⑪
「加賀美さん……椿は……」
「意識の回復はまだ……」
鷹斗は肩を落とした。
椿が意識を失って、すでに五日が経過している。
事の発端は、スーパーで女性が椿にぶつかったこと。
「あの女性さえ分かれば……」
鷹斗は彼を加賀美の元へ運んだ後、スーパーに戻り、監視カメラを見せてもらっていた。
「あ、鷹斗さん……これ、お二人の着替えなんですけど……」
「ありがとう。由衣ちゃん、ちゃんと寝てる?ちゃんと食べてる?」
鷹斗は椿に付きっきりだった。
「大丈夫ですよ!昨日だってちゃんと作って食べましたし、ちゃんと寝てます。それより、鷹斗さんは大丈夫ですか?ちょっとクマが……」
「気になってさ……この女性が……」
鷹斗はそう言ってワイシャツの胸ポケットから、折りたたんだ紙を取り出す。
「これ、あの時ぶつかった女の人……」
「ああ。これが原因で椿がこうなったからね……手掛かりをと思うけど……なかなか」
そう話す二人を加賀美は見ていた。
そして偶然にも、鷹斗が持つ紙に目が行く。
「この女性……」
「もしかして加賀美さん、この人知ってたりします?」
鷹斗がそう聞く。
「いや……まさか……」
「加賀美さん?」
彼は鷹斗と由衣を談話室へと連れて行った。
「その女性、もしかしたら……椿くんの母親かもしれない……似てるんだ。あの時、赤ん坊だった彼を連れてきた女性に……でも、まったく音沙汰なく、何の手掛かりもつかめなかった」
「この人が……?」
「もしかして……だからあいつ、この人どこかでって言ったんだ……。じゃあ、この人のせいで椿は……」
「椿くんは今、記憶の中にいる。早く出さないと彼の……」
その言葉の先を、鷹斗だけが知っていた。
「それよりも、椿さんを病院に連れて行かなくていいんですか……?ここだとやれることは限られてますよね?」
由衣は不安からそう言った。だが、椿が倒れた理由と目覚めない理由は……。
「ずっと隠してましたけど……私知ってます……。椿さん、病気なんですよね?死んじゃうかもしれない病気なんじゃないんですか?」
彼女は涙ながらに言う。
「由衣ちゃん……もしかして聞いてたの?あの夜中の……」
「目が覚めちゃって、下に降りたら二人の会話が……。椿さん、何の病気なんですか!?」
鷹斗は、黙っておくつもりだったがもう無理だと、由衣に全て話した。
「……え……じゃあ、椿さんは病気じゃなくて……能力のせいで……?」
「ああ。だから、病院に行っても仕方ないんだよ。それに、治療もできない。もちろん個人差があるらしいから、椿がどうなるかは本人ですら分かってない……」
「そんな……」
由衣は泣き始める。
そんな彼女をただ、抱きしめるしかできず、鷹斗も震えていた。
「待ってよう……あいつが戻ってくるまで……」
*
椿の意識が戻らないまま、とうとう七日が経過した。
加賀美は何とか彼を戻す方法がないかと、昼夜問わず探っていたが、こればかりはどうにもできなかった。
鷹斗は監視カメラの映像を手掛かりに、あの時ぶつかった女性を探している。だが、こちらも手掛かりなく、時間だけがむなしく過ぎていった。
「それでね、鷹斗さんはその人を探しているんです。でも見つからなくて……椿さん、早く戻ってきてください。私待ってますから……」
由衣は眠り続ける彼の体を拭いていた。
その時、手が一瞬動いた。
「椿さん……!?」
彼女は慌てて加賀美を呼びに行く。
「椿くん!聞こえるか?」
加賀美は椿の目に光を当て、手を握り、体を叩く。
だが、彼は無反応だった。
まっすぐに虚空を見つめ、口も開かない。
「まさか……ここまで来たら私にはもう……」
加賀美はその場にしゃがみ込む。
「何ですか……椿さん、ちゃんと目が開いたのに……先生何とかしてくださいよ!」
由衣は加賀美の肩をゆする。
「椿さん!」
そう何度も何度も呼び掛ける。だが、反応がなかった。
「椿!?意識戻ったのか!?」
廊下を走る足音が聞こえる。鷹斗だった。
「やっと起きたのか!一体いつまで寝れば……」
彼は椿の無の表情を見て、全てを理解した。
「あ”ぁぁぁぁぁっ!」
突然悲鳴にも似た叫び声を上げ、頭を抱え、鷹斗はその場に崩れる。
「なんで……なんで椿が……」
親友の叫び声にも全く反応しない。表情を変えることもない。ただ、そこに寝ているだけの体。まるで魂がそこにないようで……。
由衣はそっと椿の体に触れる。
「椿さん……」
いつもなら温かく、優しい彼の感情が伝わってくるのに、今はただ冷たく、暗く、そこにあるのは“無”だった。
「鷹斗さん、しっかりしてください!」
「父さんがいれば……椿を何とかしてくれたかもしれないのに……」
彼はそう言う。
私がしっかりしないと……由衣は「椿さんには私たちしかいないんですから!」と鷹斗を諭す。
「由衣ちゃん……」
「ね?きっと何とかなります!」
由衣は鷹斗の手に触れる。
だが、その小さな手は少し震えていた。
彼女だって怖いのだ。
「俺が治してやる……」
鷹斗は携帯を取り出し、どこかに電話を掛ける。
「椿さん、私たちがいますから……」
彼女はそっと椿の手に触れた。
かすかに動いているように思うその手を、彼女は優しく握る。
*
「……それで、その友だちを治すから私に力を貸してって?」
鷹斗はマリアの元へ来ていた。
「あのさ、病気が何かも教えてくれないのに治療法なんて言えるわけないじゃん。その彼の病気は何なの?」
マリアが尋ねる。だが、“能力を使ったせいでこうなった”とは説明できず、鷹斗はうつむくしかなかった。
「私に助けを求めるんなら、全部話して。そしたら力になれるかもしれない」
彼女はまっすぐに鷹斗の目を見ていた。
この目を知ってる……相手の気持ちを考え、何とか助けたいと瞳が訴えかけるこの目を……。ああ、そうか。この目は“椿”なんだ。
「信じてくれるかは分からないが……」
鷹斗は彼女に話した。椿の秘密を―――。
「……なるほど……結論から言うと、彼は一種の植物状態ってことになる。だが、それは疾病が原因ではなく、君の言う“能力”が原因だ。だとすると、できることはない。……けど、希望はある。いいよ、私が力になる。その彼に会わせてよ」
マリアはそう言った。
鷹斗は一縷の望みを彼女に賭けた。
教会へ案内する間も、マリアは助手席でずっとパソコンを触っている。
「あの、それなにしてるんですか?」
「彼のデータを作る。それをもとにこれからどうしていくべきなのか、“ゼロ”と相談するんだ……そして彼を治す」
マリアははっきりと“治す”と言った。確かに希望はあるかもしれない。
「ん……?あのマリア先生……“ゼロ”って……」
「“ゼロ”?ああ、彼は人工知能よ。私がね、プログラムしなおしたの。まあ、細かいことは良いじゃない」
教会に到着した鷹斗は、マリアを椿の元へと案内する。
「鷹斗さん、彼女は誰なんですか……?」
「私は真璃亜って名前。まあ、私のことは気にしないで。ちなみにこれは彼の依頼だから」
マリアは持ってきたバッグの中から一通りの器具を取り出す。
「ちょっと!椿さんに何するんですか!?」
「ねえ鳥さん、この人下がらせてよ。診察の邪魔……」
鷹斗はそれに従い、由衣を椿から離す。
「鷹斗さん……」
「彼女は大丈夫だから。椿を治してくれる人だから……」
確信はない。だが、マリアの行動を見ていると、きっと治してくれると信じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます