第22話 本の中の竜
双子と思われる女の子たちが持っていた棒は、掃除道具だった。棒の先の綿毛部分で、埃を取り除くもののようだ。
よく見れば、反対の手には雑巾を握っている。
(それにしても、二人ともよく似てる。日本人っぽい顔立ちだから、わたしでも見分けやすい方だと思うんだけど、全然わからないわ)
何かトレードマークがあればいいのだけれど、二人とも短い黒髪は全く同じだし、来ている服も、わたしが来ているワンピースを水色にしたようなもので、全く同じだ。
双子ちゃんたちは、開いたままになっている本を覗き込んだ。
二人は顔を見合わせると、わたしの方を向いた。
「―――――?」
右側の子が本を指さしながら、何か尋ねてくる。
言葉はもちろんわからないし、指さされている部分に何が書かれているのかもわからない。そもそも文字を指さしているのか、ただ本を指さしているのかすらもわからなかった。
(うん。何もわからない)
苦笑いを返すことしかできない。
コピペちゃんはあごに手を当ててなにか考えはじめた。もう一人のコピペちゃんを見てみると、まったく同じポーズをしている。
二人は顔を見合わせると、突然走り出し、一階部分へと降りて行った。
(わたしもついていった方がいいのかな?)
双子ちゃんたちが向かった先を見ていても、二人は手招きしたり、こっちを見ることはなかった。
(あれ? わたし、関係ない感じかな? あ、掃除道具を持ってたってことは、掃除したいってことだよね? じゃあ本を片付けていいかって聞いてたのかな?)
なら悪いことをしたなと思い、机の本を閉じる。すると、包丁でまな板をたたくような、小気味いい足音が螺旋階段を上がってきた。
階段から姿を現した双子ちゃんの手には、大判の本が一冊握られている。
二人はその本をわたしの前に置いて開いた。
一ページ目には、大きな黄色い翼竜の絵が描かれている。その竜が見下ろす先には、桜色のドレスを着た女の子が描かれていた。このページに文字は書かれていない。
(画集か何かかな?)
確かに画集だったら、文字の読めないわたしでも楽しめる。けれど次のページをめくると――
(あ、画集じゃなかった)
次のページにはしっかり線が敷き詰められていた。一応、ページの隅の方に、ページ面積の五分の一くらいの小さな絵が描かれている。
「――――――」
「――――――」
双子ちゃんたちは、文字の部分を指さしながら何か言っている。
「え、あの……ん……」
わたしは文字を指さして首を横に振ったり、手でバッテンを作ったりして、文字がわからないアピールをした。
すると、双子ちゃんたちは本を閉じる。そして二人は顔を見合わせると、また走り出した。
今度は二階の、左奥の本棚の方だ。
(また何か持ってくるのかな?)
一人になったとたんに、どっと疲れが押し寄せてきた。
(一人でゆっくり探させてほしい……)
間違ってオシャレな洋服屋さんに入ったときみたいな感想が浮かんできた。
とはいえ、双子ちゃんたちがわたしのために本を選んでくれたのは嬉しい。仲良くなれるのなら、わたしも仲良くなりたかった。
選んでくれた本のページをペラペラとめくると、全部のページの端に絵が描かれていた。描かれている絵はページごとに違う。
(これ、もしかして挿絵なのかな?)
描かれている人物はおおむね同じだ。最も多く登場する、桜色のドレスを来た女の子が主人公なのだろう。
(お母さんと話して……家を出る、かな?)
話の筋くらいはわかりそうだ。
少しすると、双子ちゃんたちが戻ってきた。
ビート版かと思うくらい、大きな正方形の本を手に持っている。わたしの上半身くらいなら、隠れてしまいそうだ。
双子ちゃんたちは、他の本を端に寄せてから、その本を開いた。あまり開かれない本なのか、パリパリとのりが剥がれるような音がする。
右側のページ一面に、影のような真っ黒なトカゲの絵が描かれていた。背景はなく、真上から見たような平面な絵だ。
左のページにはその手足や顔、尻尾などがピックアップされて、細かいディティールがわかるように描かれている。画集に似ているけれど、何か違う。
(これ、図鑑だ)
文字が読めなくても楽しめるのは間違いない。けれど、わたしは若い女の子だ。爬虫類の描かれた図鑑を出されてもさすがに反応に困る。
(この子たちは、爬虫類が好きなのかな?)
それも違いそうだ。二人は本を眺めたりはせず、次々とページをめくっている。
そして突然、その手を止めた。
二人ら大きな翼を持つ竜が描かれたページを指差した。さっきのページと同じようにパーツごとの絵もしっかり描かれている。爪は、過去に博物館で見たティラノザウルスの牙によく似ていた。
(あれ? これってもしかして、謁見の間に飾られていた黄色い竜?)
わたしは謁見の間がある方向を指さしてから、椅子の背もたれの近くで手を円の形に動かした。
謁見の間の像を現しているつもりだ。
双子ちゃんたちは、頷いてくれた。
(そういえば、さっき持ってきてくれた本に描かれてたのも、この竜だよね。きっと、このお屋敷にとって、大事な竜なんだ。双子ちゃんたちはそれを、わたしに教えてくれた)
ここに来たばかりのわたしを気遣ってくれたのだろう。たしかに最低限の文化くらいは、知っておいた方がいいのかもしれない。
(今のところ、大事な竜ってことくらいしかわからないけどね。それでも――)
わたしは図鑑の上に二人の手に、手を重ねた。
「――?」
二人が目を丸くしてこっちを見た。
「あれ?」
顔が一気に熱くなった。
(何やってるのわたし!?)
ありがとうという気持ちが太陽の光に温められて、体が勝手に動いたのだ。最近、手を握られることが多いから、そのせいかもしれない。
「あ、あの……」
ごめんなさいと言いそうになって、それを押し込んだ。伝えるべき言葉はそれではない。
「あ、ありがと……」
あまりにも響かない声だった。顔も下げてしまって、二人の手しか見えない。顔が見えないので、伝わったかどうかもわからなかった。
(どうせ言葉は通じないし――)
二人に抱きしめられ、わたしの頭は真っ白になった。
「え……? え?」
固まるわたしの背中を、二人はポンポンと叩く。
あまりにも大胆なスキンシップに、手を重ねただけで恥ずかしがっていた自分が馬鹿らしくなってくる。
二人が離れたとき、わたしはちゃんと、二人の目を見れた。
左側の双子ちゃんの視線が窓の外に向く。そしてその先を指さした。
窓の外に見えるのはお屋敷の裏側で、そこも一面が芝生のようなもので覆われている。その中央に、塔が見えた。
塔の頭には把手のような輪っかがついていて、足元には三角屋根の建物がある。
(あれって、前の集落にもあった教会?)
そこに入っていく人影があった。
遠目だったけれど、ふわふわの金髪の小さな姿は、間違いなくお人形ちゃんだ。一緒にいる苔色のワンピースは無垢なメイドさんだろう。
双子ちゃんたちは、それを指さしながら、わたしに何か言ってきた。
「えっと……わたしも、行ったほうがいい……?」
自分を指さしてから、教会を指さすと、双子ちゃんはピッタリのタイミングで頷いた。
「わ、わかった……」
わたしは双子ちゃんに頭を下げてから、図書室の外に出た。
(あ、本を片付けるの忘れてた)
一階に下りる前に引き返して戻ると、机の本はなくなっていて、双子ちゃんたちの姿もなかった。
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