「あなたたち、何ですか……こんなところにいるんだから何もしませんよ……」

 椿らは、拘置所にいる永野に面会に来ていた。彼がどうしても永野に会いたいと頼み、大元と鷹斗がついてきている。

「そうじゃありません……今回の事件の答え合わせに来たんです……」

「答え合わせ?」

「ええ。この事件を通して、俺はあなたの母親としての愛情を知りました。相当な愛を娘に注いでいた。いや、今も注いでいる……。この事件は……俺が今まで関わってきた中でもダントツに悲しい事件です……」

 椿はそう前置きし、永野をじっと見る。

「な、なんです……?」

「永野さん、あなた……娘さんを、美空さんを生き返らせようとしてますよね……?」

 彼にそう言われ、視線をずらすことができず、永野は目を閉じた。

「もし、本当に生き返らせようとしているのなら……あいつに言われた方法でするのは良くない……」

「え……」

「あなた、病院で会ったでしょう?吉川と言う男に……そいつから話を持ち掛けられた……違いますか?」

 永野は明らかに動揺している。何も言わなくても、その目が、動きが全てを告白していた。

「……はい……娘を生き返らせたくないかって……私に娘がいることなんて誰にも言ってません。なのにあの人はそう言ってきて……なんでわかるんだろうって不思議に思っていたら……」

「“俺には能力がある”とでも言われましたか?」

「は、はい……その通りです……それで、私は信じて……」

「“自分のタイミングでこれを使え”そう言ってあなたは、まじないを書いた紙と勾玉をもらった……そうですね?」

 椿がそう言うと彼女はしっかりうなずいた。

「でも、娘の血液が必要だって言われて……」

「そう。俺もそれが気になっているんです。あなたの娘は何年も前に亡くなっている。なのにあの家には娘の血液ついた洋服が出てきた……それはどうしてです?」

「……保管してもらっていたからです……」

「どこで保管を?」

「堀田医院です……家の近所ですし、私も娘もお世話になったことがありますから……」

 こんなところで堀田進が出てくるとは……。大元は頭を抱える。

「じゃあ、あの血液は堀田医院で保管してもらっていたのをもらったんですね?」

「もらったって言うか……ったって言うか……」

「盗った?それはどういう……」

 永野はうつむきながら話を続けた。

「体調不良とかって言って受診して、貧血があるから状態を見るのに採血するって言われたときに、ちょうど自己血保管をしに来た患者さんをみて、先生が保管室に入っていくのを見たんです。で、タイミングを見て私もそこに忍び込んで……娘の血液を見つけました……血液って十年は保管が利くんですね……また娘に会えた気持ちがして……ダメだとは分かっていたんですけど、それを持って帰ってきて解凍して、あの人の言う通り娘の洋服にこぼしました。そして勇気くんを……本当にすみません……でも勇気くんを傷つけるようなことはしていません!本当です!あの人の言うように娘を生き返らせようとしたんです……でも、勇気くんが……先生の子ども?って写真を見つけて……かわいいね、会いたいねって……。あの子、私が美空を亡くしたことに気づいたんですよ……そしたら私、抱きしめてしまって……この子も母親を亡くしてる。会いたいはずなのに我慢してる……私も耐えなきゃって……」

 永野は突然そう話し始めた。

「永野さん、あなたが勇気くんを傷つけるなんて誰も思ってませんよ。あなたは勇気くんにきちんと食事を出し、一緒に遊び、お風呂にもいれ、一緒に寝た。大切に過ごしていたと、ちゃんとわかっています。でもね、亡くなった人を生き返らせたい気持ちも分かる。俺だって、父さんを生き返らせることができるならしたい。でも、それをしないのは、亡くなった人は生きている我々の中にちゃんと生きているからです。いつまでもしがみついていたら……亡くなった人に申し訳ないって思うから……」

 椿がそう言うと、永野は涙を流した。

「でも……時々忘れそうになるんです……娘の顔を……それが辛くて……」

 声を震わせながら彼女は言う。だが、椿は首を横に振り、彼女の手を取った。

「あなたは忘れませんよ。だって、娘さんが通っていた小学校に配属され、あなたは娘が遊んでいた一輪車を見つけ、それを隠した。生徒がそれで遊ぼうとしたらそれを止め、放課後の音楽室でピアノを弾いた……それも同じフレーズ“ミ・ソ・ラ”って。楽譜に書かれた“EGA”だってあなたの家がある江賀市と“ミソラ”を言い換えたもの、それに家を建てた場所も……娘さんの誕生日だ。あなたは至る所に娘さんの存在を残している。それほどまでに溺愛しているのに、忘れるわけありません……」

 気が付けば、永野は声を出して泣いていた。

「今回、あなたは誘拐事件を起こした。でも……警察も検察もあなたの心情を推し量ってくれると思います……」

 椿はそう伝え、拘置所をあとにした。


 その日の夕方、椿は病院にいた。

「真壁さん、ちょっと話が……」

 ベッドで眠る勇気を横目に、真壁は病室を出る。

「実は今回の事件……」

 椿は差し支えない範囲で、真壁に全てを話した。

 真壁は何も言わず、ただ静かに聞いている。

「……ということだったんだ……。彼女は傷つけるつもりは全くなかった。俺が会った勇気くんは楽しそうだった……だから……」

「椿さま、安心してください……。自分の息子がいなくなっただけで私は……取り乱してしまったんです。亡くなったなんて……辛すぎる。大丈夫……彼女にとって悪いようにはしません……私だって親ですから……」

 真壁はそう言う。

「ああ……ありがとう……」

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