04話.[知っていたから]
二月になった。
俺は特に変わらない時間となっているが、
「うぅ、休まらないよぉ……」
皐介にとっては違うみたいだ。
別に上江にずっと追われているから、というわけではない。
寒いのが本当に苦手で、教室にいてもどうしようもなく冷えるためだった。
「上江、来ないな」
「まだ追いかけっこをしていた方が暖まる気がするよ」
四月から本格的に動くとしてもちょいと話すぐらいはしておいた方がいいと思う。
極端すぎなければ彼だってしっかり相手をする、いきなりぐいぐいこられても普通は微妙な反応になるものだから気をつけた方がいい。
とはいえ、協力する気はないから動いたりはしないが。
「そんなことより詩ちゃんとはどうなの?」
「んー、中途半端だな」
「いまは泰之君に興味があるのかな?」
「いや、確かにそれもあるけどそれだけではないというか……」
あの部屋で寝るようになってから話す時間が更に増えた。
最初は微妙な反応をしていた泰之もいちいち逃げたりしないようになったのがいいのか、そういうことになっている。
困る点は意外と夜更かしをしようとするところだ、もう寝ないとなと言っても「嫌だ」と言って聞いてくれないときがあって……。
あ、ちなみに泰之的には静かな声量なのと静かに寝てくれるということで全く不満はないみたいだ。
「久しぶりに会いたいなー」
「皐介のことは警戒しているからどうだろうな」
中学にスマホ持ち込みは無理だから連絡したところで意味はない。
かといって連れて行ってから詩に聞くというのもしたくない。
となると、また土曜か日曜に動いてもらうのが一番いいだろう。
「灘谷君、そのうたちゃん……? というのはどこにいるの?」
怖い怖い、そんなことを知ってどうするつもりなのか、「私の灘谷君に近づかないでよね」とか平気で言いそうな感じすらする。
それと音を立てずに近づいてくるあたりが怖かった、こんなことを繰り返されたら彼はきっと離れることを選ぶぞ。
「縫さんが再婚をして平太に義理の妹が――」
「あ、灘谷君のというわけじゃないんだ」
「うん、僕の両親はずっと仲がいいままだからね」
俺の母も彼の両親とは仲良しだった、休みが合えば一緒に出かけたりする。
でもその際は家族同士でとはならず、親だけで出かけるから子どもも含めて仲がいいとは言えない気がした。
「へ~、平太君に義理の妹さんか」
「上江さんも興味があるの?」
「ちょっと気になるかも、泰之君と上手くやれているのかもね」
それはもう大丈夫だ、もう泰之が逃げるようなことは絶対にない。
家には多く連れて行っていたから上江とだって仲良しだ、もっとも、部活だから一緒にいられる時間は限りなく減るがな。
「よし、じゃあ今日行こう」
「待ってくれ、詩に聞いてみないと無理だぞ」
「あ、そっか、僕はともかく上江さんのことはなにも知らないもんね」
「いや、皐介の存在もどう影響するのか分からないからちょっと待ってくれ」
適当に受け入れることはできない、が、最近の詩であれば「分かった」と言ってしまうような気がした。
俺が頼むと自惚れでもなんでもなく余計な力が働くような気がするから泰之に言ってもらうことにする。
「あそこにいるハイテンションの男子を呼んでくれないか?」
「分かりました」
上江の相手は皐介に任せて一年の教室に突撃――はできず、たまたま出てきた女子に頼むことになった。
「誰が呼んだのかと思えば兄貴か、珍しいな」
「ちょっと頼みたいことがあってさ、実は――」
同じ学校に身内が存在してくれているというのは凄くいいことだった。
俺が問題なくやれているのもきっとそれが影響している。
去年はいなかったがな、まあ細かいことはどうでもいいだろう。
「分かった、じゃあ帰ったら言ってみるわ」
「悪いな」
「いやいいよ、それに聞いてからにしてやらないと可哀想だから」
うぅ、ああやって逃げていた弟が詩のためにこんなことを言うなんて……。
感動だ、なにも問題なく仲良くやれているのはいいことだ。
もちろん我慢させてしまっていることもあるだろうが、決してそれだけではない。
「おう、じゃあ今日も部活を頑張れよ」
「おう」
教室に戻ると皐介と上江はまだ一緒にいて会話をしていた。
知っているということが大きいのかもしれない、特定の女子といるところはあまり見たことがないから新鮮さがすごい。
ただ、恋はもうこちらにはできなさそうだった。
あれだって上江が告白してきてくれたからなんとかなっただけで、こちらから努力をできたことはないからだ。
「おかえり」
「おう、明日教えるから待っていてくれ」
「了解、それならそれまでは上江さんと遊ぶから問題ないよ」
「そうか」
四月から動くが二月から動くに変わりそうだった。
こちらとしてはどっちの結果になっても影響しないから見ている側でいられていることが嬉しかった。
「私、決めたことがある」
「お、なにを決めたんだ?」
部屋で勉強をしていたら詩が急にそんなことを言ってきた。
唐突にこちらが気になることを言うのはいつものことだから違和感はないが、最近の傾向から少しだけ嫌な感じがするのは事実で。
「ん」
でも、こういうときに大事なところだけは素直に言わないのが彼女なんだ、だから答えてくれるまでは勉強机に向き合って勉強をしておくことにした。
難しすぎるというわけではないものの、簡単というわけではないからきっちりやっておく必要がある。
これも全ては自分のため、三月にのんびりと過ごすためにもやらなければな。
「まさかお勉強をされるとは思っていなかった」
「時間がかかりそうだったからさ」
「あの人達みたいに興味を持ってくれていないの? 家族なのに……」
「違う違う、吐いてくれていたらちゃんとやめて聞いていたよ」
皐介と上江のふたりにも全く怖がらずに対応していた。
あのふたりが帰った後に言ったことは「平太にもちゃんとお友達がいてよかった」だった。
俺としては年上なのに心配されていたのかと悲しくなって部屋にこもっていたわけだが、こうして彼女が来てしまったことになる。
「あと家族なのに教えてくれなかった」
「詩達が来た前日に振られていたからな」
いかに邪魔をしないかを一生懸命に考えて行動していたのだからそんな話をしなくて普通だ。
例えば俺が相手の家に住むことになったとして、そこにいる兄だか姉だかが「付き合っていたけど振られたんだ」なんて急に言ってきたら仲良くする気も失せる。
これも考えてしたというのにこちらを見る彼女の目は冷たかった。
「それで決めたことって?」
「ん、もっと平太のことを知るために行動しようと思った」
「俺のことを知るためにって言うが、もうほとんど知っているだろ」
一ヶ月が経過したわけだから余裕だろう、俺はこの通り俺だ。
逃げることもあるがそんなことをするばかりではない、会話をしたり手伝いをしたり勉強をしたりと普通の人間らしさがあると思う。
「知らないことばかり、だから動くと決めた」
「まあ、後悔しないならいいが」
どう過ごすかなんて彼女の自由だ、そうすることでなにかが満たされるのであればいくらでもやってくれればいい。
俺は俺らしく過ごしているだけでいいというのも影響している、こちらもなにかを変えなければならなかったのなら受け入れてはいなかった。
「しない、泰之ともお話しできるようになったからこれでやっと集中できる」
「詩ってなんで最初から俺のことを信用してくれているんだ? あっ、いやこれは願望みたいのもあるけど……」
初日だって全く緊張した様子もなく「平太」と近づいてきてくれた、あれがあったからこそいまだって楽しくいられているんだ。
異性がいるということで仕方がないことではあるが、最初から警戒全開だったら雰囲気は間違いなく悪いものになっていた。
敦文さんだってそうだ、こう……仲良くやろうと努力をしてくれているからな。
「前にも言ったように平太のことは知っていたから」
「見れば分かる、か」
上江からはいきなり告白されたわけではなく、時間を重ねたうえでのそれではあったものの、見ているだけで分かることなんてほどんどなかった。
「うん、それにお話ししたことがある」
「えっ? いやそれは流石に……」
「ふふ、覚えていないならそれでいい」
おわ、そうやって笑えたりもするのか、……笑うと一気に印象が変わるな。
あんまり見てはいけないことのような気がする、というかもう現時点でやばい。
こう……頭をぐしゃぐしゃ~っと撫でたくなってしまった。
「ん? なんで自分の髪をぐしゃぐしゃにしている?」
「ちょっと痒くてな、というわけで風呂に入ってくるわ」
なんとかなった、流石に義理とはいえ妹に変なことをするのは不味いからな。
元々溜まるよう設定してから勉強をしていたから逃げているだけではない。
しっかし、俺が詩から逃げるようなことが起きるなんて思っていなかった。
「平太はどこから洗う?」
「そうだな、普通に髪だな」
「私も髪から洗う、その後も上から順番に洗う」
「基本的にそんな感じだろ、足から洗ったってなにも悪くはないがな――じゃなくてだな、脱げないから出ていてくれ」
「うん」
しゃきっとぱきっと洗ってから温かい湯船につかっていたら扉が開かれた。
「お風呂のときはなにを考えている?」
「そうだな、今日は平和だったなとかだな、最近は詩が学校でちゃんとやれているのかってよく考えるけど」
嫌われたくないから聞けずにいる、そして彼女は積極的に気になることを吐いてくれる子ではないからついつい長風呂に、なんてことも多い。
考えれば考えるほど不安になる、友達の存在も場合によって毒に可能性だってあるからだ。
「聞いてくれればいいのに」
「なんかそんな兄も嫌だろ? 毎回毎回学校ではどうだったんだ~って聞かれたら俺なら嫌だぞ」
「そういうことを聞くということは私は興味を持ってもらえているということ、嫌だなんて思うわけがない」
「そうか、じゃあ三日に一回ぐらいは聞くよ」
勉強をしようとしているときにそういうので集中できなくなることがあるから本人がこう言ってくれるのはありがたかった。
とはいえ、このままこれが続くと間違いなく自分がやべー奴になるからこれも気をつけなければならないことだった。
「もうすぐバレンタインデーだけど、今年はどうなるのかな?」
「俺はゼロだな、もう上江と別れてしまったから」
返すのが大変だから特別悲しくは思っていなかった。
ただ数年が経過したらそのありがたみに気づくことになるだろう。
「お、それならもしかしたら僕が代わりに貰える可能性も……ある?」
「好きなんだから貰えるだろ、よかったな」
「そっか、やっとお母さんからだけじゃなくなるんだ」
まだ分からないがこのイベントを使わないわけがない、上江が使わないことを選択したらなんでだよとツッコもうと決めた。
「え、もしかして期待されてる?」
「お願いしますっ、僕はこれまでずっと友達からは貰えていないんですっ」
「じゃ、じゃあ作ろうかなあ」
いや、だからって頭を下げてまで頼まなくても……。
流石にこれは微妙だ、見ていると余計なことを言いたくなるからどこかに行こう。
それにしても、当日にチョコを自分で買って食べるよりはいいだろうが……。
「兄貴」
「友達と盛り上がらなくていいのか?」
今度は弟が珍しいことをしていた。
決して不仲というわけではないものの、学校ではほとんど来ないから俺もなるべく近づかないようにしていたんだ。
「おう、それより今日は部活が休みだから一緒に帰ろうぜ」
「え、それなのに友達を優先しなくていいのか?」
「いいんだよ、それに詩に兄貴を取られていて全く話せていないからな」
「取られてるって、一緒の部屋で寝ているのに大袈裟な発言だ」
「相手をしてもらえなくて反対を向いているときに泣いているんだ」
真顔で言うな、せめて泣き真似ぐらいしてくれ。
まあでも、嫌われているわけではないからいいか。
この歳で兄弟仲良くやれているという時点で幸せ者のような気がした。
あとはあれだ、男が俺ひとりではなかったからこそ詩もあの感じていてくれていると思うんだよな。
「ところでその詩だけど、なんか最近は兄貴のことを気に入りすぎじゃないか?」
「安心しろ、詩はちゃんと泰之とだって仲良くしたいと思っているぞ」
楽しそうに話していると参加しづらくて黙る羽目になる、つまり俺の方が背を向けているときに泣いているわけだ。
その際に気になるのはどっちを向いても楽しそうに話している人間が見えるということ、目を閉じていても耳は閉じられないからずっと聞く羽目になるし……。
「あ、そこは心配していないんだよ、俺が言いたいのは好きなんじゃないか――」
「それはない。出会ったばかりだし、義理とはいえ身内を好きになるわけがない」
そこは心配していないって大した自信だな。
部活で帰宅時間が遅れても詩ならちゃんと相手をしてくれるから大丈夫と言いたいのか? ……だがそれが事実だから俺は基本的に負けることになる。
「結局、女子はスポーツ少年が好きなんだよな」
「それこそ俺がそういう意味で好かれることはないぞ、皐介先輩と同じで非モテなんだから」
多数から非モテでもひとりからモテればそれでいいんだ。
というか上江はなんで最初から皐介に告白しなかったのだろうか。
確かに俺といれば皐介といられる可能性も増えるが、その時間を増やせば増やすほど皐介に選ばれる確率が下がるというのに。
頭を撫でさせるだけと徹底していたのにどうしてなんだ。
「まあいい、それよりそういうのは詩に迷惑がかかるからやめてくれ」
「分かったよ」
俺も俺でどうしてそれで全く疑問に感じていなかったという話だった。
馬鹿だったんだな、ただそこにいてくれているというだけで満足していた。
実際は違うところに向かっていたのに俺ときたら……。
「平太君」
「上江、なんで最初から皐介に告白しなかったんだ?」
こっちにも話しかけてくるなんて強メンタルだ。
だが丁度いい、気になったことを聞いてしまうことにしよう。
「え、まさかそんなことを聞かれるとは……」
「はっきり言ってくれ」
それぐらいが丁度いい、これから詩と関わっていく際に必要なことだった。
まあ実際は今回も自分の恥ずかしいところが丸分かりになるだけだが、それでもちゃんと反省しないといけないからこれでいい。
「そんなの最初は平太君が好きだったからだよ」
「いやいや、もう振っているんだからいいだろ」
なんでここで躊躇うのかが分からない、あのときみたいにはっきり言ってくれればいいのに。
もう傷ついたりはしない、それどころか本当の本当のところを知って俺はすっきりできるというもんだ。
「嘘じゃないよ、好きでもなければ二年間も付き合えないでしょ……」
「細かいが二年間じゃないぞ、一年と三六十四日な」
「こ、細かいな……」
どうやら本気で皐介に近づくために告白してきたわけではないみたいだった。
彼女は「そういうところも変わらないね」と言って笑っている。
「クリスマスに告白をしてきてクリスマスに振るなんてな、計画的だ」
「今年も、ううん、これからも続けていくつもりだったよ」
「よせよ、まあ答えを知ることができてよかった」
もう予鈴が鳴る、教室に戻って準備をしよう。
気になったから聞いただけだが、未練たらたらに見えるからもう二度としない。
まあでも人生で一度も彼女ができないまま死ぬよりはいいだろう。
確かに付き合っているときは楽しかったし、後悔なんてなにもないから。
「授業始めるぞー」
教師が教室に入ってきたから意識を切り替える。
いつかは離れるにせよ、いまの俺は詩と仲良くできればそれでよかった。
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