪いということでもある。ウェイストランドはだだっ広い砂漠やサボテン程度の植物が転々とする場所が大半なので視界を遮る遮蔽物が少ない。危険そうな動物が近くにいたら目視で確認でき、退避行動を取ることも可能だ。だが、森の中は隠れる場所でいっぱいだ。木陰に身を潜め、狙い定めて襲い掛かってくる動物がいたら終わりだ。

「ヒヒヒン!」

 ためらうアマンダとニッキーを後目にスプラッシュが森の中へと入っていった。

「あ、待って! スプラッシュ!」

「アマンダ!」

 アマンダはスプラッシュを追いかけて森へ入ったが、スプラッシュはあっという間に木々の向こうへと消えてしまった。

「どこ!? スプラッシュ! 戻っておいで!」

 アマンダは四方八方に向けて叫ぶが、スプラッシュは返事も寄越さない。

「どうしよう……」

 ニッキーがすぐに追いついてきてアマンダを見つける。

「スプラッシュったら、どうしちゃったのかしらね。急に嬉しそうに走って行くだなんて」

「スプラッシュが警戒しないってことはここは安全だってことだと思う」

「スプラッシュを信じるしかないってことね」

 ニッキーは草むらにどかっと座り込んだ。

「はあ、でもここすごく落ち着くわね」

 アマンダもそれには同意だった。

「そうだね」

 アマンダは森に入った瞬間から何かが違うような気がしていた。とても心が軽くなっていた。ニッキーも緊張が解けて気持ちよさそうに草むらに寝転がっている。バークヒルズを出てから一度もこんなに気が楽になったことはなかった。これが自然の森の癒しの力なのか。

「あ! ねえ、見て!!」

 ニッキーが突然がばっと起き上がり、木の上を指さした。

「あの果物、本で見たことない?」

「果物?」

 アマンダはニッキーの指さす方に真っ赤に熟した大きな果物を見つけた。

「あれは……」

「リンゴとかって名前じゃなかったっけ? 本当にあるんだ!」

 ニッキーはひょいひょいと身軽な動作で木に登り、リンゴをもぎ取った。もう少し遅かったら腐り落ちていただろう。完全に熟したリンゴはニッキーの目には恐るべき誘惑の権化に見えた。

「アマンダ、これ食べてみようよ」

「え、立入禁止区域に生えてる木だよ? 大丈夫なの?」

 アマンダとニッキーはバークヒルズを出てからずっと非常食だけを食べていた。立入禁止区域の植物や動物は人間にどんな危害を及ぼすかわからない。もしも一口食べただけで死ぬ猛毒の種類がいたら手遅れなので、どれだけ空腹で喉が渇いても絶対に立入禁止区域内で食料調達はしなかった。

 だが、この森はなんだか様子が違うのだ。他の場所とは全く異なる空気を醸し出している。おまけにウェイストランドの突然変異種ではない普通の品種のリンゴと思しき木が生えている。

「果物ってさ、略奪品のドライフルーツしか食べたことなかったじゃない? リンゴなんて初めてよ。こんな風に木になってるのね」

 ニッキーは手近な所にあったリンゴを4個もぎ取って木から下りてきた。ナイフで半分に切って中を見てみる。じゅわっと果汁があふれ出し、甘い香りが漂った。それにはアマンダも生唾を飲み込む。

「食べよう」

 アマンダが言うや否やニッキーは半分に切ったリンゴをアマンダに突きつけた。2人は同時にリンゴにかじりついた。さくっと歯が通る感触がなんともいえない感動を与えた。今まで食べた何よりも甘くて、涙が出るほどおいしかった。噛めば噛むほど果汁が口いっぱいに広がり、飲み込んだ瞬間、潤いで満たされ、全身に震えがきた。

「おいしい……!」

 これは毒ではないとアマンダは感じていた。口に入れた瞬間から全身が喜びに満ちている。足りていなかった栄養をやっと補充できて体が安堵しているのがわかる。ほっと一息ついて、アマンダもニッキーもこの森に対する警戒心を完全に失っていた。

「私、もっと他にも食べられるものがないか見てくる」

 ニッキーは森のさらに奥の方へと進んでいった。アマンダは野宿の準備をしようと思った。でも、その前にスプラッシュの背中に乗せている道具を取りに行かなければならない。

「スプラッシュ! どこ!?」

 アマンダは口笛を鳴らすが、反応はない。仕方ないのでアマンダもさらに奥へと進むことにした。

 しばらく行くと、水の音がした。あり得ない。こんな荒地の真ん中の森で水なんて。アマンダはその水音のする方へと急ぐ。

 パッと視界が開けて木が少ない場所へと出た。

「スプラッシュ!」

 アマンダの目に最初に飛び込んできたのはスプラッシュだった。顔を低くして、地面に鼻をつけている。

「もう、勝手にどっか行かないでよ!」

 アマンダはスプラッシュの方へ走ろうとして、すぐに足を止めた。ピチャッと音がして足が濡れた感触があった。

「泉!?」

 そこにはこんこんと湧き出す泉があった。スプラッシュは地面に鼻をつけていたのではなく、泉の水を飲んでいたのだ。

「この水もさっきのリンゴと同じ。体に害がないんだ……」

 アマンダがしゃがんで水面を覗き込む。水の中には魚も見えた。

 アマンダは手を泉に突っ込んだ。バシャッと水を顔にかける。

「ップハァア!!」

 アマンダは1週間ぶりに顔を洗った。最高に清々しい気分だった。髪が濡れるほどバシャバシャと水を浴びて、泉のそばに仰向けに寝転がった。

 森の木々は秋から冬にかけて赤や黄色に葉の色を変える落葉樹もあれば、一年中緑の葉を茂らせる常緑樹もある。実に様々な種類の木々でこの森が成り立っているのだと一目でわかる。

 ここでは時間がゆっくり流れている。何にも急かされず、寝転がって雲の流れを見ているだけでも許される。深く息を吸い込んで吐き出す。嫌な事や怖い事も全部、ここにいればなかったことにできるような気になってくる。

アマンダは昨日のことを思い出していた。ウォルトというコピアガンナーがピートという黒人の男子の命をコピアガンで救った。それはアマンダにとって衝撃だった。アマンダは戦闘のためにしかコピアガンを使ったことがなかった。考えてみればコピアは万能物質なのだ。戦闘以外にも様々な使い道があって当然だ。それなのに、自分は今までコピアで人の役に立とうと考えたことすらなかった。

「お前、そのコピアガンで今まで何してきたんだよ!」

 ウォルトを追ってきた車を運転していた背の高い黒髪の女に言われた言葉がアマンダの脳内で繰り返される。その女は怒りに満ちた表情をしていた。彼女はアマンダを始めから敵視していた。事情はわからないが、彼女にとってアマンダは忌まわしい存在だったのだ。

 アマンダは女に怒鳴られた時、何かを言ってその場から逃げ出した。なんと口走ったかは覚えていない。何だかとても気が立っていた。その女に負けてはいけないという気持ちが強かった。

「ここは君にとっても快適な場所なのだろうね」

 寝転がって空を見るアマンダはどこから聞こえてきているのかわからない声に話しかけられた。素早く上体を起こして辺りを見る。スプラッシュを撫でている男の姿がそこにはあった。男はニコリと笑ってアマンダに手を振る。

 アマンダは咄嗟にコピアガンを構える。しかし、コピアガンは全く反応を示さない。

「無駄ですよ。ここでそれを使うことは不可能です」

「あなた、誰? いつからここにいたの?」

「私はオフサルマパティ。この森を管理するリヴォルタのコピアガンナーです」

「コピアガンナー?」

 アマンダはオフサルマパティの腰にコピアガンがないことを最初に確認していた。コピアガンを持っていないのにコピアガンナーとはどういうことだ?

「私のコピアには無効化の力があります。この森は私の能力で従来の自然の姿を取り戻したのです」

「無効化……の、コピア……?」

「そう。あなたもわかる通り、ここは人間にとっても理想的な森です」

 アマンダ達はこの森で実ったリンゴや湧いている泉の水を摂取しても体に害がなかった。つまりオフサルマパティの言っていることは本当だ。

「あなたのことは存じていますよ。アマンダ・ネイル」

「ああ、やっぱり……」

 アマンダは落胆した。あれほど強くニッキーに名前を言うなと言われていたのに、アマンダは名乗ってしまったのだ。

 長身の黒髪の女に怒鳴られた時、アマンダは気が立って啖呵を切った。

「近づくな! 私はバーク・ロックの娘、アマンダ・ネイル! いずれバークヒルズを継ぐ、父の後継者だ!」

 オフサルマパティはアマンダを拘束するためにやってきたのだろうか。そうだとしたら余裕がありすぎる。ウォルト達もあの長身の女もなんとしてもアマンダの身柄を確保しようという気持ちが透けていた。だが、オフサルマパティは違った。ただのおしゃべりをしに来ただけと思えなくもない。

 アマンダはどうせ使えないなら意味がないとコピアガンをしまった。

「ここにいると何もかも忘れてしまいそう。そんな気がしませんか?」

 オフサルマパティはアマンダに質問してきた。それはアマンダが今しがた考えていることだった。

「ここにいれば社会のしがらみから解放される。どこで生まれたとか、誰の子供だとか、どんな能力があるとか、どんな障害があるとか。そんなものは初めからなかったみたいにここは穏やかで全ての生物に癒しを提供してくれる。そんな風に感じるでしょう?」

 相手の考えていることを見透かすようなこの感じはアトラスに似ている。だが、オフサルマパティに関する違和感はそれだけではないような気がした。存在感というものがないのだ。目に見えるし、声も聞こえるが、人間らしい温かみを感じない。かといって、冷たい印象があるというわけでもない。

「でも、見てごらん」

 オフサルマパティは泉を指さす。息絶えたアゲハ蝶がプカプカと浮いていた。羽は他の虫に襲われたのだろうか、ボロボロになっている。

「この森は単なる癒し空間ではない。人間にとっては癒しでも、他の生物にとっては生きるか死ぬかの世界が広がっている」

「何の話ですか?」

 オフサルマパティはすぐには答えない。泉の周りをゆっくりと足音も立てずに歩いている。

「ただの雑談ですよ」

 オフサルマパティは笑った。今の話のどこに雑談らしい楽しさがあるのかアマンダには全く理解ができない。14歳の女子に死んだ虫を見せるという行為は明らかに異常だ。アマンダが人を殺したことがあることを暗に批判しているのか。しかし、オフサルマパティがそれを知っているはずがなかった。

「警戒していますね」

 オフサルマパティは静かに言った。いや、ずっと同じ落ち着いた口調なのだが、その言葉はより静かに発されたとアマンダには思えた。

「ここには他のリヴォルタのコピアガンナーも来る?」

「はい。私の同僚が時々この森を訪れますよ」

「あなたは?」

「私はここで寝泊まりをして昼夜この森を管理しています」

「大変なのね」

「いいえ。それが私の使命ですから」

「すごい。リヴォルタのコピアガンナーって……」

 アマンダは口ごもった。オフサルマパティはアマンダが考えていることを察したのか、口当たりのいい言葉をかけた。

「あなたこそ、素晴らしい才能を持ったコピアガンナーですよ」

「そんなわけない。私はコピアガンで人を傷つけることしかできない」

「そうではありません。あなたの意思がどれほどの力を発揮するか、私は最初から知っていました」

「私なんて偶然コピアに選ばれただけだもの」

「きっかけはいつでも些細なことからです。あなたのその力は世界を変えることだってできる」

 何を大袈裟な、とアマンダは思った。アマンダは人から褒められ慣れていない。小さい頃からお転婆でいつも怒られていた。オフサルマパティとの会話はそんなアマンダの鬱屈した自尊心をチクチク刺しているように感じられた。

「リヴォルタのコピアガンナーじゃないのにどうしてそんなにかばうの?」

「私は全てのコピアガンナーを平等に扱います」

「リヴォルタでは異端って思われてない?」

「コピアガンナーは少しくらい変わっているものです」

「そうなんだ」

 たしかに、雰囲気からしてオフサルマパティは普通じゃないとアマンダも思った。

「あなたはコピアとは何かまだ理解していませんね。でも、それを知りたいと思っている。何故なら、あなたはコピアに選ばれたから。どうして自分のような何でもない人間がコピアに選ばれたのか、理由があるなら教えてほしい。そう思っていますね?」

 それはアマンダがずっと無意識にモヤモヤと考えていたことだった。言語化することすらできない胸の奥底に眠っていた気持ちだ。その他のことで頭がいっぱいで自分で気付きすらしなかった。

「ならば確かめるといい」

 オフサルマパティはいつの間にアマンダの隣に立って、肩を抱いていた。オフサルマパティは前方を指さした。それはアマンダ達が森に入ってきた方角と正反対のさらに奥深くの方だった。

「この森を真っ直ぐ抜けてしばらく行くと30年前の事故の後、放置され続けているリヴォルタの研究所があります。そこへ行けばコピアの全てがわかる」

「コピアの全てが……?」

「行きなさい。あなたはそれを知るにふさわしい最高の逸材なのだから」

 アマンダは黙って考えた。リヴォルタの旧研究所へ行くにはさらに東へ進まなければならない。非常食は今からバークヒルズへ帰るまでに足りる分しかない。この森である程度の食べ物が確保できたとしても、2人と1頭で旧研究所へ行って戻ってくる余裕はない。

 アマンダはスプラッシュの頭を引き寄せ、頬ずりした。

「ここまでよく頑張ったね、スプラッシュ」

 スプラッシュは嬉しそうにいななく。

アマンダはスプラッシュの背中に乗せた鞄から紙切れと鉛筆を取り出す。一言書き記し、スプラッシュの手綱に紙切れを括りつけた。

「ごめんね、スプラッシュ。あなたはニッキーを連れて先に帰ってね。私は大丈夫だってニッキーに伝えて」

「ブルルルン」

 スプラッシュは軽くいなないた。アマンダはもう一度だけスプラッシュのたてがみを撫でた。

 アマンダは独りぼっちで東へ出発した。食糧はこの森で穫れた果物や木の実だけだ。それでも自分なら大丈夫だとアマンダは確信していた。ウェイストランドの王者はコピアガンナーだ。コピアガンさえあればどこへだって行ける。

 アマンダを突き動かしているのはたった1つの動機だけだった。コピアの秘密が知りたい。これまで悩まされてきたコピアが一体何なのかを突き止めたいと思う気持ちがアマンダを奮い立たせた。


*     *     *


 小一時間後、ニッキーはようやく泉にたどり着いて、スプラッシュを発見した。

「スプラッシュ! こんな所にいたのね? 泉じゃない。飲んでたの? へえ、この水飲めるんだ。アマンダ見かけなかった?」

 矢継ぎ早に話すニッキーに対し、スプラッシュはぶるんといななきニッキーに乗れと言うように身を低くした。

「何? アマンダのいる所まで案内してくれるの? ありがとう。でも、ちょっと重いわよ」

 ニッキーは詰め込んだ果物や木の実が落ちないように鞄を大事に抱えて慎重にスプラッシュに乗った。スプラッシュはすぐに立ち上がり走る。だが、方角は西だ。

「スプラッシュ、そっちへ行ったら森を抜けちゃうわよ。アマンダを置いていけないわ」

 ニッキーが焦って手綱を引っ張るがスプラッシュは方向を変えなかった。木々の間を走り抜け、とうとう森を抜け出た。

 ニッキーは手綱に括りつけられた紙切れを発見した。ほどいて広げ、そこに書かれている言葉を読む。


“ありがとう、ニッキー。ここからは1人でやれる”


 しばらくの間、ニッキーは手紙に目を落としたまま無言でいた。目から涙があふれてくる。ニッキーはスプラッシュの首にしがみつき、たてがみに顔をうずめた。

「そうなのね、アマンダ。わかってたわ……わかっていたもの……」

 ニッキーの流した涙はたてがみに吸い込まれて消えていった。スプラッシュは速度を緩めることなく、日暮れまで走り続けた。

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