剣を手にした椿は、それを構え、吉川めがけて走った。

「ぐっ……」

 光る剣は胸に刺さり、吉川の体の中に吸い込まれていった。

「あ……お、お前……」

「これから何が起ころうと全ては自分の責任だ……俺そう言いましたよね?」

 椿は不敵に微笑む。

「じゃあ……白状してもらいましょうか……。今回の、永野の事件、あんたが噛んでるんだろう?あんたは入院中に、永野と偶然出会った。そして彼女が娘を亡くしたことを何らかの方法で知り、彼女に“甦り”の方法を教えた。そして……」

 椿は彼にそう話す。

 吉川は椿から目が離せず、生唾を飲み込んだ。まるで椿の目は蛇だ……。今にも目の前の獲物を飲み込んでしまいそうだった。

「……永野の、母親の愛を利用したんだ……お前のしたことは卑劣だ……」

「何が愛だよ……」

 吉川はついに刀印を立てた。

 それを椿は見逃さない。若干に口角を上げる椿。

「お前を祓ってやる……俺にとってお前は邪気でしかないからな……お前には使えないものでお前を……オンマリシエイソワカ……っ!」

 刀印を前に突き出し、吉川は椿に向けて真言を放った―――。

 目の前は霧に包まれ、何も見えない。

「……ったか……!?」

 吉川は霧を手で払い、視界を取り戻す。しかし、その顔は突然ひきつった。

 彼の目の前には椿は鷹のような目で吉川を睨む椿の姿。そして、右手人差し指と中指を合わせ、それを目の前に持ってきた。

「ま、まて……何する気なんだよ……」

 その質問には答えず、椿は「今度こそ、本気であんたを……」と思い切り睨んだ。

 鷹斗はガラス部屋を見つめる。

 頼むから……殺すのだけはやめてくれ……お前を逮捕するようなことはしたくないんだ……。そう祈りながら行く末を見守っていた。

「……ノウマクサンマンダバザラダン、センダマカロシャダソワタヤ、ウンタラタカンマン……」

 椿はそう唱える。

 本気だった。本気でこの男を殺したいとそう思っている。そんな彼の感情が、わずかに由衣に移っていた。

 椿さん……お願いですから……。言葉にはしないが彼女は祈っていた。

「あ……ぐっ……」

 吉川は胸を押さえ、苦しみ始めた。

「お前……それ……なんでマントラを……なんで使えるんだ……」

 椿は床で苦しむ彼の前に跪いた。

「これね、初めて使ったんです……。この能力を手にして、初めてマントラを唱えた……やっぱりこれ……効果凄いですね……俺だってこの一年、何もしてなかったわけじゃない。あんたを倒すために……自分と大切な人の命を守るために、ありとあらゆるものを身につけた……俺は、傷つけるんじゃなくて守りたいから……」

 そう耳元でささやく。

 そしてスッと立ち上がり、椿は再び刀印を立てる。

「さあ、最後の仕上げです……」

 足をそろえて立ち、一歩右足を引く。左手は下に下げ指先をそろえる。右手は刀印を立て、目の前に……。

「 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前 ……神の名のもとにお前を封印する……っ!」

 椿はくうを縦横に切り裂き、そう唱えた—――。

「ぐっ……ぎゃぁぁぁぁぁ……っ!」

 これまで聞いたことのない吉川の叫び声を耳にする一同。

「椿……」

 一瞬の静寂の後、椿は「次は……自分の人生を無駄にしないでください……そうですね……子どもからやり直したらどうです……?」と一言。そして彼はその場に倒れた—――。



 夢の中で椿は境にいた。

「なんで俺ここに……もしかしてあいつにやられたのか……?」

 あたりを見回す。だが、誰かがいるわけもなく、その場に座り込む。

『……き……』

「誰だ……その声まさか……」

『椿!早く戻ってこい!』

 なんだ鷹斗か……今、戻ったらヤバいくらいに怒られそうだけど……。椿はそう言いながらも、“現世”に戻るための術を唱えた。

「我が身に宿る特別な能力……我が身を愛する者が待つ現世へと戻したまえ……」

 意識が薄れ、体が重くなっていく。

 鉛の鎧でも着ているかのような重さに、体が軋む。

「……ばき!椿!おい、聞こえるか!?」

「……鷹斗……由衣は……?ここ……」

 重い瞼を何とか持ち上げ、目の前の様子を目に入れる。

「由衣ちゃんは加賀美さんを駅まで送ってったよ」

「加賀美を……?あ、そうか……じゃ無理だわな……術の使い過ぎで倒れたなんて言えないし……」

「お前……やりすぎだ……」

 鷹斗はそう言う。

「俺……マジで殺した……?」

「いや、死んでない。でも、吉川は今度こそ精神をやられてる。能力は残ってなさそうだ。吉川の担当医……東だっけ?その医者が“精神の状態が不安定で、今少しでも刺激したら彼は間違いなく自分で命を絶つでしょう。しばらくは面会謝絶です。警察でも不可能ですから”と言っていたそうだ……。あいつ、退行してるんだとよ。自分を子どもだと思ってるみたいだぞ?お前、一体何したんだ?」

 鷹斗にそう言われ、椿は思い出す。

「あ~……そういえば、最後の術を放ったあと……子どもからやり直せって言ったな……多分、うつつ状態で俺のその言葉を聞いたから、吉川はそうなったんだと思う。でも……これでやっと終わりだ……」

 椿は再び目を閉じる。

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