08話.[助かっているよ]
「――ということがあった」
「ああ、そんなことか」
ひとりだけ仲間外れ的な状態だった泰之もこれでよくなったことだろう。
内容はあれだが、自分だけ知らないというのは気持ち悪いからな。
いやもう本当に知ったところで、という話だが。
「うん、大騒ぎするようなことではない」
「だな、詩はいつも兄貴に引っ付いていたからな」
「もちろん泰之のことも忘れてない」
「いや、いちいちいいよ、なんかおまけ感がすごいから」
どうなるのかは両親次第だった。
諦める気は全くないみたいだし、俺はもう言うことを言ったから動けない。
ここで大切なのは母がいかに頑張れるかというところだ。
母が負けたときは=としてこちらは受け入れることになる。
だって彼女のことを考えて止めていただけで、俺自体は嫌だと感じてはいないし。
「平太、実はこの前のあれは泰之とお話ししたことがあるというのが本当のこと」
「だろうな、詩と話していたらきっと忘れていないよ」
何故なら俺に話しかけてくる異性が少ないからだ。
あとは昔に話しかけられたということなら小さいわけだし、そんな存在から話しかけられたらなにかしてしまったのではないかと強烈なものになるから。
そういう思い出というのはいつまでも消えずに残るものだ、いい思い出というのも残るときは残るがな。
「え? 俺も母さんが再婚するまでは詩と話したことは――あ、あったわ」
「うん、いまよりも小さいときだったけど孝之とお話しした」
「となると、母さんは結構前から仲を深めていたんだな」
「うん、お母さんとはいっぱいお話しした」
どうしてこっちに言わなかったのかは分からない。
とんでもない屑男が相手でもない限りは止めたりもしないというのに。
それに詩次第なところもあっただろうから尚更会わせなければならないところなのになにをしていたのかという話だった。
「しっかし兄貴っていつもこうだよな、大多数からモテることはなくても特定の女子からは必ず興味を持たれるんだ」
「普通専の女子がいてくれて助かっているよ」
「俺にもそんな存在が現れてほしいぜ……っと、そろそろ行くわ」
「おう、気をつけろよ」
こっちはとにかくのんびりを心がける。
両親は仕事だからあの話が進展することはないし、前も言ったように無理して出る必要がないからだ。
「アイスが食べたい」
「それはまた急だな」
しかもまだまだ冷えるから温かい食べ物の方がいいと思うが。
でもまあ、あんまりこういうことは言わないから行く気になっていた。
喜んでほしいというのと、付き合っておけば冷たい顔で見られることもなくなるだろうという下心的なものが存在している。
「近所に新しいお店ができたから気になってる」
「ほう、じゃあ十時ぐらいになったら行くか」
それでもまだ開店していないだろうからのんびりしていればいい。
冬は外に出るのにも少しは勇気が必要になるからありがたかった。
詩がというか誰かがいてくれればそこまで気にならないというのは事実だが、やっぱり冷えることも事実だから仕方がない。
誰かといるだけでなんにも感じずにいられる能力があるなら誰だって欲しいが。
「詩、なんで話したことがある泰之じゃなくて俺なんだ?」
「そのときに聞いたことだって平太のことだった、残念ながらあの人と遊びに行っていていないということだったけど」
「皐介か、昔はよく遊んでいたからな」
いまよりも外に出ていて、休日となれば朝から来ていた。
お互いにインドア派というわけではなかったから家で遊ぶことはせずに店に行ったりとか外で遊んだものだ。
そう考えると成長したいまとなってはそういうことがあまりできていないということになるから少し寂しいかもしれない。
「困らせたくなくて見ていることしかできなかったけど、私はずっと平太とお話ししたかったよ」
「なるほどな、じゃあ初対面のときに迎えに行っておいてよかったということか」
「平太はお父さんとばかりお話ししていたけど」
「あれは仕方がない、だって娘がいるなんて思わなかったから」
新しく父ができることよりも衝撃だった。
普通はそういう話も直前にしておくものだと思うが、本当になにを考えて内緒にしておいたのか分からない。
驚かせたかったということなら成功しているものの、上手くいかない可能性だってあったのにな。
「でもまあ、詩がいい子だからよかったよ」
「……平太はお父さんみたい」
「お父さんか、じゃあ恋をしたら不味くないか?」
兄に恋をすることよりもやばい感じがする。
ただ色々な人間がいるということで、そういうことだって世の中にはあるのかもしれない。
「でも、平太はお兄ちゃんだから」
「はは、それも本当は不味いけどな」
全くモテなくて妹などに求め始めたというわけではないからまだマシだろうか。
仮にこの先変わるとしたら上江には感謝するしかない。
まあどうせならもっと続けられる方がよかったが、そんな無理なことを言っても仕方がないから捨てておいた。
「ん……」
「どうした? もしかして口に合わなかったか?」
「並んだ割には……」
「なるほどな、確かにそれはちょっとあるかもしれない」
美味しいことには変わらないが並んでまで食べる物ではない気がする。
スーパーに買い物に行った際に買ってくる市販のアイスでも十分美味しいから。
でも、ここが好きという人もいるかもしれないからいちいち言わなくてもいい――と、余計なことを言ってしまった人間は思った。
「食べ終わったから帰るか」
食べ終わったのなら長居する意味はない。
というか単純に俺がここで過ごしづらいというだけだが、そうしなければならないことには変わらないから気にしなくていいだろう。
「まだお家に帰りたくない」
「どこか行きたいところがあるのか?」
家に帰ってもなにかがあるわけでもなし、受け入れておけばいい。
外にいれば学校のことをぽろっと吐いてくれるのではと期待している自分もいる、楽しいことだけではないから発散させておきたいと考えている自分もいるんだ。
「お店を見て回りたい、いい?」
「おう、いいぞ」
歩き出せば自然と詩の方から手を握ってくるからはぐれてしまうこともない。
いつまでもゆったりとした気分で、しゃきっとすることを求められているわけではないから気楽だった。
この前みたいに友達と出会ったら優先してほしいがな。
「前に住んでいた県とちょっと違うからわくわくする」
「どれぐらいの場所だったかは分からないが、それでもすぐに慣れると思うぞ」
「慣れてもいい、というかその方がいい」
「まあそりゃそうか、なにかがない限りはここで過ごし続けるんだからな」
というかなにかがあってほしくなんかない。
流石に再婚からの離婚を短期間でされたら困る。
子どもがいる以上、俺がただ振られるのとでは訳が違うからだ。
「私は無駄に恐れていただけだった」
「考えすぎるのも問題だな」
「うん、だから今度は失敗しない」
意識していても失敗してしまうことはあるだろうが悪く考えすぎなければいい。
ある程度真面目にやる必要はある、だけど緩くやる必要もあるから。
それにいまは前と違って相談できる人間が多いからいいだろう。
俺が無理なら泰之に、泰之が無理なら母、皐介、上江にとどんどん変えられる。
だから抱え込んで自滅ということにはならないんだ。
「最近はなんか楽しい、これって平太がいてくれているから?」
「んー、単純に外に出られているからだろ」
「あ、確かにそれもあるかもしれない」
「おう、流石にそこまでの効果は俺にはないよ」
これではまるで洗脳しているかのようだ。
俺のことが好きなのだとしても無理して名前を出されるのは微妙な気分になる。
まあここでちゃんと違うと言えるだけ一応人間として終わっていないということだからそれを喜んでおけばいいか。
冗談でもそうだななんて言う人間ではなくてよかった。
「あ、詩ちゃんだ」
「こんにちは」
これが詩の友達か、なんとなく意外と思ってしまう。
あ、でも、引っ張ってくれそうな子の方がいいか。
まだまだ学校には慣れないだろうし、そんなときにこういう子がいてくれれば全く違うから。
「こんにちは……って、ええ!? 詩ちゃんあれだけよく分からないとか言っていたのに彼氏さんがいたの!?」
「うん。あと最近分かった、いままでは分かっていなくてごめん」
「い、いや、謝らなくていいけどさ」
いらないだろうが一応挨拶をしておいた。
そうしたらこっちにも明るく返してくれて、詩の友達でいてくれてありがとうなんて馬鹿みたいにこっちも言っていた。
残念ながら用事があったみたいで一緒に行動することは不可能だったが、あの子がいてくれるのならこれからも大丈夫な気がする。
「そういえばいまので思い出したけど平太にチョコをお返ししないといけなかった」
「返してほしくて買ってきたわけじゃないからいいよ」
「駄目、貰うだけ貰って返さないのは嫌だから」
忘れかけていたのに? とは意地が悪いから言わずにそうかと返しておく。
というか先程からずっとどこにも寄らずに歩いているだけだが、詩的にはこれでいいのだろうか。
「平太は注意してこなかった」
「ん?」
悪いことをしていたわけでもないのになにを注意すればいいというのか。
それとどんなに仲を深めようとこうして言葉で困らせてくるところは変わらないと内で苦笑することになった。
「彼氏さんがいたのかと言われたとき私はうんと答えた、それなのに平太はなにも言ってこなかったから」
「ああ、はは、なんかちゃっかりしているな」
「うん、積極的にいかないと自分が損するだけだから」
怖いね、上江との関係を長期化できなかったのは俺にこれがなかったからか。
でも積極的に行動しなければ損をするのは確かだから間違ってはいない。
ただこれからも言葉で揺さぶられることになることは詩がこういう人間性でいる限り確定している気がした。
「平太、詩ちゃん、ちょっと来て」
「おう」
「うん」
今日は自分達の部屋ではなく両親の部屋の方に呼ばれた。
そこには父も、とはならず、母はただひとりでベッドの端に座っただけだ。
「お父さんと話し合ったんだけど、許可、するべきだって」
「ほんとっ?」
「う、うん、変に止めたら関係が微妙になるからってことになって」
「やったっ、これで後は平太次第っ」
は、ハイテンション、こんな少女みたいな感じもできるのか詩よ。
まあこれが本当のところなんだろうな、学校に行けていなかった時間が影響して静かになってしまったというだけで。
だって休んでいるのにハイテンションだったら流石の父でも怒るだろう、だから隠すしかなかったというわけなんだ、多分。
「というわけで平太、後は詩ちゃんとしっかり話し合って」
「おう」
「それじゃあお母さんはご飯を食べてくるっ、今日はもう凄くお腹が減ったからっ」
こっちはもう食べているからとりあえず食事と逃げることもできない。
詩の方を見てみると物凄く期待しているような目で見てきていたため、自分達の部屋に戻ることにした。
「詩、ひとつ約束してほしいことがある」
「なに?」
「嫌になったら上江みたいにちゃんと言ってくれ、そうしたら俺はちゃんと解放するから」
言われなければ俺はそのまま信じてしまうからだ。
だからそれだけは守ってほしい、逆に言えばそれだけは守ってくれれば全く問題ないということになる。
今更気持ちが悪い存在だとか自虐しても仕方がないため、自分の気持ちに正直になって向き合うだけだった。
「大丈夫」
「そうか、じゃあ――せめて最後まで言わせてくれよ……」
頭を撫でることはあっても、手を繋ぐことはあっても、真正面から抱きしめられるということはなかったから衝撃だった。
上江とは一度もできなかったからだが、だからこそ衝撃が強いというか……。
「あの人達に言いに行きたい」
「だ、大胆だな」
「多分喜んでくれる、平太にそういう存在が現れたということで」
「いや、それはどうだろうな……」
傍から見たら義理の妹に手を出した男としてしか見えないわけだし、まあそりゃあのふたりなら悪く言ってくることはないだろうが……。
「それとじっとしているとやばいから」
「や、やばいってどういう風に?」
「平太は意地悪、ほら行こ」
「ひ、引っ張るなって」
それこそスマホという便利道具があるのに敢えて使わないのが流行っているのか?
大事な話だからこそか、だけど向こうにとっては違うわけだからな。
迷惑はこれまでもかけてきたが引っかかる。
でも、もう外に出てしまっている時点で意味がない抵抗だと言えた。
「はーい、お、これは珍しいこともありましたなあ」
「平太とお付き合いを始めました」
「そうなんだ、おめでとう」
困っているような顔はしていない……ように見える。
物凄く柔らかい笑みを浮かべているし、今更ながらに大人だなんて感想を抱いた。
「それにしてもいつの間にか平太も動いていたんだねえ」
「いや、ここにいる詩がな……」
「なるほど、それなら上江さんが言っていたことは合っていたんだね――じゃなくてさ、上江さんも家にいるから上がりなよ」
それならよかった、もうここでやめたかったから助かった。
ちなみに上江は菓子を沢山食べていたが、彼は彼女を太らせる作戦なのだろうか?
「どうしたの?」
「平太とお付き合いを始めました」
全部言ってくれるのは正直に言って楽だ。
だが返事がくるまでの間、少し気まずいのはなんでなのか。
相手が友達だからこそか? いやまあ友達以外の人間にこんなことを言っていたらやばいよな。
「そっかっ、おめでとうっ」
「それでは言えたので失礼します」
「「「えっ」」」
これって傍から見なくても嫌な存在のような気が……。
だけど詩は物凄く満足気な顔をしていたから言えるような雰囲気ではなかった。
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