「確かにそのテンションには俺も無理だ……」

「だろ?それに、だいぶ変わり者でさ~。」

 鷹斗が珍しく愚痴をこぼす。

 寿司が周り、鷹斗の話も進み、珍しく椿は聞き役に徹していた。

「よし!愚痴って元気になったわ。てことで、明日は完全非番だから俺は、家に帰ったら久しぶりに酒飲んでやる……」

 彼はそう言ってレーンを流れる寿司に手を伸ばした。

「うん、美味い!」

「良かったな」

 なぜか、椿が鷹斗をいとおしそうに見つめる。

 いつもは逆なのに……やっぱり椿さん変だ……。由衣は、昼からの椿の様子に何か引っ掛かりを感じていた。

「椿さん、何か隠してません?」

「いや、隠し事はないよ。それに隠したところでお前たちにバレるからな。隠し事するだけ無駄ってやつ」

「それもそうですよね……じゃあ何が引っ掛かるんだろ……」

「由衣、気にしすぎてると禿げるぞ!ほら、いくら食え」

 椿はレーンからいくらの軍艦を取り、由衣に渡す。

 三人は久しぶりの外食を楽しんでいた。



 その夜、所轄署の部長から「自動車炎上の、あれは事件性がないから捜査しなくていいぞ。明日は予定通りに休暇を取ってくれ」と連絡が来た。

「事件性がないから捜査しなくていいって……なんだよ……残された人間の気持ちを考えてくれよ……」

 真っ暗闇のリビングで鷹斗が一人、愚痴をこぼしながらアルコールをたしなんでいる。

「お前、暗いところで飲むなよ……」

 暗い部屋に明かりが灯り、椿は食料のストックからワインを取り出した。

「この間買ったんだ。休みだったら飲もうぜ。俺も付き合うからさ」

 戸棚からワイングラスを二つ取り出し、鷹斗の前に座る。

「おい、飲もうって言ってんのに聞いて……何で泣いてんだよ」

「放っておけよ……酒のせいだって」

 椿は手元にある酒缶を持ち上げる。

「いや、三分の一も飲んでないのにお前が酔うわけないだろ。まさかお前……今朝の話のせいで泣いてるとかやめてくれよ……?」

 鷹斗は彼を見る。

「え……図星……。だーっ、だから嫌なんだよ話すの。お前は昔から変なところで泣く癖があるから面倒なの。いいから、これ飲んで忘れてくれよ」

 椿はグラスにワインを注ぐ。

 透明のグラスに赤の液体が注がれ、いい香りがした。

「今朝も言ったけど、個人差があるからさ。俺がどうなるかは、俺自身ですら分からねえの。お前が気にすることじゃないよ」

 鷹斗はグラスに注がれたワインを一気に飲み干し、机に突っ伏してしまった。

「寝るんだったら部屋行けよ。俺はお前のこと運べねえからな、お前でかいんだし。聞いてるか?」

 そう言う椿に返事せず、ただ突っ伏したままの鷹斗。

「……死なないでくれよ。寝たきりでもいいから……生きててくれよ……」

 涙声でそう呟く鷹斗。

「努力するよ」

 そんな二人の会話を、階段で由衣が聞いていた。

 二人はそれに気づかず、椿はただ静かに泣きながら突っ伏す鷹斗の背中をなでていた。

「……椿さん……病気なの……?」

 聞きたいけれど聞けない。聞けば怖くなりそうだと、由衣は部屋へ戻っていく。


 翌朝、由衣は昨日のことなど気にしない素振りで、いつも通りに振舞っていた。

「鷹斗さん、起きてくるの遅いですよ?今日は休みだけど、研究施設?に行かないといけないんでしょ?」

「やべ……完全に忘れてたわ」

 そう言うと大慌てで二階に上がり、スーツに着替え、階段を駆け下りてくる鷹斗。

「ごめん由衣ちゃん!朝ごはん食べてる時間ないわ……」

「そう思っておにぎり作ってますから、車の中で食べてください」

 由衣はラップでくるんだおにぎりを三つ、彼に手渡す。

「由衣ちゃんってホントに最高だわ」

 彼はそれを受け取ると、玄関に走った。

「あ、椿のこと頼むな!あいつ、また無茶するからさ」

「いつも通り見張ってますね!」

 由衣はそう笑顔で言う。

 私が椿さんが病気だって知ってること、絶対にバレないようにしないと……。由衣はそう自分に言い聞かす。

「椿さ~ん、そろそろ起きてきませんか?」

 二階に向けて呼びかける。

「まさか……」

 昨日の話を聞いたせいか、突然怖くなり、由衣は二階に駆け上がった。

「椿さん、起きてますか?」

 扉の前に立ち呼び掛ける。が、返事はない。

「すみません、開けますね?」

 扉をノックし、ドアノブに手を掛ける。

「椿さん……おはようございます……」

 声を掛けるが、彼は布団にくるまって眠っていた。

 近づき、顔に手を近づける。

「良かった……息してる……」

 そう呟き、彼の体をゆする。すると「う~ん……眠いんだって……」と返ってきた。

 ほっとした。生きている。良かった。

「あともうちょっと寝かせてくれよ……」

 いつもなら無理にでも起こすのだが、今日は椿がそう言うだけで安心でき、怒る気にもならなかった。

「一緒に朝ごはん食べませんか?スープ作りましたよ?椿さんの好きなオニオンスープですけど……私が一人で食べちゃいますよ?」

「……起きる……食べる……」

 おもむろに起き上がり、由衣をじっと見ている椿。

「おはよ、由衣……」

 そう言って急に彼女を抱きしめる椿。

「え、ちょっと……椿さん!?どうしたんです、急に……」

「ちょっとだけこうさせて……」

 由衣は彼の行動一つ一つが、彼が死を受け入れての行動に見えて仕方なかった。

「由衣……お前、穏やかじゃないな……何を考えてるんだ?いや、何を思ってる……?」

「……椿さんが起きてこないから怒ってます」

 そう返す由衣。

「何かを考えているのは簡単に分かる。でも、言うつもりないんだろ?」

「すみません……」

「まぁ……いっか。よし、起きた。すぐ降りるから待っててくれ」

 部屋から由衣を出し、椿は着替え始める。

「あいつ……もしかして何か勘付いてるんじゃ……なんで俺の周りはこうも勘がいい奴ばっかなんだよ」

 ズボンのベルトを締め、洗面室へ向かう。

 洗顔し、髭を剃り、髪を整え、彼女が待つリビングへと急いだ。

 テーブルには朝食が並べられている。

「おー!めっちゃうまそうじゃん!」

「でしょ?これ、新しいジャムなんですけど、おいしいって評判でちょっと奮発しちゃいました。食べてみません?」

 由衣はそう言ってバゲットにジャムを載せた。

「いただきます。……確かにこれ最高だわ!うん、俺これ好きかも」

 食事に手を伸ばし、頬張る椿を見て、この人のどこが病気なんだろうと由衣は不思議でならなかった。病気だとして、いつ薬を飲んでいるんだろう……。そもそも治療法があるの?いつ病院に行ってるの……気になって仕方がない。

「由衣、何か聞きたいことでもあるのか?」

「へ……?」

「さっきからずっと何か気にしてるだろ。俺のこと見てるし……どうした?」

 彼はそう尋ねる。

 けれど、由衣は首を振り、何でもないと朝食に手を付けた。

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