112作品目

Rinora

01話.[知っているのか]

「ごめん、もうなんか一緒にいる意味が分からなくなっちゃって」

「なんでこのタイミングでなんだ?」

「お昼は男の子と楽しそうに盛り上がっていたからだよ、言うなら夜のいましかなくて……って感じかな」

「そうか」

平太へいた君にはもっと合う女の子がきっといるよ、だから今日でもう……」


 彼女は反対を向いてから「じゃあね」と言って寒い夜の中、歩いて行った。

 マジかよと呟いてみてもなにも変わらない、クリスマスの夜に振られたんだ。

 家に上がろうとしなかったのはそういうことだったのかと納得はできたが、昼に男友達と盛り上がっていたことを後悔した。

 これならまだ昼に言われた方がマシだった、夜に言われたからダメージが大きい。

 最近付き合い始めたとかではなく、今日で丁度二年になるわけだから……。


「いやー、まさか目の前で息子が振られるとは思わないじゃん?」

「俺も振られるとは思っていなかった」


 しかも母親に見られてしまっていたという……。

 まあ、家の前でやっていたから別に母が悪いわけではない。

 

「あー、チキン食べる?」

「食べる、つか寒いから中に入ろう」

「そうだね、今日はいっぱい食べてお風呂に入って寝なよ」


 とはいえ、沢山食べすぎるとまだ帰宅していない弟の分がなくなるから程々にしておいた、食べ終えたら一番に風呂に入らせてもらって部屋に戻った。


「もっと合う女の子がきっといるって言っていたけど、残念ながらいないんだよな」


 女友達はあの子だけだった、俺も俺でそれ以外の子とは関わる必要がないとすら考えていたからだ。

 だけどそれが逆効果になったわけで、だからって振られてすぐに異性の友達を求めて動くというのも気持ちが悪くてできない。


「ただいま」

「おう、お疲れさん」


 家が小さくて部屋に余裕がなくて兄弟でいつまでも同じ部屋のままだった。

 それでも喧嘩せずにいられているから俺的にはずっとこのままでいいが、弟の泰之やすゆき的にはどうなのかは分からない。


「あれ、なんで兄貴はもうここで休んでいるんだ? 彼女と過ごすって言っていなかったか?」

「残念ながらさっき振られたんだ」

「あ、マジ? 先週まで普通に仲良くできていたのにな」


 約束をすっぽかしたとか、悪口を言ったとかそういうことは一切ない、なんなら先週は誕生日で本人が欲しい物を買って渡したぐらいだった。

 あ、それか? 彼氏なら選べよってことか? 毎年そうだったから理由はそれぐらいしか思い浮かばないが。


「俺は普通に部活で盛り上がっている場合じゃなかったけど、振られるよりはスポーツをしていた方がいいな」

「ははは、そりゃそうだ」

「ちょっと飯を食ってくる」

「おう」


 やることもないからこっちはもう寝てしまおう。

 明日から冬休みだからのんびりして、登校日になったらまた頑張ればいい。

 勉強は嫌いではないし、賑やかな場所なども苦手ではないからやらなければならないことをやるだけだ。

 そうしたら三年生になるわけだが、まあそうなっても結局変わらないよな。


「兄貴、ちょっと起きてくれ」

「……どうした?」


 ごちゃごちゃ考えている間に寝ていたか。

 弟は少しだけ自分の髪を弄ってから「母さんがでかいクリスマスプレゼントをくれた、物じゃないけど知りたいか?」と言ってきた。


「まあ、そんな言い方をされたら気になるが」

「再婚するんだってさ、なんなら明日からもうこっちに来るみたいだぞ」


 それはまたでかいクリスマスプレゼントだ。

 まあでも、父親的存在が増えるだけだろうから気にしなくていいだろう。

 コミュニケーション能力はそれなりにあるし、普通に会話をするだけで問題なく前に進める。

 時間を重ねればいきなり現れた父とも仲良くできるはずだ、つか、家族になったのなら仲良くできないと嫌だから俺は積極的に話しかける。


「俺、大人の男って顧問のせいで苦手なんだよな」

「無理に仲良くする必要はないだろ」

「でも、兄貴は仲良くするつもりだろ?」

「まあな」


 どんな人かは分からないから母を守るためにも必要なことだった、気に入ったから相手として選んでいるわけだから無駄な心配かもしれないが。


「明日も部活でよかった、初めて冬休みに部活があってよかったって思ったよ」

「頑張れよ」

「ああ、頑張るわ」


 だが、いきなり来た異性と一緒の部屋で寝るってどうなんだ。

 例えば俺がさっきみたいに振られて離婚をし、その後数ヶ月ぐらいが経過して再婚したとして、そのときに気に入った相手とはいえ異性と――どうでもいいか。

 俺がいましなければならないのは考えることではなく寝ることだ、そして起きたら母が気に入った相手と会話をすることだった。

 というわけで一生懸命に朝まで寝て、いつもより早く一階に戻ってきた。


「おはよー、早いねー……」

「おはよう、それでいつ来るんだ?」

「あ、泰之から聞いたの? お昼ぐらいに来るって話だよ、駅まで迎えに行くけど」

「それなら俺も行く。つか、その人は俺らがいるって知っているのか?」

「知っているよ? 直接見せたら『気に入ったよ』と言っていたぐらいだから」


 いつ見せたんだ、そのときの俺はなにをしていたんだ。

 もう少しちゃんとしてほしかったがそのことについて言うのはやめておいた。




「ごめん、少し待たせてしまって」

「気にしなくて大丈夫ですよ」


 敬語を使っているのか、なんか似合わない。

 そして再婚相手の人は厳つい感じではなかった、これは少し想像とは違った形となってくる。


「初めまして、僕は敦文あつふみという名前なんだ」


 自己紹介をして歩き始めたところで違和感を感じて足を止めた。


「あの、その子は……」

「ああ、僕の娘でうたって名前なんだ」

「ちょっと待ってください、俺らの家には俺含めてふたりの男子がいるんですけど」

「知っているよ? 詩だって君達ふたりを何回も見たことがあるからね」


 母に決めた理由は娘さんも関わっているようだった、なんか離れたところから見ただけなのに気に入ったらしい。

 本当かよ、つか大丈夫なのかこれ、部屋だって余裕がないのにさ。

 まあ、転校にならなかったことだけはよかったとしか言えないが――じゃない、俺達はよくてもこの子は中途半端なときに転校することになってしまったわけで。


「せめて春まで待ってやることはできなかったんですか?」

「詩には悪いと思っているけどちょっと事情があってね」

「そうですか」


 なにかがあったら親に付いていくしかないから言っても仕方がないことか。

 知っていても俺にできることはなにもない、だったらさっさと家に行って休んでもらった方がいい。

 話すのは急がなくてもできるわけだからな、また離婚とかにならなければチャンスはいくらでもある。


「泰之君はいま部活なんだよね?」

「そうですね、スポーツが好きなんで」

「ちょっと残念だな、いきなりであれだけどご飯を食べてもらおうと計画していたんだけど」

「あ、泰之は大人の男の人が苦手みたいなんですよね、だから多分いても似たような結果になったと思います」

「おっと、それなら気をつけないといけないね」


 いきなり失敗するとどうしようもなくなるのはこちらもあちらも同じことだ。

 試し試しやっていることには変わらない、この短時間でどういう人なのかを一ミリだけでも理解しなければならない。


「それより平太君、僕はいきなり現れた人間だからすぐには無理かもしれないけど敬語はいらないよ」

「あ、じゃあやめるわ」

「っと、すごいね、最初から上手く対応できて」


 上手く対応できているかどうかは知らないが、俺はこういう人間だ。

 結構なんでも言うから生意気とか先輩から言われたこともある、もちろんそのときはちゃんと敬語を使っていたが。


「仲良くやりたいから、だけど失敗していたらちゃんと言ってくれ」

「多分、その機会はないよ」

「いや、俺は結構失敗するから……」

「大丈夫、というか普通に対応してくれて安心したよ」


 別にこれが普通だとは言うつもりもない。

 というかさっきから俺とこの人しか話していない、そろそろ黙るとするか。


「詩ちゃん、寒くない?」

「うん」

「そっか、お家にはすぐ着くから安心してね」

「大丈夫、冬は好きだから」

「あ、そういえば前もこんな会話をしたね、私は寒いの苦手だけど……」


 俺は問題ない、あとは泰之とこの子が上手くやれるかどうかだ。

 もちろん困っているようだったら動くが、積極的にいきすぎてもプレッシャーになるから難しい。

 俺は特に泰之を見ておいてやればいいか、そっちの方が遠慮なく言えるからな。


「ここだよ、ちょっと小さいけど……」

「大丈夫、家があれば問題ない」

「そ、そっか、じゃあ入ろう」


 さっさと部屋に戻るのも少し空気が読めないからリビングにいることにした。

 だが、部屋を本当にどうするのかという話だ、残念ながら余っている場所はない、母の寝室と俺らの部屋だけということになるが。


「俺らが出るしかないな」

「え、でも……」

「だけど俺らと違ってひとりになりたい時間ってのもあるだろ」


 同性だったらもう少しぐらい話が変わったが、異性だからそうした方がいい。

 最初はとにかく変なことになるきっかけを作りたくない、安心できる場所と思ってほしいから。


「あ、こうしよう、私と平太、泰之はあの部屋で寝て、敦文さんと詩ちゃんは私がいままで寝ていた部屋で寝てもらえばいいよ」

「母さんがいいなら別にいいが」


 大して広くはなくても寝られる場所はあるからリビングでもよかったものの、そういうことになったからこれからも寝る場所は部屋になるらしい。


「じゃ敦文さん、詩ちゃん、付いてきてください」

「敬語はやめてほしいんだけど……」

「あ、案内するよ」


 自信はあるけどちょっと疲れたからリビングの床に寝転がる。

 使用していないときはローテーブルを端っこに片付けてあるからそれなりに休める場所だった。


「平太」

「うお、付いていかなくていいのか?」


 彼女はリュックを持ち上げてから「荷物、これだけしかないから」と、逆に俺はそれだけしかないのかと心配になった……。

 あ、だけど敦文さんがでっかいやつを持っていたからそっちに入っているんだと終わらせよう。


「そうか、じゃあ転ぼうぜ、移動で疲れただろ?」

「うん、転ぶ」


 ここも慣れればそんな微妙な場所ではないんだ、なんて、俺はずっとここで過ごしてきたから慣れているというだけの話か。

 どうだろうな、泰之がどうなるのかも分からないから少し不安になる。


「なんでこのタイミングになったか気になる?」

「気になる、このタイミングだと中途半端すぎるから」

「私が学校に行けていなかった」

「え、じゃあ余計に転校なんかしたくなかっただろ?」

「でも、クラスに居場所がなかったから」


 おいおい、事情ってそういうことかよ。

 まだ敦文さんのなにかでそうなっていた方がマシだった、こうして聞く側になるのであれば尚更のことだ。


「あれ、もう言ったんだね」

「うん」

「そういうことなんだ、僕だってなんとかしたかったけど残念ながら……」


 いやでもあそこでなんでこのタイミングとなるのは普通だ――じゃないよな。

 いまか後に知ることになるかの違いでしかないが、いきなり失敗をしたんだ。


「悪い、嫌な気持ちにさせたよな」

「大丈夫」

「そうか、優しいんだな」


 上手くできているのは彼女の方だ、だから褒めるならそっちを褒めてほしかった。




「無理だ、あの子が怖い……」

「敦文さんは大丈夫なのか?」

「ああ、そっちは大丈夫だ、さっきも部活の話をしてきた」

「なんかスポーツをやっていたみたいだな」

「意外と筋肉もあるしな、だけど娘の方は……」


 泰之に意地悪いことをしてるとかではない、あくまで普通に詩は存在しているだけだった。

 まあでも、無理やりいさせるわけにもいかないから先程までここら辺を案内してきたことになる。

 なんでも学校が前よりも近くなって「嬉しい」と言っていたが、真顔だったから本当かどうかは分からなかった。


「それよりももっと問題なことがある」

「なんだ?」

「母さんのいびきがうるさいことだ!」


 これまでひとりで頑張って育ててくれたんだからそれぐらいは我慢しなければならないことだ、それにそこまで大きな音ではない。

 部活をやっているから気になるのかもしれないものの、そこはもう自分で対策をしてもらうしかない。

 俺が原因なら部屋ではなくリビングで寝てやるが、残念ながら俺が動いたところでなんも解決には繋がらないことだった。


「平太、入る」

「おう」

「さ、さてと、友達に呼ばれたから遊びに行ってくるかなー!」


 急だから仕方がないとはいえ、自分がこんな反応をされたら嫌だ。

 だからいつかは直してほしいと思う、まあどうせそうしない内に「泰之」と呼んでそっちにばかり行くんだろうが。


「悪いな、ああ見えてシャイなんだ」

「気にしてない、平太が相手をしてくれればいい」

「俺なら相手をするぞ、特に用事とかもないからな」


 こんな寒い中、敢えて外に出ることなんてしないから時間は沢山ある。

 だが、これは本当に詩の意思でしているのか気になっているのはあった。

 いやまあ、本人が言っているが仲良くしようと頑張りすぎてしまっているのではないかとな。


「怖くないのか? なにも知らない人間なんだぞ?」

「平太と泰之のことは知ってる、何回も見たから」

「いやいや、それはあくまで外見とか雰囲気の話だろ?」

「見れば分かる、平太は分からない?」

「遠くから見ただけじゃ相手のことなんてそれぐらいしか分からないよ」


 裏ではどういう人間かなんて誰にも分からない。

 あんなことやこんなことをしているかもしれないし、外にいるときと一緒なのかもしれない。

 犯罪行為をしていなければどう過ごすのかなんて自由だからなにも言えないことではある。


「ここはあっちにいたときのお家よりも小さいけどひとりじゃないから寂しくない」

「それならあっちに帰りたいと後悔するかもな、俺と母さんは特にうるさいから」


 泰之に何度も「声が大きいんだよ」と怒られてきた。

 その度にちゃんと反省はしていたのに活かせてはいなかった。

 テンションが上がると抑えられなくなる、それで気づいたときには怖い顔の泰之がいて手遅れというやつで。


「そんなことにはならない、お父さんには悪いけどもう行きたくない」

「あー……」

「そんな顔をしなくていい、ただ私が弱いのが悪いから」


 正直、いまのが一番効いたことになる。


「座るね」

「おう」


 会話のどこかで必ず失敗をしている、意識してそういう話にしないようにしていても何故かそうなっている、はっきり言ってしまえば俺が下手くそだった。


「春休みが終わったときに何故か急に学校に行けなくなった」

「あ、今年からだったんだな」

「うん、だけど学校に行かなきゃって考えるほど足が動かなくなった」


 それなら苛めとかではなく、ひとりで自滅……してしまったというところか。

 居場所がないというのも長期間行かないでいたから本人が勝手に考えているだけ、だよな。


「本当に動かないから初日は休ませてもらった、そうして休めるとなった途端に足が動いた」

「一年生や二年生のときになにか……あったのか?」

「なにもない、お友達も普通にいたから一緒に学校生活を楽しんでいた、ぐらい」


 敦文さんにいつか聞いてみるしかなさそうだ。

 それでもとりあえずいまは違う話にする、彼女だってもっと楽しい話の方がいいだろうから。


「平太はなにが好き?」

「食べ物の話か? それなら俺はイカの刺し身が好きだぞ」

「私は焼かないとお魚は食べられない、アネルギーとかではないのに」

「へえ、まあでも白米が食べられなかったり、肉が食べられなかったりする人もいるわけだからな」


 でも、もったいないと感じてしまうのは確かなことだった。

 言っても仕方がないことだがな、だから口にすることはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る