スピンオフ第一弾

バーク・ロックの息子 前編

 昼前のバークヒルズ。使い古されたブーツの足音を踏み鳴らして行く男子の姿があった。ゴワゴワした癖毛の金髪を振り乱して、一心不乱にある場所を目指している。目には涙が浮かんでいるが、悔しさからか、その瞳には強い意思が感じられた。

 縫製工場の扉を勢いよく開けた男子は瞬時に女達の注目を集める。

「ジェシー、どうしたのその怪我!」

「いいから、これ直してよ!」

 金髪の男子は後にギャングの幹部になるが、今はまだ泣き虫の16歳のジェシー・ローズだった。手前に座って裁縫をしていた40歳くらいの女がカウンターに出向き、ハンカチを出して顔についた土と血の跡をふき取る。ジェシーはその手を払いのけて刺繍の入った上着を脱いでカウンターに投げ出した。上着の背中の部分が見事に裂けている。

「これ気に入ってたのに、父さんが破いたんだ!」

 ジェシーと年端の変わらない3人の女子達が手を止めてジェシーの所へ駆けてくる。

「ジェシー、よかったら私がその服直してあげるわ」

「カミラ、抜け駆けしないでよ。ジェシー、私の方が繕うのは上手よ。この子が得意なのは雑巾を縫うことだけ」

「ちょっと、ローラ! 嘘言わないでよ! アンタこそズボンの裾を直すことすらできないくせに出しゃばらないで」

「あの、ジェシー、私がやりますよ。そのくらいだったら5分でできますから。待っててください」

「アンジー! アンタは彼氏いるじゃないのよ!」

 その場で口論を始める3人の女子達。ジェシーにとってそれは日常茶飯事だった。バークヒルズで一番の美男子だったジェシーの周りはいつも女子達がくっついて回っている。

「誰でもいいから早くやってよ!」

 いつものジェシーなら女子達1人1人に声をかけ、順番で自分の服を直してもらおうとするはずだった。しかし、今回のジェシーはその余裕がないようだった。ふらふらとカウンターから離れると、近くの椅子に座り込み頭を抱えてうずくまった。

 ジェシーのその様を見て女子達は口論を止めてヒソヒソ話を始めた。

「ねえ、やっぱりジェシー、おかしいよね?」

「バークさんに頼んでギャングに入れてもらおうとしてるんでしょ?」

「あんな怪我までして、どうしてギャングに入りたいのかしら」

 年配の女はジェシーの上着の状態を確認して、奥にいた女に声をかけた。

「アイリーン!」

「はい、オリビアおばさん」

 奥の椅子に座っていたアイリーンは呼ばれると年配の女の名前を呼んで答えた。オリビアは大きな尻を左右に揺らしてアイリーンに上着を持って行った。

「この服、あなたが縫ってあげたでしょ? 刺繡の癖でわかったわ。ジェシーが待ってるの。すぐに直してあげて」

「はい」

 アイリーンは作っていた刺繍を中断してジェシーの上着の修繕にかかった。ジェシーの上着を直してやろうとしていたカミラ、ローラ、アンジーの3人は上着のことを放っておいてジェシーの傷の手当をしてやっていた。

「ジェシー、痛いから我慢してね」

「ジェシー、今包帯を巻いてあげるから」

「お水、飲みますか? 疲れているでしょう?」

 ジェシーは3人の女子達にされるがまま治療を受けた。その間、ジェシーの眼中に3人の姿はなかった。先程のボロ負けした格闘訓練の試合のことを考えていた。


*     *     *


 ギャングの宿舎のグラウンドにはジェシーの情けない悲鳴がこだましていた。

「ひゃあっ!」

 ジェシーが父親であるバークに投げ飛ばされ、砂の上に投げ出された。ズサアァァ! と砂が音を立てる。

「勝者、バーク!」

 離れた所で審判をしていたギャバンが叫ぶ。

「何でだよ……!」

 ジェシーは必死に泣くまいとしながら起き上がり、バークの正面で構える。

「お前はフィジカルが足りねえんだ。そんな女みてえな体じゃ俺はあと100回お前を投げ飛ばせるぞ」

 息子が泣いていようがなんだろうが容赦しないバークはジェシーの心が折れそうな言葉を投げかける。ジェシーが一番言われたくない事、それは女みたいという言葉だった。

「ジェシー、少し休憩しよう。もうこんな時間だ。お昼食べて元気になったらまた再開すればいい」

 ジェシーよりはるかに痩せっぽちのひょろ長い兄のアトラスがジェシーをなだめようとするが、それは逆効果だった。

「嫌だ。まだやる」

 ジェシーは意地になっていた。それというのも、ジェシーとアトラスでバークが対応を変えたことへの不満からだった。

 ジェシーがアトラスに後押しされてバークにギャング入隊を打診しに行った時、バークは無碍なく却下した。ジェシーにギャングは向かないという見解からだった。だが、ジェシーにとっては病院機能を改善するという夢があったため、そう簡単に引き下がれるものではなかった。

 ジェシーは何度もバークに頭を下げに行き、2週間後、格闘訓練でバークに一度でも勝ったら入れてやるという約束を取り付けることに成功した。ジェシーは初め喜んだが、それが望み薄であることは最初の試合で嫌というほど見せつけられてしまった。

 バークは一度も格闘訓練で負けたことがない。バークヒルズの誰もバークには敵わないのだ。紛争時代から鍛えられたバークの格闘スキルは群を抜き、それが故にバークはこれまで町のトップに君臨し続けてこられたのだった。

 それはジェシーを絶対にギャングに入れるつもりはないというバークの意思表示だった。バークは試合で容赦なくジェシーをズタボロにした。学校では割と運動ができる方だったジェシーは鼻っ柱を折られた。いくらスポーツで体を鍛えても、格闘では役に立たない。もっと体を鍛えなければならなかった。

だが、一つ疑問があった。アトラスは一度も格闘訓練を受けたことがない。子供の頃の栄養状態の悪さからアトラスは体があまり強い方ではなかった。身長は伸びたが筋力は並みの男性よりはるかに劣る。そんなアトラスがギャングに入っていて、ジェシーが入れないのは筋が通っていない。アトラスはよくてジェシーがダメな理由をバークは説明してくれなかった。

「何度やっても同じだぞ」

 バークは自然体でその場に棒立ちになり、ジェシーが向かってくるのを待った。ジェシーが突っ込んでくると、さっと身を屈めてジェシーを抱え、一度中空に放って地面に叩きつけた。

 その時、何かが引っかかったのか、ジェシーのお気に入りの上着が裂けたのだった。

 ジェシーは背後から聞こえたビリッという音に顔面蒼白になった。


*     *     *


「ジェシー!」

 縫製工場に入った途端、ジェシーにそっくりな金切り声を上げたのはジェシーの姉のハンナだった。ハンナは新調した服を届けに行って帰ってきたのだった。ハンナはショッキングピンクのワンピースを着てライトブラウンの髪の毛を巻いて透明なピンクの天然石がはめ込まれた花の形の髪飾りを着けていた。大きくて二重まぶたの目に長いまつ毛をしている。瞳の色はジェシーと同じ透き通るような青だった。

「何なの、その怪我!? 誰にやられたの?」

「ハンナには関係ない」

「関係あるわよ! そんなに綺麗なお顔に生まれてきたのに傷なんかついたら台無しじゃない」

「僕は男だよ。このくらいの怪我でいちいち騒がないで。そんな事言ったら、略奪部隊の皆はどうするのさ。全身傷だらけになりながら僕達に物資を届けてくれるんだよ」

「あなたは略奪部隊じゃないでしょ? ギャングでもあるまいし、そんな物騒な話はやめて」

 ハンナの口ぶりからカミラ、ローラ、アンジーの3人はジェシーがギャングに入ろうとしていることを知らないのだと勘づいた。ジェシーは気付かれまいと目を逸らす。

「いいから、ハンナは仕事に戻って。僕は上着が直ったらまた行かなくちゃならないんだから」

「行くってどこよ? 学校は今日お休みでしょ? また自習しに行くの?」

「そんなところだよ」

「根詰めすぎるのもよくないわ。たまにはちゃんと寝なさいね。寝不足はお肌に大敵よ」

「うるさいなあ」

 アイリーンが直った上着を持ってカウンターに現れた。ジェシーはそれを受け取ると、ハンナとは目を合わさず縫製工場を出た。

「昔はお姉ちゃんなんて呼んで私の後ろを離れなかったのに」

ハンナは溜息をついた。


*     *     *


 ジェシーはギャングの宿舎の食堂の洗面台の前にいた。食事の前に髪の毛を縛り直そうと思ったのだ。ジェシーの髪は昔、アトラスが読んでくれた北国の神話の神様と同じ透き通るような金髪だ。挿絵に描かれていた神様と同様に後ろで一本に縛り上げる。前髪も伸ばして全部まとめる。この髪型はアトラスがジェシーを男の子として育てようとしてくれた時からずっと変わらない。

「おい、ギャングに女が紛れ込んでるぞ」

「マドモアゼルジェシーじゃねえか。こんな所で何してる?」

 ジェシーのことを見下している兄達がジェシーにちょっかいをかけに来た。彼らは昔、ジェシーが女の子の服を着せられていた時から懲りずにジェシーをいじめてくる兄達だった。

「こんなに髪伸ばして何考えてるんだよ、お前」

 兄の1人がジェシーの髪を掴んで後ろに引っ張る。ジェシーはかくんと上を見上げる格好になる。

「ギャングに入ろうとして親父に止められてるんだろ? いい加減諦めろよ」

「お前みたいなひょろっちいガキにギャングは無理だからさ」

 兄達の嘲笑を浴びてジェシーは苛立った。こんな奴らがギャングに入れて、目指すべきものがある自分が入れないことを理不尽だと思った。

「離せよ!」

 ジェシーは髪を引っ張っている兄の腕を掴み、捻り上げようとした。

「お? やんのか? マドモアゼル」

 ジェシーの細長い指は兄の腕を離すまいとするが、あっさりと振りほどかれ、ジェシーは逆に腕を取られて足をかけられ廊下に転ばされる。

「だっせえ。お前、本当に諦めた方がいいよ」

 兄達は笑いながら去って行った。ジェシーは悔しくて悔しくて堪らなかった。バークに勝つどころか、兄との喧嘩にすら勝つことができない。自分の弱さにうんざりして、無力さに叫び出したい気持ちだった。

 ジェシーは食堂の厨房前のカウンターで配膳している弟に吠えるように言い放った。

「普通より多めによそって」

「ジェシー兄さん? でも……」

「いいから、早く」

「作る量が決められてるのに、できませんよ。兄さん、ギャングじゃないでしょ?」

「その分アトラス兄さんの分を減らせばいい」

「アトラス兄さんはそもそも食べないから頭数に入ってません」

「いいから!」

 弟はいつになく上からなジェシーの態度に驚き、戸惑いつつも大きめのパンをトレイに乗せ、スープを多めによそった。ジェシーはスープの具材を見て付け足した。

「待って、グリーンピースはいらない」

「え? グリーンピースなんか勝手に入っちゃいますよ」

「全部取って」

「もう、わがままだなあ」

 弟はフォークで1個1個グリーンピースを取り除いてからスープをトレイに乗せた。

「ありがとう」

 ジェシーが素直にお礼を言ってから席を探しに行くので、弟は拍子抜けした。嫌な態度を取られても何故だか嫌いになれない魅力がジェシーにはあるのだった。

 ジェシーはかなりの小食だった。母と姉と暮らし、女性と同じ量を当たり前のように出されていたので、10代の男子が食べる平均的な食事量を知らなかった。配膳係の弟は普通より多めにと言われたのでその通りに平均よりも大きめのパンを選び、スープも大盛にした。なので、ジェシーはパンとスープを食べきれず、吐きそうになりながら食べ続けていた。

 グラウンドで待っていたバーク、ギャバン、アトラスはいつまで経ってもジェシーが戻ってこないので、ついに挫折したかと心配していた。

「誰か、ジェシーを探しに行ってくれないか?」

 アトラスは自分の直属の部下のハーディ、ローディ、コーディの3人に頼んだ。

「俺、さっき食堂で見た気がするので、行ってきます」

 コーディは食堂に向かった。

 ジェシーは3分の1ほど残ったパンと1個だけ取り除き切れずに残ったグリーンピースが浮かんだスープを前に冷や汗をかいていた。

「ジェシー、まだ食べてたのか」

「コーディ兄さん」

 ジェシーはコーディに自分がこれしきの量も食べられないと思われるのが恥ずかしくて顔を逸らした。

「僕はダメだ……皆と同じくらいに食べて体を強くしないといけないのに、こんな程度の量も食べられないだなんて……」

 コーディは残っているパンの大きさを見て、なんとなく事態を察した。厨房で片付けをしている弟達に声をかけに行った。

「なあ、ジェシーに配膳したの誰だ?」

「俺です」

「ジェシーが食べ切れないって泣き言言ってるんだけど」

「え? だって、さっき、普通より多めに言ってたから……」

「アイツそんなに食べないじゃん、昔から」

「知りませんよ、そんな事」

「多分、心が折れかけてるぞ。この程度も食べられないなんてって言ってたから」

「グレイブ兄さんが食べる量よりは少ないですよ。アレだって」

「グレイブ兄さんと比べたらダメだろ! あんなに小さいのに」

「コーディ兄さん、聞こえますよ!」

 ジェシーは無理矢理にパンを口に押し込んでスープを飲み干した。グリーンピースだけはどうしても食べたくなくて口に入らないようにしたが、それ以外は完食できた。

 フラフラしながらカウンターに食器を下げに来たジェシーは心配する皆の視線を他所に、食べ切った達成感に満たされていた。


*     *     *


 どんよりとした曇り空の日だった。これは一雨降りそうだと皆が思い、降り出す前に外での作業を終わらせようと躍起になって働いていた。

 バークとジェシーも雨が降る前にもう一試合しようと考えていた。この試合で負けたらジェシーはバークに負けること通算300回目になる。そんな記念すべき試合だった。

 ギャバンとアトラスが固唾を吞んで見守る中、2人の試合は始まった。

 格闘訓練の試合のルールはシンプルだ。実際の戦闘と同じ状況を想定している。ナイフや銃などの武器の所持が認められているが、使っても使わなくてもいい。先に王手をかけられるか、戦闘不能になるかした方が負けだ。

 ジェシーはまだギャングに入隊していないため、ナイフと銃の支給はされていなかったが、試合の時だけ所持が認められた。ジェシーとバークの戦力差ならジェシーが武器を使用しても誰も文句を言わないことは明白だったが、ジェシーはそれがわかっているからこそあえて武器は使わなかった。武器を使ってバークに勝っても意味がないし、それ以前に武器を使ったところでバークは勝たせてはくれない。

 ジェシーが先に動き出す。バークは片足を後ろに引いて突進してくるジェシーをかわした。ジェシーは瞬時に旋回して足をかけようとしてくる。バークは飛び退いて、一歩下がり、さっと背後に回り込むとジェシーの腕を捻り上げた。

「離れろ」

 ギャバンの合図でバークはジェシーの腕を離す。

「ねえ、父さん。教えてよ。どうして僕がギャングに入ることをそんなに反対するの?」

「お前はギャングに向いてねえ。それだけだ」

「僕はこの町をよくしたいだけなんだ。それをどうして邪魔しようとするの?」

「お前は人を傷つけることに抵抗がある。それじゃギャングは務まらねえ」

「僕は人を傷つけるだけがギャングじゃないと思ってる。だって、父さんはこの町を建てた時からずっとこの町を守るために働いてきたじゃないか。それがギャングの仕事なんじゃないの? それとも、人を傷つけるのがギャングの本質なの?」

「甘っちょろい理想だけじゃ守れねえもんがあるんだよ」

「その理想を実現する邪魔をしているのは父さんじゃないか!」

 ジェシーが再びバークに向かってくる。今度はバークも手加減しなかった。早くしないと雨が降ってきてしまう。バークはジェシーの攻撃をいなすと、後ろに縛ったポニーテールを引っ掴み、ジェシーの顔に膝蹴りを食らわした。倒れそうになるジェシーはフラつきながらも立ち上がる。バークは背中に肘鉄を入れ、倒れたジェシーを仰向けにして馬乗りになった。

「理想を掲げるだけなら誰でもできるってことを教えてやるよ」

 バークは全身全霊を込めてジェシーの顔をぶん殴った。何発も何発も。

「父さん、やめて!」

「バーク! それ以上はもういい!」

 アトラスとギャバンがバークを止めようとするが、逆に怪我人を増やしてしまった。ギャバンはバランスを崩して尻餅をつき、鼻に思いきりバークの拳が当たったアトラスは鼻血を出した。ハーディ、ローディ、コーディが3人掛かりでバークを引き離すまでバークはジェシーの顔面を殴り続けた。

「ジェシー、大丈夫か」

 ハーディは顔を腫らして倒れているジェシーを見た。

「来ないで」

「何言ってる。すぐに怪我の手当をしないと」

 ローディも大人しくなったバークを解放して、持っていた救急箱をジェシーの脇に置いて消毒液を取り出す。

「触らないでって言ってるんだ」

「ジェシー、意地張るな。今のは親父が悪い」

 コーディもジェシーを励まそうとするが、ジェシーは頑なに同情を拒んだ。

「もういいよ! 皆して僕を見下して、こんな女の子みたいな僕にはギャングは無理だって思ってるんでしょ? だったらそう言えばいいじゃないか! 僕は皆に心配なんかされたくないんだ! 僕だって、僕だって……やればできるって……思いたかったのに……」

 ジェシーの顔に大粒の涙が零れたかに見えた。しかし、それは涙ではなかった。雨だ。真っ黒い雲が覆い、一気にバケツをひっくり返したような雨が降り出した。

「中に入ろう!」

「ジェシー、立てるか?」

「僕はいい! 放っておいてよ!」

 バーク、ギャバン、アトラス、ハーディ、ローディ、コーディは宿舎の中に雨宿りしに行った。1人で残ったジェシーはざあざあ降る大粒の雨に紛れて声を出して泣いた。

 そこへ、1人の白衣の男が現れる。傘をさした男はジェシーに気付くと白衣が汚れるのも構わず屈んでジェシーを立たせ、病院へ連れて行った。


*     *     *


 病院の診察室にはずぶ濡れのレアド先生とジェシーがいた。

 レアド先生はあえてジェシーに何も聞かず、黙ってジェシーの顔の治療に当たった。不貞腐れたジェシーも何も言わない。

 口の中も切れていて血の味がした。ジェシーにとって初めての味だった。こんなに痛くて惨めな思いは二度としたくない。

「僕は自分が情けない」

 治療が半分ほど終わったところでジェシーが口を開いた。レアド先生は返事もせず、ジェシーをただ喋らせる。

「ローレンスおじさんが死んだ時、僕は誓ったんだ。もうローレンスおじさんみたいに死ぬ人を出さないためにも、僕がこの町の医療体制をよくするって。それなのに、ギャングに入ることすらできないなんて」

 レアド先生はジェシーの頬にガーゼを貼りながらやっと声を出した。

「お前はバークがお前を立ち直れなくするためにここまでしたと思うのか?」

「そうに決まってるよ。父さんは僕じゃギャングは務まらないって言ったんだ。僕みたいな弱っちい男にはさ」

「それは勘違いだ。バークはその気になればお前の全身の骨を折ることだってできた」

「それじゃ僕はまた手加減されたんだ。この程度でも僕を落ち込ませるには十分だって言いたいんだよ」

「顔にいくら傷ができても、体が動けば訓練は続けられる。だが、骨が折れたら治るまで訓練はできない。言っている意味、わかるか?」

「何それ?」

「バークはお前が訓練を続けられるように顔だけを殴った。お前が悔しさから這い上がってくるのを待っているんだ」

「そんなわけないよ……父さんは僕に期待なんかしてない」

「いいや、俺にはわかる。アイツはそういうやつなんだ」

 ジェシーは黙った。体は確かに痛いところはあるが動く。これが父から息子への激励なのか。こんな仕打ちが? 体は動くが、顔は酷い怪我だ。歯が折れなかったのが奇跡というものだった。

「レアド先生、格闘訓練で使える体の鍛え方教えて」

 それからジェシーは朝も昼も夜も訓練に明け暮れた。一から体力作りを見直した。郊外にアスレチック場を作ってもらい、食事量も見直した。その他に医療の勉強も始めることにした。町に3人しかいない医者を追いかけ回して医学書を貸してもらい、深夜まで読み耽った。眠い時、疲れた時に励ましてくれたのはローレンスだった。

 ローレンスおじさんは苦しんで死んだ。人の死とは壮絶なものだ。この程度の疲れじゃ人は死なない。僕はローレンスおじさんが守ろうとした皆のためにまだ頑張らなくちゃいけない――。

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