⑪
三人の聴取が終わり、一同はミーティングルームへと集まっている。
時刻は既に午後六時。
「遅い時間で申し訳ないが、三人の聴取を終えてまとめておきたいことがある。気になったことがあれば、何でも言ってくれ」
大元はそう言う。
土屋はパソコンを開き、ミーティング内容を記録し始めた。
「今のところ、勇気くんが“先生”と呼ぶのはこの三人。彼らの聴取をして、みんな気付いたことはあるか?」
大元がそう言う。それぞれが思ったことを口にする。
「俺は永野由紀が気になるんですが……」
「さっきも言っていたね……。その、君が感じた違和感って言うのは、それとは違うってことかな?」
「ええ。人間の違和感って感じです。彼女はまるで、前もって聞かれそうなことを想像していたように思うんです。事件に関すること、勇気くんに関することを聞かれれば澱みなく答える。ですが、それ以外だと急に途切れ途切れになっていたんです。そして俺が最後に聞いた“彼は幽霊を見る、と言っていたそうなんです。それに心当たりは?”という質問。これに対して、彼女はきっぱりと“ありません”って答えた。これが、俺には不自然に感じるんです」
椿がそう自分の違和感を説明した。
「予想されることにははっきりと、そうでないものには澱み……か。確かに言われてみれば気になるけど……偶然ってことはない?」
鷹斗はそう聞く。
「いや、偶然の割にはおかしい。それに彼女の感情は乱れてなかった。自分の生徒が事件または事故に巻き込まれているかもしれないと聞けば、少なからず動揺を見せるはず。でも、彼女はその後も普通に質問に答えている……何かあるはずだ」
椿は言い切った。
「よし、なら……永野由紀を第一容疑者として捜査する。そして残り二人に関しても捜査対象者でこのまま継続しよう」
大元はそう決めた。
そして時刻は午後七時前、椿と由衣はやっと帰路についた。
*
由衣は帰宅してすぐ、「すぐご飯作りますから!」と、エプロンを身に着ける。だが、「七時半になったら届くから、今日は作らなくていい」と椿に止められた。
どうやら時間がかかることを見越して、宅配弁当を注文していたらしい。
「どうしてわかったんです?」
「それは……まあ、なんとなく……」
「本当ですか~?」
由衣は疑いの目を椿に向ける。
そんな会話をしていると、鷹斗が帰ってきた。
「本当だって。あ、鷹斗さ……今日、ほんとごめん……心配かけて悪かった」
「もう良いって。それより、体調は問題ないんだな?」
「ああ。元に戻ってる」
「だったらもう良いさ」
鷹斗が帰宅して、ほんの数分後。タイミングよく宅配弁当が届いた。
代金を支払い、受け取る。
「椿さん、ありがとうございます」
「いつも作ってもらってるからな。由衣も、たまには手抜きしたり、こうやって宅配頼んだりして良いんだから、いつでも言ってくれ。な?」
椿はそう言う。
「椿、一つだけ良いか?」
「あ~、うん……」
鷹斗が何を聞きたいのか察しがついた椿。箸を動かす手を止め、椿は鷹斗を見る。
彼はまっすぐに椿を見ていた。
「〈侵入の術〉使っただろ?今日。あれ……いつの間にできるように……?父さんが生きていたころ、あれは父さんしか使えないって言ってたじゃないか。いつ、習得してたんだ……?」
「まあ……あれが使えたら便利だし、何かあったときに役立つしと思って。お前や由衣にバレるのが嫌で、夜中とか一人の時に練習してたから……気付かなかっただろ?」
椿はそう説明するが、鷹斗は「あれ、かなり体力が削られる。だろ?だったら、あまり使わないでくれ」と頼んでくる。
「できるだけ使いたくないとは思ってるけど、使わないといけない場面が出てきたら……俺は多分、使う。それに、俺があれを使えるようになったのは練習だけじゃない……多分……これのおかげだよ……」
椿はそう言って、自分の右目瞼を撫でた。
それは薄く、温かみのある茶色の瞳。陽行の色だった。
「父さんが俺の中にいる。そのおかげで、前よりも
陽行は、前の事件であの世とこの世の
「俺がさ……父さんの命を奪ったんだ……だから、何としてでも父さんが使ってた術を、俺も使えるようにならないとダメなんだよ……」
「……お前、もしかしてまだ……」
鷹斗が俯く椿の顔を覗き込む。
その目はわずかに潤み、固く口を結んでいた。
「椿のせいじゃない」
「そうですよ!椿さんのせいなんかじゃありません!」
困ったように笑う椿。
「父さんは、椿だから自分の命をお前に渡した。誰でもないお前だからだ。だから、命をもらったこと、後悔だけはするな。お前が後悔なんかしてたら、父さんに悪いだろ……?」
鷹斗はそう言う。
椿の頬には一筋の涙が伝った。
「でもさ……分かるか……?俺が命をもらったせいで、もう会えないんだ……父さんに……。でもこの家には父さんの物がいろいろ残ってる。思念を感じ取る術と、侵入の術を組み合わせれば、父さんに会えるんじゃないかって思って……会いたいんだよ……父さんに……どうしても会いたくなる時があるんだ……」
彼はそう言って涙を流す。
だから練習して、習得したんですね……。それが出来れば、たとえ現実でないとしても、陽行さんに会えるから……。由衣は、椿が夜な夜な練習していた意味を知った。彼の感情はとても不安定で、今にも何かを呼び込んでしまいそうなほど乱れていた。
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