バーク・ロックの息子 中編

 ハンナ・ローズはその日も元気に縫製工場の仕事に勤しんでいた。製材所が出してきた大量の破けた作業着を直し終えたので、届けに行くのだ。1人では運びきれないため、応援を頼んだが、手が空いている人がいなかった。縫製工場の仕事に興味があり、いつも出入りしている10歳のニッキー・レアドが一緒に行きたいというので、半分持たせて一緒に製材所へ向かった。

「ハンナさん、アタシ、いつになったら縫製工場で働けるかな?」

 大好きな縫製工場の仕事の手伝いができるので、ニッキーはご機嫌だった。目を見張るような赤毛を綺麗に巻いてその色に合うオレンジ色のワンピースを着たニッキーは将来有望なオシャレさんだった。

「あと5年もすればね。でも、ニッキーは器用だからもっと早くから働き始めてもいいかもしれないね」

「アタシ、今日から縫製工場で働く!」

「それはまだ早いって」

 本当の姉妹のように仲が良い2人は笑い合いながら製材所への道を歩いた。華やかな見た目のハンナとニッキーは町行く人の心を和ませた。

「手続きが済むまで遊んでていいよ」

「はーい」

 製材所に着くとハンナはニッキーが持っていた分の作業着を受け取って製材所の所員を探した。ニッキーはハンナに言われ元気よく返事をしてどこかへ走り去った。ハンナは所員から受け取りのサインをもらうと、ニッキーを探しに製材所の周囲を歩いた。

「ニッキー! もう帰るよ!」

 ハンナの呼びかけに応える声はなかった。ハンナはニッキーが迷子になったかと不安になった。製材所には木材が沢山積んである。もし倒れてニッキーが下敷きになっていたら。

 しかし、その心配も他所に、ニッキーの楽し気に話す声がどこからか聞こえてきた。

「へえ! すごい! アタシもこれで遊びたい!」

「危ないよ、これ大人用だから」

「やだ! アタシもやるの!」

「ニッキー! 待てって!」

 その声はハンナのよく知る男子の声だった。様々な感情がハンナの内側に湧き出す。ハンナは走ってニッキーと男子の声がする方へ行き、アスレチック場にたどり着いた。

 ニッキーが木材で作られたアスレチックの坂を登ろうとするのを止めるジェシーの姿がそこにはあった。

「ジェシー、こんな所で何してるの?」

「あ! ハンナさん!」

「えっ?」

 ジェシーはハンナの名前を聞いて咄嗟に手が緩んだ。ニッキーはその隙にジェシーから離れ、ハンナに抱き着いた。

「もう終わったの?」

「うん。ここにいて、ニッキー」

 ハンナはニッキーを下がらせると、ジェシーをじっと見つめた。

「何でハンナがここにいるんだよ」

「私の方こそ聞きたいわよ」

「ハンナには関係ない。放っておいてよ」

「ジェシー、何を隠してるの? 毎晩夜遅くに帰ってきて、朝は日が出る前に出かけちゃう。学校で勉強っていったって、あなたもう16歳なのに、何をまだ勉強することがあるんだろうと思っていたら、嘘をついてこんな所に来ていたの?」

「今の僕にはこれが必要なことだ。それ以上は言えないけど、これは大事なんだ。僕にとっても、この町にとっても」

「そんな言い訳が通じると思うの? 見たところ、体を鍛えるんだってのはわかる。でも、それがあなたに必要なこととは到底思えないわ」

「ハンナがどう思おうが関係ないんだよ。これは僕と父さんの約束だから……!」

「バークさんが何なの?」

 ジェシーは黙った。ギャングに入ろうとしているだなんてハンナには言えなかった。

 ニッキーが不思議そうに2人を見上げている。ハンナはもうすぐ終わるからとニッキーに向かって笑いかけるが、ニッキーはあることを言った。

「ハンナさん知らないの? ジェシーさんはギャングに入るために訓練してるんだってよ?」

「ニッキー……!」

 ジェシーは慌ててニッキーの口を塞ごうとしたが間に合わなかった。ハンナが鬼の形相でジェシーを睨みつけていた。

「何その話?」

「ハンナ、違うんだ、これは……」

 ジェシーは知っていた。ハンナはキレると怖い。普段温和な分、怒らせると手がつけられないのだった。

「父さんが言ってたのよ! ジェシーさんは頑張ってる。バークさんも早く認めてあげればいいのにねって」

「ニッキー、ちょっと静かにして!」

 そうだった。この子はレアド先生の娘さんだった。とジェシーは心の中で呟く。あまり家に帰らないレアド先生のことだから娘に自分の話なんかしていないと思った。だが、いつどうしてそうなったか知らないが、ニッキーはジェシーのことを知ったのだ。

「ハンナ、違うよ。僕、別にそんなことしてないから!」

「言い訳したって無駄よ、ジェシー」

 ハンナはジェシーの声音が誤魔化そうとしている時のものだと気付いていた。ジェシーが何か隠し事をしようとする時、甘ったるい声で縋るような話し方をする。ジェシーもハンナにこれ以上何を言っても信じてもらえないだろうとわかっていた。父親が違うとはいえ、ずっと同じ家で暮らしてきた姉のことがわからないわけがない。

「お願い、ハンナ。お母さんには言わないで」

「隠していたっていずれバレるじゃないの」

「でも、お母さんには心配かけたくない」

「だったらこんな事やめればいいじゃない」

「そういうわけにはいかないんだ! 僕にはやるべきことがある」

「そう。なら私達のことなんか捨ててバークさんの所へ行けば?」

「何でいつもハンナはそういう言い方するの?」

「だって私はバークさんとは関係ないもの。あの人の子供に生まれてこなくてよかったと思ってるの。あの人の血を受け継いだというだけで責任があるんだわ。あなたも結局そうなるしかないのね」

 ハンナの剣幕にさすがのニッキーもまずい事を言ってしまったと思ったらしい。ハンナの腕を引っ張って興味を引こうとした。

「ハンナさん、帰ろう?」

 あたふたするジェシーはニッキーのそれを助け船だと感じ拝み倒す勢いだった。ニッキーがハンナに隠していた事をバラしてしまったことは忘れていた。ハンナはニッキーに免じてここは引き下がることに決めた。

「そうね。帰りましょう。まだ仕事は山積みだもの。こんな愚かな弟は置いて、私達は私達のすべきことをしましょうね」

 ハンナとニッキーが見えなくなってもジェシーはまだ2人のことを考えていた。ハンナはきっと母親にこの事を言うだろう。そしたらバークに泣いて頼みに行ってジェシーのギャング入りを止めさせようとする。バークとの約束もなかったことにされ、自分はまた何もできない子供に逆戻りだ。

 ジェシーは決意した。訓練を中断して家へと向かった。


*     *     *


 ジェシーが家に帰ると母のエミリーが昼食の準備していた。エミリーはジェシーと同じ癖毛の金髪で、青い瞳の童顔の女性だった。ハンナとジェシーを産んだ時もかなり若かったが、今もまだ十分若い見た目をしている。おっとりした女性でいつも周囲を和ませるかわいらしい人だった。

「ジェシーちゃん、帰ったの? お昼食べるなら先に言っておいてちょうだいな。あなたの分は用意してないわよ」

「いいよ、お母さん」

 ジェシーはぼそっとそれだけ言うと2階の自室へ行き、大きめの鞄に入り切るだけの服を放り込んで家を出ようとした。エミリーはジェシーが明らかにいつもと違うので心配になって玄関までついてきた。

「何してるの、ジェシーちゃん? その鞄は何? どこへ行くの?」

「もうここに帰らないから」

「どうして?」

 エミリーは既に泣きそうで、ジェシーはこれだからお母さんは嫌なんだと思った。自分の泣き虫はこの人の遺伝なのだと思うと自分が心底女々しく感じて辛くなる。それに、どんなに離れようとしてもこの母親との大事な血の繋がりが消えることはないのだと実感する。ジェシーにとって母親はどれだけ煩わしく思っても捨て切れない存在だった。

「アトラス兄さんの部屋に置いてもらうことにするから。もう僕には構わないで」

「それってギャングの宿舎じゃないの? どうしてジェシーちゃんがそんな所へ行くの?」

「僕は……ギャングに入りたいから」

「えぇ……?」

 エミリーは全く話が理解できないという顔をした。こんなにかわいい息子がどうしてギャングに入りたがるのか。よく見れば息子の顔は治りかけの傷跡だらけだった。久しくじっくり見る機会がなかったからこんな有り様だとは知らなかった。

「ジェシーちゃん、何を考えているの? あなたは心が優しい人なのにギャングに入ってどうするつもりなの? バークさんにそう命令されたの? だったらお母さんが一緒に頼みに行ってあげるから――」

「違うよ、お母さん!」

 ジェシーは過保護な母親につい声を荒げてしまった。平均より遅く来た変声期のせいでガラガラの声だった。鳥のさえずりのようだったジェシーの高い声はもう聞くことができないのだ。

「僕は自分で決めた。もうここには戻らない。僕はギャングに入って自分のすべきことを成し遂げる」

 ジェシーはこれ以上母親と話すと自分の決意が揺らぎそうになるのを恐れて逃げるように家を出た。

「待ってジェシーちゃん!」

 エミリーは外に出てジェシーを呼んだが、ジェシーは一度も振り返らなかった。エミリーは手で顔を覆って大声を上げて泣いた。ジェシーはその泣き声を背中に聞いて、自分もとめどなく溢れる涙をこぼしながらギャングの宿舎へ向かった。


*     *     *


 それから9ヶ月が経った。ジェシーは順調に体を鍛え上げ、見違えるほど強靭な肉体に仕上がっていた。ギャングの宿舎のアトラスの部屋で寝起きするようになったジェシーの朝の日課は、早朝ランニングとアトラスを叩き起こすことだった。

 ジェシーはランニングから戻ってきて汗をタオルで拭きながら、鍵が開けっ放しの武器庫に入る。武器庫の中で棚にもたれかかっていびきをかいて寝ているアトラスに声をかける。

「兄さん、起きて。朝だよ」

「うーん、もう朝?」

「そうだよ。ハーディ兄さん達がもうすぐ来るよ」

「まだ8時じゃないか」

「もう朝礼の時間だよ」

 アトラスは伸びをして立ち上がる。ジェシーはそれを見てからアトラスの部屋に戻り、暖炉でお湯を沸かす。朝の一杯の紅茶がアトラスの動力源だ。

 紅茶を飲むとシャキッとしたアトラスは着替えて髪を整えた。ミシンで縫われた上質な素材のアトラスのスーツはバークヒルズで作られたものではない。バークヒルズの外に出かける仕事があるアトラスだけが持っているバークヒルズの外で作られたスーツだ。ライトグレーのスーツは長身のアトラスに似合っていた。

「今日も格闘訓練するから」

 ジェシーはその日、グレイブ達略奪部隊にお願いして格闘訓練に付き合ってもらうことになっていた。バークに顔面を殴られてから過酷な訓練に耐えてきたジェシーに勝てる人はギャング内でも少なくなってきていた。誰もジェシーが短期間でここまで強くなると予想していなかったので、負けた連中はイカサマだとかなんとかわけのわからないことを口走っていた。格闘訓練にイカサマも何もないのは誰でもわかることだったので、負け犬の遠吠えだと噂された。強くなったジェシーを一目見ようとギャラリーが増えたし、ジェシーを打ち負かそうと名乗りを上げる者もいた。ジェシーはことごとくそれを撃破し、さらに名を上げた。バークに勝つこともできるかもしれないと皆がうっすら希望を持つようになっていた。

「勝者、ジェシー!」

 ハーディが審判を務めて行われた略奪部隊との格闘訓練はジェシーの一人勝ち状態だった。ギャラリーは湧き上がっていた。もう誰もジェシーをマドモアゼルだと呼ばなくなっていた。美しい顔は凛とした顔つきになり、美しいながらも男のものへと変貌していた。

「これは全試合ジェシーが勝つんじゃないか?」

「バカ言え。次はグレイブだぞ。あの巨漢に勝てるわけないだろう」

「だが、ジェシーの素早さは手強いぞ。グレイブの拳は一撃が重いが、当たらなきゃ意味がない」

 ギャングの兄弟達はジェシーとグレイブの試合、どちらが勝つか予想を立てていた。グレイブは略奪部隊と報復部隊を率いる最強の幹部だ。大きい体から放たれる拳は重く、骨まで砕くこともある。だが、体が重い分、俊敏性に欠け、百戦錬磨のバークに勝ったことはなかった。

 ジェシーはグレイブとは反対に身軽さで勝負していた。筋肉量を増やしたので体重は以前より重くなったが、それでもまだグレイブには遠く及ばない。相手に隙を与えない素早い行動で翻弄し、気付いたら王手をかけている。というのがジェシーの戦闘スタイルだった。

「始め!」

 ハーディの合図でジェシーとグレイブの試合が始まる。2人共、すぐには動き出さない。正反対の2人はお互いの弱みに付け込まれたら一瞬で負ける可能性を考えずにいられなかった。迂闊に動いた方が負け。慎重に相手の出方を窺い、好機を待つ。

 グレイブが牽制に空中にパンチを繰り出す。ジェシーは慌てずじっと構えている。

 次はジェシーが前に出た。左右にフェイントをかけながら近づき、グレイブの胸元に飛び蹴りする。グレイブは腕でガードし耐える。ジェシーは再び距離を取る。

 グレイブが突撃し、拳を振り上げる。ジェシーはスライディングで拳を躱し、グレイブの背後に回り込む。グレイブは身を翻しジェシーの攻撃に備える。ジェシーはグレイブに隙がないことを見て取り攻撃はしない。

「お、おお……」

「早すぎて見えねえ……」

 ギャラリーはジェシーとグレイブの一進一退の攻防に息をするのも忘れるほどだった。緊迫した状況は見ている方が先に神経が参ってしまいそうだ。

 ジェシーは常に思考を巡らせていた。体格ではるかに勝るグレイブに恐怖心がないわけではない。一発でも当たれば再起不能になる可能性だってある。だが、グレイブは頭で考えるタイプではない。がむしゃらに拳を振り回して、その圧倒的な体格で押し勝つのが定石だった。ならば、自分はそのグレイブの裏をかき、王手をかけるタイミングさえ作ればいいだけだった。

 ジェシーとグレイブは同時に動き出した。のっそのっそと熊のように走るグレイブと、身を低くしてツバメのように素早くカーブしながら間合いを詰めるジェシー。グレイブの左アッパーがジェシーの顎先を通過する。ジェシーはさっと旋回してそれを躱し、手をついて足を振り上げる。グレイブはその足を掴んで叩き落そうとするがジェシーは掴まれる前にそれを回避し、一歩下がる。間を与えずに2人同時に突撃し、ジェシーがグレイブの猛攻をかわす。グレイブが疲れてきた頃を見計らってジェシーは距離を取った。

 息を荒げるグレイブと、まだ落ち着いた呼吸のままのジェシーは数十秒間離れたまま睨み合った。

 ジェシーが先に動いた。グレイブは一瞬出遅れた。ジェシーはそのほんのちょっとの優位を見逃さなかった。グレイブの拳の射程圏内に入る直前、スライディングして注意力散漫になったグレイブの足元を通過し、グレイブの片足に縄を引っかけた。グレイブはバランスを崩してうつ伏せに倒れる。重い巨体をグレイブが支え、ジェシーの方を向いた瞬間、その眼前に銃が突きつけられていた。

「勝者、ジェシー!」

「うおおおおおおおお!!」

 ドッと歓声が沸き上がった。ギャラリーは大盛り上がりだ。ジェシーがグレイブに勝った。ジェシーの成長に半信半疑だった人達もこれで完全に納得した。もしかしたらバークにもいつか勝てるのではないか、と皆が期待した。

「くそ、負けちまった」

 グレイブは照れ笑いをした。ずっと子供だと思っていた弟がここまで強くなったことに複雑な気持ちだった。ジェシーは驚異的な早さで成長している。やはり自分達と同じバーク・ロックの息子なのだ。

 先に負けた略奪部隊の弟達がグレイブの周囲に集まってくる。皆、悔しいのだ。

「グレイブ兄貴! 何で負けちまうんすか!」

「俺達の面目丸つぶれっすよ!」

 グレイブはそんな弟達に檄を飛ばした。

「一回負けたくらいで泣き言言うんじゃねえ。あんなに頼りなかったジェシーがここまで強くなったんだ。喜んでやれ」

「でも……!」

 兄弟達に囲まれているジェシーを遠目にアトラスは宿舎の外壁にもたれて笑っていた。ずっといじめられてきたジェシーがやっと男社会に居場所を見つけたのだ。かつての自分がそうだったように。体が弱かったアトラスも子供の頃は随分いじめられたものだった。

 にこやかにしているアトラスに気付いたジェシーが満面の笑みで近づいてきた。

「アトラス兄さん!」

「ジェシー、よくやった」

 ジェシーはアトラスに褒められて嬉しそうに顔をほころばせた。

「残すはあと父さんだけだ」

「そうだね」

「勝てると思う?」

「どうだろう」

「嘘でもいいから勝てるって言ってよ」

「僕は嘘つかないよ」

「アトラス兄さん」

「何だ?」

「ありがとう」

 ジェシーの曇り一つない素直な言葉にアトラスは不意を突かれた。

「何だよ、急に」

「アトラス兄さんが父さんに話をつけてくれたから僕はここまでできたんだよ」

 アトラスは、そんなことないと言いたかった。ここまでできたのはジェシーが自分で頑張ったからだ。ローレンスが亡くなった日に固めた決意の後押しをアトラスはしただけ。バークに断られ、ボコボコにされ、それでも這い上がってきたジェシー本人の熱意がこの結果を生んだのだ。

「君は自分の力で頑張れる。それを証明したんだ。父さんにも君の頑張りは伝わるはずさ」

「うん」

「ジェシー! こっち来いよ!」

 兄弟達がジェシーを引っ張ってまた輪の中心にジェシーを招き入れた。アトラスは放置されたが、それも仕方なかった。アトラスをあんな所でもみくちゃにしたら骨が折れかねない。それに、そこにいる全員にとってアトラスは偉大な兄なのだ。彼らの父バーク・ロックの長男で、戦場で産まれた紛争の申し子アトラス・サンジェルマン。そんな人物とじゃれ合うなどという失礼な態度は許されない。

ジェシーがグレイブに勝ったという情報はバークの耳にも入った。

「ジェシーはどこにいる?」

 バークは手を叩いて喜んだ。目をギラギラと輝かせて、報告に来たローディを見つめる。

「グラウンドにいます」

「よし」

 バークはグラウンドに向かった。

 ジェシーは兄弟達に囲まれて肩を組まれたり、頭を撫でられたりしていた。

「ジェシー!」

 バークの大声でグラウンドは一瞬にして静まった。

「父さん……」

 ジェシーは30m離れた所にいる父親に気付いた。こんなに遠くにいるのに、視界にいるというだけでバークはジェシーを威圧した。背中を冷や汗が伝う。

「明日、俺と試合だ。いいな?」

「……はい!」

 バークはギラついた笑みを浮かべて去った。

 わかっていたことだが、バークの殺気は兄弟達とは段違いだ。それまでは手加減していたのだとわかるほど、今回のバークは芯から異なっていた。今まで感じたことのない、単なる恐怖を超えた昂揚感をジェシーは感じた。自分より大きなものに立ち向かう時の奮い立つ闘争心をジェシーは初めて体験するのだった。

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