「俺が椿と出会ったのは二歳の時だよ。実の親に虐待されて、誰かが通報した。で、俺は警察に連れていかれて、まだ二歳なのに話を聞かれていた……。気づいたらどこかの施設にいて……俺みたいな子どもがたくさんいたんだ。その中に、椿がいた。一緒に遊ぼうって声かけて、遊んだけど……あの時から椿は不思議な存在で、俺は気が付けばいつもこいつのそばにいたんだ。なんか気になる存在って言うかさ……。でも、俺が五歳の時に“松風”という家族に引き取られた。その家族は温かく迎え入れてくれたよ。子どもができない夫婦でさ、俺のことを本当の息子のようにかわいがってくれた。でも……俺が六歳になったときに、ずっと隠れて不妊治療をしてたらしいんだ。で、ついに不妊治療が実を結んで、実の息子が誕生した。そりゃ……俺のことも邪魔になるわな……」

 そう話す鷹斗を、由衣は見つめていた。

「母さんの方は、俺を邪険にし始めた。弟と遊んでいると目を光らせているし、弟が少しでも泣くと俺のせいになる……。居心地が悪くなったんだ……俺は椿がいる教会に帰りたくなった。そんな俺を見て親父は俺を連れて家を出た。変わってしまった妻を見て、辛くなったんだろう。しばらく離れようって俺を連れ出してくれた。親父は、分かってやってなって俺に言って、しばらく二人で暮らしたんだ。それから一か月後かな……また俺と親父は母さんの元に帰り、四人で暮らした。母さんも自分はどうかしてたって謝ってくれて、それからは分け隔てなく育てて、接してくれて俺を大学まで行かせてくれたんだ。俺が警察官になるって言った時なんて、泣いて喜んでくれてさ……。でも、警察学校に入った年に母さんは死んだ……」

 由衣は「病気ですか……?」と尋ねる。だが「いや、自殺したんだ……」と鷹斗が言った。その顔はどこか悲しそうで寂しそうで、由衣まで辛くなった。

「自殺の動機はさ、分からなかった。でも、弟がぐれたことでかなり参ってたから……もしかしたらそれが原因かもって……判断された。それがあるから、俺は事件の動機だけじゃなくて、全部を調べたくなるんだ。椿はそれを知ってるからこそ、自分の力を貸してくれる……」

「椿さんは……家族が出来なかったって……」

「ああ。父さんから聞いてたよな?」

 鷹斗は陽行のことは父さんと呼び、松風の父親は親父と呼ぶ。鷹斗にはがいるんだと、由衣は話を聞いていた。

「椿は……誰も迎えようとしなかったんだ……。あの力があるからってだけじゃないだろう……。だから父さんがずっと面倒見てきた。椿だって、父さんに育てられてよかったと今なら思う。その方がきっと椿も幸せだ……。椿の能力ってな、生まれつきあったらしい。それを父さんが訓練したから、強くなって、今なんかマジで人間じゃないくらいの強さになった。こう言っちゃ悪いけど、椿を育てられるのは父さんだけだ。知ってるか分からないけど、児童養護施設にいる子どもたちは一八歳になったらみんな施設を出るのが鉄則なんだ。椿もそれに従って、大学入学とともに教会を出た。一人暮らししたのを機に、色々と自分で何かしてたみたいで、今の仕事に就いた。父さんもお前なら天職だって喜んでさ……」

 鷹斗は思い出を話しながら、懐かしんでいた。

 今は亡き陽行との思い出、親友の話、自分の話、そして由衣と初めて出会った時の感情……、彼は全てをいとおしく思っていた。

「で、色々あって由衣ちゃんに出会ったわけ。俺の人生、半端なくいろいろあるってことよな~」

 そう言いながら車を走らせ、やっと自宅に着いた。

「椿、起きれるか?家に着いたけど……」

「……起きませんね……椿さん、一回寝たらなかなか起きないから……」

「だな……じゃあ、仕方ね。抱いていくか……」

「また怒られますよ~?」

「言わなきゃ分かんないって」

 鷹斗は後部座席に座る椿を引き寄せ、抱き上げた。

「由衣ちゃん、開けてくれる?」

 家の中に連れて入り、ソファーに寝かせる。ブランケットを掛けてやり、眠る椿を鷹斗はじっと見ていた。

「どうかしました?」

「いや、こいつ……自分の能力で人を助けてるけど……その分、自分の命を削ってんじゃねえかってたまに不安になるんだよ……あの神隠しを解決したせいで、警視庁に班ごと異動して、椿の力を借りることになった……だから、必然的にこいつに能力を使わせることになってるけど……良いのかな~って思うんだよな……」

「確かに、椿さんは能力を使ったあとはいつも眠りますけど……まさか命を削るなんて……ないと思います。大丈夫ですよ、椿さんなら……」

 深く静かな寝息を立てる椿を二人は見下ろしていた。



 その日の夜中、椿はベッドで目を覚ます。

「俺……いつの間に帰ってきて……ここで寝てんだ……?」

 記憶を探るために目を閉じるが、思い出せない。

「まあいいか……」

 喉の渇きを潤そうと、キッチンへ向かう。

 冷蔵庫を開けると、由衣が作った夜食が入っていた。

 手に取ると〈椿さんへ 食べるときは温めてくださいね〉と書かれている。

「ありがとな……」

 そう呟くと、それを手にレンジで温め、麦茶をグラスに注ぐ。

 暗闇の中、音量をうんと下げてテレビをつけ、その明かりで夜食を口にする。

「当たり前だけど何もやってないな……」

 時間のせいか、通販番組が放送の大部分を占めていた。

「椿……?」

 後ろから名前を呼ばれ振り返る。そこには鷹斗が立っていた。

「うおっ……」

「お前、人の顔見て驚くなよ……。それより悪かったな……永野の家を出て、鷹斗におぶられたのは覚えてるけど、その後から記憶が……」

 鷹斗はリビングの明かりをつけ、ソファーに座る椿の元へと歩く。

「いや、別にいいんだけどさ……お前、大丈夫だよな?」

「へ?」

「あ、いや……その……能力使ってるけど、死んだりしないよなって……」

 椿は静かに笑う。

「死ぬわけねえだろ。大丈夫だ」

 彼がそう言うと、若干の不安を拭えたのか、鷹斗は「そうか……なら良いんだ」とほほ笑む。

「それよりお前さ、起きたの今?」

 口調にいつもの鷹斗らしさが戻っていた。

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