「四十住さん、遅れた分、しっかり書いてもらいますからね!?」

 リビングには海野が立っている。

 パソコンを前に座る椿を見張る目で、記事を書かせていた。

「一体、何を食べたらお腹を壊すんですか……大人なんですから気を付けてくださいよ……」

「面目ありません……」

 椿がそう言うと、「ふざけてないで本気で反省してください!」と𠮟られる。

 警視庁の要請の件でライターとしての仕事が出来なかった間のことを、海野には言っていない。もちろん、自分には能力があるということも話していない。

「それより、病院で会った元警察官って……」

「ああ、あの件は本当にありがとうございました。友人の弁護士さん……えっと……荒木さん、でしたよね?彼にもお礼を言っておいてください」

 椿がそう言って、パソコンに戻る。

「何か今はぐらかされたような気がするんですけど……」

 彼の後ろで海野がそう言っている。聞こえていないふりをする椿に、「絶対はぐらかしましたよね?聞いてます?」と彼女。

 だが沈黙を続ける彼を、とうとう諦めた。

 そして一時間、椿は必死に記事を書き、海野も大人しく彼の執筆が終わるのを待っている。

「よし……これで全部ですかね……」

 印刷機から出てくる温かい紙を手に、椿は海野にそれを手渡す。

「ええ、確かに五枚分。ちゃんといただきました。それより四十住さん、ちゃんと眠ってます?目の下にクマが……」

「眠るんですけど夜中に起きちゃって。ご心配ありがとうございます。でも大丈夫なんで気にしないでください」

 そう笑う椿を、どこか心配そうに見つめる海野。

「じゃあまた連絡しますから、ちゃんと休めるときは休んでくださいよ」

 そう言って彼女は帰っていった。

「クマ……か……本気でヤバいのかもな~」

 椿はそう呟く。



【ちょっと出てこれるか?】

 仕事中のはずの鷹斗からそう椿に連絡が来たのは、午後一時だった。

 特にやることもないからと、彼との待ち合わせ場所へと向かう。

 店に入ると、鷹斗は既に何品かの料理を頼んでいた。

「いらっしゃいませ~おひとりですか?」

「あ、待ち合わせです」

 椿はそう言って鷹斗の元へ向かう。

「珍しいな、俺を呼び出すの。話なら家で……」

「家で出来ないから呼びつけてんの。あ、何か食う?」

 そう言ってメニューを渡す鷹斗。だが椿は、コーヒーのみを頼み、話を急かせる。

「それで?家で出来ない話ってなんだよ」

「お前さ……俺に何か隠してることない?」

 そう言われ、一瞬だが表情が崩れたような気がする椿。幼馴染であり、勘も鋭い。そして取り調べが上手いと好評の刑事である鷹斗が、その一瞬を見逃すはずがなかった。

「ない」

「嘘つけ」

「本当だって」

「今、顔崩れたぞ」

「隠してないよ」

 椿はコーヒーを一口飲む。

「あのな、何年一緒にいるんだよ。それに、俺に嘘がつけるか?」

「だから、ついてないって」

 両者一歩も譲らず。水掛け論だった。

「わかった。このままだと埒が明かねえな。単刀直入にいうぞ……。お前、能力を使うたびに……その……死に近づいてるってことはないよな……?」

 彼にそう言われ、一瞬言葉を返せなかった。

「もしかして、家で話せない話ってそれ……?」

 唯一返事が出来たのはそれだけだった。

「もしそうだとしたら、こんな話……由衣ちゃんに聞かせられねえだろ……で、どうなんだよ……」

 このまま最後まで隠し通すか、今話しておいて何かあったときに助けてもらうか……椿は悩んだ。

「もし本当にそうだとして、お前はどうする?能力を使うたびに俺が命を削ってるとしたら……この能力を使うのを止めさせるか……?」

 逆に質問してみる。鷹斗は迷いなく「いや、止めることはしない。お前が使うと決めたんなら止めはしないさ……制限はするけど」と答える。そして「今のお前の質問が“答え”でいいんだな?」と尋ねてきた。

「……お手上げだよ刑事さん」

 椿は折れた。

「お前……じゃあ……」

「ああ。だから俺に何かあったときは加賀美に連絡してくれって頼んでおいたんだ。これには薬も治療もない。能力を持つ人間にしか分からない何かってやつだ……」

「俺は……そうとも知らず頼んだんだな……事件解決のために……」

 鷹斗はそう呟く。

「いや、お前に頼まれてなくても俺が勝手に受けることもある。現に“本職”のほうで依頼受けてるし、自分で制限してきた。でも、最近は……倒れることも眠る時間が長くなることも増えたからさ……加賀美に相談しに行ったんだよ。能力を使いすぎるなって忠告された」

 椿はそう笑う。

「どうりで能力を使うたびに意識を失ってるわけか……」

「そういうことだ。でも、今すぐどうなるってものでもないんだ。もちろん、どうなるのかもわからない。能力の強さ、使う頻度、使っているもの、本人の体力……そう言うので個人差はあるらしいから……」

 鷹斗は「これからは今まで以上にお前のそばにいるから……」とまっすぐ目を見て言った。

「うん……鷹斗、気持ち悪い……」

「え~っ……そんなはっきりと……でも、俺はそう決めたから」

「……うん、だから気持ち悪いって」

 二人は笑い合う。

 携帯が鳴った。テーブルの上に出している鷹斗の携帯だ。

「ったくなんだよ……。はい、あ、古谷か……どうした?」

 電話に出ている鷹斗は刑事の顔をしている。

 時折メモを出し、何やらペンを走らせていた。

【湯祖町 事故?事件? 自動車炎上 二つの遺体】

 メモにそう書かれてあるのが一瞬見えた。

「その事件、俺絡み?力貸そうか?」

 椿がそう言う。

「これは普通の刑事事件だよ。一課で人手が足りないから、たまに異捜から人員だしてんの。今日は俺が担当だから所轄から俺に連絡が来ただけだ」

「そっか。あ、ここは俺が払っとくから」

 そう言うと、鷹斗は「悪い、行ってくるな」と慌てて店を出る。

「鷹斗にバレたらしょうがない……」

 店を出る前に、椿は加賀美に連絡した。

「加賀美……鷹斗にバレたわ……」

『そうですか……彼女さんには?』

「彼女じゃないけど、由衣にはバレてない。言うつもりもないからあいつには言わないでくれ。鷹斗にはいろいろバレたからさ、多分俺に何かあったら鷹斗から連絡行くから」

 そう伝え、電話を切った。

「鷹斗にバレるとそのうち由衣にもバレそうだけど……あいつ過保護だからな~……」

 残っていたコーヒーを飲み干し、領収書を手に店を出た。

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