第23話 教会のお姫さま
裏庭の教会はやはり大きくて、扉だけでも、わたしの倍くらいの高さがあった。
(この扉、開けられるかな? 重たそうだけど)
押してみると、たしかに重かった。けれどデパートのガラスの扉くらいの重さだ。開くときの音も静かで、ストレスが少ない。
中はバスケットコートほどの広さで、その奥でふわふわの金髪の女の子――お人形ちゃんが振り向いてこっちを見た。
「―……!」
お人形ちゃんは小さく悲鳴を上げると、隣でかがんでいる人影に隠れた。その人影はわたしに背中を見せていたので、お人形ちゃんと向き合う形になる。
人影は頭に載せていた両手を下ろして、立ち上がった。お人形ちゃんの髪を、黒く短くしたようなその人は、無垢なメイドさんで間違いない。
他の人の姿はなかった。
(あれ? わたしが参加しないといけない集まりがあるのかと思ってたんだけど、違うのかな? じゃあなんで双子ちゃんたちは、わたしに行けって言ったんだろ?)
無垢なメイドさんはパーの指先を口元に当てて上品に驚いた後、何か訊ねるように声をかけて来た。
(『どうして来たの?』とか言われてるのかな? それはわたしが聞きたいんだけど)
わたしは苦笑いを返すことしかできなかった。
無垢なメイドさんが手招きしたので、わたしは奥へと進んだ。中央の通路から、葉脈状に長椅子が並んでいる。
中は薄暗い。祭壇のオベリスクの先にある丸い窓が、唯一の照明のようだ。
(完全に前の集落にあった教会と同じだ。家の敷地内に教会があるって凄すぎない?)
わたしが近くまで行くと、無垢なメイドさんは祭壇に向かって膝をつき、両手を頭に載せた。それがお祈りのポーズだろうということは、前の集落で学んでいる。
(わたしを呼んでからお祈りを始めたってことは……?)
わたしのために祈ってくれているのだろうか。神様に『新しいメイドさんです』と紹介しているのかもしれない。
(もしくは、お祈りのお手本を見せてくれてるとかかな)
ここは教会なのだから、お祈りをしに来たと思われるのは当然かもしれない。
なんにせよ、ここはわたしもお祈りをするべきだろう。
わたしは両の手の平を合わせて、目を閉じた。やはりわたしの神様といえば、名前もちゃんと覚えていない、近所の神社の神様だ。
(わたしに嫌がらせばかりするこの世界の神様に、天罰が下りますように)
ささやかな願いを心の中で唱え終えると――
「――――――?」
鈴が鳴るようなかわいらしい声とともに、手首が何かに包み込まれた。目を開くと、お人形ちゃんが正面にいて、わたしの手首をつかんでいる。
「え? な、なに?」
わたしの手はそのまま持ち上げられ、頭の上へと載せられてしまった。
(いや、この格好でさっきのお願いしたらヤバすぎるでしょ!)
けれど、満足げに頷くお人形ちゃんを前にすると、もとに戻すのは気が引ける。
無垢なメイドさんが、わたしの横で立ち上がった。
「――――――?」
無垢なメイドさんが何かをたずねると、お人形ちゃんは頷いてから、両手を胸に当ててしゃがんだ。
無垢なメイドさんはそれを見てこくりと頷く。そして何かを諭すようにお人形ちゃんに話しかけた。
すると、お人形ちゃんはこくこくと頷いてから、わたしに向かって頭を下げた。
「――」
ごめんなさいと、言っているような気がした。
「だ、大丈夫だから……うん」
頭を撫でてると、お人形ちゃんは顔を上げた。でもその表情は笑顔ではなく、泣くのを我慢しているように見える。
(え、やば……)
知らないところから湧き出てくる危機感が、わたしに全力の作り笑顔をさせた。
すると、お人形ちゃんの表情が一気に明るくなる。
ほっと一息つくと、お人形ちゃんが無垢なメイドさんのスカートをつまんだ。
お人形ちゃんは祭壇とかが置かれているところの、左奥を指さした。
そこにはタンスのような箱があった。箱からは無数のパイプが上に伸びている。パイプは長さも太さもまちまちで、まるで小さな工場があるみたいだった。
無垢なメイドさんはお人形ちゃんと目を合わせて何か言うと、その箱へと向かっていった。
お人形ちゃんはわたしの手を取って、一番前の椅子へと誘導する。
わたしたちが椅子に座ると、無垢なメイドさんは箱の下の部分を、引き出しを開けるように引っ張った。
すると三分の一くらいの小さな箱が分離して、もとの箱はLを逆さまにしたみたいな形になる。
外れた小さな箱を一歩後ろに置いて、今度は箱の上の部分を持ち上げた。すると、さっき外れたのと同じくらいの箱が奥側へと上がり、トの字のような形になった。
無垢なメイドさんは最初に外した箱に座り、トの字の箱の出っ張っている部分に手を置いた。
(ピアノ……っていうか、オルガンみたいな楽器なのかな?)
そう思ったのもつかの間、重たい音が体の芯に響いた。ピアノとかオルガンからなるような音じゃない。太鼓のような音だ。それが拍子をとるように、一定のリズムでなっている。
無垢なメイドさんが動かしているのは手ではなく、足だった。足元のペダルを踏むたびに、太鼓のような音が箱から響いているのだ。
無垢なメイドさんが手元を動かすと、オルガンとピアノの中間みたいな音が鳴った。一つの音を伸ばしていたのだけれど、太鼓に合わせて波打つように響いている。
そして無垢なメイドさんが足を止めて、太鼓のような音が鳴りやむと、鍵盤からの音も聞こえなくなった。
(太鼓の音をパイプに響かせて、音を鳴らす楽器なのかな?)
無垢なメイドさんは深呼吸すると、またペダルを踏んで太鼓の音を鳴らし始める。
指が動き始めると、ゆったりとした曲が奏でられ始めた。もちろん知らない曲だ。
いかにも教会で流れていそうな曲で、知っている曲だとアメージンググレイスとかに近いかもしれない。
目を閉じて、世界観を感じながら聞くと、心が浄化されいく気分になる。
隣のお人形ちゃんを見ると、体を横に揺らしながら足をぶらぶらしていた。ノリノリで聴いているようだ。
間違いなくわたしとは違う楽しみ方をしていたけれど、かわいらしい。音楽と場所も相まって、天使を見ているようだった。
教会内にあふれる非日常感が、わたしの心に火をつけた。活動的ではないわたしが、動きたくて仕方のなくなるこの感覚には覚えがあった。
(集落での事件で、犯人がわかったときに似てるかも)
曲が終わると同時に、わたしは立ち上がった。自然と出た拍手をしながら、無垢なメイドさんに近寄る。
「よ、よかった。なんか……創作意欲湧いてきたかも」
一方的な宣言をするわたしに、無垢なメイドさんは笑顔を向けてくれた。
わたしの足元に駆け寄ってきたお人形ちゃんは、とても誇らしげな顔をしていた。
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