⑤
「椿くん、今回も何と言ったら……その……体は……」
大元は不安そうな、申し訳なさそうな表情をしながら尋ねる。
「そんな顔しないでくださいよ。もう大丈夫ですから」
「お前な、大丈夫じゃなかっただろ!?あれからなかなか起きない、すぐ眠る、体調不良になる、熱まで出て、おまけに珍しく記憶の混乱まで起きたんだぞ!?」
横から鷹斗が口を出す。
「そ、そんなに体調不良に……。本当に申し訳ない……」
「あ、いやあの……こいつが勝手に言ってますけど、しんどかったのって三日ほどなんで……」
椿が取り繕うとするも、無駄だった。
「それより、これで今回の事件は全て解決したってことでいいんですよね?永野の件、鷹斗から聞きました?」
「ええ。全て聞かせてもらいました。彼女に娘の姿を見せたところも全部……。永野さん、あれから一度うちに来て、謝っていったんですよ。申し訳なかったって。あんな犯人……いや、あんな方は初めてです……」
大元がそう言う。
「あ、四十住さ~ん!今回は長かったですけど、大丈夫でした?」
土屋が駆け寄ってくる。
「ええ。もう平気です」
「良かった。四十住さんがいないから、松風さん怖かったんですよ?仕事しててもいつも携帯気にして、椿は大丈夫かな……ってぼそぼそ……痛っ!ちょっと何するんですか!?」
土屋は背中を押さえるようにして振り返る。大きな手のひらを土屋に見せながら立つ鷹斗がそこにいる。
「何で背中……」
「頭は殴るもんじゃないからな。背中にした俺に免じて、それ以上その口を開くな」
「だって本当のことじゃないですか~……」
まだ口を閉じない土屋の腕を思いきり引きながら、鷹斗は部屋の隅へと彼を引っ張っていく。
「あはは……うちは事件さえなければ平和な部署です……」
呆れてそれ以上言えない大元を、椿はうなずきながら「確かに……」と呟いた。
「まあ、とりあえず事件が無事に解決してよかったです。大元さん、俺のこんな能力でよければいつでもお貸ししますから、気にせず言ってくださいね。使わないともったいない能力ですから」
彼はそう言った。
*
警視庁を後にし、椿が向かったのは教会だった。
「加賀美……迷惑かけて申し訳ない……」
「迷惑だとは思ってません。ですが、ご自分の体を守れるのは自分だけだと、分かっておいですか?陽行さまも何度も仰っていたではないですか……」
加賀美はため息交じりにそう話す。
「分かってる。でも……放っておけないんだよ……」
「あなたの能力は、人を助けます。ですが、ご自分の……」
「加賀美、それ……誰にも言うな。絶対に……いいな?」
そう釘をさす椿。
「……不服ですが……椿さまのご意思に従いますよ……。それより体はどうです?」
「倦怠感が強いくらいであとは何もない……。ただ……」
「ただ……なんです?」
椿は胸をさすりながら「能力を使うと、たまに動悸がするんだ……これは……能力のせいなのか?」と尋ねる。
「椿さま、あなたにこんなことを言うのは気が引けますが……あなたも知っての通り、物事には代償があります。あなたの能力には、生命を削るという代償が……。能力を抑えてください……それしか方法はありません……」
加賀美はうつむきながら説明する。
「だよな……悪いな、加賀美……。じゃあ、帰る前に父さんに会ってくるよ」
椿は診察室を後にし、教会の裏にある陽行のお墓へと向かった。
「あ、おにいちゃ~ん!」
子どもの声が聞こえる運動場。半年前に来た時には十人は超えていた子どもたちも、いつの間にか半分にまで減っていた。
「お~、菜々子ちゃん。久しぶりだね!今日も元気じゃん……ん?どうした?心は元気ないね……」
「康太くんが里親に行ってね……寂しくなっちゃったんだ……」
自分も何度も経験した出来事。
今日遊んでいた子が、次の日にはいなくなる。
「俺もさ、経験したことあるよ。何度も何度も仲間を見送ってきた。なのに自分のところには迎えなんて来ない……。でも安心して、菜々子ちゃんには優しい家族ができるよ」
「……本当に……?」
「ああ、もちろん。お兄ちゃんは嘘ついたことないだろ?」
小さな手が、椿を握りしめる。
「うん!そうだったね!あ、ちょっとだけ遊んでよ!」
椿は彼女に手を引かれ、運動場へと走った。
「加賀美先生、お疲れ様です……。あの……、あの彼は誰です……?」
運動場で子どもたちと遊ぶ椿を、診察室の窓から見下ろしていた加賀美。看護師資格を持つシスターに声を掛けられ、隣に立つ人物に目をやる。
「ああ、お疲れ様です。彼は、うちの卒園生ですよ……家族には恵まれませんでしたが、先代が大切に育てられました……。彼の名は四十住椿と言いましてね、今の四十住家当主に……。いい子なんですよ……なのに……」
シスターは「ええ。確かにとてもいい青年ですね。子どもたちもあんなに懐いて……」とほほ笑む。
「あ、先生に一つご連絡が。また一人、うちに子どもが来ることに……」
彼女は悲しそうに話す。
「そうですか……うちにくる子も後を絶ちませんね……」
彼はシスターから資料を受け取り、運動場にいる椿を一瞥した。
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