07話.[俺のままだから]
三月になった。
三年は卒業したりと変化があるが、俺らにとってはなにもない。
それでももう少しで三年になるということで、
「灘谷君と同じクラスになれますようにっ」
いまから上江はハイテンションだった。
多分いまなら皐介もそう思っているだろうから上手くいくのではないだろうか。
ひとりになった途端に死ぬというわけでもないし、ふたりが仲良くできればそれでよかった。
「で、なんでここで言うんだ? 皐介ならあそこにいるが」
「友達と話しているからだよ、それに前も言ったように平太君とだって仲良くしたいからさ」
「そうか、じゃあ廊下に行かないか?」
「いいよ」
気になるから皐介がいるところではなるべくしたくない。
まあこうして連れ出してしまっている時点であまり変わらないが。
「詩ちゃんは元気?」
「ああ、だけど最近はちょっと難しいところがあってな」
「わがままとか言うの?」
「いや、まあ俺が困ることになるというだけだな」
滅茶苦茶触れてくるとかそういうこともない、ただただ言葉で揺さぶってくるというだけだった。
怖く感じるときもある、泰之にではなくていいのかと言いたくなるときもある。
でもそうやって言うと冷たい顔をされるというのが現状なんだ。
「詩ちゃんは平太に積極的なんだよ、それで平太はたじたじになっているのさ」
「なるほど、確かに詩ちゃんって肉食系って感じがするし、平太君は自分からは動けないからね」
「んー、肉食系と言うより臆せずに動けるから強いんだよ」
聞いたときに「なんで?」と返されるとこちらとしてはどうしようもなくなる。
だから皐介が言っていることが合っていると思う。
たださあ、流石に肉食系はないだろ上江……。
「というわけでそっとしておこう、平太達は平太達のペースでやっているんだから」
「そうだね」
なにか大きな勘違いをされている気がするが言ったりはしなかった。
一番必要な人間が来たから戻る。
まあ正直に言ってしまうと詩がいないから微妙なんだ。
泰之は他を優先するし、なにより部活があるから相手をしてもらえないから。
つまり現時点で情けないところを見せてしまっていることになるわけで、こんな情けないことは吐けないがな。
とにかく授業だ、授業があるだけマシだと言える。
「今日も終わりー、お? もしかして残るつもりなの?」
「おう、帰るなら気をつけろよ」
終わったら意識してあんまり早く帰らないようにしていた。
ご飯を作らなければならないから三十分とかしか時間をつぶさないが。
「それなら僕も残るよ、上江さんは今日用事があるみたいだからね」
「そうか」
話し相手になってくれるのであればありがたい。
「いやー、だけどまさかこうなるとはねー」
クリスマスに振られたり、義理の妹ができたりと十二月は忙しかった。
ただ俺はどこまでいっても俺だからすぐにいつも通りに戻ったことになる。
それも父が、詩がああいう風にいてくれているからだなんだといつも終わらせてきたが、俺も母も泰之も受け入れる能力が高い気がした。
「皐介がちゃんと相手をするなんて思わなかった」
「直前まで友達と付き合っていた女の子と仲良くするなんて~って僕も思っていたからね」
魅力があることには変わらないものの、きっと上江のなにかが上手なんだ。
相手から「ちょっとなら」という言葉を引き出してしまう。
あとは隠さずに言える、積極的に動けるというところも大きかった。
「ははは、本当の肉食系は上江さんだよね」
「だな」
「油断しているとあっという間にやられちゃいそうだよ」
とはいえ急展開、みたいなことにはならないから安心していい。
積極的に動くが雑にはやらない、しっかり積み重ねてから決める人間だからそこで不安になる必要はない。
家事もできるし、悪口も言わないし、明るくて笑顔がいいしで上江は相当いい人間ということになるな。
「あー、なんか話したくなってきちゃったよ」
「電話すればいいんじゃないか?」
「夜にさせてもらおうかな」
そういう行為も上江にとってはありがたいことだろう。
なんか顔があんまり見たくない系になってきたから帰ることにした。
家の場所的に途中で別れて、今日も寄り道をすることなく家まで歩く。
「ただいま」
今日は遊びに行くと言っていたから誰もこの家にはいないから丁度いい。
なんとなくご飯などを作っているときに見られたくないからやりやすい。
別に悪いことをしているわけでもないのに何故かそうなんだよな。
「よし、始め――」
「おかえり」
扉が開けられた時点で心臓が飛び跳ねたのにそうした人間が詩ということでもっと落ち着かなくなった。
「遊びに行くって話だったような……」
「また今度ということになった、平太が遅かったのはなんで?」
「皐介と話していたんだ」
「ふーん」
え、なにこの反応、彼女らしくない感じだ。
いつもなら「早く帰ってきてほしい」とか言うところなのに冷たさしかそこにないわけだが……。
だけど触れるのも怖くてとにかくご飯作りを進める。
これに関してはずっとやってきたことだから不満はない。
世辞でもなんでも「美味しい」と言ってもらえるだけで仮に不満があったとしても吹き飛ぶというものだ。
「終わりっと」
詩はああ言った後にすぐにリビングから出ていったからここにはいない。
となれば部屋になんて戻れないから適当に床に寝転んでおくことにした。
遊びに行けなかったから不機嫌なのか? だからってそれで俺に八つ当たりをされても困ってしまう。
というか本当ならもう少しぐらいは作る時間を調節した方がいいのかもしれない、せっかく作ってもすぐには食べてもらえないから。
だが後になればなるほど流石の俺も他にやりたいことが出てくるかもしれないからこの方がいいということで難しかった。
「……だけどこのまま微妙なのも嫌だな」
気持ち悪かろうがなんだろうがもう俺にとって詩と話すということは楽しみのひとつになっているわけで、このままの状態で家族が帰ってきてしまったらもう仲直り的なことはできないかもしれない。
「詩、入るぞ」
返事がないから入らせてもらったら今回もうつ伏せで彼女は寝転んでいた。
呼吸はしていることがちゃんと分かるから近くまで移動して床に座る。
何度も使える手ではないが、それでもなんとかするためにはこれしかない。
「悪かったよ」
それ以上は言わずに黙る。
反応してくれないまま数秒が、数十秒が、数分が経過、それでも逃げることはできないから待つだけだ。
「……待っているとき、胸の辺りが痛くなった」
「病院に行った方がよくないか? この頻度だと心配だぞ」
「大丈夫、病気とかそういうことではないから」
このパターンはまた教えてくれないやつか。
なにを根拠に大丈夫と言うのか、皐介からなにを言われて分かった気になっているのかというところだ。
「あの人に教えてもらってから調べてみたけど、それでよく分かった。あと、今回も平太が原因」
「それなら教えてくれよ、そうしないと多分俺は繰り返してしまうから」
「頭を撫でてみて」
流石に救えないほどの馬鹿ではないから寝転んだままの彼女の頭を撫でた。
でも特に変わらない。
それこそうつ伏せのままだから寝ているところを自由にしている男みたいでやべー感じが出ているだけだった。
「やっぱりそうだ」
「あの、ひとりでそう言っていないでそろそろ答えを、な?」
いまそういう意地悪いことはしなくていい。
俺に失敗してほしくないなら自分のためにもはっきり吐いておくべきだ。
先程も言ったように俺はどこまでいっても俺のままだから。
「教えない、それよりお腹が減ったから食べてもいい?」
「温かいときに食べてもらえた方がいいからな、下に行こう」
触れさせるということは嫌いというわけではないよな。
となると皐介と話しているときとはなにかが違う……というところか?
ああもう駄目だ、どうしてもいい方に考えてしまう。
実際のところは彼女にしか分からないというのに……。
「美味しい、平太が作ってくれるご飯が好き」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
「平太も好き」
「それも嬉しいぞ、嫌われるより遥かにいい」
「そういう反応をすると思った、そこもあの人が教えてくれていた通り」
え、笑顔を見せてくれ、そういう冷たい顔はMというわけではないからいらない。
というかなんでそっち方向が多いんだ最近は、好きとか言ってくれている割には顔が伴っていないというか……。
「ごちそうさまでした、今日も洗い物は私がやる」
「じゃあよろしく頼む」
傷ついてばかりでもいられないからその間に風呂が溜まるようにしてきた。
で、なんとなく洗面所で休んでいたらとことこ詩がやって来てこっちを見上げてきたことになる。
「平太は私を見たり、私に触れたりしたときになにか変わることはない?」
「特にないな、こう……頭を撫でたくなることはよくあるが」
ただひとつ言っておくとあのとき以外は本人に言われない限り触れてはいない。
べたべた触れていたら本当に気持ちが悪い存在になる、母や父からだって文句を言われてしまうことだろう。
「つまらない」
「そ、そう言われてもな……」
試しているわけではないみたいだし、だからといってこっちに好意があるわけ――まさかそういうことなのか?
上江も告白してくる前のときはこういう絡み方が多かった。
大事な情報だけは「内緒」とか言って躱すところも同じだ。
「詩、もしかして俺が好きなのか?」
「……なんで?」
「いや、告白してくる前の上江と同じようなことをしているからさ」
馬鹿な俺の勝手な想像とかそういうことで終わるのが一番いい。
敢えてこんなのを選ばなくたってこれからいくらでも魅力的な男子とは出会える。
というかそういうことを言って抑えていないと駄目になってしまいそうだ。
「もしそうだと言ったら平太はどうするの?」
「それならやめた方がいいと言わせてもらうぞ」
これからも家族で仲良くしていくためには必要なことだった。
相手と自分がいいならいい、なんて言えない。
しかも相手がこれからいくらでも可能性がありまくる詩ということなら尚更というものだった。
「……じゃあ言わない、平太が受け入れてくれるようになるまで待つ」
「え、じゃあ……」
「露骨にしていたのに分からなかったなんて平太はおかしい」
結局風呂とかなんとか言い訳をして洗面所から出てもらった。
いつもなら先に入ってもらっているところだが、これから母などにこれを言わなければならないから少しでも体力を回復させておきたい。
「ただ――またなの?」
「この前のとは比べ物にならないぐらい大事な話なんだ」
「じゃ、座らせてもらいます」
詩はいないから全部説明した。
分かりやすく説明する能力がないからちゃんと伝わっているのかは分からない。
それでもこれは言わなければならないことなんだ。
「え、さすがにそれは……」
「だよな」
「最近で言えば一番優しくしてくれる男の子だからじゃないの?」
「それは分からん、だけどこれからいくらでも魅力的な異性とは出会えるからさ」
「分かった、お父さんと詩ちゃんと一緒に話してみるよ」
彼女は実際に言ってきたわけではないからいまならなかったことにできる。
俺だって本気で受け取ろうとなんてしていない、それがなくたって十分に楽しめるからだ。
そりゃいつかはお互いに気になった異性と付き合ったり、結婚したりもするだろうが、少なくともいまは違う。
「これでいいんだ」
正しいことをしている。
これがきっかけで微妙なことになっても変えるつもりはなかった。
「詩が帰ってこねえ……」
一応家の近くを探してみたが見つかることはなかった。
部活、仕事組に連絡をしたところですぐに反応してもらえるわけではないからあまり意味もない。
ちなみに現在はもう十八時半だった、いつもなら母も帰宅している時間なのにこれだから困る。
「泰之に頼るしかないか」
完全下校時刻は十九時だから少なくとも半までには帰ってくる。
疲れているところで悪いが、妹のためとなれば協力してくれるだろう。
早く経過しろ、というかこういうときだけなんで遅いんだと八つ当たりをした。
「ただいま」
「泰之っ、詩を見なかったかっ?」
「いや見てないけど、家にいないのか?」
「まだ帰ってきていないんだ」
部屋もトイレも風呂もリビングも台所も全部確認したのにいなかった。
まあそりゃそうだ、靴がないなら家にいるわけがない。
それでもなんか信じたくなくて二回ずつはそれぞれ探したがな。
「もう十九時十五分だぞ、なにをしているんだ」
「なにかに巻き込まれたりしていなければいいんだが」
マナーモードにしているし、帰れば話せるという状態でいちいち確認しないか。
まだまだ冷えるから早く帰りたいという気持ちも分かる。
「ただいま」
「今日は父さんの方が早いのか」
「あれ、もしかしてなにかがあった?」
詩が帰ってこないと言ったら「え」と驚いているようだった。
当たり前だ、野郎が消えるのとでは全然違う。
だが俺らにできることは帰ってくるまで待っていることぐらいだろう。
俺らから逃げたくてそうしているのであれば俺らに簡単に見つかるような場所にはいないだろうから。
「あの話し合いが影響しているのかな」
どういう言われ方をしたのかは分からないものの、それは絶対にある。
断る勇気がなくて両親を使ったみたいに思われたら嫌だな。
だけどそれで普通に戻ってくれるのなら、義理の兄なんかに興味を持たなくなるのならって考えている自分もいるんだ。
いやもう俺がイケメンで友達が多くて誰からも求められるような人間だったら話は違っていたが、残念ながらそうではないから。
だから兄として正しいことをしなければならない。
嫌われることを恐れて中途半端に対応するわけにはいかないことだった。
「あの話し合い?」
「あー、ちょっとね」
「なんだよ、俺にも教えてくれよ」
「詩がねー」
父はそれでも教えようとはしないようだった。
それならと弟はこっちに聞いてきた、それでも俺も答えなかった。
「なんか仲間外れにされているようで嫌だな……」
「悪い、ご飯は作ってあるから今日のところは食べて風呂に入ってゆっくり休んでほしい」
「分かったよ、だけどいつか言えるときがきたら教えてくれよ?」
「ああ、絶対に教えるよ」
とりあえず廊下にいてもなんにもならないからリビングに移動する。
男だけしかいなくてシングルファザーの家庭かよなんて内で呟く。
すぐにそんなことよりも詩はともかく母が帰ってこないのはなんでなんだとまた考えることになったが。
「あ、なんか今日は忙しいみたいで遅くなっている、だってさ」
「そうか」
「あと、詩が来たから任せてほしいとも書いてあるぞ」
「お、おお、そうか」
母のことは気に入っていたからなにも違和感はない。
それにそういう対応は得意だから安心して任せておけばいい。
詩からすれば今日仕事が忙しくなってよかったはずだ。
それだけでこの俺から逃げられる、家から逃げられるわけだから。
「よかった、それなら安心してご飯を食べられるね」
「ああ」
こっちもさっさと食べて洗い物をしてしまうことにしよう。
それで課題などはないからこれまたささっと休んでしまえばいい。
今日は両親の部屋で寝るだろうし、気にせずぐーぐーと床でな。
でも、大抵はそうやってできないで終わるのが最近というもので。
「平太起きて」
「……いま何時だ?」
「二十三時」
結局真っ暗闇の中、部屋から出ることになった。
泰之を起こさないためにはこうするしかない。
つまりこうして詩が起こしてきた時点でこうなることは確定していたわけだ。
「詩、せめて連絡してからにしろよ」
「ごめん、だけどお母さんとふたりきりで話したかった」
「どういうことを?」
「諦めたくないから、お母さんならいっぱい言えば認めてくれると思った」
「あ、それで出ていたのか」
というかそれよりもこうして普通に話せていることが不思議で仕方がなかったが、彼女は別に拗ねて家に帰らずにいたわけではないからこうなっているのか。
「私は平太が好き」
「そ、それは聞いたよ」
「義理だから問題ない、後は平太次第」
それも本当のことだからなにも言えない。
ただ黙るとこちらは気まずくなるから紅茶とかコーヒーを頼るしかなかった。
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