第41話 教会の赤い炎
真っ暗な夜の教会に、一つの影が入ってきた。
その影はランプに布をかぶせて、光が漏れないようにしていた。扉からまっすぐ歩き、祭壇へと向かっていく。
わたしはその影が祭壇に着くのを待ってから、椅子の間から中央の通路に出た。影はわたしに気づいて振り向く。
布で暗くなっているランプでも、その人の特徴的な、つり上がった眼はよく見えた。
(猫目メイドさんだ)
実はここに誰が来るか、完全な確証は持てていなかった。けれど、この時間にここに来た時点で、間違いない。
(お皿をここに隠したのは、猫目メイドさんだ)
「―――……」
猫目メイドさんの声は震えていた。この人がなぜここに来たかは、もうわかっている。
お皿を戻しに来たのだ。
食堂を出たあと、お人形ちゃんにお皿の入っていた箱だけ持ち歩いてもらった。そしてわたしが離れたタイミングで話しかけてくる人がいたら、お皿を渡してもらうようにしたのだ。
普通なら箱が気になったら、わたしが近くにいても聞く。だからわたしが離れたタイミングを待ってから話しかける人がいたら、犯人である可能性が高い。
教会に戻しにくるかは、正直五分五分だった。ただ犯人はお皿を手元に置いておきたくはないだろうし、もし戻しに来なかったら、お人形ちゃんに誰にお皿を渡したか聞くつもりだった。
(もうその必要はないけど)
目の前に猫目メイドさんがいる。
わたしはメモ帳に描いておいた絵を取り出して、猫目メイドさんに差し出した。
猫目メイドさんは少しためらうように、メモを見つめて動かなかった。けれど突然、奪うようにメモを手に取る。
そこにはお皿が二枚描いてあって、一枚は中央が黒くなっている。そしてその二枚の間に矢印を引いて、入れ替わっていることを表現している。
坊ちゃんの料理に毒が入っていた事件の真相はこうだ。
まず無垢なメイドさんに手紙とお皿が届く。手紙の内容は『このお皿を坊ちゃんのお皿と、こっそり入れ替えなさい』といったような感じだ。どうやって強要したのかはわからないけれど、封筒のデザインから察するに無垢なメイドさんの信仰心を利用したのだろう。
そして無垢なメイドさんは、坊ちゃんのお皿を入れ替えた。だからあの日だけ、坊ちゃんよりも早く無垢なメイドさんとお人形ちゃんが食堂にいたのだ。
お皿に毒が塗られていたのかというと、そういうわけではない。
入れ替えたお皿は、もとのお皿と違う素材で作られていたのだ。熱かPHに反応して黒くなる金属。もしくは黒い金属を、水か熱で落ちる塗料で銀色にしていた。料理が注がれたことによって、黒くなる細工が施されていたお皿だ。つまり坊ちゃんのお皿は黒くなったのは、毒が入っていたからではない。
わたしがちょっと吐き出しただけでなんともなかったのは、料理に毒は入っていなかったからだ。
そして手紙と偽物のお皿を用意した人は交換したお皿を受け取り、教会に隠した。それが猫目メイドさんだ。
それをメモ一枚に描いた絵で伝えるのはむずかしい。けれど相手が犯人なら別だ。わたしがどの程度事件のことに気づいているのか。それが伝わればいい。
この場所で待っていたわたしが、お皿の入れ替えを示すメモを渡したのだ。猫目メイドさんからすれば、気が気ではないだろう。
猫目メイドさんは動きかねているようだった。わたしの目的がわからないのだろう。罪を責めるのなら、他の人がいるところでやった方がいい。
わたしがここで待っていたのは、犯人を確定させるためというのもあるけれど、それだけではない。
それは坊ちゃんが手紙を持ち去ったのと関係がある。
手紙は無垢なメイドさんが、他の人にそそのかされてお皿を変えたのがわかる証拠だ。無垢なメイドさんが実行犯だとわかる証拠ではあるけれど、悪意がなかったのがわかる証拠でもある。
無垢なメイドさんは罪を認めていたので、手紙を隠すメリットは薄い。それでも坊ちゃんが手紙を隠したのは、そうしないと被害者が増える可能性が会ったからだ。
お皿の事件の被害者ではない。殺人事件の被害者だ。お皿の事件の真犯人は猫目メイドさんだけれど、無垢なメイドさんを殺した犯人は別にいる。
猫目メイドさんの目的が無垢なメイドさんを殺すことなのなら、直接殺すはずだ。わざわざ罪を着せて無垢なメイドさんが拘束されてしまったら、手を出しづらくなってしまう。
猫目メイドさんの目的を完全に理解することはできないけれど、坊ちゃんへの警告か、わたしへの嫌がらせをしたかったのだと思う。猫目メイドさんは、坊ちゃんのお兄さんと仲が良さそうだった。
お家の事情はよくわからないけれど、坊ちゃんの調子がいいと、お兄さんは困るのだろう。だから坊ちゃんの邪魔をしたかったのではないかと、わたしは思っている。偽物のお皿も、お兄さんが猫目メイドさんに渡した紙袋に入っていたのなら、外出の機会がなくても調達できる。
ならばなぜ、無垢なメイドさんが殺されたのか。それは無垢なメイドさんが、坊ちゃんを危険にさらしたからだ。
坊ちゃんはお皿の事件に関わった人が危険にさらされると知っていた。だから他の人に繋がる可能性のある、手紙を隠したのだ。
わたしとしては、坊ちゃんに悪意を持っている猫目メイドさんが許せない。でも坊ちゃんは、その人すら助けようとしている。それならわたしも、坊ちゃんの意思を尊重して猫目メイドさんを助けたい。
わたしはもう一枚のメモを差し出した。そこには無垢なメイドさんのように殺されている猫目メイドさんが描かれている。
誰が来るかわからなかったのに、なぜこのメモを用意できたのかというと、来る可能性のある人の分を全て描いておいたからだ。他の人の分を持っているのを誰かに見られると、勘違いされそうなので、それは後で処分しておきたい。
猫目メイドさんはそのメモも奪うように取る。
(脅しとかじゃなくて、早く逃げてって意味なんだけど伝わるかな?)
猫目メイドさんは目を見開いて、固まっていた。その様子だけでは、どう捉えられたのかわからない。
わたしはもう一枚のメモを渡した。それには、無垢なメイドさんを殺した犯人が描かれている。
逃げてと伝わらなくても、せめて殺されないように警戒だけでもしてくれれば、それだけで御の字だ。
猫目メイドさんはわたしのメモを見て口元を緩めた。そしてあざ笑うようになにか言ってきたのだ。
だがそれもすぐに途切れた。温かいしぶきが、わたしの顔に当たる。それはとても生臭く、鉄臭かった。
「え……?」
猫目メイドさんの手からランタンが落ちて、かけてあった布に火がついた。一気に部屋が明るくなる。
照らされた猫目メイドさんの首から細い鉄の棒が伸びていた。
その棒が引っ込み、無垢なメイドさんの体が倒れる。その後ろに立っていたのは、全身真っ黒なドレス姿だった。顔も黒いベールで包まれていたけれど、それが誰なのかはわかる。
ベール上げて見えた顔は、わたしが渡したメモに描かれていた人――黒ドレスさんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます