03話.[それだけだから]

「平太君」

「……しょっと、なにしに来たんだ?」


 というか掃除の時間なのに自由に行動しているのはいかがなものなのか。

 教師はよく見回りをしているからここで見られるのはごめんだった、こっちまでサボっている的な風に見られたらやっていられない。

 だから放課後に話そうと約束をして拭いていく。

 この学校は土足というわけではないがいたるところが汚れている。

 任された場所ぐらいはちゃんとやらなければいけないから拭いて拭いて拭きまくっていたものの、中々これが頑固で大人しく取れなくて困っていた。


「はぁ、もっと他の場所もやればよかった」


 意地を張って時間内に攻略してみせるとか内で盛り上がっていたのが馬鹿だった。

 まあ、明日も明後日も明々後日もその先もずっとやらなければならないからそのときに挑戦することにしよう。


「今日も終わったな」


 トラブルが起きずに終わるとほっとする、ついつい教室内だろうがこうして呟きたくなるものだ。

 待つついでに出されていた課題をしていると机が強く叩かれた。


「帰ろ! 課題なんかお家でもできるよ!」


 そんなことをする人間は皐介しかいない、というかそれ以外だったら怖い。

 しかもこれ、遊びたいから早く帰らせようとしているわけではないのだ。

 彼はあくまで早く自宅に帰るために、だけどひとりだとつまらないからこっちに言ってきているだけだった。


「悪い、今日はちょっと用事があってな」

「用事なのに帰らないの?」

「ああ、話さなければならなくなってさ」


 少し廊下の方を見てみたらそこにいて、あれだよと言ったら「ああ」と納得してくれたように見えた。


「じゃあ仕方がないね、それじゃあね!」

「おう、また明日な」


 彼も彼女のことを知っているから「それじゃあね!」と同じように挨拶をしてここから去った。

 それから少ししてやっと入ってきたわけだが、正直気まずい。

 なにを言えばいいのか分からないし、特にしたい話とかもないから。


「灘谷君は元気だね」

「ああ、冬でも『寒い!』と言いながらハイテンションだ」

「横、座るね」


 ここがまだ家ではないだけマシだと言える。


「私、好きな子がいるんだ」

「皐介が男子といるところを見たって言っていたが」

「あ、大晦日のかな? あれはお兄ちゃんだけど」

「いまも仲がいいんだな」

「うん、ちょっと心配性でうるさいときもあるけどね」


 この二年で何回も話したことがある、なんならふたりで出かけたこともあった。

 もちろん俺から誘ったわけではないが、楽しい人だから断らなかった。

 だからまあこれからもそんなことを繰り返しながら時間を重ねていくのだと考えていたのに結果はこれだったと。


「なるほど、好きなのは皐介か」

「えっ、な、なんで分かったの……?」

「ただの勘だ、というか俺が皐介以外の男子を知らないだけだが」


 男子も知らねえ女子も知らねえってお前逆になになら知っているんだよとツッコまれそうなことだ。

 興味を抱いてこなかったというわけではない、話そうと思えば敦文さんのときみたいになんにも問題なくやれる。

 俺は男子なら○○、女子なら○○とひとりに拘りすぎてしまっただけ。


「でも、皐介は難しいぞ、そういう雰囲気を感じ取ったら逃げられるぞ」


 しかも直前まで友の彼女だったとなれば尚更警戒することだろう。

 いや別にあっという間にくっついてくれてもいいが、これまでのことを考えると皐介が受け入れるところが想像できないというだけの話だった。


「私も四月から動こうと決めているんだ」

「ある程度の期間が空かないと微妙だからな、それがいいと思う」


 大学志望だから時間はある、彼女も同じ大学ではなくても大学を志望するのだから一緒にやればいい。

 必要なのは時間を重ねることだ、いきなりすっ飛ばすと可能性も潰える。


「えっと、それだけだから」

「そうか、じゃあ帰るとするかな」


 課題もすぐに終わったから帰ったらご飯でも作ろう。

 敦文さんも母もばりばり働いてくれているから俺も少しはってやつだ。

 詩と約束をしているというのもある、多分、待っていてくれているだろうから早く帰らなければならない。


「平太」

「ちょ、なんでここにいるんだ?」


 高校の場所を知っているのは案内をしているときに通ったからなにも違和感はないが……。


「ちょっと怖かった、でも、平太が来てくれたから一安心」

「それよりどうしてここに?」

「お家にひとりは嫌だった」

「そうか、すぐに帰らなくて悪かったな」


 理由の説明の仕方に困って結局、皐介と話していたんだと嘘をつくことになった。

 元彼女と話していたんだとか、女子と話していたんだとか言われても困るだろう。


「家に着いたら早速あれやるか」

「まさかご飯作り……?」

「そう、ちゃんと教えるから大丈夫だよ」


 これでも作る機会は何度もあった、素で誤魔化せない料理も普通に作れる。

 教える能力があるのかどうかは分からないが、詩が作ったということにしたいから頑張るしかない。


「あ、学校はどうだ?」

「普通、怖くない」

「そうか、だけど困ったら言ってくれよ?」

「平太には言う、お父さんとお母さんには言わないけど」

「え、なんで?」


 大事なところは答えずにこっちの服の袖を掴んできただけだった。

 なんでそうなるんだと考えたところで答えが出ることはなかった。




「あの子が、う、詩が追ってくるんだ……」

「僕も最近、平太の元彼女に追われているんだ……」


 日曜日だというのにふたりの顔は疲れ切っていた、どちらかと言えば泰之の方が酷い状態だと言える。

 だけど俺としてはもうきたかと言いたくなってしまった。


「泰之、なんで逃げるの」

「お、落ち着け」

「落ち着いてる、慌てているのは泰之だけ」


 珍しいことだった、俺らによく注意している泰之がこうも圧倒されているとはな。

 もう出しゃばるべきではないからなにかを言ったりはしないが、もっと困っているように見えたときは動こうと決める。


「うっ、確かにそうだけど……」

「あっちでお話ししよ、泰之とも普通に話せるようになりたい」


 それにしてもただ単にひとりにはなりたくなかったというだけのことで、それだというのに勘違いをしていて恥ずかしくなった。

 まあでも失敗しかしていないし、いい影響は与えられないからこれでいいか。


「積極的だね」

「だな」

「おりょ? なんかちょっと寂しそうな顔だ」

「そんなことはないよ、一階に移動しよう」


 いつまでも部屋にいたのが馬鹿だった、顔でも洗ってから散歩にでも出かけよう。

 皐介には興味がないみたいだから連れて行くことにする。

 だがもし「泰之が好きになった、私にも優しくしてくれるから」なんて言ってきたらどうすればいいのだろうか。

 義理だから付き合うことも結婚することも普通にできるわけだが――って、本人達次第でしかないわな。

 全く関わることはできない、家族なのに見ていることしかできないんだ。


「犬さんでも見に行こうか」

「いいな、向こうからしたら最悪だろうが」


 ついでに鳥とかイグアナとか蛇とかも見て癒やされよう。

 まだマシなのはこうして皐介が付き合ってくれることだ……ってあれ?


「休日なのによく来たな、休んでおかなければならないんじゃないのか?」


 追われていたらしいとはいえ、彼らしくないことをしている。

 ちなみに俺もらしくないことをしているからあまり偉そうには言えない。

 はあ、誰だって寒い中敢えて散歩なんてしたくはないさ。


「追われて疲れていたからね」

「じゃあこうして付き合わせるのは悪いよな」

「いいっていいって、変に早い時間に帰って遭遇することになる方が怖いからさ」


 本人がこう言っているから大丈夫と終わらせるしかないか。

 ゆっくりしていたのもあっていい感じの時間になっているからペットショップ前に並ぶ、なんてことにはならなかった。

 ペットショップだけの場所だからとにかく広く、色々な動物が存在している。

 客が座れるソファも設置されているから座りながら見られるというのもよかった。


「あれ、灘谷君だ」

「うぇ、上江さん……」


 家からそう離れていないからこういうこともある、それに彼女は可愛い動物が特に好きだから仕方がないことなのかもしれない。


「そんな顔をしないでよ、私だってすぐに動こうとはしてないよ」

「いや、どれだけ時間が経過しても流石にきみとは……」

「え、駄目なの? ちゃんと平太君には言ったけど」

「友達の彼女だった人と付き合うのはなあ……」


 誰だってこういう反応になる、中には気にせずに付き合う存在もいるだろうが。

 これはもう俺には関係のないことだから去りたかったものの、無理やり突き合わせているようなものだからそんなことはできない。

 流石にそこまで屑ではない、というか屑だったら彼女は俺に告白をしてきていないはずだった。


「お願いします」

「頭を下げられても……」

「それじゃあ言いたいことも言えたからこれで、ふたりでゆっくり楽しんでね」


 がっつきすぎないところは前からそうだった、こういうところはいい気がする。

 嫌だなんだと言っているのに何回もしつこく絡まれるよりはマシだ、皐介も「ああいうところはいいんだけどなあ」と言っていた。


「ちょっと喉が乾いたからもう出ようか」

「おう」


 申し訳ないから飲み物を奢ろうとしてやめた。

 自分の分だけ買って、今度は設置されていたベンチに座る。

 寒いが、泰之と詩が仲良くしているところを見ているよりはいい時間だと言えた。

 単純にそういうところを見ていると自分の勘違いぶりが丸分かりになって恥ずかしいというのもあるのだが。


「上江さんか、平太と違ってあんまり一緒にいたことがないからなー」

「無理なら無理と言ってやってくれ」

「うん、だけどああして言われてしまうとちょっと考えちゃうんだよね」


 ほう、それならゼロというわけではないのか。

 皐介にしては意外なことを口にしているからなんか上手く返せなかった。

 でも、これも必要のないことだから一生伝えなくていいことな気がした。




「駄目だった、泰之はすぐに逃げる」

「追うのをやめてみたらどうだ?」


 苦手な人間から追われれば更に苦手になるだけでしかない。

 中には本当のところを知って変わる人間もいるかもしれないが、大抵はそうやって終わっていくだけだろう。


「自分から行かないと話せる感じがしない」

「確かにな」


 演技をして構ってもらおうとするのも違う、嘘をついていたということが分かればどうするのかなんて容易に想像できる。

 いまは焦れったいだろうが待つしかない、まだまだこれからもいられるのだから焦る必要はない……はずだ。

 どうせすぐに仲良くなってこっちに話しかけてくることもなくなるだろうしな、残念ながらそういうところだけは容易に想像できてしまうという悲しさがあった。


「平太、ちょっと運ぶのを手伝ってほしいんだけど」

「おう」


 母は休みだとすぐに掃除を始めるからこういうことも多い、先程まで部屋で休んでいたのに詩がこっちに来ているのはそういう理由からだ。

 今日も運動大好き少年は部活で家にいないから自分の部屋は自分だけでやるしかないということになる。

 だからまあ一応掃除をしながら話していたわけだが、ゆっくり話を聞くのはこれが終わってからになりそうだった。


「ふぅ、ありがとう」

「いやいいよ」

「泰之が『いびきがうるさい』って言ってきたり、敦文さんが『戻ってきてほしい』と言ってきたりで忙しくてね」


 今日はただの掃除ではなくて荷物を移動させるためにしているのもあった。

 理由はいまのそれだ、どちらかと言えば泰之のことを気にしてかもしれない。

 俺は母ではないから本当のことは分からないものの、息子思いの母だからそういうことにしておけばいい。


「そりゃまあ敦文さんは母さんといたいだろ」

「そうなら嬉しいけど。だけどあれだね、三人で寝るとなると最初からそういう家族みたいだ」

「おいおい、俺らを忘れないでくれよ」


 暑苦しい野郎共はいらないなんて言われたら普通に悲しい。


「忘れないよ――ん? 詩ちゃんどうしたの?」

「お母さんが戻るなら私はこっちで寝る、というか最初からこっちがよかった」

「え、それはどうなんだろう……」


 誰が来ようと俺が床で寝ることには変わらないから全く構わなかった。

 敷布団があれば問題なく寝られる、冷えるだろうが直接でも寝られる強さがある。

 だが、これは敦文さんにも聞かなければならないことだ、だからとりあえず保留にして掃除を再開した。


「いまは泰之と仲良くしたいんだもんな」


 狭い床を掃いたり拭いたりしたいから彼女をベッドに座らせてやっていく。

 つかベッドがふたつあるって普通に広いよな、ついついベッドのせいで歩ける部分が少ないから勘違いしそうになるが。


「うん、ちゃんとお話しできるようになるまでは頑張る」

「それが終わったらどうするんだ?」

「わざと言ってる?」

「え?」


 な、なにがわざとなんだ? 詩は唐突にこうして思わず手を止めてしまうようなことを言ってくる。

 構ってほしいからだろうか、この前だってひとりは嫌だということで高校に来たりもしていたから全部間違っているというわけではない気がする。

 俺でよければ相手をさせてもらうが、それでもそういうことで試してこようとするのはやめてほしかった。


「よし、これぐらいでいいかな」

「お疲れ様」

「ありがとよ、ちょっと下にジュースでも飲みに行かないか?」

「行く」


 泰之がいない内に仲を深めておくというのもなんか違うんだよな。

 こうして基本的に○○しないかと言えば聞いてくれるものの、本当にしたいことは俺といることではなく泰之と仲良くするということだから。


「はい」

「ありがとう」


 母がいるときは出た方がいいかもしれない、そうしないと自分の汚い気持ちを優先して彼女に迷惑をかけてしまう。

 とはいえ、いまから急に出たりするとそれがまた悪い方に働きそうだったから大人しく家にいることにするが。


「女の子のお友達ができた」

「お、いいことだな」


 友達はできたのかとずっと聞きたかったができていなかった、それすらもプレッシャーになりそうだったからこうして本人が吐いてくれるのをずっと待っていた。


「休み時間は集まってよくお話ししている、だけど……」

「ん? なにか駄目なことでもあるのか?」

「よく分からなくてついていけないことも多い、難しい」


 あー、確かに合わせることは大変そうだ、勝手な偏見でしかないが流行をちゃんと追っておかないと置いてけぼりになる気がする。

 頑張ってついていこうとしても次へ次へとどんどんといってしまって追いつくことはないかもしれない。


「よく男の子のことを話しているから」

「あ、そっちか」

「ああいうところが格好いいとかよく言ってくるけど、よく分からない」


 まあでも、ナチュラルに格好いい存在は普通にいるから分からなくもない。

 同性の俺でも凄えなと内でふと呟いてしまったりするから、それが女子にとってはもっとよく見えるということなんだ。

 格好良くて優しいとなればもっと興味を持つ、詩だっていつか誰かにそう感じてもなんにもおかしなことではない。


「詩はどうやって返すんだ?」

「そうなんだって返してる、よく分からないけどよく分からないと言うよりはいい感じがするから」

「そうか、確かにそうかもな」


 どこが? とか言っていなくてよかった、そうやって終わらせるのが絶対にいい。

 いいなあ~と盛り上がっているときにそんなことを言われたら人によっては微妙な気分になるから。


「でも、分からないなりに色々と考えてみた、あれは恋をしているということ?」

「んー、全部じゃないだろうけどそういうのもあるだろうな」

「もしかしたらあの子はその男の子のことが好きという可能性もある」

「魅力的な異性がいたらそんなものだよ、詩だってこれからそういう存在と出会うかもしれないぞ」

「そうなんだ」


 はは、別にこっちといるときはそうする必要はない。

 分からないなら分からないでいい、遠慮する必要は全くなかった。

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