「あ、あの鷹斗さん……?」

「ん?冗談に決まってるだろ。ほら、さっさと“先生”の事情聴取に行きましょう」

 彼はそう言って部屋を出ていく。

「今のトーン……ガチなトーンですよね……」

 土屋が大元を見る。

「私に聞かないでくれよ……」

 立本を見る土屋。が、立本はそそくさと部屋を出ていく。

「森本さ~ん……僕、頭が付いていかないんですけど……」

「考えるな、何も。あれは冗談だ」

 森本も大元とともに部屋を出て行った。

 取り残された土屋、由衣、椿はお互いに顔を見合わせている。

「椿さん……」

「あれはあいつの冗談ですよ。気にしないで、俺たちも行きましょうか……」

 椿は外に促し、異捜の取調室である【小会議室】へと足を入れた。



「お忙しいところお呼びしまして、申し訳ありません。お名前と職業を教えてもらえますか?」

 郷田は目の前に座る男性にそう言う。

「あ、はい。僕は立川聡たちかわさとしです。仕事は不動産業で、地元の子どもたちのサッカークラブのコーチをしています……あの……」

「では、あなたのサッカークラブに所属している真壁勇気くん、ご存じですね?」

「はい、もちろんです」

「勇気くんはどんな子ですか?」

「勇気は、サッカーが上手くて、いつも明るくてみんなをよく見てくれます。人の変化にもすぐに気づきますし、チームのまとめ役ですよ。次の試合でも出てもらう予定なんです。あの……勇気に何かありました?」

 立川はそう言う。

「ご存じありませんか?」

「存じるも何も、僕は一昨日から勇気には会ってません。何かあったんですよね?」

「なぜそうお思いに?」

「急に呼ばれて、勇気を知ってるかって聞かれたら、彼に何かあったと思うのが普通でしょう」

 彼はそう説明する。

「お察しの通り、勇気君はいなくなりました。事件に巻き込まれたとみて、捜査をしているんです。なので、彼を知っている人をお呼びしてお話を聞いています」

 立川は開いた口を閉じられないのか、ぱくぱくさせていた。

「勇気が……?なんで……」

「立川さん、勇気くんはあなたのことをなんて呼びますか?」

「僕のこと……ですか?確か……あ、先生って呼んでくれますよ。他の子はコーチとかって呼んできますが、勇気だけは先生って呼んでくれます。それが何か……?」

「いえ。じゃあ、次に……」

 大元は聴取を進めていく。


 一時間ほどして、立川の聴取が終わり、次は女性がやってきた。

「お忙しいところ申し訳ありません。いくつか質問させていただきたくてお呼びいたしました。まず、あなたのお名前と職業を教えてもらえませんか?」

 大元に変わり、森本が聴取を担当した。

永野由紀ながのゆきです。職業は教師をしています。これって事情聴取ですか?」

「聴取って言うほどのものじゃないですよ。いくつかお話を聞かせていただきたいだけです。……先ほど、教師だと仰いましたが、勤め先の学校はどちらですか?」

「明正学園です」

「担当学年は?」

「四年生ですが、もしかして、勇気くんに何か?この三日ほど登校していないんです。保護者からも欠席の連絡がなくて心配していたんですが、何かあったんですか?」

「実はそうなんです。お父様から通報がありまして、事件と事故両方を疑って捜査をしています。永野さんは、勇気くんのことをご存じなんですか?」

 森本がそう尋ねる。

「はい、担任クラスの生徒です」

「なるほど……。学校での勇気くんはどんな様子です?」

「いつも明るくて、誰にでも優しいです。自分から手伝いに行ったり、声を掛けたり、周りをよく見て、クラスでも人気者です。でも最近、様子がいつもと違っていて気にしていたんですが」

「と言いますと……?」

「少し元気がないって言うか、周りを気にしてるって言うか」

 永野がそう話したとき、椿が動いた。

「永野さん、勇気くんが周りを気にしてると気付いたのはどうしてですか?」

「え、あ、あの……この方は……」

「この事件の捜査員です」

 森本はとっさに嘘をつく。

「どうして周りを気にしていると気付いたんです?」

「それは……いつもきょろきょろしていたからです。勇気くんがこんなに落ち着きない様子なのは初めて見るので、ただ頭に残っているだけですが……」

 永野はそう説明した。

 椿は続ける。

「勇気くんから何か聞いてませんか?」

「何も聞いてませんが……」

「彼は“幽霊を見る”と言っていたそうなんです。それに心当たりは?」

「ありません」

 永野はそう言う。

 椿は元居た場所に戻り、彼女を観察する。

「……椿さん、彼女が気になるんですか?」

「特に何かってこともないけど、彼女の話し方だよ」

「話し方……?」

「前もって聞かれそうなことを想像していたみたいに感じるんだ。事件に関すること、勇気くんに関することを聞いたら澱みなく答えるが、それ以外だと急に途切れ途切れになる。それが俺には不自然に感じるんだ。でも俺が最後に聞いたの、覚えてるか?」

「幽霊を見るってやつですか?」

「ああ。それに関しては、きっぱりと“ありません”って答えた。違和感がな……」

 そう言って、椿の“推理徘徊”が始まる。


 森本から話を聞かれている永野は、部屋の中を歩き回る椿に気を取られている。

 が、森本は椿に「やめろ」とは言わない。

 うろうろ歩き回る椿とは対照的に、森本は永野に話を聞いていく。

 こちらも、約一時間ほどで聴取は終えた。

「四十住さん、気になることでも?」

「森本さんは気になりませんでした?」

 そう聞かれ、彼は首をかしげる。

「彼女の話し方、特徴ありましたよね。すらすら話すところと、よどむところ。それが気になって……」

「気付いたか?」

 森本が立本や土屋にそう聞くが、二人とも首を横に振る。

 

 一人気になっている椿。

 そして、最後の一人がやってきた。

「ご足労いただきありがとうございます。職業とお名前をお願いします」

 最後の一人は立本が担当していた。

 立本は目の前に座る男性に声を掛ける。

「あ、私は堀田です。堀田進ほったすすむと言います。職業は医師ですが……あの、私何か致しましたか?」

「あ、いえ、そうではないんです。少々お聞きしたいことがありまして。堀田さんは、真壁勇気くんをご存じでしょうか?」

「もちろんです。うちの病院に来られたりしていますから」

「何人も診ていらっしゃるのに覚えておいでなんですか?」

「それはもちろん。うちはね、父の代からやっている小さな医院なんですよ。なので家族全員を診ていたりしてね。顔と名前を覚えるのは私のポリシーと言いますか。それに、真壁さんのところは特別ですよ……」

「特別と仰いますと?」

 堀田は話を続ける。

「真壁さん所の奥様、私が始めに診たんですが……末期の癌でね……。すぐ紹介状を書いて大学病院へ紹介したんですが、すでに手遅れだった。亡くなったときはまだ勇気くんも小さくて、お父さんも憔悴していたんですが、しばらくしてお父さんが体調を崩されてね。勇気くんが泣きながらうちに来たんです。ただの過労だったんですが、どうもそれから気になってね……」

 堀田が話す言葉は嘘には感じない。

 立本は質問を続ける。

「勇気くんは堀田さんのことを何と呼びます?」

「私のことですか?彼は私を先生と呼んでくれますが……それがどうかしました?」

「いえ。お聞きしただけです。勇気くんが病院に来られることはあるんですか?」

「彼が来るのは怪我だけですね。ほら、サッカーやってるでしょう?だから、酷い擦り傷の時や捻挫、脱臼とかそれくらいです」

 堀田が話しているのを、またもじっと見る椿。

 その隣では、由衣が必死にメモを取っている。

「実は、勇気くんがいなくなりまして……。事件と事故両面から捜査を行っているのですが……最近、真壁親子に会われました?」

「いえ……あ、四日ほど前に公園から帰ってくるところの真壁さんたちを見ましたよ。とても楽しそうで、勇気くんもサッカーをお父さんとして笑顔でした」

「そうですか……」

 立本がそう言う。

 堀田をじっと見ている椿に、大元は釘付けだった。

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