事件の詳細はこうだ。

 六月三日水曜日、午前十一時半に事件は起こった。

 十一時二十分頃に、公園へ遊びに行くと言って家を出た少年。父親は自宅のベランダから、息子が公園にいるのを確認している。

 その後、十一時半に再度確認したところベランダから息子の姿が見えず、慌てて公園へ向かう。だが、その場に息子はおらず父親はすぐに一一〇番通報。警察官がすぐに駆け付け、事件発覚。

 現場に靴が残っていたことから、事件は単なる行方不明ではなく、誘拐事件なのではと考えられる。

 少年は、最近よく幽霊を見る。じっと見てくるんだと父親に話していた。その幽霊というのが、誘拐犯なのか、本当に幽霊なのか……。

「あれ……?大元さん、被害児童と家族の資料は……」

「追加分があったから抜かせてもらってたんだ。これが、情報を追加したものだよ」

 椿は資料を受け取り、目を通す。


「は……?」

【被害児童:真壁勇気まかべゆうき・被害児童父:真壁博嗣ひろつぐ・被害児童母:逝去】

「どうかしました……?」

 言葉を発せなくなった椿を見る由衣。

 彼の視線が資料に注がれているのを確認し、彼女もまた資料をのぞく。

「え……この人……」

 由衣は鷹斗に視線を送る。

 鷹斗は口を結び、「うん」と頷いた。

「鷹斗、これ……」

「署に来てもらって話を聞かせてもらうことになったんだ。俺も立ち会った。びっくりしたよ……さんが来るんだもんな……」

 椿と由衣が驚き、鷹斗が言うあの真壁とは、つい先日に家の改装を頼んだ“真壁建築事務所”の真壁だったのだ。

「電話かけてくる」

 椿はそう言って会議室を出る。

『……椿さま……?』

「真壁さん、単刀直入に言う。息子がいなくなったのは本当か?」

『え……それは……』

「俺は今、警察にいる。事件の捜査に協力してるんだ。いなくなったのは間違いないな?」

 電話の向こうで、真壁は声を震わせながら「はい……そうです……」と言った。

『本当は警察に言う前に、椿さまにご相談をと思ったんです。息子からと聞いていたので……。ですが……もしその幽霊が生きている人間のことだったらと思うと……』

「俺に話す前に警察に連絡したのは良いことだ。あなたの言う通り、生きている人間の仕業なら、一刻を争う。この事件、俺が協力する。絶対に助けてやるから、話を聞かせてほしい。息子が言っていた幽霊の話も。あ、それと署に来る時に……」

 椿は電話の向こうにいる真壁に指示を出す。


「あ、大元さん。真壁さんに電話しました。詳しい話を聞かせてくれと頼んだので、昼前には来ます」

「あ、ああ。それは構わないが……知り合いなのか?」

「ええ。昔からの。だから……ある意味、俺関連ってとこなんですかね……」

 椿はそう悲し気に微笑む。

 そんな彼の様子を見る鷹斗と由衣。複雑な心境であると表情に表れていた。



「この資料なんですが……」

 椿はそう言って一枚の資料を指さす。

「この“草むらにあった靴”の現物ってあります?」

 彼は土屋に聞く。

「今は科捜研に。土や犯人に繋がる手掛かりがないか、微粒子の検査を……それがどうかしました?」

「あ、いや。あったらお借りしたいと思っただけです。何か分かるかもと思って」

「あ、そうか!もし、だったら、椿さんならすぐに分かりますもんね!検査が終わったら、借りられるよう手配しておきます!」

 土屋はそう言うと、科捜研に連絡し始める。

「椿……靴なんかどうする気だ?」

「ん?まあ、ちょっとな」

 何をしようとしているのか、鷹斗にすら話さない。

 鷹斗は由衣を見る。しかし、由衣も首を横に振る。椿が何を考えているのか、由衣にすら分からないようだ。

 椿らが合流し、ミーティングルームは騒がしくなった。

 賛否の声が溢れているのだ。

「部外者を二人も入れるなんて、何考えてるんです!?」

 を知らない捜査員は、そう大元に怒鳴る。

「あなたは確か……公安の……美作みまさかさんでしたね。この事件に公安が関係でもしてます?」

 大元は詰め寄る。

「国益を侵害するような事件が前に起きているという報告を受けている。あの事件は、普通の人間でない者が起こした一種のテロ行為だ。それには、そこにいる青年も関わっていると。我々にとって脅威でしかない人間を捜査に加えるのは、警察としてあるまじき行為では?」

 美作は知っていたのだ。

 前の事件が、普通の人間が起こすような事件ではないこと。椿が関わっていたこと、全てを。

「まあまあ、これも上の判断ですから。彼はです。それに、協力者がいるのは私ら刑事部だけじゃないでしょう?公安にだって公になっていない協力者がいるはず。違いますか?」

「公安と刑事じゃやってることが違う!」

「同じです。事件を未然に防ぎ、万が一起こったら全力で捜査し、国民を守る。同じじゃないですか。公安さんに迷惑にならないようにいたしますから、ね?ほら、ここから出てください。公安は他部門と情報共有などしない主義でしょうから、この事件にも興味はないでしょう」

 大元は半ば強引に美作を会議室の外に出す。

「……大元さん……逆にご迷惑では……」

「何言ってるんですか!協力を要請したのは我々ですし、私の上の人間です。あなたが気にすることは何もないですよ。それにしても……公安って怖いですよね~」

 大元はそう言って笑う。

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