05話.[触れないでおく]
「お友達が教えてくれるらしいから行ってくる」
「おう、気をつけろよ」
流石にそっち方向のことを教えることはできないから出しゃばることはできない。
仮に知っていても友達と集まろうとしているところを邪魔する兄なんて俺が嫌だ。
だが、今日も泰之は部活だからひとりになってしまうということになる。
家族が増えてから俺がひとりになることを嫌がっていた。
「しょうがないから歩くか」
家にいたところで誰かが早く帰ってくるなんてことはない、というか早く帰ってくるということは=としてなにかがあったということだから喜べることではない。
どうせなら皐介と会えればいいが外に出ている可能性は低いだろう、だからまあ半分ぐらい期待しながら歩いていた。
「あ、平太君だ」
「上江か、こんなに寒いのに出歩いてどうしたんだ?」
何気に狙っていたことではあるがいざ実際に出会うとなんとも言えない気持ちになるのは確かだ。
なにを言っていいのか分からないとかそういうことはないものの、前よりも接しづらい感じがそこにある。
「ははは、それはこっちだって言いたいことだけど?」
「はは、家だとひとりで暇でな」
「あ、それならいまから家に来ない? チョコを作るときに話し相手になってほしいんだよ」
え、それってどうなんだ。
すぐには答えが出せなくて固まっていると「友達なんだから家に誘うぐらい普通だよ」と言ってきたが……。
「おーい?」
「あ、じゃあちょっとだけ上がらせてもらうわ」
「うん、じゃあ行こう」
まあ振ってきた相手にいつまでも付きまとっているというわけでもないし、これだって誘われたからであってだなと内で言い訳をする。
情けない、だけどこれぐらいのやりづらさがあるということなんだ。
「お邪魔します」
一ヶ月ぶりに彼女の家に入ることになった。
少しの気まずさを誤魔化すために端の方に座ったら「ソファに座りなよ」と笑いながら言われてしまったので移動する。
「確かに灘谷君のことを狙っているけど私は平太君とも仲良くやりたいからね」
「逆にした方がよくないか? 俺は名字呼びで皐介のことを名前呼びにってさ」
「仲良くなってからじゃないと無理だよ、よし、そろそろ始めようかな」
前と違って微妙な点は寝転べないということだった。
そして話し相手になってほしいと言っていた割にはそちらに集中しすぎて黙りを決め込まれているという……。
そういうのもあって気まずいから皐介を召喚することにした。
「来たよー」
「よく来てくれたな、俺の救世主よ」
当たり前のように家を知っていることには触れないでおく。
最近はよく一緒にいるのだから教えていてもなにもおかしなこととは言えない。
好きな人間になら知ってほしいものだろう。
だからとりあえずこちらはありがとうと言っておいた。
「もしかして気にしていたとか?」
「まあな、だけどこれなら途中で帰ることができるから楽だよ」
しっかし上江は集中しすぎだ、彼に全く気づいていない。
彼も彼で邪魔をすることはしたくないらしく、横に座って「今日も寒いねー」なんて吐いているだけだ。
「あー、トイレを貸してほしいんだが」
「あ、分かった……って、ええ!? な、なんで灘谷君がいるの!?」
いい反応だ、採点されていたらかなりの高得点を叩き出せそうだった。
ただ演技ではなく全く気づいていなかったということになるから少し気になる。
毎年こうやって反応できなくなるぐらい集中していたのか、今年は彼に作るから失敗できないと思って集中しすぎてしまっているのか……。
「さっき来たんだ、こんにちは」
「こんにちは……」
「ここで見ていてもいいかな? 邪魔なら戻るけど」
「ううんっ、大丈夫だからっ」
「そっか」
それならまた本格的に始まる前に帰らせてもらうことにした。
鍵は興奮が止まらない上江にではなく皐介にしてもらい、また上江と出会う前みたいに歩いていく。
俺は特に疲れることもないからどんどんと歩いて隣の市までやってきた。
まあ、所詮は十キロとかそれぐらいしかないからあまりすごいことでもない。
「お、チョコか」
期間限定という四文字に母は弱いから買っていくことにする。
詩にも似たような物を選んで会計を済ませ、冬とはいえ早く冷蔵庫に入れないと溶けそうだから帰ることにした。
ただ帰りは中々辛い、行きと違ってあまりモチベーションもなくて……。
だから朝、まあ十時ではあるがそれから出たのに結局十六時近くにになってしまったんだ。
「疲れた!」
もう動きたくない、が、その前に冷蔵庫にしまわなければならない。
それでしまったらすぐに床に寝転んだ、いちいち部屋に戻る体力はなかった。
「ただいま」
っと、詩が帰ってきたみたいだ。
とはいえ、疲れたからこのまま迎えさせてもらうことにする。
「あ、あれ?」
そのままとんとんと階段を上がっていってしまった。
それから約十分が経過しても下りてくることはないままで……。
「まあいいか」
リビングに顔を出さなければならないなんてルールはない。
というか俺がここにいることも分かっていないだろうからこれでよかった。
「終わった」
バレンタインデーでも特になにも変わらなかった、あくまで普通の学校生活だったことになる。
ちなみに昨日はさっさと詩が寝てしまったから話せていない、つまりあの挨拶だけができたことだった。
「ふふふ、この後貰えることになっているんだぁ」
「よかったな、帰るときは気をつけろよ」
「うん、また明日ね」
皐介と別れて帰路に就く、寄り道をしても仕方がないから大人しく真っ直ぐに家を目指す。
着いたらリビングに転ぶのも違うから部屋の床に寝転んでいるととんとんと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
あくまで普通の反応を心がけるんだぞ俺と内で呟き終わったタイミングでその足音の主が部屋に入ってきた。
「制服から着替えたいから出てほしい」
「あ、おう」
……やっぱりリビングで休むことにするか。
どちらも床であることには変わらないから気になったりはしない。
「その前にご飯でも作るか」
それで作っていたら今日は引きこもることはせずに下りてきてくれたのだが、やっぱり会話をするつもりはないようで黙って座っただけだった。
座布団にちょこんと座っているから人形感がすごい。
「平太」
「なんだ? あ、昨日詩にもチョコを買ってき――凄くびくっとしたな」
「……意地を張って自分だけで作ったら失敗をした」
「え、それと会話してくれていなかったのは関係しているのか?」
ああ、頷かれてしまった……。
期待していたとかそういうことではなく話せなかったことが気になっていた。
なにかをしてしまったのではないだろうかと考えてしまうぐらいのことを彼女はしてくれたからだ。
「それは残念だったな」
「平太と泰之に食べてもらいたかった……」
「そうやって考えて動いてくれただけでありがたいよ」
ぐっ、止まれ俺の右腕、簡単に触れてしまったら嫌われるぞ。
これだけは上江と付き合ったことによる弊害と言えるかもしれない。
「とりあえず……はい、これを食べてくれ」
だからそれをなんとかするためにチョコを取り出して渡した。
これからもこんなことが複数回あるということを考えるだけでうへえとなる。
だってただただ自分が気持ち悪いからだ、特に振られた後にこれだから最悪で。
「夜ご飯前なのにいいの……?」
「そこは好きにしてくれ、食べてもいいし、休日とかまで我慢してもいい」
こっちはとにかくご飯作りを優先する。
こういうことを考えるのは風呂のときでいい、最後だからいつまでも入ったところで誰にも迷惑をかけない。
「平太、あーん」
「……聞き間違えか?」
できたから少なくとも母が帰宅するまで休憩しようと動こうとしたときにこれだ。
ずっと試されている、彼女も彼女で狙ってやっているように見えてくる。
きっと俺がやらかせば彼女から母か敦文さん――父に情報が伝わって家族会議になることだろう。
そうなったら関わることもできなくなるかもしれない、いやそれどころか俺だけひとりで行動させられるという可能性も――それはないか。
「よくこうしてお母さんが食べさせてくれた」
「それは産んでくれた人だよな、仲良かったんだな」
「うん、大好きだった」
複雑だよな、でも俺にできることは俺らしく相手をするということだけだ。
「あーん」
「か、母さんにしてやってくれ」
「これは平太が買ってきてくれたから食べられる、それなら平太も食べられなければおかしい」
「いやでも俺は詩に全部食べてほしくて買ってきているわけだからな」
「嫌だ、あーん」
が、頑固……。
それでも段々と顔が怒っているように見えてきたから食べさせてもらった。
なんか美味しそうだったから選んで買ってきたが、選択ミスはなかったみたいだ。
彼女も満足できたのかひとつ食べたら分かりやすく嬉しそうな顔になって、
「それもお母さんがよくやってくれた」
「あ……」
自分がやらかしたことを知る。
ふたりだけのときにこんなことをしていたら不味い、これなら誰かがしたタイミングで帰ってきてくれるのが一番だった。
「もしかしてこの前のあれもしたかったから?」
「……気持ちが悪いだろ?」
「なんで?」
駄目だ駄目だ、いまこんなことを言ったところでこう言ってもらえるのを期待してしているようにしか見えない。
母に言おう、基本的に母が色々なことを把握してコントロールしているからそれがいい。
「ただい――うわ!? こ、こんなところでなにをしているの……」
「母さんに言わなければならないことがあるんだ」
全てを説明して待機する、言い逃げなんてずるいからそんなことはできない。
「え? 別にいいでしょ」
「いやほら、年頃の娘に触れているわけでな?」
「え、別に髪を撫でたぐらいでなにを言っているの、それこそ初な女の子じゃないんだからさ」
こうなることを期待して母を待っていたわけではないんだ、ここははっきり言ってくるまで続けなければならない。
だが母はかなり手強いからそれこそこの前歩いたときよりも疲れる可能性がある。
あとは仕事から帰ってきた後に疲れさせるというのもうーんという感じで。
「詩ちゃんも別に嫌じゃないんでしょ?」
「うん」
「ほら、本人もこう言っているんだからさ」
「違うだろ、俺が脅しているかもしれないだろ?」
「そんなこと平太はしないよ、おかしくなっちゃったの?」
そ、その困ったような顔が地味に一番傷ついた、傷ついたからもう終わらせて床に寝転んだ。
「せめてリビングで寝なよ」
「ああ……」
だけどもうご飯もできているから机を戻さなければいけないわけで、寝るのは食事と入浴が終わってからになりそうだった。
「ふぅ、今日もお風呂が気持ち良かった」
「気持ちいいよな、俺なんか特に運動をした後だから最高だぞ」
「でも、泰之はお風呂に入っている時間が短い」
「長風呂派ではないからな、ここにうつ伏せで寝転んでいる兄貴とは違うんだよ」
冬ぐらいは許してほしい、食事と入浴と睡眠だけが冬に楽しめることなんだ。
意地でも先には入らないようにしているから前も言ったように迷惑をかけることも一切ない、父が出た後にすぐに入るようにしているから追い焚きなんかも使用しないしな。
「平太はどうしたの?」
「さあ、今日はずっとこんな感じだから」
「学校でなにかあったとか……」
「俺は行かないから分からないな」
なにかがあったわけではない、寝転べるということが嬉しくてこうしているだけなんだ、明日も学校があるから休んでいるというのもある。
最近は皐介がよく上江の話をしてくるからそれに付き合うためにも体力を回復しておかなければならない。
「詩はどうなんだ?」
「お友達が増えた、みんな女の子だけど」
「いいな、同性の友達がいるとそれだけで楽になるからな」
ひとりだけではなくなったのか、俺みたいにひとりに拘るよりはよっぽどいいことだと言える。
とはいえ、やっぱり多ければ多いほどいいわけではない、トラブルだって起きるかもしれないから三人ぐらいに抑えておくのがいいだろう。
「でも、みんな男の子の話をするからたまに困る」
「詩は男子に興味はないのか?」
「興味がないわけじゃない、けど……」
「はは、じゃあちゃんと聞いておけばいつか活かせるかもしれないぞ?」
気をつけなければならないのは友達が好きな男子と仲良くしないということだ、興味を持たれてもアウトとなる。
たったそれだけのことで関係に亀裂が走る、そこから先はそれはもう酷いことに~なんてこともあるかもしれない。
俺はこの目で中学のときに見たから勝手な偏見とかではない、女子=と考えてしまっている時点でそれに該当するのかもしれないがな。
「どこどこが格好いいとか言われてもよく分からない」
「それは詩が最近、転校してきたからだよ。多分その子はよく見ていてその男子のことを知っているんだろ」
見ただけで分かるのではなかったのかとかツッコむのはなしなんだろうな。
というか結構気持ちが悪いことをしている、盗み聞きしているような気持ちになってくるから部屋から出ようか。
まだまだ二十一時過ぎだから夜更かしになってしまうとかそういうこともない。
「あれ、珍しいね」
「部屋に戻っていなかったんだな」
「うん、ちょっと考え事をしていてね」
正直に言ってしまうと珍しいのは父の方だった。
床に寝転ぶなんてらしくない、まあ俺が知らなかっただけでしていたのかもしれないが。
「それで考え事って?」
「あ、これは仕事のことでね」
「そうか。あ、なにか家族のことで不満があるなら言ってくれよ?」
「そっちは全くないよ、みんなと仲良くやれているからね」
さて、どうするか。
別に父がいたって問題はないが、なんとなくここで休むのは微妙だ。
ひとりになりたいときもあるだろうし、邪魔をしたくないという気持ちがある。
「ちょっと待った、平太ならどうするかを聞きたいんだ」
「お、おう」
「例えば他の人が困っていたとして、だけどやらなければならないことがあったとして、そういうときはどっちを優先する?」
「俺だったら自分がしなければならないことを優先するぞ」
怒られたくないからそうするんだ、助けるのはそういうのがない人がやればいい。
「そうだよね、だけどもしその人が追い詰められていたらどうする?」
「それでも変わらない、俺には追い詰められている人間を助けられるような力はないからな」
薄情だなんだと言われる可能性はあるが、それもそのときだけだ。
相手が死にそうだったら、いや、それでも変わらない。
○○なら大丈夫だなんて言ったところで力にはならないだろう、それどころかなんでそう思うのかと聞かれて言葉に詰まってしまうところしか想像できなかった。
「答えてくれてありがとう」
「おう」
「さてと、そろそろ部屋に戻るよ」
父が戻ったから気にせずにここで休むことにした。
それよりも父もどうして俺にあんなことを聞いたのかという話だ。
ずっと働いている母でいい、母ならきっと動こうとするからだ。
「ふぁぁ~……」
もう動く気が消えたからここで寝てしまおう。
いつでも小さい布団はここにあるから掛けて寝ればいい。
それで朝まで寝て、自分の弁当でも作ればいいだろう。
というわけで寝よう、としてできなかった。
「平太」
「来たな、夜更かし少女」
「戻ってこないから気になった」
なるほど、それならこちらも悪いか。
邪魔してしまったことを謝罪し、電気を消そうとしてやっぱりできなかった。
「戻らないのか?」
「よく分からないのは男の子に興味がないからなの?」
「いや、詩がまだまだ知らないからだろ、知ることができればきっと変わるよ」
それかもしくは同性しか恋愛対象に見られない、なんてこともありえるかもしれないが。
でも、別に興味を持てなくたって問題にはならない、この前みたいにちゃんと対応しておけば友達だって悪く見てくることはないはずだ。
それに引っ越してきたばかりだからこれからだと言っておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます