③
「あんた……どっかで見たことあるけど……誰だ?」
「あ……俺は四十住です。お会いしたことはありませんが……」
「そうか?まあ、いいいか。それで話ってなんだ」
椿はつばを飲み込む。
「以前、警察官をしていらっしゃったとか。刑事さんだったんですか?」
「ああ。捜査一課にいた」
「凶悪事件を担当するところですよね。何か印象に残ってる事件あります?」
「そうだな……強いて言えば、誘拐事件……かな」
その言葉で胸が大きく波打った。
「……どんな誘拐事件だったんです?」
「神隠しだよ。俺が起こした……」
「神隠し……ですか。その詳細覚えています?」
目の前に座る吉川は、テーブルに肘を付け、手を顔の前に持ってきた。
まさか……何かするつもりじゃ……。椿は身構える。本当は我を失った今の様子すら、全て演技で、何か企んでいるんじゃ……。
彼の手の動きにどうしても注目してしまう。
吉川はそっと指を絡ませ、顔の前で“尖塔のポーズ”をとった。
「それははっきりと覚えていますよ。まず、子どもたちを誘い込み、一人ずつ確実に誘拐するんです。誰にも見つからないように。普段から公園で子どもたちと話していましたからね、簡単ですよ。一人さらって、翌週にまた一人、そしてまた翌週に一人と確実に消していくんです。跡形も、証拠もなくね。これだけで、世間は騒ぎ立てるでしょう?その注目は、子どもたちを隠した犯人に向けられる。それが俺だ。そしてその事件を俺が解決する……ね?俺は有名になる」
そう言って吉川は微笑む。
やっぱりこいつ……悪魔だ……。
「でも……邪魔してきたやつがいたんだ……誰だっけな……」
彼がそう口にする。椿は鼓動が早くなり、今にも心臓が口から飛び出そうなほどだった。
「あ、思い出した……確か、そいつ……陰陽師、いや違うな……あいつは何でも使うやつだった……」
必死に思い出そうとしているのだろ……?でも、俺が掛けた〈忘却の術〉はよっぽどのことがない限り解けはしない。
吉川は必死に頭を抱える。
「なんだ……何かが邪魔して……お前は誰なんだよ!おい、そこにいるんだろ!出て来いよ!俺の邪魔をしやがって、昔からずっとだ!お前は目障りなやつだ!」
彼は錯乱状態になっていた。鋭い血走った目が椿をにらみつける。
東はポケットから注射器を取り出し、一瞬で吉川の腕に打ち込んだ。
すると、彼の体は力をなくし椅子になだれ込んだ。
「申し訳ない。彼は錯乱状態にしてはいけないんだ。今日のところはこれでいいかな……」
東はそう言って二人を帰らせようとする。
椿はなだれ込んだ吉川をじっと見ていた。
こいつ……まさか……。
「さん?……四十住さん、聞こえてます?今日はお暇しましょうか……患者さんに負担を掛けてはいけませんから……」
「いや、もう大丈夫です。聞きたかったことは聞けましたから。先生、無理を言って申し訳ありませんでした」
荒木は「今のでいいんですか?」と尋ねてくるが、「ああ、もう良い」とだけ返事する。
そうだ……。もう良い。俺が一番知りたかったことが知れた。それでいい……。
「荒木さん、今日はありがとうございました」
そう言って病院を後にした椿。荒木はそんな彼の後ろ姿を静かに見送っていた。
「もしもし、春ちゃん?今終わったよ。……え?うん、意外に早くて……。ああ、問題なかったよ……」
*
帰りの電車で、椿は違和感を拭えないでいた。
「あれは一体……」
さっき見たもの全てが頭に記録されている。
まるで録画している映像を止めながら見ているように、頭に流れる。
「やっぱり……間違いなく俺をにらんでいた……。それにあの手……」
指を絡ませ、尖塔のポーズを取る瞬間、一瞬だけ何かを……。俺は何を感じ取ったんだ……。記憶を辿り、一連の流れを思い出す。
記憶の中にいる彼と同じように、自らの手を絡ませ……。
「そうか!尖塔の前に、二本くっつけていたんだ……で……口が動いてた……あれは……」
思い出そうと、ポケットに手を入れながら“徘徊”する椿。
「あ、ハンカチ……」
荒木に借りたハンカチに指が触れる。
「返す前に洗わねえとな……」
それを手に、握りしめた。その時、くしゃっと何かが手のひらに伝わる。
「なんだこれ……紙……?」
ハンカチに紛れるように、一枚の小さな紙が姿を現した。
「なんだよこれ……」
紙を広げると、うっすらと文字が書かれていた。
【おぼえているぞおまえのこと】
そう書かれている。
「まさかこれ……」
*
「椿さん、本当に大丈夫かな……吉川さんに会いに行くだなんて、どうかしてるって……鷹斗さんにバレたら絶対怒られる……」
由衣は掃除をしながらそう呟いていた。
「……由衣ちゃん、今なんて言った……?」
「え、た……鷹斗さん……いつ……」
持っていた雑巾を床に落とし、由衣は目の前に立つ鷹斗から目が離せないでいた。
「はい、落ちたよ」
鷹斗は雑巾を拾い、そっと由衣に差し出す。
「椿はどこ?」
「あ……お買い物です」
「由衣ちゃん、俺に嘘が通用する?さっき、誰に会いに行くって言った?」
その名のごとく、鷹の目で由衣に詰め寄る。
目を逸らし、肩をすくませる由衣。
「由衣ちゃん……?」
「……椿さんごめんなさい……でも私……。じ、実は……」
由衣は全てを話した。
「それで、椿から連絡は?」
「ありません……」
「あのバカ……」
鷹斗は携帯を手に、椿に電話を掛ける。が、応答はない。
「鷹斗さん、今……吉川さんってどうなってるんですか……?」
彼は携帯を閉じ、由衣を椅子に座らせた。
「彼は今、病院の隔離病棟に入院してる。普段は普通に会話できるらしいが、ふとしたことですぐ口調が荒くなり、錯乱状態になるんだそうだ。でも、それが本当なのかどうかわかってない……」
「それってどういう……」
「偽装ってこともあり得る。吉川は……椿と同じだったろ?何とでもできるんじゃないかって俺は思ってる」
鷹斗はそう話す。
「鷹斗さん、椿さん……ちゃんと帰ってきますよね?変なこと考えていたりしませんよね?」
由衣がそう涙を浮かべながら震える声で言った。
鷹斗はただ、腕の中で震える由衣を抱きしめることしかできなかった。
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