02話.[お刺身食べたい]
「もうこんな時間か」
大晦日だからせめて日付が変わってから寝ようと決めて起きていたのだが、気づけばもう二時だった。
なんかいまから部屋に戻るのも起こしてしまうからここで休むことにする、布団は持ってきているから全く問題ない。
「平太……?」
目を擦りながら入ってきた詩がいなければ、だが。
「寝られないのか?」
「おトイレに行ったら電気が点いていたから気になった」
「ああ、毎年外には出ないけどこうしているんだ」
それは悪いことをした……のか? いやでも、ひとつしかないトイレにこもっていたとかそういうことでもないからな。
そういうのもあって謝ったりはしなかった、本当に悪いときだけ謝ればいい。
言葉の価値が下がるからしっかり意識して発言しなければならない。
「出会ったばかりだが去年はありがとな、そして今年もよろしく」
「よろしく」
ついでに忘れていた友にも今年もよろしくとメッセージを送っておいた、まあ向こうも終業式の日から全く連絡をよこさないから急ぐ必要もないが
「お? 戻らないのか?」
「どうせならお話ししようと思って」
「分かった、じゃあ温かい飲み物でも用意するよ」
で、注ぎ終えたところで『開けて! 寒い!』と送られてきて渡してから玄関に行って開けてみると、
「さ、寒いぃ……」
友達の
わざわざこんな時間に来るなんて不思議なことをする、朝にでも来てくれれば普通に相手をするというのに。
「丁度紅茶があるから飲めよ」
「あ、ありがとうぅ」
残念ながら客間はないから詩を驚かせないために違う場所へ~とはできない。
隠していてもいつかはばれる、この際に教えておくことにしよう。
「あ~、これ言っちゃってもいいのかな~、どうしようかな~」
「ん?」
だが、何故か彼の方が変なことを言い始めた。
こういうときは大体冗談だがたまに本当のことを言ってくることもある、そういうのもあって微妙な気持ちになった。
こういうときに微妙な点は黙ることを彼が選ばないということだ、冗談であれ本当のことであれ俺がなにを言おうと吐かれて聞くことになることには変わらない。
「実はさ、平太の彼女が違う男の子と歩いていたんだ」
「ああ、全く問題ないぞ、だってもう振られているからな」
「えー! あっ」
自分で止めてくれてよかった、流石にそれはうるさすぎる。
とりあえず詩を待たせているからリビングに戻ることにしよう、扉を閉めてしまえば多少大声を出されても母達に迷惑をかけるということもない。
「詩、悪いな」
「気にしなくていい」
彼女はいつだって「気にしなくていい」で済ませられて強いな。
俺も頑張りたい、もっとも、いちいち逃げたりするような弱い人間ではない。
それでも足りないところはいっぱいあるから気をつけようと決めただけだ。
「ん?」
「妹ができたんだ」
「え、冗談だよね? 泰之のお友達……だよね?」
「違う、家族になったんだ」
詩が自己紹介をしたら納得がいかないといったような顔をしていたものの、皐介も自己紹介をしていた。
ただこれは普通に失敗しているのと、時間的にも寝かせないといけないから詩には部屋に戻ってもらった。
そうしたら友達だけがいるという状態になって気が楽になった。
「へえ、平太達の部屋で
「ああ、流石にこっちに詩を寝かせることはできなかったからな」
俺は本当にリビングでもよかったが何回言っても聞いてくれなかったから諦めることになったんだ、だけどベッドで寝るわけにもいかないから母にはベッドで寝てもらっている。
もちろんその前に洗濯をしたから問題はない。
それに母はまだまだこれからも働かなければならないから少しだけでもベッドで回復させてから行ってほしいという息子なりの行動だった。
「それなら縫さんと敦文さんと詩ちゃんで寝ればよかったんじゃない?」
「うーん、それだとなんか詩が可哀想だろ? ふたりが会話していたら寝られなさそうだし」
「可哀想なのは平太に追い出されたことだよ」
「いやほら、俺は詩のことを考えてだな?」
「そうかな? いっぱい話したいという顔をしていたけどな」
元はと言えばこんな時間に来た皐介が悪いんだ、これがなければ俺だってもうちょっとぐらいは話していた。
いまはとにかく時間を重ねて仲良くなるしかないからだ、こっちの名前を呼んで来てくれている内になんとかしないとチャンスがなくなる気がした。
結局、急がなくてもいつでも喋れるとかとかなんとか言っていたがそんなことはありえないんだ。
「そういえばこれまでなにをしていたんだ?」
「寝てた、冬休みぐらいやっぱり休まないとね」
「はは、そうか」
普通の土日も出ようとしないから違和感はない。
学校でしか会えないというのもいいと思う、ずっと一緒に過ごし続ければそれだけ問題が起こる可能性も出てくるから。
「というわけでここで寝るね、お布団もあるから問題ないよね」
「ちょ、ちょっと待て、それは俺用だぞ」
「一緒に掛ければいいじゃん」
「詩に疑われるだろ……」
それだけではなく敦文さんの中の俺のイメージが悪くなる。
母や泰之は俺が寝ているときに勝手に近づいてきて寝始める彼を見たことがあるからまたか程度で抑えてくれるだろうがな。
「うた、だけに?」
「つまらない……」
内も表も寒くなってしまったから寝てしまおう。
正直、別に一緒に寝ることになっても気にならないというのが本音だった。
「おはよー、新年早々寒いねー」
「おはよう、今年もよろしく」
早めに起きることで対策をした。
ただ俺はいつも母よりも早く起きているから苦ではないはずなのだが、夜中まで起きていたから今日は眠い。
「よろしくー……ん? なんか皐介君がいるような……」
「見間違いじゃないぞ、夜中に急に来たんだ」
「はは、平太のことが本当に好きなんだね」
学校では結構来てくれるが休日にこうして来ることは少ないから好いてくれているのかは分からない、俺も俺で彼女を優先して別行動をすることが多かったから彼だけが悪いというわけではないが。
「そういえば詩ちゃんが私達のお部屋に入ってきてね、一緒に寝たいって言ってきたから一緒に寝たんだ。暖かくてね、朝まで抱きしめながら寝ちゃった」
俺が追い出すようなことをしたからか。
でも、あれは本当に詩のことを考えてしたわけだから意地悪というわけではない。
そんなことする意味もない、本当に皐介が来たからだった。
「母さんが無理やり連れ込んだわけではないならよかったよ、我慢してくれているところもあるだろうがちょっと気に入ってくれているみたいだしな」
「不満に感じていることがあるならちゃんと言ってほしいけどね、私達はもう家族なんだからさ」
「そりゃあな、俺が動けないときは頼むわ」
「任せて、同性にしか言いにくいこともあるだろうから」
あ、というかそれなら早く泰之を起こしてやらないといけないな。
起きて目を開けたら少女がいた、なんてことになったら余計に苦手になりかねないから。
「入るぞ」
扉を開けて入ると詩はもう起きていた。
それから静かにこっちを見てきて「あの人は帰った?」と聞いてきたから首を振ったら微妙そうな顔をされてしまったという……。
やっぱり怖かったよな、皐介には悪いがあそこで帰らせておくべきだった。
何回失敗すればいいんだよ、それでその度に詩を嫌な気分にさせるんだ。
「詩、悪いけど付いてきてくれ」
「平太はずっといてくれる?」
「いるよ、泰之を驚かせたくないからさ」
「分かった、私も進んで驚かせたくないから出る」
それと夜中のことを謝罪しておいた、そうしたら「本当はもっとお話ししたかったけど我慢した」と言われて申し訳ない気持ちに。
だけどそれはもうどうしようもないからしたいことに付き合うと言ったら「今日もちゃんといてくれればいい」と。
「あ、それとお節とかはないんだ、ずっとそうだから慣れてもらうしかないな」
「大丈夫、朝ご飯はそもそもあんまり食べない」
「え、それは駄目だろ」
別に特別小さいというわけではないが栄養はちゃんと取らなければならない。
これから食べさせる物にちゃんと栄養があるのかは分からないものの、嫌がられない範囲で食べてもらおうと決めた。
「なんで?」
なんでときたか、いきなり変えるのは抵抗があるだろうが諦めてもらうしかない。
俺が気になってしまうという最低な理由であることは認める、が、それも遠慮みたいに見えて嫌なんだ。
「大きくなれないぞ、昨日の余った蕎麦を用意するから食べてくれ」
「平太も食べるなら食べる」
「食べるよ、朝を抜いたら腹が減って休めないからな」
よし、いまなら俺もやるからとか食べるからとか言っておけばなんとかなりそう。
とはいえ、強制しているようなものだから引っかかるのは確かで……。
「悪い、やっぱり食べたくないなら食べなくていいぞ」
「食べる」
「そうか」
いいのかこれで、なんかこのままだと取り返しのつかないことになりそうだぞ。
言っておけばなんとかなりそう、じゃねえんだよ、それは最低の考えだ。
だが母は洗濯物を干しに行ってしまっているし、この通り皐介はまだ床に寝転んですやすやと寝ているままだ、敦文さんが起きてくる感じもしない。
「平太?」
「あ、すぐ用意するから」
と、とにかくいまは食べてもらうことにしよう。
次からは気をつければいい、母にも協力してもらってなんとかする。
それよりももっと分かっている敦文さんに頼るのもいいよな、どうやって接してきたのかはちゃんと聞いておかなければならないことだった。
「ずず、美味しい」
「敦文さんは上手だな」
年越し蕎麦を食べるということもしたりしなかったりという緩さだった。
そんな母でもクリスマスだけはやたらと気合を入れるからなにかいい思い出でもあるのかもしれない。
残念ながら聞いたところで「恥ずかしいよ」と教えてくれない母だが、これからは詩や敦文さんもいるわけだからぽろっと吐く可能性は普通にあった。
知ってほしいのも、知りたいのもどっちにとっても同じこと、悪いことではなければどんどんと話していくのがいいだろう。
「いつもお父さんが作ってくれてた、私はお家にいたのになにもできなかった……」
「じゃあこれからは一緒に作ろうぜ、それで『美味しい』と言ってもらえるような料理を出してやろうぜ」
「あ、私は本当になにもできない……」
「そうやって思いこんでいるだけだよ、やってみたら簡単なことに気づくもんだ」
上手くなりたいという気持ちがあればなんとかなる、仮に少し失敗をしても頑張ったということが相手にはちゃんと伝わるんだ。
食事から自然と話せるようになるということもあるんだ、それなのにやる前から諦めてしまうというのはもったいない。
「ま、ゆっくりでいいさ」
「うん」
すぐに矛盾する自分には呆れたが、会話は自然にできているからそのことを喜んでおけばいい気がした。
「忘れ物はないか?」
「うん」
「じゃあ行くか」
学校が始まってしまった、つまりまた寒い中通わなければならないわけだ。
鼻水とかも出そうになるし、いますぐにでも屋内に戻りたいところではあるが、詩の前で情けないところは見せられないから我慢するしかない。
「着いたな」
「うん、頑張る」
「おう、俺も頑張るわ」
自宅からは中学校の方が近いからすぐに着いて別れることになった。
結局、近くても遠くても一緒に学ぶことはできないからなにも変わらない。
それにしても一月から新しい学校で過ごすなんて俺だったらしたくないな。
「お、今日も早いな」
「学校が好きですからね」
皐介はいつも早めの時間にいる、理由はいまのだったり早起きしたからだったりと変わっていくが。
それでもぎりぎりになるよりはいいだろう。
ただ、寝ることが好きな人間だから気をつけている可能性があった。
「そういえばあの子ももう登校しているよ、さっきトイレに行ったときに教室内にいるのを見たんだ」
「そりゃまあいるだろ」
「本当に振られちゃったの? 平太の勘違いじゃなくて?」
「振られたよ」
ダメージを受けたとかなんとか言っていたが、敦文さんや詩のことでもうどこかにいってしまっていた。
まあ、いつまでも引っ張られ続けたところで楽しくない生活になるだけだからこれでよかった。
俺は俺らしく過ごしているだけでいい、というかそれよりもいまは詩のことの方が気になっている。
ずっと学校に行けていなかったのに新しい学校でやれるのか、また足が動かなくなったらどうなるんだ、そんなことをずっと考えていた。
いや違うか、それでまた移動することになってこっちまで転校的なことになったら嫌というだけか。
「なにがあるのかなんて分からないね」
「だな、急に告白されたりもするしな」
「え、僕はそんなのないけど、もしかして自慢?」
「違うよ、俺だってあの子からしかされてないよ」
そうやって急に始まったが急に終わることになった、そんな始まり方だったからこそ相応しい終わり方のような気がする。
「それに告白をされそうになる前に逃げているのが皐介だろ」
「そんなことしてないよ、やっぱりナチュラルに馬鹿にしているよね」
「馬鹿になんかしてないよ」
このことについてはやめるか、延々平行線になるから。
始業式が終わったら今日は解散だからすぐに帰れるが、その始業式を体育館でやるから冷えて最悪だった。
しかも体操座りが地味に辛い、あれはもう筋トレの一種に含んでもいい気がする。
「おりゃあっ」
「痛っ、なんで俺は叩かれたんだよ……」
「ごめん、いま虫が飛んでて」
「……別に意識してしていたわけではないがさっきの仕返しか?」
「違うって、ほら、そこに飛んでいるじゃん」
羽音も聞こえないし、ちゃんと見てみても飛んでいるようなことはなかった。
そこはむかついたからと余計な抵抗をせずに認めてほしい、そうしたら本当に意識してしたわけではないがこっちだって謝る。
でも、こうなってくると話が変わってしまうわけで。
「あれ、おかしいなあ」
「白々しいな……」
初日からしょうもないことなんて言い争いなんてしたくないからこれで終わりということにしよう。
今日は母に買い物に行くよう頼まれているから終わったら行かなければならない。
幸い、センスがなくても買う物を全部メモしてくれるから引っかかることはない。
家族が増える前もしていたものの、家族が増えてからは意識して手伝っていた。
ただ、なんかそれが評価点稼ぎみたいで微妙な気分になるときはあるのだが……。
「平太、今日スーパーに行かない? ちょっとお刺身が食べたくてさ」
「元々行くつもりだったんだ、皐介もいるなら楽しくていいな」
「おお、それならよかったよ。ふふふ、平太にもお刺身を買ってあげるよ」
「じゃあイカの刺し身を頼むわ、なんて言わないよ」
買うなら自分の金で買う、奢ってもらうことはあんまりない方がいい。
返せないというわけではないが、気になってしまうから仕方がないんだ。
「それにしても急だな」
「マグロが食べたいんだけど家では出ないから、いつもそんな高いのもったいないって断られちゃうんだよ。それで考えれば考えるほど食べたくなって、だけどそれだけを買うためにスーパーには行きたくなくてさ」
「恥ずかしくはないだろ、周りの人が見ても『マグロが食べたかったんだな』で終わるよ」
視界に入ることはあってもしっかり見ている人はいない、こっちが裸とかでもなければきっとそうだ。
だから気にする必要は全くない、スーパーも売れた方がいいだろう。
「それでも僕は気になるから平太がいてくれて助かるよ」
「そうか、じゃあ終わったらすぐに行こう」
「なるべく外にいたくないしね、早く行って早く帰ろう」
風邪を引かないためにも必要なことだった。
早く帰れるのであれば走ることになっても全く構わなかった。
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