最終章①

「吉川さん、お久しぶりです……覚えていますよね?俺のこと……」

 椿は目の前に座る吉川にそう声を掛ける。

「……誰だお前……」

「とぼけないでくださいよ。あなたのそれ、演技だって俺……気付いてますから」

 椿にそう言われ、吉川は一瞬表情を崩す。だが、また元に戻した。

「演技……?何のことだか……」

「あなたのその錯乱状態と記憶の混乱、確かに始めは本当にあったのかもしれない。俺の術が効いている間は、記憶の混乱は絶対に起こる。けど、あなたは自分の能力でその混乱を解いた。だから、絶対に戻っているはずなんですよね……」

「何のことだか知らねえな……」

 彼はそう言って椿を見つめる。

「吉川さん、あなたは……その能力を無駄遣いしてる。もったいないと思いませんか?せっかく人の役に立てる力なのに、それを無駄遣いするなんて馬鹿げてる。頭も心もどうかしてますよ。本当に情けない……同業者として恥ですね……。同じ能力を持っているなんて恥ずかしくて……。それに……」

 椿は煽っていた。

 彼の本当の姿を……精神錯乱状態なんかではないことを証明するために、あの狭い部屋の中で吉川に術を発動させるつもりだった。彼が自分に術を掛けてくれば、あれが全て演技だと証明できる。椿はそう踏んでいた。

「……椿……頼むから……」

 ガラス部屋の外では鷹斗が祈っている。

 いや、鷹斗だけじゃない。由衣も、大元も、立本も、森本も、土屋も……全員がガラス部屋を見つめ、少しの動きも見逃さないよう目を見張り、祈っていた。


 事の発端は、数日前。

 あの手紙の翌日だった―――。

「俺は……最後に吉川を潰す。だから、その前に鷹斗と由衣に話しておくことがある……聞いてくれるか?」

 夕食を摂り終え、三人で食後の休憩を取っていた時、椿は突然そう言った。

「何だよいきなり……」

 鷹斗がそう言うも、椿は何も言わず、ただ二人を見ていた。

「結論から言う……。吉川は精神錯乱なんか起こしてない。あの能力も消えてない。今のあいつは全てが偽装だ。俺はそれを暴く。そしてあいつが関連している事件すべてを切る……だから、もしかしたら俺は……自分が自分でなくなるかもしれない。でも、俺のことだから多分……自分で何とかして戻ってくると思うんだ。俺に何かあったときは、あの部屋にノートがあるから、それの通りにしてくれ……頼んだ」

 椿はそう伝える。

 いったい何を言っているのかと、二人は不思議そうな表情を浮かべているが、彼が何をしようとしているのか察しがついた二人は、それ以上何も言わず、ただ飲み込んだ。

「椿、吉川はってことか?」

「いや、一度は本当にんだと思う。でも、吉川の持ってる能力が彼をって考えられる……俺の術は完璧じゃなかったんだ……」

 椿はそう言う。

「お前はあいつをんだな?」

 彼はうなずく。深く、しっかりと。

「……分かった。俺はお前のサポートに徹するよ……その代わり、お前が死ぬなよ」

 鷹斗はそう言って、椿に拳を突き出した。

 それに合うように、彼もまたその拳に突き合わせる。

「椿さん、私は何かあったときのために椿さんの様子を監視しておきます。危ないと思ったら、椿さんを連れ戻しますからね!?」

 由衣がそう言うと、椿は微笑みながら「任せたよ」と頭に手を置く。

「あいつと対峙する前に、準備を整えたいんだ。鷹斗、警察に言って協力してもらいたい。多分、警察の協力がないと……」

「そこは任せろ。大元さんに言って何としてでも用意してやるから。で……」

 二人に説明していく由衣。

 椿が説明することを、漏らさずに頭に叩き込んでいく二人。

 そして、いざ迎えた決戦の日———。


「お前の言ってることが分からないが……」

「とぼけるのもいい加減にしたらどうです?これ以上は俺も持ちません……」

「一体何が言いたいのか……おい、待て……お前……一体何を……」

 吉川はそう言いながら視線を泳がす。

「気付きました……?でも、これに気づいたってことは……吉川さんは能力が戻ってるってことでいいですよね?」

 椿は不敵な笑みを浮かべる。

「由衣ちゃん、椿は何をしてるか分かるか?」

「分かりません……何かはしてるんでしょうけど……私には見えなくて……」

 防弾ガラスで造られた小部屋いっぱいに呪力をため込み、今にも爆発しそうなほど膨張させている。

「この呪力を感じるんでしょう?あなたもぶつけてこないと、多分……あなた死にますよ」

 そう煽る。しかし、吉川はいまだその体裁を保ち、煽りに乗ろうとしない。

「だったら……」

 椿は胸の前に右手を、その右手人差し指と中指をそろえて立たせ、刀印を作る。

「我が身に宿りし唯一無二の能力ちから……いざ我の元に……降りましませ……」

 彼はそう言った。

 そしてその刀印を吉川めがけて、右斜め上から振り下ろす。

「ぐっ……はっ……」

 ―――。

「……あ、あれ……」

「安心してください。服しか切れてませんよ……今はまだ……ね」

 由衣は初めて見る椿に少し恐れていた。

「由衣ちゃん、怖かったら外にいていいよ?あんな椿見たの初めてでしょ?」

 隣に立つ由衣に、鷹斗はそっと優しく声を掛ける。

 しかし彼女は、怖々と首を横に振った。

「どうします?まだ来ませんか?」

 椿は狭い部屋だというのに、吉川に詰め寄っていた。

「い……やめろ……やめろって……」

 椿の顔が、怯える吉川に近づく。

「やめろって言われてやめるほど、俺の怒りは浅くないんですよ……。俺を殺し、父を殺し、たくさんの子どもたちを傷つけてきた。あんたは関係のない由衣まで傷つけた……俺の怒りは、最悪なところまで来てます。これから自分がどうなろうと、全てはあんたのせいだ……」

 怯える吉川など構うわけもなく、椿は再び目の前に刀印を立てる。そして再び呪力を込め始める。

「我が身に宿る特別な能力ちから……我の手につるぎを……」

「剣……!?」

 鷹斗が叫ぶ。

 が、すでに遅かった。彼の手には光の剣が持たれている。

「お、おい……剣なんて一体どうやって持ち込んだ……どこにあるんだ!」

 大元が小部屋に向かって走ろうとする。しかし、それを鷹斗が制止した。

「大元さん、今はダメです……今はあいつに近づかない方がいい」

「どうしてだ……?」

「あいつ……多分、今かなり怒ってる。というか……本気なんですよ。だから力の制御ができないことだってある。今は近づかない方が身のためです」

「いやしかし……」

 大元はそう言いながら、ガラスの小部屋に視線をやる。

 それを手に、椿は吉川に向けていた。しかし小部屋の外にいる人間には見えていない。大元らは椿を必死に探していた。

「お、お前……それ……」

「これね……習得したんです。力を具現化する方法を……。昔の書籍で、能力を具現化し、真言を唱えると最強の力になると書いてあったんですよ……。そんなの見るとやりたくなるじゃないですか。でもそれを発揮するところがなくて、ちょっと残念だと思っていたんですよ。でもちょうどいいや……あなたで試せる……」

 椿はそう言って笑みを浮かべる。

 その顔は、今までに見たことのないほどの恐ろしさを含んでいた。

「い、いや……ちょっと待て……俺は本当に何も……お前の勘違いだ……だからその剣をしまってくれよ……」

「……ふっ……くっくっくっ……あはははは……」

「な、何がおかしいんだよ!」

「あんた今、って言ったろ?これが見えるってことはやっぱり能力が戻ってんじゃねえかよ……バカだな~本当にバカだ……」

 椿は突然笑いだす。

「俺が持つこの剣は、能力を有する人間しか見えない剣だ。能力を使って具現化した者なんだから、普通の人間には見えない。そして、俺はお前を殺したときにその能力も消したはずだった。だから本当に錯乱状態に陥り、能力すら失くしているのなら、この剣は見えないはずなんだよ……あんた、相当のバカだな……」

「お前……嵌めたのか……」

 吉川は椿を見つめる。

「嵌めた?そんなことしねえよ。お前を殺すのに、わざわざ嵌めるなんて手間のかかること必要ねえよ……これで十分だ……っ!」

「お、おい!待て……っ!」

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