第21話 図書室の亡霊
坊ちゃんの一人将棋の終わりは唐突に訪れた。
黒ドレスさんが部屋に入ってきたのだ。
すると坊ちゃんはゲーム盤から離れ、机に向かった。黒ドレスさんはそのすぐ横に立ち、本を開いたので、お勉強が始まるのだろう。
それをじっと眺めていると、黒ドレスさんが扉を指さして、外に出ていくよう促してきたので、わたしは自分の部屋に戻った。
窓から外を見ると、もう女の子たちの姿はなくなっていた。
(今は自由時間でいいんだよね?)
部屋に入った泥棒を見つけるために、少しでも情報を集めたい。
アタッシュケースを持ち、うるさく鳴る扉を開けて廊下に出ると、まず最初にロビーに向かった。バルコニーからロビーを見下ろしたけれど、そこに人の姿はなかった。
(他の子たちもお勉強中なら、手の空いたナースメイドさんたちがソファーでお話しているかもと思ったんだけど、お勉強は順番だったりするのかな?)
先生が黒ドレスさん一人しかいないのなら、それもあり得る。
次に向かう場所は決めていなかった。
(ここからロビーを見てれば、誰がどう行動してるのかわかるかな?)
そんなことを思いながらバルコニーを歩いていると、視界の左端に開いている扉が目に入った。
バルコニーから延びる廊下の奥の扉が、半開きになっている。
扉の前まで行くと、折った紙を扉の下に噛ませてストッパーにしているのがわかった。
(ストッパーを使って開けっ放しにしてるってことは、中に誰かいるのかな? 気配はしないけど)
部屋の中は薄暗いようだ。あまり大きく開かれてはいなかったけれど、体の大きくないわたしなら扉を動かさずに入れそうだ。
(そっと中を覗くだけなら、気づかれないよね?)
扉を動かさなければ、大きな音は鳴らないはずだ。他の閉まりきっている扉を開けるのよりかは、遥かにリスクが低い。
(おじゃましまーす)
心の中で断りながら、ゆっくりと、扉の隙間に上半身を押し込んだ。
(わぁ……!)
上がりそうになった感嘆の声を何とか押し込む。
部屋は思っていた以上に広くて、奥行きだけならロビーよりも長そうだ。街路樹のように本棚が並んでいるので、部屋の幅はわからない。
わたしの目は、その奥の窓にくぎ付けになっていた。
四角に半円をのせた、細長く大きな窓だ。それはステンドグラスとかではなく、ただのガラス張りの窓だった。明るい場所にあったら、気にも留めていなかっただろう。
けれど、薄暗い図書室のような部屋を照らすその姿は、どこか神秘的だった。窓のために、本棚の並ぶこの部屋があるようにさえ思えてくる。
気が付けば、わたしは部屋に入って窓を見上げていた。
(あ、やば)
人の姿は見えなかったけれど、なんとなく本棚の陰に身を隠した。
しばらく様子を見たけれど、誰かが姿を現す気配はない。
(なんか、ホラーゲームをやってるみたい)
本棚から本棚へ。人がいないのを確認しながら、窓へと近づいていく。三つの本棚を渡り歩くと、直接窓が見えるところに出た。
窓の目の前にはわたしが寝っ転がれそうな机と、小さな椅子が三つ並んでいる。そこにも人の姿はない。
(わたしが明るいところに出るのを、どこかに隠れて待ってるとかないよね?)
サバゲーのスナイパーじゃあるまいしと、わたしは本棚から離れて窓へと近寄った。
窓から入る光は、慣れても目を細めてしまう太陽特有の明るさと温かさがあった。光の中から周りを見回すと、本棚の間は夜の路地裏のように暗い。
机の左には手すりがあり、その先は吹き抜けになっていた。少し離れたところに螺旋階段がある。
下も図書室のようになっているようだ。
(あるところにはあるんだろうけど、二階層の図書室なんて初めて見た。学校のよりは間違いなく広いわ)
近くの本棚から一冊抜きだし、机の上に置いた。本にも机にも、埃一つない。表紙はレース模様で飾られているだけで、内容を予想することはできなかった。
わたしはその本を開いた。
(あれ?)
開いたページには罫線がぎっしりと引かれていた。感覚は五ミリほどで、ページを塗りつぶすために線を引いたようにも見える。
(これ、新品のノートかな? こんな細かい罫線で文字なんて書ける?)
次のページを見ても、同じように線が引かれているだけだった。何枚めくってもそれは変わらない。
ただ普通のノートと違って、罫線の長さがまちまちだった。端まで引かれているものもあれば、真ん中あたりで途切れているものや、数センチしか引かれていないものもある。
(あれ? これもしかして)
わたしは本を戻し、隣の本を持ち出した。その本も同様に、ただ横線が引かれている。長さがまちまちなのも同じだ。
(もしかしめこれ、文字なんじゃないの?)
別の本棚から持ってきた本も同じだった。
目を凝らして何か規則性がないか探ったみたけれど、無駄だった。細かい字が線に見えていたとか、線の揺れで言葉を表現しているとか、そんな気配は全くない。本当にただの横線だ。
(この世界の人は、どうやってこれを文字として読んでいるの? わたしに文字を読む加護みたいなのが一切ないから、線に見えてるだけなのかな?)
考えても真相はわかりそうにない。
(誰かが本を読んでいたら、覗いてみようかな。そしたら読み方わかるかもしれないし――)
本を戻そうと振り向くと、奥の本棚のそばで何かが動いたような気がした。
(気のせい……かな?)
確認しに行く勇気がでない。何かいるかもと思った途端に、明るい場所から暗い場所に出るのが怖くなった。
(ホラーゲームの主人公にはなれないな……)
わたしは奥の本棚の近くを、じっと見つめることしかできなかった。そんなことをしていても意味はない――と思っていたのだけれど、本棚の裏から人影が出てきた。
(気のせいじゃなかった!)
その影はあまり大きくなかった。といっても坊ちゃんたちのような子供ではなくて、わたしと同じか、少し小さいくらいだ。
(ぼ、坊ちゃんたち以外にも、中学生くらいの子もいたのかな……?)
そんなことを考えていると、影が二つに増えた。目の錯覚かと思って目をこすったけれど、影は二つのままだ。
手をつなぐように並ぶ二つの影は、古いホラー映画を思い出させた。そこから連想する未来はあまりいいものではない。
二つの影はゆっくりと近づいてきた。
(ど、どうしよう……)
実際、どうしようかなんて考えていなかった。ひたすら頭の中で『どうしよう』をループしているだけだ。
二つの影はとてもゆっくり、時間をかけて近寄ってきている。
左の影は右手に、右の影は左手に、棒のようなものを持っていた。腕と同じくらいの長さで、先に何か丸いものがついている。
(ウォーハンマー!?)
見た目がやたらと凶悪な鈍器だ。実用性はわからないけれど、破壊力は間違いなくある。わたしの頭くらいなら、軽く吹き飛ばされるだろう。
(やば……)
やっと足が動いた。といっても、一歩後ろに下がっただけで、お尻に机が当たって動けなくなる。
影は確実に近寄ってきて、ついに光の中に入ってきた。
「ちょっま……!」
わたしが手を開いて前に伸ばすと、二つの影は、一時停止ボタンを押されたように立ち止まった。
「あ、あれ……?」
光に照らされた影は、短い黒髪の女の子だった。日本人よりの薄めの顔立ちで、驚いたのか、軽く目を見開いている。
それが右側の影だったのか、左側の影だったのか。考える必要はなかった。
並ぶ二人は、コピペしたかのようにそっくりだったのだ。
(双子……かな? でもウォーハンマーを持ってるってことは危ない人なんじゃ……!)
二人が持つ棒についていた丸は、タンポポの綿毛のような、柔らかそうな毛の固まりだった。
(全然危なくなかったわ)
一気に体の力が抜けた。
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