第42話 盗まれたコインと光る玉
「猫目メイドさん……!」
倒れた猫目メイドさんの体を支えた。首に手を当てて傷を押さえても、血はどんどん溢れてくる。
(このままじゃ、助からない……)
わたしはポケットからペンを取り出した。ロビーにメモと一緒に置かれていた、試験管のようになっているペンだ。
わたしはそれを、猫目メイドさんの首の傷めがけて突き刺した。ペンの中が赤い血で満たされていく。ペンが栓の役割をして、出血が減った。
(勢い余ってやっちゃったけど、放っておくのよりはマシだよね。すぐにお医者さんに診せないと――)
わたしの思考をさえぎるように、扉が大きな音を立てて開いた。
「――――!」
扉から聞こえた声は、ここに来てから一番聞きなじんだ声だった。
「坊ちゃん……!」
坊ちゃんが扉からこっちに向かって走ってきた。そしてわたしの腕を掴む。
「ま、待って……! 猫目メイドさんが……」
坊ちゃんは首を横に振って、わたしを引っ張った。
(諦めろってこと? たしかにもう手遅れかもしれないけど……)
坊ちゃんが見上げたので目を向けると、黒ドレスさんがすぐ近くに立っていた。
「やば……」
坊ちゃんの手に、より強く力が入る。わたしもそれに抵抗せず、立ち上がった。
立ち上がってからは、坊ちゃんに引かれるがままだ。どこに向かって走っているのかはわからない。
外を走り、正面扉からお屋敷へと戻る。真っ暗なのに、坊ちゃんは迷うことなく走っていく。なぜそんなことができるのか、わたしにもわかった。
(このルートは、わたしたちの部屋に向かってる?)
このお屋敷に来てから、一番歩いたルートだ。このルートなら、わたしも目をつぶって歩けるかもしれない。
(でも、わたしたちの部屋は出口が一つしかないから、黒ドレスさんが追ってきたら逃げれないんじゃない?)
扉の前にバリケードを張って、こもるのが精一杯だろう。それは時間稼ぎにしかならない。
何かいい手はないかと考えたけれど、思いつく前に、目の前の扉が猫の悲鳴のようなを音をたてた。
坊ちゃんは部屋に入ると、まっすぐロッカーに向かい、中のワンピースを全て外に出した。そしてわたしのポケットに手を突っ込む。
「え? ど、どうしたの……?」
大人しくしていると、坊ちゃんはわたしのポケットの物を全部出した。そしてその中から小さな鍵を選んだ。
(なんだっけその鍵? えっと……あ、そっか。ロッカーの鍵か。中に大事な物を入れないようにしてたから、全然使ってなくて忘れてた)
坊ちゃんはわたしの背中を押して、ロッカーへと入れようとする。
(え? もしかして、わたしをロッカーに隠そうとしてる?)
確かに鍵を閉めてしまえば、少しは安全かもしれない。けれど、ロッカーに入れていたわたしの荷物は一回盗まれている。鍵を開ける方法があるのは間違いないし、黒ドレスさんくらいになればマスターキーを持っているかもしれない。
安全とは思えなかった。
それでも坊ちゃんは、必死にロッカーへ押し込もうとしてくる。その様子を見ていると、坊ちゃんの考えを信じてみたくなった。
わたしがロッカーに入ると坊ちゃんは奥へと押し込んで、背中を壁につけさせて、動くなと言うように両手をパーにしてこちらに見せてきた。
わたしがおとなしく従うと、坊ちゃんはロッカーの扉を閉める。そのすぐあとに、大きな施錠音がロッカーの中に響いた。そしてその瞬間――
体が宙に浮いた。
「へ……?」
突然訪れた落下感に、床が無くなったのだとわかった。
自分でも頭が痛くなりそうな悲鳴が、体から響く。そのまま真下に落ちていたら、間違いなく気を失っていただろう。落ちる先は傾斜になっていて、急な滑り台を滑るようになっていた。
(な、なにが起きてるの!?)
そう思ったときには、わたしは地面に転がっていた。あまりにもあっという間だったので、あまり深いところまで落ちてはいないのだろう。一階に降りただけと言われたら、間違いなく信じる。けれど目を開くと、そこは間違いなく地下だった。
なぜわかったのかというと、黄色く淡い光が周囲を覆う岩肌を照らしていたからだ。火が焚かれているのかと思ったけれど、そうではなかった。地面にサッカーボールくらいの玉が三個転がっていて、それが黄色く光っている。
(え? なにこれ?)
大きなマリモのようなそれからは、炎のような熱さは感じない。電球の仕込まれたオシャレな照明のようにも見えるけれど、この世界にそんなものはないはずだ。
その光るマリモに混じって、同じくらいの大きさの巾着袋が落ちいている。見覚えのある袋だ。それを開いてみると、中には大量のコインが入っていた。
(やっぱりこれ、わたしが貰ったお釣りの袋だ)
ロッカーに入れておいて、盗まれたと思っていたものだ。あのロッカーは鍵を閉めると床が抜けて、中のものが落ちるようになっているのだろう。
滑り台のようになっている穴がもう一つみえたので、他にも同じようなロッカーがあるのかもしれない。
(坊ちゃんは、そこから来るつもりなのかな……?)
心配だけれど、わたしには何もできない。わたしは落ちて来た穴とは反対を向いた。
その先には洞窟が続いていて、あちこちに転がる玉がその先を照らしている。
わたしは足を踏み出した。
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