06話.[暇なら来てくれ]
「平太」
「……もう六時とかか?」
「もう十時」
どうやら今日は長く寝てしまったみたいだった。
まあ間違いなく最近の夜更かしが影響しているわけだが、その相手をしてもらった詩に言うわけにもいかないからとりあえず一階へ移動する。
「俺と詩だけか」
「うん」
両親は仕事、泰之は部活となればわざわざ言わなくてもそういうことになる。
ただ少し気になるのはいままでどうしていたのかということだった。
学生らしく勉強とか?
でも、床に馬鹿みたいに寝っ転がっている俺は歩くのに邪魔だから、それなら起こしてからやると思うが。
「家にいてもあれだからどこかに行くか?」
ついでに外で昼ご飯を食べられるともっといい。
今日のところはなにもせずにゆっくりしたい。
どうせ夕方頃になったら作らなければならないが、昼も作って夕方も作ってというのはなんか違うから。
「行く」
「よし、行こう」
こういうのは早めに移動するのがいい、だらだらしているとせっかく出てきたなにかも引っ込んでしまうからだ。
ちょっと前まで違ってとありがたい点はこうして詩がいてくれているということだった。
「手を繋ぎたい」
「おう」
これまでだったらひとりで暇になっても相手をしてくれる人間がいなかったから尚更そう感じる。
「金魚」
「久しぶりに見たな」
昔、皐介の家で飼っていて少し羨ましくなったことがあった。
もちろん迷惑をかけたくはないから言ったりはしなかったが、一時期は実物を見る度に内で飼いたいと呟いてしまったものだ。
「お魚を見ると昔、お父さんと行ったお店を思い出す」
「水槽に泳いでいたのか?」
「うん」
確か近所の店もそういうスタイルでやっていた。
いま生きていた魚が目の前で捌かれるというのは新鮮だろう。
中々見る機会はないから、仮に魚を食べるとしても大抵は既に捌かれている物を買ってくるからだ。
「でも、ちょっと怖かった」
「ん? それはビジュアル的な話か?」
中には見た目が凶悪な魚がいるし、小さい頃なら普通の魚を見て怖く感じるなんてこともあるかもしれない。
「だって生きていたのに包丁で切られて死んじゃったから」
「ああ」
動かなくなるというのが気になったのか。
多分その頃は死についてよく分かっていないだろうが……。
「どこか行きたいところはあるか?」
「平太がいてくれればそれでいい、お休みの日にひとりじゃないだけで嬉しい」
「はは、詩はこの前から俺を試しているよな」
「ん、どういうこと?」
「だってそういうことをよく言ってくれるだろ?」
甘えてくれているのではなく、試されているのだと考えるようにしていた。
だってそうだろ、なんかやけに最初から俺に優しすぎる。
まあ前も言ったがそういう風にいてくれているからこそ嫌な雰囲気にもならずに仲良くできているわけだが、正直に言うと引っかかってしまうことだった。
迎えただけの俺と違ってやりづらいのは分かっている、だがいつまでも我慢しているのであればやめてほしい。
もう家族だから、だから少し勝手ではあっても言わせてもらうんだ。
「試すために言っているわけじゃない、私のお友達みたいなことはしない」
「え、友達がしてくるのか?」
「男の子と仲良くしたいのにわざと違うことを言っているから」
「ああ、まあでも思春期だからな」
素直になれなくてついつい隠してしまったりもするだろう。
悪口などを言っていなければ問題ない、ちゃんと付き合ってくれる相手だったらじきに変わっていく。
というかそういう場合は大抵、誰かがいるから恥ずかしがっているというだけで、ふたりきりになったら、なあ。
「仲良くなりたいなら素直になればいいのに」
「簡単にできたら苦労はしないよ」
「平太もあの人とお付き合いをしているときにわざと違うことを言っていたの?」
「いや、俺の場合はこっちから全く動いていなかったからその子とは違うぞ」
あくまで友達として時間を重ねて、ふとしたときに告白をされて受け入れた。
長続きするよう願っていたが、いつも飽きたら他へいけよと言っていたから邪魔にはなっていなかったと思う。
そういう発言が離れたがっているように聞こえた、見えたということなら原因は俺にあるということになるな。
「でも、あの男の人が好きだって言ってた」
出会ったばかりの人間に上江も大胆な発言をしたものだ、いまはとにかく誰でもいいから聞いてほしかったということだろうか。
本人が同じ場所にいたから本当にそれぐらいの気持ちでいるんだぞと伝えたかった可能性もある。
「ああ、魅力的な人間がいたら揺れるからな」
「こうやって?」
「はははっ、物理的にではないがな」
恋愛感情があるわけではないが俺が詩の頭を撫でたくなったりしてしまうのもきっと似たようなところからきている。
もうあんなことはしないなんて言ったところで意味はない、というかいまだってこうして触れてしまっているわけで。
「あ、お友達だ」
「遊んできてもいいぞ?」
「いい、平太と歩く」
「そうか」
それならある程度の時間までこうして緩く過ごすことにしよう。
地味に運動になるし、詩がひとりでどこかに行ってしまうよりも心配にはならないからだ。
「これとかど――大きな音が鳴ったな」
「……朝ご飯も食べたのに恥ずかしい」
「いいだろ、飲食店にでも行くか」
こちらは不思議と腹が減っていなかったが、食べて帰るつもりだったから丁度いいタイミングだった。
やっぱり買わないのに店内をうろちょろするというのは苦手だ、だけど詩が見たがっていたから逃げることができなかったときにこれだから助かった。
「なにが食べたい?」
「ハンバーグ」
「よし、じゃあ行こう」
肉系ならすぐ近くに食べられる店がある。
それにそういう系の店ならメニューを見てうーんうーんと悩むこともない。
兄として情けないところは見せられない、そうでなくても腹が減っている状態のまま待たせることなんてできなかった。
「いらっしゃいませ」
案内してもらった席に座って息を吐く。
自分から出かけようと言っておいて本当に申し訳ないが、外をうろちょろしているか、家でぼうっとしている方が俺はよかった。
気まずくなるわけでもないのに何故わざわざ外に出たのか、しかもこの寒い中したのかという話だ。
「これがいい」
「了解」
とりあえず注文を済ませてこれまた休憩、ドリンクバーを頼んだ詩だけは飲み物を注ぎに行った。
食べ終わったら、いや、食べ終わってもどうするかは詩次第か。
誘っておきながら適当にはできない、ちゃんと最後まで付き合う。
今日はまだ土曜だし、休むのは明日だけで十分だ。
「久しぶりでちょっと戦う羽目になった」
「行かないときはずっと行かないからな」
「うん」
が、戻ってきたのにグラスを持ったまま座ろうとしない彼女。
なにか座れない理由でもあるのかと考えていたら「こっちに座ってもいい?」とぶつけてきた。
対面に座ろうが横に座ろうがどっちでもいいから頷くと、そうしたらやっと座ってストローで飲み物を飲んでいた。
「今更だがその帽子、詩によく似合っていていいな」
「お父さんが小さい頃に買ってくれた」
「センスがあるんだな」
母もそうだが、仕事をしながら子どもの世話をするというのはどれぐらい大変なことなのか……。
俺は俺らしく生きているだけであっという間に時間が経過し、手伝うようになってからもあっという間に時間が経過した。
でも、母は再婚したいまも働かなければならないわけで、実際のところはあまり変わっていないのかもしれない。
「可愛い?」
「可愛いぞ、ちょっと普段と印象が変わるな」
仮に俺がなんらかのアイテムに頼ったとしてもそうはならない。
可愛くもならないし、格好良くもならないってある意味才能だろこれ。
「お待たせしました」
こうして料理が運ばれてきたのはいい、だけど気になることができた。
それは可愛いぞなんて言ってしまったことだ。
上江相手にも全く言ったことがないのになにをしているのか。
「いただき――ん? もうきているのに食べないのか?」
「胸の辺りがおかしい、気になる」
「え、大丈夫か?」
それよりもっと気になることができて先程のはどうでもよくなった。
だが、胸の辺りになにかがあるとなると怖いからな。
のんびり食べている場合ではない気がする。
「痛いわけじゃないから大丈夫、食べよ」
「おう、だけどなにかがあったらちゃんと言ってくれよ」
よし、とりあえずささっと食べて退店することにしよう。
最後まで付き合うとか言っておいてあれだが、なにかがあっても嫌だから家に帰るのが一番だ。
残念な気持ちにさせたくないからその話をしたら「平太がいてくれれば問題ない」とまたそんなことを言ってくれた。
ちなみに料理の方は美味しかった。
スーパーで完成した物を食べるのとではまた違った美味しさ、満足感がある。
「ごちそうさまでした、美味しかった」
「だな」
会計を済ませて外へ、相変わらず寒いが美味しいご飯を食べられたからなのかそこまで気にならない。
間違いなく隣に詩がいてくれていることが影響している。
「でも今日はここで終わりだな、心配だから家に帰ろう。詩になにかがあったら嫌だから、元気ならこれから何度でも出かけることはできるしな」
どうせいつだって暇人だから誘われたら受け入れればいい。
ただまあ今日みたいに誘うのはこの先、俺のことだからないだろうな。
彼女を困らせないためにも必要なことだ。
「な、なんだろう」
「またおかしいのか?」
当たり前のように彼女は手を握ってきているが、異常に冷たいとかそういうことは一切なかった。
あくまで普通という感じで安心できる、そのような発言がなければもっといい。
「痛くないのに気になる、よく分からなくて怖いから今日は帰る」
「おんぶするよ、もしかしたら屋内と外の気温差でやられているかもしれないし」
「うん、じゃあしてもらう」
母をこうして運んだことがある身としてはその軽さに驚いた。
ただ体重のことに触れるのはなにか違う気がして温かいななんて言ったものの、それはそれで微妙だったという……。
「平太ー!」
「お、これはまた珍しい人間と外で会うことになったな」
比べ物にならないほどの寒がりなのになにをしているのか……って、大体は予想できるか。
「おお、仲良しだね」
「詩が優しいからな、皐介は上江といたんだろ?」
「え、暇だったから平太のお家に行ったんだけどいなかったからさ」
ほとんどないというだけでゼロではないから嘘とは思わなかった。
それに上江と会っていたのであればこんな時間に別れるわけがない、これは俺の予想が外れたことになる。
「それは悪かったな、暇なら来てくれ」
「行くよ、詩ちゃんとも話したかったからね」
彼が本当にしなければならないのは詩と仲良くすることではなく上江と仲良くすることだがいちいち言ったりしなかった。
嫌だと言ってきたこともないし、家に入れさせたぐらいで問題にはならない。
「あの」
「うん?」
「いえ、やっぱりなんでもないです」
そうそう、彼と上江には敬語を使うんだったか。
年上が相手だから普通の対応とはいえ、おっといちいち反応してしまうことだ。
なんか嫌な兄だよな、普通のことなのにそんなことをしてしまうんだから。
「はい」
「「ありがとう」」
なにもなくても十分休める、やっぱり家というのは最強だ。
詩ももう普通に戻っているからもっといい。
誰かひとりでも病気とかになってしまったらその瞬間に日常生活を楽しめなくなるからこれからも気をつけてほしかった。
「僕もごろーん、詩ちゃんもカモーン」
「はい」
「あらら、わざわざそっちに移動しちゃうんだね……」
まあそれは仕方がない、とも言えないんだ。
何故かやたらと詩は来てくれているが、普通ならまだまだ余所余所しい感じでいられているとこだと思う。
「上江さんとのことなんだけどさ」
「おう」
「なんか話していて楽しいし、可愛げもあるからたまにいいなって感じるときがあるんだ。ただ受け入れたとしても二年とかで終わってしまうんじゃないかって不安なんだよね」
俺のことが好きになって告白してきたと言っていたし、だから途中で気になる異性が現れたら似たようなことになってもおかしくはない。
だけどそんなことを恐れていたら少なくとも恋愛はできない。
「曖昧な態度が一番駄目だぞ、受け入れる気がないならはっきりした方がいい」
「そうだね、だけど状況的には平太と変わらないよね」
「そうだな、皐介は選ぶ側だ」
いやもうなんで俺が選ぶ側になれたのか分からないが。
終わったことを考えても仕方がないからここでやめ、横にいる詩に意識を向けてみるとなんとも言えない顔をしていた。
皐介がいるからなのか、やっぱり胸の辺りに違和感があるのか、俺が選ばれた理由なんかよりもよっぽど気になることだ。
「大丈夫か?」
「なんで急に?」
「いや、なんかはっきりしていない顔をしているから」
無表情のように見えて意外と変化している。
これに気づけるようになったということは詩のことをちゃんと知ることができているということではないだろうか。
これからもこうやって細かい変化に気づいて対応できればなにか大事になってしまうなんてことはないかもしれない。
「そういえばおんぶをしていたってことはなにかがあったの? それとも単純に眠たかっただけなのかな?」
「ああ、なんか胸の辺りに違和感を感じたらしくてさ」
隠すようなことではないから言わせてもらった。
俺だけでは分からないなら他者に聞く、そうやって知っていけばいい。
病気ではなければいいが、どうなるのか……。
「それってさっき急に?」
「だよな?」
「うん、二回もなった」
「なんか怖いね、ちょっと細かく教えてくれないかな?」
それは本人の方が分かるだろうから任せることにした。
というかトイレに行きたくなってリビングから出ることになった。
尿意だけなのに便座に座って、はぁとため息に近いものをついた。
「なるほどねー」
「わざわざ来なくても戻ったぞ、逃げたわけじゃない」
「いや、僕が待ちきれなかっただけなんだ」
トイレから出て手を洗って、彼と一緒にリビングに戻ったらこの前の俺みたいにうつ伏せで寝転んでいたという……。
セクハラでもされたのかと冗談で言ってみたのだが、彼からは「そんなことは言わないよ」と普通に返されてしまった。
「とりあえず部屋まで運んでくるよ」
「うん」
問題ないところに触れて持ち上げる。
その際に仰向けにさせたものの、ぷいと違う方を見られてしまっていままでの人生で一番傷ついた。
「下ろすぞ……ぉお!? ど、どうした?」
乱暴に下ろすわけではないから安心してほしい。
というか俺、いままでそんなことをしたことがないのにそんなことをする人間だと思われていたら嫌だな。
「ここで平太が戻ったら平太は嘘つきということになる」
「あー、だけど皐介の相手もしてやらないとな」
今回も自分から言ったわけだから適当に対応するわけにもいかない。
あとはあんまり一緒にいすぎるのも彼女にとってストレスになりそうだからだ。
学校に慣れるのにもまだまだ時間はかかるだろうし、余計なことで体力を使ってほしくなかった。
「しかもさっきの、平太が原因だとあの人が教えてくれた」
「俺かっ? あー、もしかして気持ち悪く感じたとかそういう――」
「それは違う」
「あ、そうなのか」
それなら俺が家から連れ出したからか。
仮に出かけたかったのだとしてもひとりで出るべきだった。
余計なことで体力を使ってほしくないとか考えておきながらこれだから笑ってしまう、彼女にとっては笑い事ではないが。
「私からしているのにそんなことを言うわけがない、気持ち悪く感じているのにあんなことをしていたら私は馬鹿な人間ということになってしまう」
「じゃあなんだよ? 教えてくれ」
「……言わない」
えぇ、なんだそれ……。
しかもこんなことは初めてだったからこれも悲しいことだと言えた。
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