第11話 わたしだけが開けなかった鍵

 わたしが一人で向かったのは、事件のあった小屋だった。一度調べた場所だけれど、ここぐらいしか手がかりのありそうな場所が思いつかない。


 そして調べ直してわかったのは、お巡りさんが早く帰った理由だけだった。


 小屋の外に出た時、辺りがかなり暗くなっていたのだ。空の半分はまだ赤みを帯びていたけれど、周囲の森は夜の魔物と化している。


(そうか。電気がないから、暗くなると早いんだ)


 小屋の中にある明かりも、ロウソク一本と小さなランプだけ。他の家も大きな違いはないのだろう。


 暗い中でやることもないだろうし、こうなったら寝るしかない。


(日の出とともに起きて、日の入りとともに寝る感じなのかな。わたしはどうしよう)


 暗い中で調べても、何か見つかるとは思えない。もう寝てしまって、朝早くから調べた方が良さそうだ。


(交番に戻らなかったら、お巡りさん心配するかな?)


 暗くなり始めたとはいえ、まだ交番に戻るのは難しくない。ただ、外からしか鍵のかけれない牢屋で寝るのよりも、中から鍵のかけれるこの小屋で寝たほうが、安全なように思える。


(人が殺された場所で寝るなんて気味が悪いけど……)


 わたしはここで寝ていても殺されなかった。ということは、やっぱり安全なのではないだろうか。


(でも、どうして殺されなかったんだろう?)


 わたしに罪をなすりつけるため? 


 標的の女の子以外には興味が無かった? 


 考えればいくらでも理由は思いつく。ただ、目撃者かもしれないわたしを見逃す理由としては、弱いものばかりだ。


(だとすると……殺せなかった?)


 それならしっくりくるけれど、同じ小屋で寝ていたわたしを殺せないことなんて、あるのだろうか?


(わたしと女の子で何が違った?)


 寝ていた場所。まず思いつくのがそれだ。


 ただベッドに変なところはなかったし、窓からナイフを刺すというのも出血量からしてありえない。


(他には……他に何か違うところは?)


 昨日、小屋に着いてからのことを一つずつ思い出していく。すると、女の子の優しさも一緒に思い出して、温かいココアに氷を入れたような、複雑な気分になった。


(そんな場合じゃない。寝る前……寝る前に何をした……?)


 ほんの一日前のことだ。ビデオのようにとはいかないけれど、かなり鮮明に思い出せる。


 具合が悪そうなのに、言葉のわからないわたしにたくさん話しかけてくれた女の子。


 水を一杯だけもらって、話すのを代わったわたし。言葉はわからないはずなのに、女の子はたくさん相づちを打ってくれた。


 途中で小屋に来たお医者さん。


 わたしが泊まれるように、説得してくれた女の子。


 説得され、女の子に湿布を貼って出ていくお医者さん。


 扉に閂をかけるわたし。


 横になって話していたら、眠ってしまった女の子。


(あれ……?)


 頭に浮かんだ映像の中に、引っかかるところがあった。


 ふと右の手のひらに目線が動く。そこには黒いチューリップのような花があった。


(え? うそ……、わかったかも)


 まだ絶対の自信はない。本当の確信を得るために、調べたいことがあった。


(でも、時間がない)


 証拠はまだ残っているけれど、明日にでも消えてしまうかもしれない。


(今すぐに調べに……! でも危険だし、この時間じゃ確認できないかもしれない)


 そうなると道は二つ。明日まで待って、確信を得てから動く。もしくは確信のないまま、推理を犯人に突きつける。


(正直、後者は怖い。もし間違っていたら、もうわたしは信用してもらえなくなる。犯人じゃない人を傷つけるかもしれないし、わたしもひどい目にあうかもしれない)


 なら前者なら、わたしは自信を持って犯人と対峙できるのだろうか?


(きっと、別な理由を見つけて逃げる)


 わたしの中で確信を得ても、自分自身を信用しなければ不安は変わらない。今ここで決断できないのであれば、後でだって、ずっと同じだ。


(やろう。他の可能性なんて思いつきそうにないし、間違ってたって、真実の手掛りくらいにはなるかもしれない)


 本当はわたしが犯人を見つけたいけれど、それにこだわる必要はない。わたしの推理を参考にして、誰かが本当の犯人に気づいてくれてもいいんだ。わたしはホームズじゃないのだから。


(問題はどうやって推理を伝えるかだけど)


 言葉の壁を乗り越えるのは最低限。そして、できるだけたくさんの人に聞かせるのが理想だ。


(となると、やっぱり推理ショーみたいにした方がいいよね。ぴったりのタイミングが、私の予想だと、すぐにある)


 それは証拠が消えてしまうタイミングでもある。明日すぐにでも訪れるかもしれないそのときまでに、言葉の壁を超える推理ショーの準備をしなければならない。


(どうしよう。仕草……いわゆるボディランゲージは日本と同じ感覚で伝わるみたいだけど、それで詳細を伝えるのはさすがに無理。とうか、わたしが前に出て何かするなんて、絶対に無理)


 気が付くと、小屋の入り口近くに置いたアタッシュケースに目を向けていた。


(アレを使えばもしかしたら……。でも時間がないし、完成させたことなんて一度もない)


 間に合わなかったら。完成しなかったら全部無駄になる。


(できるかもわからないことをするの……?)


 心の中で問いかけても、答えてくれる人なんていない。自分で全部、決めなければならないのだ。


(でも、止める人だっていない。無理だと言って笑う人もいない)


 それでも不安のほうが大きい。ずっと恐れてやらないでいたことを、これからやろうというのだから。しかも厳しい期限付きだ。


 目に涙が溜まるのを感じた。それほどまでにわたしは恐れて――


(いや、これは変われることへの、歓喜の涙だ)


 わたしなんかが自分から動ける。それがうれしくてたまらないのだ。


 気持ちが切れないうちにと、わたしはアタッシュケースを開いた。

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