第三話 訓練開始

 鏡の前に立つアマンダは、真向いで自分を見つめ返してくる影が今までの自分とは全く異なっていると自覚した。

 ギャングに入るために兄達から服のお下がりを数着もらった。洗濯しても落ちない染みと破れて縫い直した跡が沢山ある。ギャングでの活動がいかに過激かよくわかる。この染みが何がこびりついてできたのか、この穴が何が貫通した跡か、アマンダには容易に想像がつく。これを着ている自分はもうただの活発な少女ではないのだ。これからさらにその染みと破損はアマンダによって増えていくことになる。アマンダはもう一度覚悟を決めた。

 アマンダは髪をブラシで梳いて後ろに束ねた。ブラシに何十本もの抜け毛が絡まっている。これはコピアの後遺症によるものだ。アマンダは今更驚きもせず、ブラシから髪を外し、ゴミ箱に捨てた。

 最後にバークからもらった帽子を被ってみる。父譲りの緑色の瞳は帽子を被ると一層バークにそっくりだった。年頃の娘が父に似ていると自覚する時の奇妙な感じをアマンダも味わった。紛れもなく自分は父の娘なのだと気付かされる。長所なら親に感謝するが、短所なら悩みの種だ。緑色の瞳はエメラルドのように美しいが、目つきの悪さまで似ているのは何の因果だろうか。ギャングにい続ければ、いずれその眼光はさらに鋭く、バークのようになっていくのだろう。それは喜ぶべきことなのかアマンダには判断がつかない。

 アマンダは部屋を出て、グラウンドに向かった。訓練初日の朝だ。この数ヶ月間で入隊してきた新人はアマンダを含めて15人だそうだ。全員がアマンダの腹違いの兄か従兄だ。交流がない家庭の子もいれば、学校で話をするくらいの仲だった子もいる。

 グラウンドにアマンダが現れると、新人達は一斉にアマンダを見た。

「アマンダ・ネイルか。後ろに並べ」

 アマンダに声をかけたのは兄の一人、ジョン・ニコールだった。三歳年上のジョンは小さい頃よく一緒に遊んだ仲だった。二年前にギャングに入隊してからは疎遠だった。仕事で町を警備しているのを何度か見かけたくらいしか顔を合わせた記憶がない。今は教官補佐でもやっているのかとアマンダは推測する。

「はい」

 アマンダは兄達の空気に圧されず、強めの声で返事をし、列の最後尾に並んだ。列の対角線上にあのバティラ兄弟が見えた。バティラ兄弟はニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながらアマンダをジロジロ見ていた。

「揃ったか、新人共!」

 どこからともなく教官の怒声が飛んできた。その声で新人達は瞬時に正面に向き直り姿勢を正す。アマンダも一拍遅れて背筋を伸ばした。

教官は足を引きずりながら新人達の前に現れた。アマンダはその人をよく知っていた。彼はバークヒルズを奪還する紛争で片足を負傷したバークの弟ギャバン・ロックだ。

「では、訓練を始める。まずはウォーミングアップだ」

 ギャバンの訓練は新人には過酷極まりないと評判だった。訓練期間中に挫折するメンバーが一定数いるらしい。挫折した者は危険な仕事には回されないが、別の意味で大変な部署に回される。挫折しなかった者でも一日の訓練メニューを全て難なくこなせるようになるまでには一年以上かかると言われている。アマンダもその話を聞いていて、どんなに辛かろうとここで挫折するわけにはいかないと腹をくくっていた。

「アマンダ、来なさい」

 アマンダは兄達に混ざってランニングを始めようとしていたところをギャバンに呼ばれた。

「何ですか、教官」

「お前にこの訓練は辛すぎる。ジョンと一緒に別メニューをやりなさい」

「いや、でも……」

 アマンダは近づいてくるジョンに少し警戒した。ジョンは何食わぬ顔で歩いてくる。

「コピアガン撃って体壊したバカにこんな訓練がこなせるわけないだろ」

「はあ? 体調はもうよくなってるんだけど」

 アマンダはつい小さい頃のようにジョンに言い返してしまった。しまったと思ったがもう遅かった。

「舐めた口きいてんじゃねえぞ。ここがどこだかわかってんのか」

 ジョンはアマンダの目と鼻の先に立ちふさがった。小さい頃はアマンダの方が少し背が高かったのに、今は10センチメートル以上ジョンの方が背が高く、体格も二回りくらいジョンの方が大きかった。

「わかったよ」

 ジョンの態度からはアマンダを嘲る空気を微塵も感じなかった。事情を知りながらアマンダを一から鍛えるつもりなのだとアマンダは受け取った。

 ジョンはまずアマンダの体力測定から始めた。コピアの影響でどの程度体力が落ちているかを測るためだった。

 200メートルトラックを3周するのに5分もかかり、アマンダは愕然とした。息を切らしながらゴール地点を通過し、その場に倒れ込む。

「こいつはひでえな」

 ジョンが呆れた声を出しているがアマンダには反論する体力も残っていない。

「少し休んだら今度は幅跳びだ。できるか?」

「うん……」

 アマンダはゆっくりと体を起こして座った。呼吸は少しずつ落ち着いてきているが、既に汗が止まらなかった。

隣接している馬用のグラウンドでは兄達が乗馬訓練をしていた。蹄の軽やかな音を響かせて兄達は馬と戯れている。その横でアマンダは自身の基礎体力の衰えに嘆いていた。なんと羨ましい光景だろうか。乗馬なら確実にアマンダは新人の兄達の誰よりも上手だろう。しかし、今は少し走るだけで地べたに倒れ込んでいる。なんと惨めで屈辱的なことだ。

「アマンダ、なんだそんな所でもう休んでるのか」

 その時、遠くから声をかける人物が来た。バークだった。一仕事終えて宿舎に戻ってきたのだ。

「ボス、お疲れ様です」

 ジョンはバークに気付くと頭を下げて挨拶をする。アマンダはやっとの思いで顔を上げて、バークの日焼けした顔を見た。

「どうした、そんな辛そうな顔して」

 バークは理由くらいわかっているだろうに、すっとぼけてそんな事を言ってきた。アマンダは理不尽な叱り方をされた娘の顔で父を睨みつけた。

「コピアガンさえあれば私はどんな敵とだって戦えるのに」

「そいつは無理だな。見ろ、自分の有り様を。まだ午前中なのにもうバテてやがる。そんな状態でコピアガンを撃ってみろ。次はどれだけ弱るかわかんねえぞ」

 バークの言う事はごもっともだった。コピアは15歳未満の子供の体には特に悪影響が出やすいと言われていた。13歳のアマンダはコピアを使えば使うほど体力を奪われる。バークは15歳になるまでコピアガンをアマンダから没収したのだった。

「道具に頼るな、アマンダ。まずは己自身が強くなることだ。そうじゃなけりゃどんな理想も決意も無駄になっちまう」

 バークは宿舎の自分の部屋へと戻った。アマンダはコピアガンの隠し場所さえわかればこんな惨めな思いはしなくて済むとばかり考えていた。バークの後ろ姿をぎっと睨みつけても答えが見つかるわけでもなく、ただバークへの不満を募らせるばかりだった。


*     *     *


「おい、寝てんのか」

「うぐ……」

 アマンダはスプーンを握ったままうたた寝をしていたことに気付き、溜息をついた。二人は昼休憩に宿舎の食堂で食事をしていた。向かいの席でスープを飲んでいるジョンが呆れ顔でアマンダを見ていた。

 アマンダがギャングの訓練を初めてから一週間が経った。ジョンはアマンダができる範囲の訓練メニューを考えてきてくれて、アマンダも少しずつ訓練生活に慣れてきていた。だが、今朝はいつもよりできるような気がして頑張りすぎたようだった。

「昼からの訓練はやめにするか」

「大丈夫だよ、やるよ」

 アマンダはスープを飲みながら答える。本当のことを言えば、今すぐにでもベッドに横になりたい気分だったが、甘えていいわけがなかった。

「午後は体力使う訓練はなしにするか」

「大丈夫だってば」

「意地張るんじゃねえ。やりすぎても体力ってのはつかないんだ。疲れてる時はゆっくり休むのも必要なことなんだぞ」

「……はい」

「射撃訓練にしよう。それならそこまで体力は必要ない。銃の手入れの仕方はもうわかるな?」

「大体は」

「銃が撃てなきゃ話にならないからな。早めにマスターしてもらわないと困る」

 アマンダとジョンが話していると、それをはるかに上回る声量で喋る二人組が食堂に入ってきて、アマンダとジョンの声はかき消された。アマンダとジョンはその二人組の方をちらと見る。

「ドロシー、俺今日も疲れたからパン一個おまけしてくれよ」

「じゃあ、俺はスープのキャベツ多くしてくれ」

 厨房の向こうの人物に大声で話しかけているのはバティラ兄弟だった。

「はいはい、ふざけた事言わないの」

 厨房の窓から顔を出したのは女のコックだった。ギャングで働く女性はアマンダの他にその人だけだ。背が高く、力持ちで、一人で30キログラムの小麦の袋を持ち運べる。彼女の名前はドロシー・フィンデバルト。彼女はバークの親類ではない唯一のギャング関係者だった。

「スエックとトマス、あなた達はまだ見習いでしょ? 何でそんなに疲れたの? このパンは上手に焼けたからバークさんのために取っておく分ですよ」

 ドロシーは屈託のない笑顔でバティラ兄弟と話していた。

「ええ、いいじゃんか一個くらい」

「ボスはいつも飯食わねえじゃんここで」

「そうだよ、いつもそうやって取っておくのにさ」

 バティラ兄弟の文句を意に介さず、ドロシーは笑顔で二人分のスープとパンを乗せたお盆を差し出した。

「はいはい、わかったらさっさと食べて午後の訓練に行きなさい」

「しゃーねえな」

「夕飯は奮発してよ!」

 バティラ兄弟は満足した様子でお盆を受け取って席を探し歩いた。アマンダは目を丸くして二人の背中を見つめた。バティラ兄弟はアマンダに気付かず、出入口近くの席でガツガツとパンとスープをたいらげると、5分もしない内に食堂を出て行った。

 ドロシーがどうしてギャングの食堂のコックになったのかアマンダはわかったような気がした。


*     *     *


 アマンダとジョンは昼食を終えて射撃場に向かった。アマンダの目下の課題は射撃だった。体力面はコピアの後遺症という盾があるが、命中率ではその言い訳は通用しない。ギャングとして活動していくなら銃の腕前は最低条件だ。

「肩が上がってる。腕の力抜いて、腹が出てるぞ。しっかり足で踏ん張れ。呼吸はゆっくり。腕が曲がってる。また肩が強張ってるんだよ」

「もう、わかってるよ!」

「全然できてねえから言ってるんだぞ」

「ちょっとずつできるようになってるから」

「どこかだよ」

 アマンダは正面に向き直って銃を構え直した。ジョンも静かにアマンダを見守る。アマンダは呼吸を落ち着けて引金を引いた。ほんの少しの力で銃弾が発射されるのにはもう慣れた。耳が割れるような発射音がして銃弾が放たれた。銃弾は狙っていた的ではなく、そのずっと後ろの木に着弾した。

「それじゃしょうがねえな」

「ぐぬう」

「銃を支えるどころか、体を支える筋力が足りてねえ。それじゃ発射の衝撃で銃が揺れて軌道が逸れて当然だ。もう少し筋トレのメニューを増やした方がいいかもな」

「はあ、また筋トレか」

「乗馬訓練が必要ないだけマシと思った方がいいだろうな」

「自信があるのはそれだけだよ」

 アマンダはギャングの宿舎の馬小屋に繋がれているスプラッシュのことを思った。アマンダにとってもだが、スプラッシュにとっても集団生活は初めてなのだった。スプラッシュはアマンダが餌やりに顔を出すと嬉しそうに鳴く。アマンダはスプラッシュを連れ出して遊びに行くことができないので、寂しい思いをさせていると少し気にかけていた。あとちょっとでも体力がついて銃が撃てるようになれば、乗馬訓練だけでも他の新人達と一緒に受けさせてもらえるだろうか。アマンダはそれだけはほんの少しだけ期待していた。

「おいおい、アマンダ。そんな腕前じゃ敵じゃなくて味方を殺しちまうぞ」

「恐ろしいな、敵にやられるんじゃ納得するしかねえが、従妹に後ろから撃たれて死ぬんじゃよ」

 射撃場に来てまでアマンダの悪口を言うのは訓練を抜け出してきたバティラ兄弟だった。

「バティラ兄弟、お前らは格闘訓練じゃなかったのかよ」

「休憩っすよ、先輩」

「俺ら人殴るんは慣れてるんでね、訓練の必要がないんすよ」

「サボるのは勝手だが、アマンダの邪魔するなら黙ってねえぞ」

「え、怖いなあ。ちょっと顔見に来ただけなのに」

「俺ら学校でもアマンダと仲良かったんですよ?」

 その発言にはアマンダも黙っていられなかった。

「スエック、トマス。あっち行ってよ。私はアンタ達に構ってる暇ないんだから」

「おい、何だその口の利き方は。お前より先にギャングに入った俺達に対してそんな態度が許されると思ってるのか?」

「なあ、スエック、訓練の続きはここでやるんでもよくないか?」

「いいね、アマンダも格闘訓練はやらなきゃなんねえもんな?」

 トマスがアマンダに殴りかかろうとした。アマンダは咄嗟に銃を向けようとしたが、スエックが突撃してきた衝撃で銃を放り出してしまった。銃はあと一発入っているとアマンダは記憶していた。その最後の一発は銃が地面に落ちる時に暴発して空の彼方へ飛んで行った。仰向けに倒れたアマンダはがばっと上半身を起こして反撃しようとした。しかし、そこにはもうスエックはいなかった。ジョンがアマンダをかばってスエックとトマスと乱闘になっていた。アマンダは完全に蚊帳の外だった。

「な、何なんだよ……皆して……」

 ジョンはバティラ兄弟よりずっと体格がよく、二人掛かりでも負けていなかった。攻撃を的確に避け、重そうな一撃を何発も喰らわせている。バティラ兄弟も負けずにジョンに襲いかかる。アマンダは疎外感を感じていた。バティラ兄弟がいじめの標的にしているのは自分なのに、誰よりもバティラ兄弟を憎んでいるのは自分なのに、自分は何もできず、小さい頃は自分より弱かったジョンが今はアマンダの代わりにバティラ兄弟と乱闘している。

「コピアガンさえあれば……」

 アマンダは自分の弱さに苛立った。理不尽に攻撃してくる人達から身を守るためにギャングに入ったのに、意地悪をしてくる従兄を打ち負かすことすらできないで守られている。そんな自分は嫌だ。イライラするし腹立たしい。

 怒りが込み上げてくると、あの感じがまた蘇ってきた。この状況を変えてくれるものがアマンダを呼んでいるあの感じだ。その在処をアマンダは直感で認識した。アレはあの場所のどこかにあるはずだ。

 アマンダはふらつく足で立ち上がった。三人はアマンダのことはもう眼中にないようだ。アマンダが何をしても気付く気配すらない。完全に意識からアマンダがいなくなった三人を一瞥し、アマンダはバークの部屋へと向かった。

 バークの部屋は宿舎の宿泊部屋で最も広かった。壁一面が本棚になっていて、資料や専門書などがびっしりと収められている。アマンダはその本棚のどこかにコピアガンがあると確信していた。おそらく本棚の奥に隠し、本で見えないようにしているのだ。アマンダは片っ端から本を出し入れし、コピアガンを探し求めた。上の方は手が届かないので椅子を移動させて本を取る。分厚いハードカバーの本がギチギチに詰められていて、アマンダは踏ん張って本を無理やり取ろうとした。だが、両隣の本まで十冊以上が一斉に出てきてしまい、アマンダの頭上に降りかかった。

「きゃああ!!」

アマンダは驚いてバランスを崩し、椅子から転げ落ち本と一緒に床に倒れ込んだ。

「いったー……」

 アマンダは体を起こして目の前に散乱した本の山を見つめる。ふと、一番上の本に挟まれている古い紙切れにアマンダは気付いた。抜き取って広げると、それは地図だった。

 大きな楕円が紙全体に描かれ、端にウェイストランドと書かれている。左下に小さくバークヒルズ、右端にはリヴォルタ旧施設と書かれている。

アマンダはそれがウェイストランドの内部の地図だと把握した。何故こんなものがバークの部屋にあるのだろう。ウェイストランドへの進入は禁止されている。バークであろうと例外はないはずだ。だが、この地図は内部の詳細な情報が書かれている。行って見てこなければこんなものは書けるはずがない。リヴォルタから盗んできたものという可能性もある。

 アマンダはその地図を上着のポケットに入れた。あとで調べようと思ったのだ。だが、今はあの三人の鼻を明かすことが先だった。アマンダはもう一度椅子の上に立ち、落ちた本が入っていた本棚の奥を覗き込んだ。

そこにはコピアガンがしまわれていた。キラキラと金色に輝くコピアがアマンダを歓迎した。アマンダは迷わずコピアガンを掴み取り、部屋を出て行った。

「動くな!」

 アマンダは大声でそれだけ叫ぶと、殴り合っているジョンとバティラ兄弟に向けてコピアガンを構えた。

 待て、怒りに任せて撃つと自分の身が危ない。

 アマンダは一瞬そんなことを考えた。だが、引金を引く指は止まらなかった。黒煙が噴き上がり、ジョンとバティラ兄弟はすっぽりと包まれた。

「熱い!」

「助けて!」

 バティラ兄弟の悲鳴が聞こえてきた。ジョンも何やら言葉にならない悲鳴を上げながら黒煙から出てきた。

アマンダは急激に体力が奪われふらついたが気を失いはしなかった。

「アマンダ! 何してる!!」

 怒鳴り声を上げて射撃場に入ってきたのはギャバンだった。アマンダはコピアガンを隠そうとするが間に合わなかった。何より、状況が全てを物語っていた。ギャバンはアマンダからコピアガンを奪い取った。目を見ると、思ったよりも優しい悲し気な目でギャバンはアマンダを見ていた。

「こんなものを使って……!」

ギャバンは訓練をしていた新人達を呼んでバティラ兄弟とジョンを救出させた。黒煙から出てきた時、バティラ兄弟は全身をひどい火傷で覆われていた。


*     *     *


 アマンダとジョンとバティラ兄弟は救護室へ連れて行かれた。バティラ兄弟は適切な治療が必要で医者に手当てをされていた。ジョンは左腕に軽い火傷を負ったがそれ以外は無事だった。

「アマンダ、調子はどう?」

 救護室へ夕食を届けに来たドロシーがアマンダに声をかけた。

「私は大丈夫」

「本当かしら」

 ドロシーはテーブルに夕飯を置くとアマンダのおでこに手を当てた。女性の手が自分に触れるのは家を出て以来初めてだった。冷やっとしたドロシーの手は優しく、柔らかくアマンダのおでこを覆った。アマンダは何もできずただじっとしている。

ジョンはその様子を横目で見ながら先に夕飯を食べ始める。

「熱は出てないみたいね。顔色は悪いけど、それはいつも通りか」

「うん」

 ドロシーは誰にでも優しかったが、アマンダにはもっと優しかった。女の身でギャングに入ることがどれだけ危険かドロシーはよくわかっているのだ。男でもしなくていい苦労を沢山するのに、こんなに小さなアマンダが耐えているのを黙って見ていられないのだ。

「ご飯はしっかり食べなさい。足りなかったら言ってね。バークさんが残したおかずならいくらでも出してあげるから」

「……ありがとう」

 ドロシーが出て行ってからアマンダは夕飯に手をつけた。何故だか涙が出てきて止まらなかった。ジョンはアマンダの様子に気付いていたが、何もせず黙ってパンにかぶりついていた。

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