椿をリビングのソファへ寝かせる。

「椿、聴こえてるか!?もう戻ってこい!」

 そう声を掛ける。

「お前はなんで……バカなのか!?なんで簡単な約束ですら守れないんだ!やめろって言っただろ!これは相当な体力を失う。結界も張らないといけない。父さんですら体力が削られて動けなかったんだ。使い始めて間もないお前なら、父さん以上に削がれていくのが想像できるだろ!?俺にですら分かるんだから、お前なら分かってるはずだ。なのに……お前、何考えてんだよ!」

 鷹斗はそう言い放つ。だが、それに対しても何の返事もない。

「頼むから……」

 彼はそう言って、動かない椿の手を握った。

 その時、自宅の扉が開き、由衣が走ってくる。

「鷹斗さん!」

「由衣ちゃん……」

 由衣は慌てて椿の肩に手を置く。

「椿さん、そろそろ戻ってきませんか?もう良いでしょう?ここに鷹斗さんも私もいます。だから戻ってきてくださいよ」

 そう言いながら、由衣は椿を触り続ける。

「……真っ暗だ……」

 彼女はそう呟いた。

「どういうこと?」

「椿さん、多分……“境”ってところにいるんだと思います」

「さかい……?なにそれ……」

 由衣は“境”について説明した。

「椿さんに教えてもらったんです。椿さんが“離脱”や“侵入の術”をしているとき、この世でもあの世でもない、狭間にいるんです。それを“境”っていうんだって教えてもらいました。ここにいるときは意識だけがこの場所にあって、周りの音も感覚も全部遮断されているって。だから……」

「呼んでも聞こえてないってことか……?」

「もしかしたらそうかもしれません……」

 鷹斗は深いため息をついた。だが、何かに気づいたのか、鷹斗は声を上げる。

「いや、待て……。由衣ちゃん、君は何度か椿を戻してる。それは一体どうやって……」

「あれは……椿さんが何かをするときに、私がどこかに触れていればいいんです。でも今回は……」

「由衣ちゃん、やってみてくれないか……?いつものように、戻してほしい……」

 鷹斗はそう頼む。

「分かりました。やってみます!」

 由衣は椿の肩に手を触れ、椿の呼吸に合わせる。

「椿さん、私がずっと声を掛けてますから、この声の方に歩いてきてください」

 そう繰り返す。

 

 今、椿がいる場所は“境”だ。

 ここは何もなく、暗闇で、少しの光もない。

「飛んだはいいが……体力がなさ過ぎたな……」

 椿は少し後悔していた。

「あいつ、また怒ってくるぞ……絶対殴られる」

 そう言って口角をあげ、少し笑った。

『……さん、私がずっと……から、この声の……ください』

 途切れながらも、由衣が何か言っているのが聴こえる。

 椿は意識を集中させ、声に耳を傾けた。

『椿さん、私がずっと声を掛けてますから、この声の方に歩いてきてください』

 今度ははっきり聞こえる。

 彼はその声に集中しながら、聴こえてくる方へ歩みを進める。

 一歩ずつ、確実に足を踏み出す。

『椿さん!ここにいますから、戻ってきてください!私も、鷹斗さんもいますから!』

 鷹斗までいんのかよ……ぜってぇ怒られる……。

 椿はそう口に出しながらも、由衣の声が聴こえる方へ歩いて行った。

 そして、わずかな光を見つける。

 手を伸ばすと、その光に吸い込まれるように体が沈む。半端ないくらいの重力を身に受けるように、体が重い。きっと宇宙飛行士が地球に帰ってきたときの体の重さはこれくらいなんだろうな……そう考えていると、意識がはっきりした。

「椿さん!帰ってきましたよね!」

 由衣がそう言って彼の顔を覗く。

「うん、帰ってきた……よかった……。椿さん、おかえりなさい……」

 彼女の目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「ごめん……」

「お前のごめんは聞き飽きたよ!お前ってバカなのか!?なあ、同じこと何回言わせれば気が済むんだ!?」

 これをきっと“ぶち切れ”って言うのだろうか……。鷹斗は顔を真っ赤にして怒っていた。

「俺、言ったよな?やめろって。次はないって。お前、何回同じことしてんだ?」

「……助けたいんだよ……俺のこの能力で、真壁も勇気くんも助かるなら俺は……この能力使いたいんだ……」

「だったらせめて、やるってことを俺や由衣ちゃんに言えって!いつもお前を戻してる由衣ちゃんが、お前のどこかに触れてれば何とかなるんだろ?だったら、一言言えよ!」

「……言ったら、させてくれないだろ」

 椿はそう悲しげな目で二人を見る。

 図星だ……。なにも言えなかった。椿の能力は、かなりの体力と精神力を使う。よって能力を使いすぎると頭に負担がかかる。事件を解決すると、丸二日眠ることなんて何度もあった。二人は何も言い返せず、ただ椿を見るしかできなかった。

「言いたいとは思ってる。能力を使うから、傍にいてくれって。でも、言ったら使わせてくれないだろ。ということは、事件解決も、被害者を助けることもできない……だから、二人にはこの能力を使うこと言えないんだ……」

「……でも今回は、お前関連の事件じゃない。能力を使うこともないんだ」

 鷹斗はそう言いながら、椿に目線を合わせるようにしゃがんだ。

「お前の能力は、確かに誰かを助ける。けど、それと同時にお前に負担がかかる。必要以上に使うことないんじゃねえか?」

「……ああ。でも、使わせてくれ……大してエネルギー使ってないからさ。真壁に助けるって約束したんだ……。それに、境に飛んで分かったことがある。勇気くんは、永野由紀のところにいる……」

 椿はそう言う。

「永野由紀!?いや、でも待て……自宅を見たが、人を隠せるような場所はなかった……どういうことだ?」

「分からない。でも、勇気くんは“先生は、永野先生だよ。でも、ちょっと怖い……いつも独り言を言ってるんだ”って言ったんだ。絶対に何かある。永野を徹底的に調べるべきだ」

 椿はそう言うと、再び意識を失った。

「おい!」

 彼は眠っていた。

「やっぱり、相当なエネルギー使ってんじゃねえか……」

 鷹斗は、眠った椿を由衣に任せ、捜査本部へと戻った。

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