「は……!?私がマリアなの!いい?私がこの研究室の夢野真璃亜ゆめのまりあって言うの!どうせ、私の見た目で判断して子どもくらいにしか思ってなかったんでしょ!?これだから日本人は嫌なのよね~すぐに見た目で判断してさ」

「ちょ、ちょっと待って……あなたが“マリア先生”?」

「だから自己紹介したじゃない!ほら、身分証!これでいい!?」

 目の前の女子高生はデスクに乱雑に置かれた身分証を手に取り、鷹斗の目の前に持ってきた。

 そこには【人間科学研究所 法学研究部門・準研究員 夢野真璃亜】と書かれている。

「嘘……マジか……え、じゃあさっき泣いてたのは?」

「しらん」

「え~……そんな急に……俺何かしました?泣いてる理由聞いただけなのに……」

「だから理由言ったじゃない!しらんって」

「何で関西弁……」

「あなた、もしかしてバカなの?私、別に関西弁なんて話してないわよ。“シラン”って言う化学薬品のせいだって言ってんの」

 女子高生改めマリアはそう説明する。

「シランっていうのは水素化ケイ素のことで、無機化合物。無色で臭気を放つ気体のことよ。で、この臭気がかなり特異でね……」

 そう言って、マリアは透明の瓶を持ってくる。

「これ、こうやって嗅いで」

 そう言って手で仰ぐしぐさを見せる。

「え、うわっ!なにこれ……」

「ね?涙出るでしょ?これのせいで泣いてただけ。この臭気が鼻を通じて刺激を起こし、涙が出ちゃうの。これでさ、お手製の催涙スプレー造ろうかと思ってさ~」

 鷹斗はため息をつく。

「あの、マリア先生……ご遺体、ここに運ばれてますよね?俺、それについてききた……」

「それじゃなくて、ご遺体。男性と女性の遺体よ。ご遺体には敬意をもってちょうだい」

「え、遺体は男女だったんですか?」

「うん。一目瞭然じゃない」

「いや、でもかなり……その……」

「むごい状態って言いたいの?……骨盤を見れば性別が分かるの。で、そのほかのことは今検査中。まあ、明日には分かるから」

 マリアはそう言って再び“シラン”の瓶を手にする。

「あの~、そんなに催涙スプレーが欲しいなら買えますけど……?」

「ああ、ただほしいだけじゃないのよ。どうして二人のご遺体がこの“シラン”を持っていたのか気になってね~」

「え……ご遺体が持っていた……?どうしてそれを……」

「だって持ってたんだもん」

 マリアはそう言う。

「ですが、先生は現場をご覧になっていないから分からないでしょうけど、現場にあった車両は真っ黒こげですよ?ご遺体だってかなりの損傷を受けてます。車内だって骨組み程度しか残ってません。それでその瓶が残ってるとは思いませんけど……」

「あのね、ご遺体は確かに真っ黒だった。でも、内臓が残ってたの。いい?いわゆる生焼けの状態。で、遺体を調べていたら肺に炎症、目に炎症、焼けてない皮膚にも炎症があった。おまけにあの燃え方……で、まさかと思ったらシランが検出出来たってわけ」

 マリアは鷹斗に近づきながら説明する。

「でもどうしてこの短時間でそれほどの情報を得るんですか……」

「え?どうしてって……私、天才だもん」

 普段から口にしているのか、さらっというマリア。開いた口が塞がらないとはこのことを言うのか、鷹斗は文字通り口が閉じられなかった。

「あの……それで明日にはご遺体の何が分かりますか……?」

「う~ん……全部かな」

「全部……ですか?」

「うん。だから、また明日来てよ。じゃあ、ばいば~い!」

 彼女はそう言って、半ば強制、鷹斗を部屋の外に出す。

「ダメだ……あのテンションについて行けないかも……」

 どっと疲れを感じながら、彼は報告のため所轄署へと戻った。


「さっきの刑事さん、何かいまいちだったね~“ゼロ”」

『そうですね。あの刑事さんを“登録”しますか?』

「うん、しておいてくれる?」

『かしこまりました。データベースに登録します』

 

 部屋の中にはマリア一人。

 彼女は黙々と作業を行っていた。



【今晩、三人で外食しねえか?何時に終わる?】

 警視庁に戻った鷹斗は、急にやつれを見せていた。

 椿からのメールにでさえ、いつものようなテンションで反応できない。

【もう終わる。そのまま店に行くよ。決まったら教えて】

【お疲れ。店は決まってる。駅前の“回転すし・ほまれ”なんだけど食べれそう?】

 鷹斗は返事し、今日は疲れが凄いからと残業せずに退勤した。

「あ、鷹斗さ~ん!」

 道路を挟んだ目の前に、由衣がぴょんぴょん跳ねている。

「あれが……女子だよな……。さっきの女子は女子じゃない……」

 信号が点滅し、横断歩道を渡る。

「あれ?鷹斗さんが疲れてる……何かありました?」

 そう彼女が聞くが、何から話せばいいのか悩み、出した答えは「何でもないよ」だった。事件のことを話すわけにもいかない。研究所の変わり者について話したいが、要素が多くて話せない。

「椿は?」

「あ、先に行って席を取ってくれてますよ!この時間は混みますからね」

「そっか」

 少し歩き、店の前に着いた。確かに列ができている。

「こっちこっち!」

 椿が奥のテーブル席で手招きしている。

「おお……鷹斗、お前顔ヤバいぞ……どうかしたか?」

「いや……ヤバいくらいに疲れただけだ……」

「ふ~ん……」

 椿はそう言って目を閉じる。

「……あ、お前!能力使ってるだろ!やめとけって!話すからそれ以上しょうもないことに使うな」

 能力を使って、彼の疲れの原因を探ろうとした椿を鷹斗は必死に、さりげなく止める。そして今日の出来事を話した。

 もちろん、事件のこと以外のみを。

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