「あんた……どっかで見たことあるけど……誰だ?」

「あ……俺は四十住です。お会いしたことはありませんが……」

「そうか?まあ、いいいか。それで話ってなんだ」

 椿はつばを飲み込む。

「以前、警察官をしていらっしゃったとか。刑事さんだったんですか?」

「ああ。捜査一課にいた」

「凶悪事件を担当するところですよね。何か印象に残ってる事件あります?」

「そうだな……強いて言えば、誘拐事件……かな」

 その言葉で胸が大きく波打った。

「……どんな誘拐事件だったんです?」

「神隠しだよ。……」

「神隠し……ですか。その詳細覚えています?」

 目の前に座る吉川は、テーブルに肘を付け、手を顔の前に持ってきた。

 まさか……何かするつもりじゃ……。椿は身構える。本当は我を失った今の様子すら、全て演技で、何か企んでいるんじゃ……。

 彼の手の動きにどうしても注目してしまう。

 吉川はそっと指を絡ませ、顔の前で“尖塔のポーズ”をとった。

「それははっきりと覚えていますよ。まず、子どもたちを誘い込み、一人ずつ確実に誘拐するんです。誰にも見つからないように。普段から公園で子どもたちと話していましたからね、簡単ですよ。一人さらって、翌週にまた一人、そしてまた翌週に一人と確実に消していくんです。跡形も、証拠もなくね。これだけで、世間は騒ぎ立てるでしょう?その注目は、子どもたちを隠した犯人に向けられる。それが俺だ。そしてその事件を俺が解決する……ね?俺は有名になる」

 そう言って吉川は微笑む。

 やっぱりこいつ……悪魔だ……。

「でも……邪魔してきたやつがいたんだ……誰だっけな……」

 彼がそう口にする。椿は鼓動が早くなり、今にも心臓が口から飛び出そうなほどだった。

「あ、思い出した……確か、そいつ……陰陽師、いや違うな……あいつは何でも使うやつだった……」

 必死に思い出そうとしているのだろ……?でも、俺が掛けた〈忘却の術〉はよっぽどのことがない限り解けはしない。

 吉川は必死に頭を抱える。

「なんだ……何かが邪魔して……お前は誰なんだよ!おい、そこにいるんだろ!出て来いよ!俺の邪魔をしやがって、昔からずっとだ!お前は目障りなやつだ!」

 彼は錯乱状態になっていた。鋭い血走った目が椿をにらみつける。

 東はポケットから注射器を取り出し、一瞬で吉川の腕に打ち込んだ。

 すると、彼の体は力をなくし椅子になだれ込んだ。

「申し訳ない。彼は錯乱状態にしてはいけないんだ。今日のところはこれでいいかな……」

 東はそう言って二人を帰らせようとする。

 椿はなだれ込んだ吉川をじっと見ていた。

 こいつ……まさか……。

「さん?……四十住さん、聞こえてます?今日はお暇しましょうか……患者さんに負担を掛けてはいけませんから……」

「いや、もう大丈夫です。聞きたかったことは聞けましたから。先生、無理を言って申し訳ありませんでした」

 荒木は「今のでいいんですか?」と尋ねてくるが、「ああ、もう良い」とだけ返事する。

 そうだ……。もう良い。俺が一番知りたかったことが知れた。それでいい……。

「荒木さん、今日はありがとうございました」

 そう言って病院を後にした椿。荒木はそんな彼の後ろ姿を静かに見送っていた。

「もしもし、春ちゃん?今終わったよ。……え?うん、意外に早くて……。ああ、問題なかったよ……」

 


 帰りの電車で、椿は違和感を拭えないでいた。

「あれは一体……」

 さっき見たもの全てが頭に記録されている。

 まるで録画している映像を止めながら見ているように、頭に流れる。

「やっぱり……間違いなく俺をにらんでいた……。それにあの手……」

 指を絡ませ、尖塔のポーズを取る瞬間、一瞬だけ何かを……。俺は何を感じ取ったんだ……。記憶を辿り、一連の流れを思い出す。

 記憶の中にいる彼と同じように、自らの手を絡ませ……。

「そうか!尖塔の前に、二本くっつけていたんだ……で……口が動いてた……あれは……」

 思い出そうと、ポケットに手を入れながら“徘徊”する椿。

「あ、ハンカチ……」

 荒木に借りたハンカチに指が触れる。

「返す前に洗わねえとな……」

 それを手に、握りしめた。その時、くしゃっと何かが手のひらに伝わる。

「なんだこれ……紙……?」

 ハンカチに紛れるように、一枚の小さな紙が姿を現した。

「なんだよこれ……」

 紙を広げると、うっすらと文字が書かれていた。

【おぼえているぞおまえのこと】

 そう書かれている。

「まさかこれ……」



「椿さん、本当に大丈夫かな……吉川さんに会いに行くだなんて、どうかしてるって……鷹斗さんにバレたら絶対怒られる……」

 由衣は掃除をしながらそう呟いていた。

「……由衣ちゃん、今なんて言った……?」

「え、た……鷹斗さん……いつ……」

 持っていた雑巾を床に落とし、由衣は目の前に立つ鷹斗から目が離せないでいた。

「はい、落ちたよ」

 鷹斗は雑巾を拾い、そっと由衣に差し出す。

「椿はどこ?」

「あ……お買い物です」

「由衣ちゃん、俺に嘘が通用する?さっき、誰に会いに行くって言った?」

 その名のごとく、鷹の目で由衣に詰め寄る。

 目を逸らし、肩をすくませる由衣。

「由衣ちゃん……?」

「……椿さんごめんなさい……でも私……。じ、実は……」

 由衣は全てを話した。

「それで、椿から連絡は?」

「ありません……」

「あのバカ……」

 鷹斗は携帯を手に、椿に電話を掛ける。が、応答はない。

「鷹斗さん、今……吉川さんってどうなってるんですか……?」

 彼は携帯を閉じ、由衣を椅子に座らせた。

「彼は今、病院の隔離病棟に入院してる。普段は普通に会話できるらしいが、ふとしたことですぐ口調が荒くなり、錯乱状態になるんだそうだ。でも、それが本当なのかどうかわかってない……」

「それってどういう……」

「偽装ってこともあり得る。吉川は……椿と同じだったろ?何とでもできるんじゃないかって俺は思ってる」

 鷹斗はそう話す。

「鷹斗さん、椿さん……ちゃんと帰ってきますよね?変なこと考えていたりしませんよね?」

 由衣がそう涙を浮かべながら震える声で言った。

 鷹斗はただ、腕の中で震える由衣を抱きしめることしかできなかった。

 

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