捜査は手詰まり状態になりかかっていた。

 被害児童である少年、真壁勇気の安否も気になる。

「一体どうなってんだ!なんで手掛かりがない……!?」

 立本はイライラしていた。思わず口調が強くなり、物に当たってしまう。

「立本さん、落ち着きませんか?俺が手掛かり探りますから……」

 椿は部屋を見回す。由衣も鷹斗もいない。やるなら今だ。また怒られるだろうが、真壁勇気が助かるなら、構わない。彼は席を立ち、異捜ルームから出ていく。

 小会議室か……ミーティングルームは人の出入りがあるからやめておくか……仮眠室もやめた方がいい。……家か……。

「ヤバいだろうな~……」

 椿はそう呟きながらも、自宅へと向かう。

【いったん帰るわ】

 そう鷹斗にメッセージを送り、スマホを閉じる。

 自宅に戻った椿は、〈秘密の部屋〉へと入る。

 収納棚から必要なものを取り、持ってきたサッカーボールとともに、さらに奥に存在する隠し部屋へと入る。

「やるか……」

 椿は目を閉じ、部屋全体に結界を張った。

 そして再び〈侵入の術〉を唱える。

「我が身に宿る特別な能力ちから……我が身をこの名の主の元へといざないたまえ……」

 そう唱える。

 体全体が重くなり、意識が遠のいていく。

 椅子から落ちないよう、背もたれにしっかりともたれかかる。すると、椿の意識は―――。


『勇気くん、俺の声が聴こえるか?もし聴こえたら、ここにいると言ってくれ……』

 椿はそう繰り返す。だが、返事はない。

 サッカーボールから彼の意識に入るのは、既に限界なのかもしれない。ボールが持つ思念が薄れているのだろうか……前回よりも、彼の意識下は真っ暗だった。

『……いちゃん……?この間のお兄ちゃん……?』

『勇気くんか!?』

 声が聴こえた。椿はさらに続ける。

『そうだよ!お兄ちゃんはどこにいてるの?なんで僕を知ってるの?』

『君のお父さんからサッカーボールを預かった。これを通して、君の意識に入ってるんだ。分かるか?』

『わからない。でも、お兄ちゃんは僕を助けようとしてるんだね?』

 椿は、そうだと答える。

 そして、椿は何かに気づいた。

『君、俺と話したことないか?声に聞き覚えがあるんだ……』

『それ、僕も思ってたよ!お兄ちゃんの声、どこかで聞いたんだ』

 椿は声を聴きながら、記憶の引き出しを開けていく。

 開けては閉じ、開けては閉じ……と探っていくうちに、公園での出来事が思い出される。

『まさか……』

 椿は、勇気に尋ねた。

『公園で怖い話をしていたか?』

『怖い話?』

『ああ。俺の話を聞いてなかったか?“大学一年の時に、学校とバイトのために一人暮らしをしたんだ。その時に、体験した怖い話がある”って俺が話してたの覚えてないか?』

 そう聞く。勇気は『知ってる!お兄ちゃん、もしかして“ほんぎょう”の人!?』と声を弾ませた。

『やっぱり……一度会っていたんだな。まさか、あの子どもが真壁の息子だったとは……』

『お兄ちゃん、僕ね、先生のところにいるんだけど、先生、ちょっと怖いんだ……』

 勇気が初めて口にした“怖い”という言葉。

『怖いって何が?先生って誰だ?』

『先生は、永野先生だよ。でも、ちょっと怖い……いつも独り言を言ってるんだ』

 永野……?

『独り言って何を言ってる?』

『あの子だけどあの子じゃないって。何のことか分からないけど、怖いんだ……お兄ちゃん助けにきてよ!あ、先生が気付いた!』

『あ、おい!お前はどこにいるんだ!』

 それを境に、彼の声は聴こえなくなった。

 くそ……マジか……せっかくここまで来たって言うのに……。それにしてもやっぱり永野が……でも、どうやって?家にはいなかった。それに動機は……手段は……?

 椿は必死に考えていた。

 だが、体が重くなるのを感じる。意識も少し薄れてきた。

『もうそろそろか……』

 彼はそう呟くと、『我が身に宿る特別な能力……我が身を愛する者が待つ現世へと戻したまえ……』と唱える。

『……マジか……』

 戻れない。なぜだ……何か間違ったか……?いや、間違ってない。ちゃんと唱えている。椿は“境”から抜け出せないでいた。

 遠くに鷹斗の声が聴こえた。

『もう来たのか……あいつ、来るの速過ぎるだろ……』

『椿?どこだ?』

 鷹斗の気配が近づく。

 彼は部屋を一通り探していた。だが、どこにも椿の姿はない。

「まさかあいつ……」

 あ、これはバレた……。椿は覚悟した。だが、聴こえていたはずの鷹斗の声でさえ、もう聴こえない。体力が限界に近付いているのだ。

「おい!そこにいるんだろ!?」

 鷹斗はそう【秘密の部屋】に向かって大声をあげた。

「入るからな!?」

 彼はドアノブに手を掛け、ドアを開ける。

 中に椿はいない。

「……この奥だよな……?」

 鷹斗は秘密の部屋のさらに奥にある、隠し部屋へと向かう。

「どれが入り口なんだよ……」

 壁を触る。質感で入り口を探ろうとしている。

「由衣ちゃん、なんて言ってたっけ……」

 鷹斗はスマホを取り出し、メッセージを開く。

【部屋に椿さんがいなかったら、多分、秘密の部屋にいます。で、そこにもいなかったら、その部屋の奥にある隠し部屋にいるかと。椿さん、いつも私たちにバレないように何かするとき、そこにいるんです。でも、鷹斗さんは隠し部屋の入り口を見つけられないかも……。入口の場所、ここに書きますから探してくださいね。入口に立つと、目の前に丸いテーブルと四つのイスが見えます。そこまで歩いてください。その壁伝いに棚と本棚があります。その本棚を右手で触りながら、左に移動して言ってください。壁を触ると、そこだけ何かが違うと思います。入口から左手に手洗い場。その隣に棚、右側に本棚。ちょうどその中心に隠し部屋がありますから】

 鷹斗は由衣のメッセージ通りに動く。

「……あ、これか……?」

 確かに、わずかに質感が異なるような……。だが、ごく普通の壁だ。

「これが入り口なのか?」

 探してもドアノブらしきものは見つからない。

「“椿さんの結界のせいでドアは見えません。とりあえず、蹴破ってみるのも一つの手です”ってあるけど……あとで怒られそうだけどな……」

 そう言いながらも鷹斗は、思いきり見えないドアを蹴破った。

「椿っ!」

 部屋に入って最初に目に入ったのは、椿の姿だった。

 鷹斗は、椅子に座り、抜け殻となっている椿の肩をゆする。

「おい!聴こえてるか!?お前ってやつは何で約束が守れないんだ!」

 椿は、鷹斗の腕の中で静かに横たわっていた。全身の力は抜け、目は閉じられ、顔色も優れない。額には脂汗が浮き出ている。

「椿!おい!戻ってこい!」

 何度も何度も叫ぶ。だが、腕の中の椿はぴくとも動かない。

「どうすりゃいいんだよ……」

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