勇気くん、どこにいるんだ?

 さっきお父さんの声が聴こえただろう?今、俺が話してる声を感じたら、ここだって言ってくれないか?

 椿はそう念じながら、を歩き続ける。

「ダメか……やっぱり父さんがいないと無理なのか……?」

 いったん戻ろうか……?だがここまで来たら引き返すのも違う。いったん戻れば、また体力が回復するまで、これは使えない。

 椿は足を動かす。

 勇気くん、どこにいる?声を感じたら、ここだっていってくれ!

 そう念じながら、止まっては進み、止まっては進みと繰り返す。

 ここだよ!

「来たっ!」

 子どもの声だ。確かに、ここだって言った。

 勇気くんだね?

 そうだよ。

 今どこにいるか分かる?

 分からない。でも、怖くないよ。

 君は、誰かと一緒なのか?

 うん。

 今いるところは明るい?暗い?

 明るいよ!先生と遊んで、ご飯食べて、今からまた遊ぶんだ!

 そうか。怪我はしてないか?痛いところやしんどいところは?

 何もないよ!僕を傷つけたりしないって。少しの間だけ一緒にいたいだけだって言ってるよ。先生は悪くないよ。

 先生って?

「……あ……」

 勇気の声が、途切れた。

「くそ……そろそろ限界か……」

 長い間、あの世を歩いていたせいか、椿の体力は限界に近かった。

「戻るしか……ないか……」

 椿は、術を唱える。

「我が身に宿る特別な能力……我が身を愛する者が待つ現世へと戻したまえ……」

 椿の意識は薄くなり、体が鉛のように重くなった。


「ばき!?……椿!おい!聴こえるか!?」 

「あ、椿さん!聴こえますか!?おかえりなさい……」

 ぼやける視界を拭うと、自分の隣には鷹斗が座り、自分の名前を呼び続けている姿が目に入った。

 その隣には、不安そうな顔で自分を見つめてくる由衣の姿。

「ただいま……ちゃんと戻ってきただろ……。それより……勇気くんは……俺の能力は必要ない……これは俺関連じゃない……間違いなく誘拐事件だ……勇気くんは先生と……」

 椿はそう言うと、意識を失った―――。

 目を閉じる寸前、彼の目は薄い紫を放っていた。


 

 椿が目覚めたのは、それから三時間が経過したころだ。

「あ……」

 腕時計に目をやる。 

「マジか……」

 体を起こす。ものすごく重い……足を動かそうにも簡単には動きそうもなく、再び天井を仰いだ。

「椿さん!」

 声の主は由衣だ。

「何で危ないことするんですか!?侵入の術っての、使ったんですよね!?それ、危険なんでしょ!?」

 立て続けに由衣が尋ねてくる。

「み、耳が……由衣、ちょっと落ち着いてくれって……俺まだ……」

「私も、鷹斗さんも心配したんですよ!?分かります?私たちの気持ち。椿さん、聞いてます!?」

 椿は由衣の手を掴み、「落ち着けって」と言った。

 由衣は目に涙を溜めはじめ、声を震わせる。

「だって……椿さん何も言わないまま……私怖くて……もしまた何かあったらって……助手なのに……」

「ごめん。大丈夫だから……。心配かけて悪い……」

 椿は彼女の体を抱き寄せ、そっと背中をさする。

 由衣もまた、椿の背に腕を回した。

「次からは言ってください。絶対に」

「ああ。約束する。ちゃんと言うから……。あ、捜査はどうなってる?」

「椿さんが意識を失う前に、間違いなく誘拐事件だ、勇気くんは先生とって言ってました。覚えてます?」

「いや~何となくくらいしか……」

「やっぱり……。椿さんがそう言ったので、事件は椿さん関連ではなく、誘拐事件に変更になりました。ですが、人手もないのでこのまま大元さんたちが捜査を引き継ぐそうです。あと、椿さんが“先生”と言ったので、真壁さんにお聞きして、勇気くんが“先生”と呼ぶ人を書き出してもらいました。今、それぞれの“先生”に連絡して、お話を聞かせてもらうための日程を組んでいます」

 由衣は椿が眠っていた間の流れを話した。

「そうか……ありがとう。俺も向こう行くよ」

 彼女に支えられながら、椿は立ち、歩いた。

 彼はどうやら仮眠室に寝かされていたらしい。

「あ、鷹斗って怒ってる……?」

「あ~……カンカンです……」

 その言葉を聞いた椿は「だよな……」と元気をなくした。


「あ!椿さん!大丈夫ですか!?松風さんが抱いて連れて行ったんですよ。覚えてます?」

 土屋が駆け寄ってきた。

「いや~……覚えてない……てか、抱きかかえられていたの!?この俺が……!?」

「はい!松風さん、簡単そうに抱っこしてましたよ!」

 顔から血の気が引いていく……。椿は部屋の中にいるであろう鷹斗を探すが、見つからない。

「あの……?」

「あ、いや……鷹斗は……」

 土屋は恐る恐る椿の後ろを指さす。

「あ、あの……後ろに……」

 その彼の様子で全てを悟った椿は、振り向きながら「鷹斗、ごめん!」と声に出す。

 が、響いたのは椿の声ではなく、鷹斗が彼の頬を殴った音だった。

「お前、いい加減にしろよ!」

「うん、ごめん」

「ごめんじゃないだろ!自分が何したか分かってんのか!?」

「分かってるよ」

「あれを使うとどうなるか、お前なら分かるだろ!?初めてじゃないんだからさ!なんで使うんだよ!」

 鷹斗の怒りは収まらない。椿が口を開こうとするも、すぐさま彼の怒りで制止される。

「どんだけ心配したか分かるか!?」

「分かるよ。それだけ怒ってんだから。それに何回も怒られてるし……?」

「だったらなんで同じこと繰り返すんだ!?もし何かあったら……あのまま、お前が戻ってこなかったら、俺はどうしたらいいんだ?隣で由衣ちゃんは不安そうにお前を見てるし、大元さんたちだってお前のこと心配して、仮眠室用意してくれるし。俺はどうすればいいんだ!?」

「鷹斗、次は言うから」

「次!?あるわけねえだろ、次なんか!二度とさせねえ。いいか、お前は父さんにならなくていいんだ。父さんを継ごうなんてするな。絶対に」

「うん……」

 椿は悲し気に鷹斗を見る。

「……体は……?」

「もう平気」

「そうか」

「うん」

 鷹斗は怒りを爆発させ、その場から去った。

「いくら心配だからって殴らなくても……赤くなっちゃったじゃない……」

 由衣はそう言って、殴られた跡を見る。

「いいんだよ。あいつは優しいからさ……心配しすぎて怒りになることは昔からあるんだ……殴られたのだって何回もある。これくらい気にするな……」

 一部始終を見ていた大元らは、あっけにとられていた。

 椿は土屋の視線が気になり、彼に声を掛ける。

「……土屋さん、俺たちがここに来てから……ずっと俺と鷹斗を見てますよね?なんか気になることでも……?」

「あ、いや……何でもないです」

「気になることがあるなら言ってください。それとも……何か話したいことでも……?」

 椿に詰め寄られ、土屋はおどおどしはじめる。

「あ、あの……一つだけ……」

 土屋は右手人差し指を立てながらそう言った。

「松風さんと椿さんて……もしかして付き合ってたりしませんよね!?」

 一同は唖然とし、彼の声が大きかったためか、部屋の奥に移動していた鷹斗までも駆けつける。

「つ、付き合ってる!?椿さんと鷹斗さんが!?土屋さん、何言ってんですか!ある訳ないじゃないですか!」

 由衣がそう言うも、椿は口を開けたまま土屋を見ていた。

「え、椿さん……!?」

 急にむせだす椿。

「鷹斗の俺への接し方でそう見たんですか?」

「はい。だって普通の親友に見えないんですもん。前も思ったんですが、何か特別な関係なのかな~って」

「特別な関係と言えばそうです。でも、付き合うとかないですよ!鷹斗と付き合えるわけないじゃないですか!あんな怖いのと付き合うのは出来ません。それに俺、恋愛対象は女の子ですから。もし仮に男の人を好きになることはあったとしても、鷹斗はあり得ませんから!」

 椿がそう言うが……彼の背中には、鷹斗の視線が痛いほど突き刺さっていた。

「土屋、お前……何聞いてんだ……?俺が椿と付き合うってか?確かに俺は、椿のことは大切だし好きだ。でもこれは、男の友情ってやつに決まってるだろ。特別な関係なのは俺らの育ってきた環境によるもの。で、俺は椿なら付き合える」

 鷹斗のその一言で、異捜ルームには氷河期が訪れた。

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